国際情勢

宮崎正弘の国際ニュース・早読み

 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

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宮崎正弘の国際ニュース・早読み

2005/05/08

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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成17年(2005年)5月8日(日曜日)
通巻第1117号 臨時特大号  
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 (承前)
<< ミャンマー取材日記 後編>>

(某月某日)ヤンゴンから北へ航空機で80分、バガンはモン族の王朝が栄えたところで、やたらとパゴダが建っている。文字通りバゴダだらけだ。パゴダとは仏教寺院、とくに仏塔、仏舎利を意味する。
 ミャンマーの地図を開くと、バガンは、ちょうど真ん中あたり、マンダレーのすぐ西に位置する。

 この町は人口が3万人から乾燥季に五万人に膨らむと言うが、要するに観光だけで食べている町、パゴダ、パゴダ、パゴダ。。。。
辻ごとにパゴダがにょきにょきと建っている。
 もっともミャンマーは現在、人口が5500万人に対して、パゴダは全土に一億一千カ所もある。ひとりあたり二カ所のバゴダを守らなければならない計算だ。
中世の日本でも神社仏閣はこれほどなかっただろう。筆者の生まれ故郷である金沢にも「寺町」があって百以上もの寺院がごろごろと並ぶが、その程度ではない。辻々がパゴダという感じである。

 しかもパゴダを保守管理運営しているのは、すべて民間の寄付金である。国家予算は一円も付いていない。中世から近世にかけての寺領のようなものである。
 となればミャンマーにおける政治行政の空間は、近代政治学で解析不能ではないのか。

 だが一方で、パゴダの町もクルマは99%が日本からの中古車、ミャンマーの各空港内のリムジンバスも都バスの中古、観光バスは会津交通、西武、箱根登山バスやら遠州バスまであって「とまるまで立ち上がらないでください」「走行中、席の移動はしないでください」「降車の際はこのボタンを」と日本語の表示がそのまま。思わずニヤリとなる。
 前日に見たバゴーでも、いくつかの有名なパゴダを見学したが、西洋人観光客はこの地に何泊かして、自転車を借りて克明に見て回っている。フランス人が多い。日本人のバックパッカーもすこしはいるようだ。

 筆者がみたかったのは「アーナンダ寺院」である。
この洞窟のかたちをした寺院の四面仏像は立像であり、それぞれの風貌は微妙に異なるが、信者が長年に亘って、その仏像に金箔を張り付けた。闇の中に輝く魅力、魔力、いやこれこそが仏力かも。

 イラワジ川はアジアで五番目に大きい。
乾燥期なのに水量が豊かである。ボロ船を雇ってイラワジ川に浮かべ、おりから沈みゆく夕日をみた。遙か向こうに山の稜線が霞み、そのまだ向こうがインパールだ。
 嗚呼、わが帝国陸軍は、この地で20萬余が生命をおとしたのだ。
 日本の奮闘によってビルマはイギリスの植民地支配を脱した。そのことを、この国の歴史教育では教えている。中国とはまるで違う。ちゃんと日本の貢献をおそわっているからミャンマーの国民は篤実なほどに親日的なのである(もっともヤンゴンの軍事博物館の展示には日本の侵略と説明されている由だが)。
思わず私はイラワジ川の船上からインパールの方向へむかって合掌した。
 

(某月某日)バガンからマンダレーまで、飛行機はたったの20分。窓から見た大地は茶褐色、凸凹が多く、耕作のあとさえない。農業が近代化できないのは、河川の氾濫、洪水との闘いによるのであろうか。
 雨期には洪水、乾期には川の中州も干しあがる。住民は掘建て小屋に住むが、水で流されてもすぐに“新築”するたくましさを持っている。そういえばミャンマーはチーク材と大理石の本場でしたっけ。

商都のマンダレーは人口640萬人、ヤンゴンより人口稠密な大都会である。
このため市内から44キロも離れたところに新空港を建設した。
マンダレー空港の滑走路、じつに4000メートル。ジャンボ機の乗り入れも可能。それなのに国際線で乗り入れているのはシンガポール、インドネシア、タイなど数社に過ぎず、ジャンボ用のブリッジは手持ちぶさた、出入国検査場もガラーンとしている。
国内線は小型のプロペラジェットで68人乗りだった。定期便以外に客があると臨時便をいつでも出すが、逆に客がすくないとフライト・キャンセルになる。
飛行時間20分の、バガンーマンダレー間をもしバスで行くと、十四時間ほどかかるという。
平野ではあっても深い渓谷と、幾本もの川が交通の利便性を削いでいるからだ。

