国際情勢

宮崎正弘の国際ニュース・早読み

 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

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宮崎正弘の国際ニュース・早読み

2004/09/10

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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
     平成16年(2004)9月10日(金曜日)
            通巻 第908号  
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フルシチョフ解任劇に匹敵する、突然の“江沢民更迭”はあるか?
 16日からの「四中全会」前後に「まさかのシナリオ」の蓋然性を巡って
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筆者はすでに8月26日付けの小誌に次のように書いた(全文は一番下段に再録)

引用開始。
「9月に「第四全会」(中国共産党台16期中央委員会第4回全体会議)が開催される。
 先日の反日サッカーを苦々しく総括した胡執行部は、小平を絶賛する行為によって、事実上、江沢民を非難した。それがあの演説の暗喩である。
 そのことを暗黙に理解し、胡の演説に喝采を送ったのが党長老や領袖達であるとすれば、その背後にあるのは民意である。だとすれば、第四全会は、波乱を呼びこむ画期的な路線変更が行われる可能性が高まった」(引用終わり)。

今月も6日になって『ニューヨーク・タイムズ』紙が、「江沢民引退説」を流した。拙報より10日後(自慢しているわけじゃありません)。

爾来、ようやく日本の中国ウォッチャーのあいだにも、江沢民更迭説が拡がった。

しかし、世界的メディアがここまで書いてしまった以上、江沢民一派は結束して防御に廻り、胡錦濤らの意図を、軍を使ってでも阻止するだろう。
前掲ニューヨークタイムズの報道は「改革派」から言えば「よけいなことをしてくれた」ことになるだろう。

もし、そうでないとき。つまり江沢民が失脚するときは、黄菊、呉邦国、賈慶林ら「上海幇」が一斉に江沢民を裏切り、ましてこの政変劇の黒幕は江沢民子飼いの筆頭「曾慶紅」とならなければならない。
いやそれこそが中国的三国志の世界ではないか。

そこまで周到な、嘗てのフルシチョフ解任劇に相当するドラマがおきるか、どうか。
筆者の予測は30%である。
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(宮崎正弘の近況)
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(某月某日)「斗南藩の足跡を訪ねて」という不思議な“ツアー”に参加した。
 戊辰戦争で薩長に敗れ、あげくに辺境へ移封された会津藩士らの悲劇は、いくつもの物語となった。新移封地は「斗南藩三万石」などと言われても、大雪寒波貧困の僻地で、実質5,6千石しかなかった。しかし山川浩らが、下北半島を主張した。
 厳寒の地へ移住した一万七千の会津藩士とその家族のうち、到着までに13%の人達が飢えと寒さによる病で死んだ。
 ここから始まる会津の臥薪嘗胆劇は、作家・中村彰彦の世界である。
 大急ぎの斗南藩の遺跡の旅といっても、じつは旅行会社主催のツアーではなくて、自主的組織の計画に希望者が参加する形式。もともとは会津高校OB会(会長は川島弘守氏)が企画したツアーで、そこに中村彰彦グループが相乗りのかたちになった。相乗りのほうは大学教授多少に編集者が多く、参加者が急増となった。
 朝9時東京駅集合。(わぁ。いる、いる。49人も!これじゃバスは補助椅子ですね)。
当初、この話を聞いたとき、せいぜい30人で、もうすこし仲間を募集しようということになっていたのに、これほど会津の苦労話に興味があるのか。或いはことしの大河ドラマが新撰組のせいか。それとも珍しい青森県の港にも立ち寄るので、飲もうというだけの人も?
 新幹線「はやて」で八戸に着いて、一カ所ゆかりの地を見学し、むつ市までバスを飛ばした。東京は33度、むつは14度。
 夜の宴会は、とおく北海道会津会、十和田会津会、名古屋会津会らのメンバーも合流し、賑やかな会となる。斗南の命名は北斗七星に由来する、とこの夜はじめて知った。中村の部屋で二次会(というのもホテル内にはバアもない)、車座で20人ほど。若者達は夜中の3時半まで痛飲したらしいが、小生は12時前に自室へ引き上げた。
 翌日は斗南藩庁舎址、上陸地点、墓地、柴五郎の出生の場所(峡谷のボロ屋でした)などを斗南にすみついた会津子孫の郷土史家(といっても80歳から90歳近い人ばかり)の案内と解説付き。
ついでに日本三大霊場のひとつ、恐山へ登り、三途の川、賽の河原、極楽ケ濱などをゆったりと見学した。そこから雨に祟られ、すこし予定を切り上げて下山。市内から八戸にかけて豪雨になる。
 帰りの新幹線「はやて」も、小生らのボックスは椅子席をセットし直した六人掛け。中村彰彦、錦仁(新潟大学教授)、萩野貞樹(前産能大教授)、豊田健次(前『文学界』『オール読み物』編集長、K氏は講談社編集幹部)らの面々だから、忽ちにして「宴会場」と化し、酒を次々と注文するので、売り子に嫌がられてしまった。カラオケこそでなかったものの和気藹々のうちに、おびただしい酒とビールが空いて上野着。


