国際情勢

宮崎正弘の国際ニュース・早読み

 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

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宮崎正弘の国際ニュース・早読み

2005/09/07

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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成17年(2005年)9月7日(水曜日)
        通巻1224号 
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台湾新幹線工事、開通は14ヶ月の遅れ
 近く、台湾高速鉄道が正式に発表へ
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 台湾期待の新幹線(台北ー高雄を90分)は、ことし10月に開通予定だった。
 信号系統、車両および修繕補修維持基地などの工事の遅れが目立ち、6月には半年以上の遅れが出るだろうと観測がでた。

 実際には一年から一年貳ヶ月の遅れが出ている模様(『自由時報』、9月5日付け)で、土木軌道工事はほぼ完成したが、駅舎工事が92%、維持修理基地工事は76%、電気信号工程が60%、とくに日本側が懸念したように信号系統を日本製としていないために複雑な工事が必要とされる。

 おそらく開業は2007年一月。
 
 もっとも韓国新幹線が三年遅れたように、米国でもワシントンーボストン間の新幹線は一年三ヶ月遅延、ユーロスターは一年、スペインのマドリッドーバルセロナ間は二年の遅延(いまのところ)となって、工事の遅延は日本以外では「国際常識」。

 しかし開業の遅れに伴う資金不足は目を覆いたくなる惨状で、台湾高速鉄道の度重なる増資計画は頓挫している。
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(読者の声1)米中の角遂は興味深いところですが、中国指導層内部の角遂にも興味が惹かれます。
「人民日報」は、抗日戦争勝利60周年を記念した3日の胡錦濤国家主席の演説を1面トップで報じた中で、記念式典に出席した江沢民前国家主席を胡主席に次いで2番目に紹介しています。
北京4日のロイター電は、中国の胡錦濤・国家主席は最近、胡耀邦・元党総書記を復権させる決断をした模様だ。11月20日に人民大会堂で、胡耀邦氏の生誕90周年記念式典が共産党主催で行われるというと伝えています。この辺の分析・謎解きをお願いします。       (HN生、横浜)


(宮崎正弘のコメント)先の権力者に媚びることにおいて先頭を走り、面従腹背の天才、老人キラーの胡錦濤ですから、平気で江沢民を褒めちぎるでしょう。それだけ、上海派がいまも影響力を温存しているという、なによりの証拠でもあります。
 しかし同時に胡は陰謀を張り巡らせ、すでに巧妙に江沢民の「みっつの代表論」を無視する挙にでているうえ、かれらが露骨に懼れる「六四再評価」に一足飛びに飛ばないで、とりあえず胡耀邦を評価替えして、諸般の情勢を把握し、いずれ、これを権力が為に駆使する筈です。


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(読者の声2)先輩から教えられて貴「国際ニュース・早読み」を拝読するようになりまして3年近くなりました。一般のマスコミでは報じられない、従って他の日本人では知り得ない情報を貴紙より知ることが出来て非常に幸せに思います。
この「知ることの喜び」を多くの人に知って貰おうと勝手ながら機会あるごとに貴紙を紹介させて頂いております。過日の「日露戦争勝利百周年をいわう青年の集い」には自分も是非出席させて頂こうと思ったのですが残念ながら年齢制限があって果たすことが出来ませんでした。然しこの会が若い方々を中心に大盛会であったことを知り非常に感動しました。「今の若い人は・・・」という言葉はソクラテスの時代からあったようですが、日本の若い世代の人達は違う!と云うことを知り頼もしく思いました。先生の益々のご健康とご活躍を祈念致します。
     (TS生、千葉)


(宮崎正弘のコメント)三日の会では、発言者も発起人を別としてなるべく若者の代表を、乾杯も。挨拶も若手論客を主役に人選しましたので、従来の保守派の会とは一線を画した集会になったと多方面から反応がありました。
ご注目有り難うございました。