ともかく新空港は「利用客が少数で、じつにもったいない話だ」とガイドが言ったが、これはマンダレーという、ちょうどミャンマーのど真ん中に位置する大都会の、商人達の戦略ではないのか、或いは将来の遷都をみすえてのことではないか、と筆者はいぶかった。
というのも待合室でスーツケース、ズボンの人達はローレックスの金時計、明らかに華僑である。華僑は最近、随分と雲南省あたりからミャンマーへ流れ込み、商業地を買いあさっている。新築のホテルや商店は華僑系が多いというので「台湾系も?」と聞くと、「台湾系は蒋介石との過去のいざこざがあり、国民党残党はタイ国境へ去って、ゲリラを指導したりしたため、ミャンマーと台湾は外交的に仲が悪い、したがって台湾華僑は滅多にいない」と答えた。

 マンダレーでは大半が自転車通勤である。
旧空港(市内にある)近くには工業団地が造成されている。通勤時間も自転車を漕いで、あの猛暑、炎天下を一時間以上が常識という。凄まじい汗をかくのに、すし詰めバスよりはマシという。まさに中国の地方都市の出勤風景と同じである。

 というわけでマンダレー空港から市内までバスで一時間もかかった。
途中の光景はといえば、のどかな農村風景がひろがり、水牛、山羊。運搬はロバ。マンゴーの樹が庭先に実り、獲れすぎるため、漬け物にもなる(これは旨かった)。
 緑が多く、共同井戸、溜め池。ここには古き良き農村共同体が息づいている。
 庶民は藁葺きの高床式の掘建小屋に住み、テレビなんぞあるわかはない。外国人を見たことのない農村の子供達は恥ずかしがり屋、それでいて人なつっこく、物売りもまったく摺れていない。トタン屋根の家が付近では金持ちと見なされ、平野部でとうもこし、綿、ゴマの栽培、丘陵部では焼き畑農業が主である。

だがバングラデシュやネパールほどの貧困でもないのである。
(この純朴な農村コミュニティは、しかしながら何時まで持つか?)
日本の高度成長は、田舎から大量の若者を都会部へと送り込んで工業社会を実現した。同時に農耕社会の伝統は希釈され、都会にでた若者が持ち帰る欧米流文化、ファッション、流行、物質のまぶしさに憧れて、田舎の価値観も壊れ、射幸心がとめどなく拡大した。
 古き良き時代の日本の伝統は年々歳々、工業化の進展とともに掻き消えた。 

現在のミャンマー軍事政権は、安全保障の専門家ではあっても市場経済に疎く、理論などそっちのけで経済政策をときおり無謀に変更する。中国系華僑は、その軍部へ深く食い込んでいる。

 マンダレーでは旧ノボテルに泊まった。庭園が広く、王宮跡に近いのに物静か、ホテルの周辺には物乞いも物売りも居ない。これはインドとまるで違う雰囲気だ。
 このミャンマー的な静謐さ、この物質文明にまだ毒されていない宗教社会は、しかし、本当にいつまで持つのか。華僑の乱入と商業的拡大はいずれミャンマーの伝統的価値観をわるい方向へ変革させてしまうのではないのか。
 夜、眠らないままホテルのバアでカクテルを飲んだ。喧噪な音楽、舞台の歌手は西洋と日本の歌を歌っていた。ああ「ビルマの竪琴」よ、いずこ。 


(某月某日)ヤンゴンに戻った。
 ホテルの売店にはウォールストリート・ジャーナル、ヘラルド・トリビューンなどの英字紙も売っているが、暑さに疲れて買おうという気が起こらない。
(情報?このくにでは金融情勢も国際情報もたくさんだ!)
 中国がミャンマーへ大々的に進出し、横暴を極めていることは書いた。とくに製造、物流面で華僑の進出がめざましい。ヤンゴンのチャイナ・タウンにすぐさま足を延ばしたが、ショーウィンドーには世界の一流品が並び、アーケード街は殷賑を極めていた。そのわりに物乞いが少ない。
中華料理のレストランがそこら中にある。縫製工場も宝石加工も華僑経営が多い。驚きなのは中国語が通じることである。

