国際情勢

宮崎正弘の国際ニュース・早読み

 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

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宮崎正弘の国際ニュース・早読み

2005/12/15

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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
平成17年(2005年)12月15日(木曜日)
        通巻第1238号
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(本日はニュース解説がありません)



(読者の声1)「中国農民調査」を只今読んでいる最中です。私にとって文章が平易でなく、また人名・組織体に馴染み無く完読していませんが、共産党集権体制下で各省・県・村の下部組織の横暴過酷な徴税や箱物作り判りました。中央への偽装報告(収支)、搾取され無償強制労動される農民への暴力での取り押え、それによる虐殺。貧しい農民の無知と都市部・工場への優先政策など現物レポートです。
   省・県・村の組織、故意の拡大のための重税は、我が国の無駄な官製機関やその事業を示唆してます。
   内政干渉を懼れずに言えば、中国は、分国された方が良いと思います。
    (EY生)


(宮崎正弘のコメント)この本は大変参考になる本です。中国の農業がいかに絶望的であるかを我々は知ることが出来ます。もちろん、小生も原本をもっておりますが、結局は邦訳本(文藝春秋)でよみました。


   ♪
(読者の声2)12月11日の1326号臨時増刊で、「旧満州のジェムスには日本人町があり、靖国神社分社もあった。満州族の土地を開墾し、都市をつくり、水がきれいだった牡丹江に近い都市」とありました。この文の中で、「靖国神社分社」というのは、正確ではないと思いますので、お便りします。
 ジェムス(佳木斯)は満蒙開拓における記念すべき、第一次移民弥栄開拓団の弥栄村のあったところです。当事、樺川県弥栄村八里崗というところに、弥栄神社が創建されました。
また佳木斯市東山には佳木斯神社が創建されましたが、いづれも天照大神が祀られています。一方、「靖国神社分社」とお書きになられたものは、この開拓団の中で、匪賊との戦闘でなくなった開拓団員を祀った忠霊殿のことではないでしょうか。靖国神社は創建いらい分社が設けられたことはありません。昭和十四年以降、全国各道府県に一社、護国神社を祭祀する指定護国神社制度が出来ましたが、護国神社は靖国神社とは独立しており、本社、分社の関係はありません。一般に、分社と理解されがちですが、管轄する役所も靖国神社は陸海軍省、護国神社は内務省の管理です。また靖国神社と同じく殉国の英霊を祀る護国神社や海外の神社であることもたしかですが、厳密には合祀される祭神に違いもあります。
今日、靖国神社から一部の英霊を分祀せよ、などの議論もありますので、ちょっと細かいことを申しました。海外神社のことについては、小笠原省三著「海外神社史」、嵯峨井建著「満洲の神社興亡史」などがあります。
弥栄神社の場合は、終戦直前、ソ連の参戦で住民は一時避難のつもりで、村を離れますが再び帰村することはできませんでした。
神社(御神体)はそのまま放置されてしまったようです。神様も内地に引上げられることなく、かの地に留まられたままという例もあまたあるようです。
  (YI生、東京)


(宮崎正弘のコメント)確かに舌足らずで、ジャムスから引き上げた日本人の証言のなかに間違ってそうあるのでした。当時は感覚的にそういう感じではなかったのでしょうか?

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(以下は三浦重周さんの割腹自決の衝撃にたいする反応です)

   ♪
(読者の声3)国士三浦重周氏の自決の報、驚くばかりです。今年唯一の期待としてポーツマスネットワークを挙げていたところです。同ネットの三浦重周氏の思想的顧問を、とも思えますが、三浦氏にはそれ以上の日本への想いと現状への怒りが強かったと推測します。
  小泉無能無策政治への怒りと抗議の憤死
・女性天皇路線・・・天皇制「無化」・・・無意識な国家解体拉致つぶし・・・平沼議員追放,西村議員逮捕・・・国家観の欠如。郵政改革・・・国民財産のハゲタカファンドへの献上
・人権擁護法案・・・賛成派擁護,反対派追放
・対中外交迷走・・・靖国参拝するも中身はない・・・歴史観の欠如
・教育改革への無関心・・・問題意識と歴史観の欠如
・・・小泉政治は国家観,歴史観のないミーハー政治
 