(某月某日)愚息の結婚式。天気がすぐれず、台風16号の大雨のなかだったが乃木会館で厳粛なセレモニーができた。台風は「幸運」?
 昨年暮れ頃から急に結婚話が持ち上がったが、息子が24歳の誕生日に挙式しようと言い出したのは6月で、それから僅か二ヶ月の、大慌ての準備(といっても小生は何も関与したわけではないが)、いろいろと会場を視察して廻って配偶者と二人で乃木神社と決めたらしい。
偶然だが、乃木神社は過去34年、「憂国忌」の神事でお世話をいただいているところ、小生自身も高山宮司をよく存じ上げている。
神前は荘厳にして、静謐。日本人はやっぱり耶蘇教の教会より、神社に限りますね。海外の教会で結婚式も流行だけど、日本人のこころの安らぎを覚える。ただしキリスト教徒の皆さんは、どうぞ。教会で。
さて参列者は両家の親戚はもとより、新郎新婦の職場の上司、同僚。かれらの学生時代の仲間、友人。くわえて小生の仲間も十数人が便乗し、大所帯の、わいわいがやがやの披露宴となってしまった。
準備段階で、まかせっきりの身としては、どういうプログラムが進行するのかも知らない。紋付き袴の新郎、花嫁は和服での入場、鏡開きとなった。息子夫婦が手作りで、プログラムやら進行の演出を考え抜いたらしい。
金澤からは小生の弟夫妻も駆けつけてくれた。米子に嫁いだ次女も夫と孫をつれての参加。わが家も、長女を交え、一年半ぶりに全員集合となったが、「もう一人の主役」はよちよち歩きを始めた孫でした。
冒頭で息子がなぜ大時代的な「鏡開き」に拘ったのか、酒も新潟からわざわざ取り寄せたか、このときようやく納得した。神殿での挙式の延長として、神事のつづきを意味するらしい。
桝に移しなおした新潟の銘酒を皆さんに味わっていただく。
上司の挨拶は型どおり、乾杯の音頭は小生の友人を代表して評論家兼実業家の植田剛彦にとってもらった。
ついでに乃木神社なので、自然発生的に「水帥営」を有志で大合唱。中村彰彦が飛び入りで、この佐々木信綱が作詞の背景を即席で解説してくれた。メインスピーチは佐々木俊夫。また西村真悟代議士と中川昭一大臣からも祝いのメッセージを頂く。息子イチロウの名付け親は青嵐会の故中川一郎代議士だったのだ。
形通りの両親への花束贈呈となり、おや、花束のかわりにミニチュアの米俵。二人の産まれたときの体重分の米をいれたもので、受け取る側の小生夫妻は意表をつかれてしまった。
式の最後は小生の感謝の辞だったが、すこし酔っぱらっていたので何を喋ったのか、よく憶えていない。会場が何回かドッと笑った記憶がある。
別れ際に乃木神社へ奉納する絵馬を全員に配布し、それぞれの願い事を書いていただく。当日、天候が晴れていれば境内で篝火を焚いての二次会を予定していたらしいが、あいにくの雨のため、会場の時間を延長してもらった。
久しぶりの親戚、先方の関係者、息子と花嫁の友人らと挨拶したあと、小生は友人達と雨の中、新宿へ。乃木神社で挙式なので当然の結末として日露戦争百年の軍歌大会となってお開きでした。
 

