国際情勢

宮崎正弘の国際ニュース・早読み

 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

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宮崎正弘の国際ニュース・早読み

2004/08/07

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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成16年(2004)8月8日(日曜日、エクストラ版)
          通巻 第880号 臨時増刊
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 (下記の文章は『正論』8月号に掲載されたものです。発売期間が過ぎましたので再録します)。
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 さらば中国幻想、こんにちはインド
親日の強力な”友邦”に目を向けよ
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  ▲インド市場が燃えている

 6月のG8シーアイランズ・サミットで記者会見に臨んだ次の開催地英国のブレア首相に「インドと中国を加えてG10体制とすべきでは?」と質問が飛んだ。「ある時点でおそらく(加盟国を)変えるべきだ」とブレア首相は答えた。またイタリアのベルルスコーニ首相は「当然、インドと中国も加わるべきだ」と発言した。
 インドの人口は十億人。国土は日本の九倍。南アジア最大の軍事大国だが、同時にアジア有数の親日国家でもある。そのインドが資本市場を急速に自由化させ、中国に替わって”世界の工場”となるシナリオが日々高まってきた。
  インドの昨年第四四半期(10月ー12月)GDP成長率は中国を抜いて堂々の10・4%だった。
 「えっ。あんな貧乏な、宗教対立の激しい國が?」というのが日本人の平均的反応だが、貧困インドはがらりと大音たてて「経済大国」に変身中なのである。
 筆者はそれほどインドに通っているわけではないが、過去三十年間に五回行っている。毎回、発展と進化に新鮮な驚きがある。
 製造業ばかりか、流行のIT、ソフトウェア産業はインドに下請けが集中している。とくに「インドソフトウエア業協会」が6月7日に発表した統計に拠れば、昨年の輸出は30%も急増、売り上げも125億ドルを突破した(これは中国の二倍強)。
 インド最大財閥タタ系列の「タタ・コンサルティング・サービス」(TCS)は近く株式を上場するが、なんと調達額は9億ドルに達すると予測され、史上最大規模となる。
 街を歩いて如実な変化は若者、ビジネスマンを中心に携帯電話がインドでも急速に普及している事実だ。
 所得があがり、都会の中産階級は消費も派手になった。高級ホテルには着飾った男女が出入りしている。有名ブランドの店舗も軒を競う。
 最近、多国籍企業がインドに電話センターなど所謂「バック・オフィス」を設置する傾向まで顕著になった。欧米企業の世界戦略は日本企業のはるか先を走っているのだ。
 なかでも顕著な動きは映画産業である。
 「来年あたりインド映画がオスカーを獲得するだろう」と映画通がいう。
 直近の米週刊誌『タイム』にもアジア映画の特集が組まれていて本場ハリウッドがインド映画の興隆に注目している様が紹介されている。
 香港、台湾、韓国、中国の映画は、日本映画の衰退をよそに盛況繁栄の最中だが、インドのムンバイ(ボンベイ)を中心とする映画産業はハリウッドと対比して「ボリウッド」と呼ばれ、実はアジア最大。質も高いので世界の注目をあつめる。
 このボリウッドではアクション映画から恋愛、冒険、家庭劇など年間800本以上の映画が製作されている。毎週15本の新作映画が封切られる勘定だ。
 五月下旬から六月にかけて筆者はインドを旅行した。ムンバイからデリーへ向かう国内線で偶然隣りに座った背の高い若者と話し込んでいたら彼はボリウッドの俳優で年間10本の映画に主演しているというではないか。
 早速、即席インタビューを試みた。
 長い名前で覚えきれなかったが機内にあったインドの雑誌にも彼の顔が出ていた。仮にN氏とするが、「近年の技術的向上と国際感覚が格段によくなり、これまではハリウッド映画の下請けだった特質から抜け出した」と説明を始めた。
 N氏に拠れば「欧米のインド系三世、四世が投資グループを組織して大がかりな大作をつくるため膨大なカネを投じ始めた。過去五年間の傾向で、欧米の投資家が狙うのはインド国内市場ではなく世界の配給権だ。ハリウッドを支配したユダヤ資本に対抗できる力を溜め込みつつある」と興奮気味。だからオスカーをインド映画が手にできる日は近い、と胸を張るのである。
 半信半疑のまま、ムンバイの海岸通りを歩くと、「えっ。ここは上海か、六本木か」と思われるほど華やかなで、モダンな都会の夜の顔を見せる。インドにも”新人類”が登場した事実は知っていたが、深夜営業のディスコ、ショットバアが立ち並ぶ一角に夥しい若者が出入りしている。
 無国籍バアに冷やかしで入店、驚いた。
 若いインド人女性がジーンズにタンクトップの格好をして身体をくねらせ英語の歌を歌っているではないか。
 あの数千年来のヒンズー教の文化的価値感が大都会の繁華街から消滅しつつあるのか、訝った。筆者はその日、現地の新聞で興味深いコラムを見つけた。
 ヒンズー教徒の若い世代の間に「離婚」が常識的となり、或る世論調査では「87%の人が配偶者に誠実、13%は浮気をしない、と答えた反面で、72%は配偶者以外の異性と性体験がある(複数回答)」とした記事だ(『タイムズ・オブ・インディア』、04年6月2日付け)。
 香港では二組に一組の夫婦が離婚するが、よもやインドでもそういう萌芽があるとは!
 翌朝、ムンバイの中心街(丸の内、大手町に匹敵)を歩くとシティバンク、HSBC、バンカメなど国際金融機関のビル、走るクルマはベンツ、アウディ、BMW。。。。
 「ムンバイはデリーの十分の一という狭い街に千五百万人が蝟集している。だから土地の値段は、おそらくNY、香港、東京を抜いて世界一高い」とヘンに自慢された。知り合いの日本人の駐在員が借りているマンション、ちなみに6DKで家賃が百万円強である。
 不動産に投資しているのはインド財閥が主力である。
 「インドへの投資のほうが中国より魅力的である」とピーター・ドラッカーが予想したのは昨年の『フォーブス』誌だった。「巨大な軍と農村の余剰を都会の製造業が吸収するという社会構造の変化を中国に望むのは無理だろう」としてドラッカーは続けた。「なによりも教育を受けたエンジニア、スペシャリストがインドに大量に育っている」。
 このドラッカー発言に飛び上がらんばかりの歓迎を示したのはインドの産業界。タダで広告して貰ったようなものだ。それほど欧米企業のインド進出は続いているのである。