ちなみに宝石はミャンマーの国益にかかわる重要産業だから税務監査がきびしく、翡翠、ルビー、サファイアなど、わずか数十ドルの買い物でも逐一領収書が発行される。税金は売り上げの一割。
ざっとアーケードを見たが、華僑系が繊維、貴金属をほぼ独占し、雑貨、工芸などがビルマ族ではないか、と観察できた。

経済問題は深刻である。日本の1・5倍の国土面積に日本の半分の人口しか居ない。人口密度はしたがって日本の三分の一、どこへいっても水牛と大地。
 工業のインフラはと言えば電力不足により停電が多い。ハイウエィも建設がのろく、鉄道は半世紀前のスピード。また映画館がたくさんあるのにも驚いた。外国映画も輸入されていて意外や意外「冬のソナタ」が大ブームというから驚かされる。

 ヤンゴンで宿泊したホテル「トレィダーズ」には日本料亭も入っている! 日本酒の冷や酒も熱燗もある。これも世界的流行のようだ。
二階のバアは完全にアメリカ式、ビリヤード、ダーツ。ここでも現地人がスコッチに酔い、英語の歌を外国人観光客にまざったビルマ人が歌っている。宗教律がうるさい筈なのに、この価値紊乱は、やはりニューデリーやムンバイ(ボンベイ)と酷似しているのか。
ここでは「カミカゼ」というカクテルを飲んだ。命名が気に入ったからだが、飲むとなんのことはない、ウォッカとライムである。

 外国資本の流入とともにビルマ人の若者の意識が急速に変わった。伝統が希釈していく懼れはないのか、という杞憂は現実の問題となった。
雇用機会が増え、女性の就労機会が急増し、このため婚期が遅くなる。ミャンマーでさえ働く女性の婚期は30歳代が多い。その結果、結婚しても子供が一人か二人、進学率が上昇し、価値観が変わる。中国、ベトナム、印度と同じである。ミャンマー経済についてはいずれ稿を改める。

 大事なポイントは以下の要素である。
 ミャンマーの人々が貧困に喘いでいても、人間性が豊かで、哲学的な人生への取り組みが比較的どっしりとして見えるのは仏教を基礎とする伝統文化を尊ぶ民族の精神である。日本のようにひきこもりが目立たないのは僧侶が求心力となった精神社会の強靱さでもある。
 戦後の日本がうしなったものは、こうした精神世界である。

 仏教原理を価値観の頂点におくため軍人でも有名なパゴダへの参拝と寄付を演出し、憲法を超える宗教律にその統治の権威をすがる。
 仏教原理がまつりごとの求心力にある。
タイが国王と仏教の権威を重ね持つ智慧に基づき、首相は国王に拝謁するかたちを踏襲して社会を安定させてきたように。
 しかしミャンマー元国王はイギリスにより印度に拉致されてから半世紀以上も経った。その権威の代替を軍部が行うため、ミャンマーの統治形態もペルシアやサウジと同様に伝統的権威の確立はひどく遠のいてしまったのだ。
 カンボジアのシアヌークのような国王復帰劇はおそらくないのではないか。

 このような歴史の経緯とミャンマー的統治原理を理解しない欧米が、伝統を無視したスーチー女史を支援し、一方で人権を楯とした経済制裁を行っている。制裁は率直に言って無意味である。それに唯々諾々として従う日本は、外交力の基礎がなきに等しい。
 ミャンマーの未来はそれほど明るくはないが、民衆の目の輝きを見る限り、暗くもない。それにしても、台湾といい、インドと言い、ミャンマーも日本への期待は想像以上に大きい。これらの親日国家を日本はあまりに粗末に扱いすぎていないか。
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(お知らせ)宮崎正弘の新刊『瀕死の中国(ドラゴン)』(阪急コミュニケーションズ刊)は5月25日、また『中国よ、反日ありがとう』(清流出版刊)は6月初旬に全国一斉発売。詳細は追ってこの欄で御案内します。
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(読者の声1)中国人の定義はあるのか?とKJ生氏が問われています(貴誌1114号、「読者の声5」)。
それに対する貴台のコメントの通り、シナ大陸に昔から今に至るまで在り続けているのは、゛多民族の混在゛した国家群であり、つまり゛「中華民族」は架空の概念゛でしょう。
小生が中国に行って現地の人と話すと、自分は「漢民族」だという誇らしげな態度や発言に接します。洗脳教育の素晴らしい成果だと常々感心しています(笑)。
渡部昇一氏はこう述べています。
 『そもそも、「中国人」というもの自体が一種の幻想なんですよ。「中国人」などという民族はどこにもいない。「ヨーロッパ人」という民族が存在しないようなものです。岡田英弘先生によると、漢末から唐に至る間に、もう八割の民族が入れ替わっているといいます。元や清など、明らかに異民族の王朝が支配した時代も長い。それを彼らは、ぜんぶひっくるめて「中国人の輝かしい成果」だとして、威張っている。』
中国人はとんでもない虚構を抱えて生き延びているのです!