この小泉を選んでしまった日本国民への覚醒の憤死
 大正デモクラシに派生した国際コミュニズムの残滓と占領軍日本国解体計画の愚民政策の融合した日本去勢国家解体が営々60年継続され、国家観,歴史観のない去勢腑抜け国民となった大衆が小泉政治を選び支えている。
  国家観,歴史観のない去勢腑抜けの官僚と官僚機構が最大のガンかもしれない小泉(時の)政治権力の下僕のふりで自己擁護、自己拡大を営々と繰り返し無形無責任の巨大権力と化している。
  この中、国際コミュニズムの残滓は、日本人の精神を蝕みながら、国際的には破綻したコミュニズムを人権主義やフェミニズムにすり替え、ジェンダフリー,人権擁護法案,女性天皇制,対中朝貢外交,朝鮮半島無策外交と日本解体を着々と推進している。
  三浦氏の自決
三浦重周氏は新民族主義を掲げ、日本解体を進める巨大な有形無形の敵に対峙した。日本祖国防衛思想戦争を日本の歴史を保持する代表者として一人戦って来たのではないだろうか。
  その上での怒りと抗議と覚醒の憤死だと想う。
 35年前の三島由紀夫森田必勝の自決の継承といえましょう。冥福を祈りますとは言い難い、護国の鬼として靖国の英霊とともにあれと祈念致します。
(TT生、在中国)
 

(宮崎正弘のコメント)かなり正確なところを見ておられると思います。
 三島さんのように世間を騒がせる衝撃もあれば、しずかに一人自裁して、きわめて静かだが衝撃的な波紋をよぶ場合があります。
たとえば影山正治(大東塾)、江藤小三郎(江藤新平の嫡孫)、村上一郎(作家)らが、この列でいずれも静かな切腹でした。影山さんの場合、最後に猟銃を使用しましたが基本的に切腹です。
今のところ、遺書と言われているのは辞世の句は下記のブログに紹介があります。
http://d.hatena.ne.jp/tkikan/


    ♪
(読者の声4)三浦重周氏の衝撃の最後をお知らせいただき、呆然としています。
 小生が、三浦氏を最後にお見掛けしたのは11月25日の憂国忌開始前会場の九段会館の入り口でした。「会社を出てこられたのですか?」と声を掛けられました。
 その一週間ほど前に、三浦氏へお訊きしたいことがありメールをお送りしたら、「いま準備でたいへんですよ。あなたも憂国忌にはぜひ参られよ」と返信をいただきました。
「チケットは予約購入しましたが、出れるかどうかは野暮用次第です」と返事をしていました。 三島由紀夫公開講座ではいつも会場後方に静かに端座されていました。
小生は、公開講座の会場に着くとまず三浦氏にご挨拶をし、ああ、いつもの場所に来たんだと感じていました。
そのあとの懇親会で会話を交すことは数度あったくらいですが、 いつも何ごとかを胸に秘めている趣きの存在感がある方でした。
小生はこれからも三島由紀夫公開講座の後方のあの場所には、今までと変わらずに三浦氏が座っておられると観じ、黙礼を致します。
三浦氏のご冥福を衷心よりお祈り申し上げます。 合掌
   (HN生、丸の内)


   ♪
(読者の声5)過日、憂国忌の時も、三浦さんは「いつもありがとうな」と一言二言しか会場でお話ししなかったのですが、正直、何か奇異な感じを受けました。
 毎年行っている「納会」を、しかも35年祭の節目であったにも関わらず、「今回はやらないんだ」と・・。時間が押してしまったからかなとその時は思ったのですが・・。
 私も大学2年のときに三浦さんにお会いしてから、爾来、思えば25年お世話になりました。全く以て残念至極なことであります。
 22日の追悼会は是が非でも出席させて頂きます。何かお手伝いすることがありましたら何なりとお申し付け下さい。
       (HM生、世田谷区)