(某月某日)台風一過のフェーン現象による猛暑。夕方から藤岡信勝教授邸で、飲んで食べて喋る会。ゲストは作家の石井竜生、井原まなみ(おしどり夫婦作家)、警察ミステリーで著名だが、作風はしっかりしていて構成も十二分にいきとどいた作品が多い。
 じつは教科書問題に取り組んだ書き下ろしミステリーを10月に文春から出されるが、そのあと、中国を舞台とするミステリー大作に挑まれるとか。それで小生もなにかの役に立つかも知れないと藤岡先生からお声がかかったのだ。
藤岡さんは小生の住みかとおなじ町内会と比喩できるほどお近くに住んでおられ、結婚された長女一家も同じマンション。長男をふくめて藤岡一家総出で歓待していただく。石井家も長女が鎌倉から参加。賑やかな夕食会となった。
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 (おしらせ)

 緊急国民集会の御案内
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日 時   9月17日(金) 午後6時半〜8時半
場 所   九段会館(東京都千代田区九段南1−6−5 TEL 03-3261-5521)
司 会   櫻井よしこ・ジャーナリスト 
登壇予定者 主催団体各代表、横田滋・北朝鮮に拉致被害者家族連絡会代表、佐藤勝巳・北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会会長、平沼赳夫・北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟会長 
基調報告? 西岡力・救う会常任副会長
      「北朝鮮の2つのうそ、金正日の謀略と責任のがれ」
基調報告? 荒木和博・特定失踪者問題調査会代表
  「拉致被害者は100人を上回る、特定失踪者の調査結果から」
訴 え   家族会代表者、失踪者家族代表者
最寄り駅  地下鉄東西線・新宿線・半蔵門線九段下駅から徒歩約1分
参加費   無料(カンパ箱を設置しています)
連絡先   「救う会」 〒112-0013 東京都文京区音羽1-17-11-905
  TEL 03-3946-5780 FAX 03-3946-5784 担当=平田隆太郎
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(再録 小誌平成16年(2004)8月26日(木曜日)通巻 第897号  
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 小平の生誕100年記念行事に籠められたアンチ江沢民のメッセージ
     九月「四全中会」で劇的なゲームセット?
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 (この文章は再録です)

 ▲小平の銅像除幕式にも胡主席が
 
 先頃、中国各地では小平生誕百年を祝う記念行事が開かれ、故郷の四川省廣安市では小平の銅像除幕式までが粛々と執り行われた。
 この銅像除幕式には、北京から胡錦濤・中国共産党中央総書記(兼)国家主席が駆けつけ、「小平同志が中国革命、国家建設、改革事業を推進した偉大な功績は永遠に歴史に残る」などと演説したあと、自ら銅像を除幕した。
  中国は墓が暴かれる習慣があるとして、小平は葬儀後の海への散骨を遺言、それに立ち会ったのも胡錦濤である。
 
 胡錦濤は除幕式で「小平同志は全党、全軍、全国各民族人民の認める卓越した指導者であり、わが党第二世代中央指導グループの核心であり、わが国の社会主義改革開放と現代化建設の総設計士であり、小平理論の創立者であり、党内外と国内外で崇高な威信を有している」(訳文は「人民網日本語版」2004年8月14日付けに準拠)と誉めあげた。

 便乗して香港の有名な貴金属店「周大福」では生誕百周年記念の純金彫刻や金製、銀製の記念コインを展示した。写真展が開かれた地方都市もある。
 北京では8月22日に記念式典を開かれ、おやめずらしや、朱容基・前首相、薄一波・元副首相、力群・元党宣伝部長などが出席した。ほかに栄毅仁・元国家副主席、宋平・元党政治局常務委員、劉華清・元中央軍事委副主席ら化石のように、忘れかけられた人達も顔を揃えた。

  この顔ぶれに注目。とくに中国財閥トップの黒幕=栄毅仁、改革派の領袖として胡の背後にまわる守護神=宋平、いまも江沢民の軍支配を快く思わない解放軍の影の実力者・劉華清の三人!
  小平が中国の最高権力を掌握できたのは人民をおさえこむ暴力装置(軍)を巧妙に抑えていたからである。