岡田先生は、漢民族国家は秦・漢までで、隋・唐は北から入ってきた鮮卑人の国家だったと説いています。
私としては、何がこの壮大な虚構を可能にしているかに興味が沸きます。渡部氏は次のような自説を展開しています。
『こうした信じがたい幻想がまかり通っている原因は、おそらく漢字にあります。すべて漢字で書かれているから同じ文明だと思い込んでしまった。もしシナがアルファベットのような表音文字を使っていたら、いくつもの民族におのずと分裂していたでしょうね。』
 <そうか、そうならば漢字を排してハングルのような表音文字に頼っているような半島の民族に明日はないんだ。可哀想(笑)>。
冗談はさて措き、その漢字の第一級資料で日本にしかないものがかなり多くあり、漢字・漢文学の研究はシナだけでは不可能だと聞きました。更には、今の中国人は、隋・唐代の漢詩が読めないそうです。簡字体しか知らず語彙に疎い現代中国人は、渡部説を揺るがせているのです。
翻って日本はどうなんでしょう。
日本民族の象徴として精神的な中心となられている天皇、その祖先が神として活躍する神話を持っているのは日本人だけです。
本居宜長のお蔭で『古事記』を江戸時代から再び読めるようになりました。宣長が、日本民族の中心にある天皇の先祖たちが神として活躍する日本神話を蘇らせたのです。日本民族の源流を復したのです。ひとりの先達の偉業が日本民族の宝を取り戻したのです。それが無ければ民族の一体性、連続性は保てずアジア唯一の近代国家としての発展はなかったでしょう。
日本民族は神代からの歴史を保持している稀有な存在です。これが日本民族を脆く危うくさせている一面を形成しているのですが、これこそがわが民族の特徴です。
こんな民族ですから、大陸や半島にいるとげとげしい諸民族に伍していくことの難しさ、困難があります。
中国には長い過去はあるが、あれは歴史ではない、と藤井厳喜氏は喝破しています。中国人に我々のような神話も歴史も無いのは言うまでもありません。
「怪力乱神を語らず」の世界観を持つ民族ですから神話は無く、 後世から自己に都合よく捏造したものが彼らの「歴史」だというのですから、言葉の用法が全く違うと想到すべきです。藤井氏によると、生きた神話を持っているのは日本人とユダヤ人しかいないのです。
北欧神話を戴く人々はキリスト教化してしまい、ギリシアは自らの神々を捨てて、ギリシア正教に走ってしまいました。ユダヤ人とて、彼らの神話である旧約聖書に登場するソロモンやダビデの子孫は遥か昔に絶えてしまい存在していません。
現在生きておられる天皇の祖先が神として活躍している神話を戴いている民族は日本人だけです。神世に連なる歴史ははっきりしないことが多いのですが、文字のない時代のことですから仕方がないことです。逆説的なもの云いになりますが、文字のなかった「伝承の世界」のほうが、より「真実」は伝えられていたのです。この曖昧感に包まれているのが日本人の世界であり歴史だと観じます。
          (しなの六文銭)


(宮崎正弘のコメント)なんだかミャンマー紀行のつづきを先取りされたような文章を偶然頂きましたね。
 本居宣長を理解するのは並大抵ではありませんね。松坂の宣長先生の庵跡を、小生も二回、訪れておりますが、三年ほど前に行ったおりに地元のタクシーが場所を知りませんでした。あんな小さな町で、ですよ。
 小林秀雄氏の『本居宣長』も、三回ほど挑みましたが、結局、こんにち至るも完全に理解できません。もっとも小林さんの宣長はオカルトがわからないと咀嚼不能ではありますが。。。
 ですから御説、もちろん満腔の賛意ですが、はたしてどれだけの日本人が、このような正論に耳を傾けるでしょうか?
 