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(読者の声3)葦津珍彦著『天皇―昭和から平成へ』の109頁〜113頁を下記に掲げます。
 (引用開始)「会津藩では慶応四年の春のころには、すでに朝敵として天下の大軍を迎へて、敗戦を覚悟で戦わねばならないと武家の子女たちも予期してゐた。
柴五郎が(後の陸軍大将、当時十歳のころ)、その年の「ひな祭り」の印象的な風景を書き残してゐる。彼の母は、緋の布をしいて段を設け、内裏様(天皇)、三人官女、五人囃子など華やかに ならべて、優雅なぼんぼりに明かりをつけた。世情は騒がしさを感じさせたが、家の内は例年のとほりの華やかな、しかも静かな風景だった。
  だがそのころ、会津藩が朝敵のレッテルをつけられて、敗北必至の戦いをせねばならないとの風評は高かった。女子といへども、生きて降伏はせねとの気が満ちてゐた。幼少の五郎は、ひな段の前で聞いた。
「母上、内裏さまは天子様と聞くが誠ですか」と。母は子の眼を見つめて、ただうなづいた。五郎は天子様を、このように祭り敬ってゐるのに、なぜ会津が朝敵として討たれねばならないのかと質したかったけれども、その時の母の表情にきびしさを感じて、黙ってしまったと追憶してゐる。
  この母は、会津落城にさいして、その子に家を継がせ会津の名誉回復の使命を果たさせるべく田舎へ疎開させた。そして自らは家に火を放ち、娘を刺して武夫も及ばぬけなげな最後の自刃をとげた。この最後の日を期してのかの女の、くる日、くる日の生活の記録は、名門会津藩の文化を想わせて、いとも優しくして静かである。私は、これこそが真に優雅で美しい生を知る人だと感嘆する。その死は目前に控えてゐる。だからといって優雅なひな祭りをやめるやうな者は、ほんとうの「ひな祭り」の美しさを知らないのではないか。
 静かで優雅な文化の中に生きる者は、その文化の亡びる時には生きてゐない。自ら美しく高貴だと信ずる文化が危機に瀕したと知る時に、その美しさを知る武家の子女は、死を当然だと信ずる。男子がその高貴なる文化のために、必死の戦闘に燃え上がらなくてどうするか。
 日本の武士が桜の花のやうに散って行った美しさには、この自ら信じた優雅の文明を守る心がある。だから日本の武士道は、その死を見ること帰するがごとき勇気とともに、優しさがあった。尊皇攘夷の志士でも日清、日露の忠勇無双の兵士たちでも、忠烈な戦闘精神に燃えているが、その心の底には優にやさしい情がある。それは同一の天皇へのあこがれの、平常時と緊張非常時との表はれのちがひにすぎない、と私は思ふ。
 ただ、会津のことはこれでは話が終らない。会津の精神文化では、「藩への中世は、そのままに天朝への忠誠」と信じた。それを高貴な精神文明と信じた柴五郎の母の死は、悲しいけれども、まことに忠誠であり美しい。その死は、明らかに生に勝る意味がある。
 だが問題はそれだけではない。かの女は「朝敵」の汚名を浴びせられても、それは第二義的政治党派の悲劇的な混乱のためで、お内裏さまは、天下の祭り主として、やがては会津藩の名誉も回復して下さる日の必ず来ることを確信した。だからこそ、落城と自刃を予期しながらも「ひな祭り」のお内裏さまを拝んだし、幼い子にその名誉回復の使命を託して彼岸へ行った。
 かの女は。私がここで書くようなくどいロジックを用ゐない。ただ華やかにひな段を作り、ぼんぼりに明かりをつけて、子らとともにお内裏様に手を合わせて祈った。子供の質したいことを敏感に察したが、未だ学ぶところの少ない子らに愚痴などはいはない。ただ優美な顔に一瞬きびしさを示して、その子の晩年にいたるまで消え去りがたい深い痛切のセンスを教へた。ここに日本武士の本当の教育がある。
 日本人は無限の情感を、ただその進退と行動、生と死によって黙示した。理論説明では、無限をしめすことができない。
 柴五郎は、その後に大元帥の忠勇なる武臣として、天津事変の指揮官となり、日本軍を軍規正しく国際法に忠なる軍隊として列国の間に名声を高めた。後にかれは大元帥の下で最高級の大将に昇進した。優雅にしてきびしい母の眼ざしは、かれの長い生涯の導きとなった。母と子のこの天子さまへの忠誠を結びつけるのを、私は決して無理な変質だとは思はない(引用終わり)」。
         (FH生、東京)