 ▲北京では江沢民も出席したが。。。

 さて22日の北京の記念式典で、またもや胡錦濤が演説した。目撃談によれば、胡が小平を誉めあげる度に、会場からどっと拍手が湧いた。
 となりの席で江沢民が仏頂面だったそうな。
 これは何を意味しているのか。
 小平は軍権を江沢民に譲っても死ぬまで「最高実力者」といわれた。
 江沢民は「中央軍事委員会」の主任と「党軍事委員会」の主任を兼ねて、法的には「最高指導者」だが、党内からも軍からもまるで尊敬が集まらない。
 民意はすでに江沢民にはない。
 なぜなら軍を掌握しているはずの江沢民には肝心の軍歴ががなく、輝かしい革命元勲のひとり、小平が生きていたときにその巨大な影響力を借用して軍長老たちに引退を迫り、つぎに依怙贔屓に次ぐ依怙贔屓で77名もの「大将」を粗製濫造し、あまつさえ誰もが欠伸を噛み殺した内容の江沢民理論「三個代表論」を発表した。
 全土には毛沢東、小平とならべて自分の顔を大看板に配させた。
 江沢民への反発は強まったが、軍をおさえた以上、オモテだった反対はなかった。

 そのうえで江沢民は軍の近代化路線を支持するという無謀な軍事予算の拡大を獲得し、故意に強硬な国防路線を堅持、そのために台湾侵攻路線を捨てきれなくなった。
 軍に阿諛追従し、つぎには軍を宥めるために江沢民が戦術として軍事力強化、強硬路線を堅持したのである。
 こうして軍の増長が再開された。
 すでに政治局常務委員の序列にない男が党大会などで、いまも胡錦濤より先に入場し、上海には驚くような豪邸を建て、北京の軍事委員会のビルではワンフロアをまるまる「江沢民事務所」として占拠し、こうした傲慢ぶりをみてきた民意は、すっかり江沢民から離れてしまった。
 しかし、軍事を握って離さない江沢民の存在があるため、胡錦濤は、依然として思い切った改革路線に踏み込めない。
 だからこそ小平生誕百年の式典は、江沢民をコーナーへ追い込む絶好の政治的チャンスだったのである。


 ▲「中国のゴルバチョフ」は胡か、曾か?

 胡錦濤・温家宝路線のホンネは、「反日路線反対」、台湾問題でも「侵攻シナリオ反対」のリアリズムに立脚する。過去数年間というもの彼らは江沢民のしかける反日キャンペーンをまったく無益なものと認識してきたと北京の情報通は言う。
 胡錦濤が上海育ちなのに、安徽省出身と言い張るのは全土から嫌われる「上海幇」と同一視されたくないためである。
 政治局常務委員に江沢民によって引き上げられた呉官正なども既に「上海幇」から距離を置いている。

 「中国のゴルバチョフ」になれる可能性を秘めるのは、江沢民子飼いと見られてきた曾慶紅(政治局常務委員序列第五位、国家副主席)であるともいう。
 曾は、事実上、ナンバーツーである。
 もし曾慶紅が江沢民から離れ、反日カルトの暴走を阻止し、活動家たちを拘束し、反日ならびに台湾攻撃キャンペーンを中止させ、各地の反日記念館に閉鎖を命じることができれば、日中関係は、かの小平時代にもどることができる、というのだ。
 「?」。

 九月に「第四全会」(中国共産党台16期中央委員会第4回全体会議)が開催される。
 先日の反日サッカーを苦々しく総括した胡執行部は、小平を絶賛する行為によって、事実上、江沢民を非難した。
  それがあの演説の暗喩である。
 そのことを暗黙に理解し、胡の演説に喝采を送ったのが党長老や領袖達であるとすれば、その背後にあるのは民意である。
 だとすれば、第四全会は、波乱を呼びこむ画期的な路線変更が行われる可能性が高まった。
 「いまごろ季節はずれの小平評価を展開した中国は経済の行き詰まりに、なにか精神的救いがほしいからではないのか」と表面的な分析を得々となって『ニューヨーク・タイムズ』が展開していたが、そんな浅薄な理解で、現在の北京政治情勢は説明が付かないんじゃありませんか? 
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◎宮崎正弘のロングセラーズ◎
『中国財閥の正体―その人脈と金脈』(扶桑社、1600円税込み)
『中国のいま、三年後、五年後、十年後』(並木書房、1500円+税)
『拉致』(徳間文庫、590円+税、以下同)
『ネオコンの標的』(二見書房、1500円)
『ザ・グレート・ゲーム』(小学館文庫、476円)
『胡錦濤 中国の新覇権戦略』(KKベストセラーズ、1460円)
『いま中国はこうなっている』(徳間書店、1500円)
『迷走中国の天国と地獄』(清流出版、1500円)
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