  ♪
(読者の声2)貴誌に予告がなかったものですからうっかり見逃すところでした。一昨日の金曜日、午後9時の日経CNBCを見ておりました。突如、宮崎さんが登場。三原淳雄さん、生島ヒロシさんと丁々発止で中国論を展開されていた。随分と裏情報が満載で、納得しました。それにしても感心しましたね。出演者の皆さんも宮崎さんのはなしに聞き惚れていた、という感じです。
さて、同日11時すぎに今度は「櫻チャンネル」をひねると、またもや宮崎正弘さんが登場、司会役の潮まさと氏と台湾問題を展開されていて、こちらのほうは前者より幾分長く、こんどは台湾問題と中国の戦略についてはなされており、夢中になって聞きました。
国民党主席と共産党主席の会談は、レジテマシーがなく、合意事項も少なかった、という政治学的な分析も目からうろこでした。
台湾の国民党はようするに陳水扁政権への厭がらせに北京に詣でたようなものですか。
また台湾では連戦主席出発当日に独立派と国民党支持者とのあいだで流血の乱闘があったこと、連戦の帰国日には、また飛行場に反対する本土派の人達が押し寄せ、「連戦じじぃ、台湾に帰るな」と大規模なデモがあったことなど日本の新聞に出ませんでしたので初めて知りました。
ともかく先生の裏情報満載の国際情勢の解説は、非常に有益でした。
    (WH生、川崎市)


(宮崎正弘のコメント)緊急の番組でしたので、小誌で御案内をする時間がありませんでした。ともに同日中の録画ですが、放送一時間前か、二時間前の録画ですから生中継番組と変わらないと思います。
予告する時間があれば、この欄でもお知らせします。


  ♪
(読者の声3)ニッポン放送株買占め騒動で大手マスコミが何故か書かない重要な問題があります。もっともおそらくその問題に気付くだけの調査能力、情報感覚がないのであろうということも大きな問題ですが。
それは、堀江氏のスポンサーがだれかということです。たとえ有利な資金融資条件であったとして、ハゲタカファンドが堀江氏にあれだけ巨額の資金を提供する以上、だれか有力なスポンサーがいたと考えるのが自然でしょう。新潮社発行の『フォーサイト』5月号に阿部重夫氏がこう書いています。
「霞ヶ関でささやかれているのは、国内のリース会社か商工ローンのノンバンクが仕掛けの本尊ではないか、という説である。」
私が聞いているのは、某大手広域暴力団がスポンサーであるという噂です。最近大手暴力団は、金融工学を学んだ優秀な人材をあつめているそうですから、大いにありうる話です。あっさりと堀江氏が和解に応じたのもこう考えると頷けます。初めから売買益獲得が目的なのですから。インターネットと放送の融合は時代の流れです。堀江氏が旗振りをしても影響ありません。堀江氏の存在は、Windows画面のイルカのようなものでしょう。
     (ST生、神奈川)


(宮崎正弘のコメント)堀江氏が果たしたのはグリーンメーラーですが、なるほどご指摘のような裏面があるとすれば、この問題は長く尾を引きますね。
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     <<宮崎正弘のロングセラーズ>>
http://www.nippon-nn.net/miyazaki/saisinkan/index.html
『中国のいま、三年後、五年後、十年後(改訂版)』(並木書房、1575円)
『世界経済のいま、三年後、五年後、十年後』(並木書房、1575円)
『中国財閥の正体―その人脈と金脈』(扶桑社、1600円)
『拉致』(徳間文庫、590円+税、以下同)
『ザ・グレート・ゲーム』(小学館文庫、476円)
『ネオコンの標的』(二見書房、1600円)
『いま中国はこうなっている』(徳間書店、1500円)
『迷走中国の天国と地獄』(清流出版、1500円) 
 (宅配便による注文は下記サイトでも取り扱っています)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/search-handle-form/ref=s_b_rs/250-2645852-0546630
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◎宮崎正弘のホームページ http://www.nippon-nn.net/miyazaki/
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