(宮崎正弘のコメント)会津藩の名誉回復は遅れましたが、朝敵の汚名が晴れ、鶴賀城は再建され、会津若松へ行けば、市民の精神の拠り所になっているように見受けられました。明治維新政府が西南戦争で兵士を募集したとき、大量に駆けつけたのも会津藩士でした。それが軍に入り、薩長閥の軍事幹部のなかで、実質的に作戦を指導し、戦闘指導を展開していくのが、これまた会津藩士の末裔でした。
 その勇猛果敢さ、沈着冷静さは世界にも伝えられ、嘗てムッソリーニは白虎隊を検証する塔を寄贈しております。
 はなしは戻りますが、晩年の葦津先生とは二、三度。鎌倉の自宅をお尋ねしてお目にかかっております。奥さんに先立たれて寂しそうにしておられた頃です。葦津さんの憲法論も、国体論、明治維新論、みんな現代にも通じる見事な論考です。
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宮崎正弘の新刊予告!
 『朝鮮半島・台湾海峡のいま、三年後、五年後、十年後』(並木書房)
 十月上旬刊行! 予価1500円
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<<拓殖大学日本文化研究所 シンポジウム>>

◎入場無料!  どなたでも参加できます!
◎乃木代将は本当に愚将だったのか?
◎日中戦争への疑問、シベリア出兵、ノモンハン事件の現代的解釈は間違ってはいないのか。司馬遼太郎らの史観は正しいのか?
          記
 とき       9月10日(土曜日) 午後2時→5時(1330開場)。
 ところ      文京区小日向 拓殖大学キャンパスS館401大教室
(地下鉄丸の内線茗荷谷駅3分)
 テーマ      「近現代史の総点検」
 パネラー     井尻千男、遠藤浩一、黄文雄、福井雄三、藤岡信勝、宮崎正弘
 お問い合わせ   拓殖大学オープン・カレッジ(電話03−3947−7166)
 特記       先着300名 予約の必要はありません。
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 <<三島由紀夫研究会 公開講座>>
 
文豪・三島由紀夫とフランス文学者・澁澤龍彦との深い親交は、三島戯曲「サド侯爵夫人」等に結実しました。
両氏の「サド」を巡る解釈、澁澤龍彦が三島由紀夫に与えた影響、当時の文壇模様等々を、両人の永年に亘る親交を見聞して来た澁澤龍彦夫人に、直木賞作家の中村彰彦氏が対談形式で伺います。
 澁澤龍子氏略歴:作家・澁澤龍彦未亡人、著作に「澁澤龍彦との日々」(白水社)等々 
 中村彰彦氏略歴:直木賞作家、「二つの山河」(文藝春秋)で直木賞受賞。「烈士と呼ばれる男」」(文藝春秋)など。

      記
とき        平成17年9月27日(火) 午後7時(六時半開場)。
ところ   JR・地下鉄 市ヶ谷駅前
     「アルカディア市ヶ谷(私学会館)」4F 飛鳥の間  
演題   「没後35年特別企画― 対話形式による三島さんの思い出」
講師      作家・澁澤龍子氏(澁澤龍彦未亡人)、直木賞作家・中村彰彦
会場分担金 おひとり 二千円
 問い合わせ 03-3200-2295/ miura@nippon-nn.netまで
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<<宮崎正弘のロングセラーズ>>
『中国よ、“反日”ありがとう』(清流出版刊、1400円+税)
『瀕死の中国』(阪急コミュニケーションズ刊、1600円+税) 
http://deserveit.jp/am/asin/4484052083.html
『中国のいま、三年後、五年後、十年後(改訂版)』(並木書房、1575円)
http://deserveit.jp/am/asin/4890631704.html
『世界経済のいま、三年後、五年後、十年後』(並木書房、1575円)
『中国財閥の正体―その人脈と金脈』(扶桑社、1600円プラス税)
『拉致』(徳間文庫、590円+税、以下同)
『ザ・グレート・ゲーム』(小学館文庫、476円)
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