   ♪
(読者の声6)学生時代、早稲田での研修のことが思い起こされます。今、それ以上言葉が続きません。謹んで三浦様のご冥福をお祈りいたします。
 合掌。
    (MK生、練馬)              


   ♪
(読者の声7) 言葉では言い尽くせない、衝撃です。三島の死から35年、目が覚めないどころか、更なる奈落に落ち込んでいく日本を儚み、最後の、最後の思いをこめての自決だったのでしょうか。22日は鹿児島から万難を排して参列させて頂きます。
    (KN生、鹿児島)


(宮崎正弘のコメント)このほか、やまのような反響が全国の読者から寄せられました。有り難う御座いました。
 12月22日午後六時半から「さようなら三浦重周さん、お別れの会」が開催されます。
詳しくは下記のブログに。
 遺書と考えられる辞世も下記のブログに紹介があります。
http://d.hatena.ne.jp/tkikan/
          ☆


   ♪
(読者の声8)当日は、一日お手伝いさせてください(仕事は休みます)。前日までの準備その他一切、ご指示に従い行動いたします。まことに言葉もございません。
    (YI生、品川)
 

(読者の声9)三浦代表の自決のことはBより、14日22時頃に電話で連絡を受け、知りました。本当に驚きました。私が東京に居た頃にはよくお世話になり小倉へ帰ってから、十年程経ってから東京に行って三浦代表にお会いした時にも私の顔を覚えていてくれて、歓迎して戴きました。
 代表を知らない人は一見、強面の第一印象を受けるでしょうが、本当に優しい方でした。それを知っているだけに、本当に驚き、また、残念です。何分、遠地で仕事の都合上、東京には行かれませんが、小倉の地より三浦代表のご冥福をお祈り申上げます。
     (TM生、福岡)                           

         
(読者の声10)新潟は大雪のために、東京までいけるかかなり怪しいです。
 もしいけなかったら、資料一式、送ってほしいです。
 今、私の頭の中は、中島みゆきの「雪」がぐるぐるかかつてます。
       (KY生、新潟)


(読者の声11)まさに驚天動地のことです。
昨日、自裁されたことを知り本当に驚きました。大東塾の鈴木代表以来の衝撃でした。
道一筋の生き方は少なからぬ方から慕われておりましたので、残念です。22日、出席させていただきます。関係者に転送いたします。合掌。
       (MY生、文京区)


(読者の声12)三浦重周先生が自刃された事に大きな衝撃を受けております。日本学生同盟から民族派の第一歩を歩んだ僕にとって、三浦先生は最初の師匠と言えます。清貧かつ孤高を貫き、道一筋に生きる人物と尊敬しておりました。
       (KM生、東京)


(読者の声13)私達の分まで,代表の野辺送りをして下さいまして,本当に有り難う御座居ました。何度悔やんでも悔やみきれぬ程に,時間を自由にする事が出来ず,新潟へと馳せ参じる事が出来なかつた我が身を,今回程情けなく感じた事は御座居ませんでした.
 宮崎さんが,泪されましたのと同じやうに,全国にゐる代表を慕ふ同士がきつと泪されて居られた事と確信致します。ただかへすかえすも残念なのは… 私達がいくら泪を枯れる迄流したとしても,まう代表の暖かさに触れる事叶はず,御話しさせて戴く事が出来ない事なのでありました…
 いつまでも,三浦代表に甘へてゐるばかりでは駄目なのだとは理解はしてゐる積りでは御座居ますが,余りに突然の事なので,だうしてもまだ気持ちの整理が出来ぬ私であります。
(HB生、小倉)
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「さようなら三浦重周さん、三浦代表とお別れの会」
      12月22日 午後六時半(六時開場)
      グランドヒル市ヶ谷二階白樺の間
      (東京都新宿区市谷本村町4−1 電話(3268)−0111)
      最寄り駅 JR市ヶ谷 メトロ市ヶ谷(有楽町、南北線)
      会費形式   10,000円
      出席およびお問い合わせは
      sna76980@nifty.com
          ◎
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