  ▲ハイテクのメッカを往く

 ムンバイ(旧名ボンベイはイギリスが勝手につけた)から南へ飛行機で二時間、「インドの軽井沢」と呼ばれるバンガロールという美しい街がひろがる。
 いまでこそ「インドのシリコンバレー」として有名だが、十年前なぞ日本企業は一社か二社しか進出しておらず、森嘉郎首相(当時)がインド訪問でわざわざ特別機をバンガロールまで乗り入れたのは2001年のことだった。
 バンガロールは実に美しい町で数年前にも筆者が取材したとき、早朝に市内のレストランでメニューにビーフステーキがあったのには驚かされた。
 当時、大倉商事バンガロール支店のインド人がハイテク地区や古都のあちこちを案内してくれた。緑豊か、清潔なたたづまいで公園も多い。おまけにベネトンの支店まであって最新のファッションが溢れる。外国人が多いのである(ただし上海のようにスターバックスやドトール珈琲店はないが)。
 午前中、クルマで中心地区をみた。インド特有の乞食を見かけないので、「さすがバンガロール、乞食がいないのですね」と感嘆して言うと、
 「え? ここの町の乞食は昼から出勤してきます。まだ寝てますよ」と苦笑した。繁栄の主因はソフトウエアの技術的集積地だからだ。
 昨年、パジパイ首相(当時)の北京訪問があった。同時にインド財界は上海を訪れていた。驚くなかれ、インド企業の上海投資も顕著な増加を見せているのである。
 この理由は中国のコンピュータ・ソフト産業の興隆と結びつく。インド人が数学に異常な才能があることは世界的に知られているが、これに目を付けたアメリカ人がクリントン政権下の「インド経済制裁」の監視の目をかいくぐり、大々的な投資を敢行した。
 2000年にはクリントン大統領自身、6日間もインドを訪問した(ボンベイ市内の絨毯屋に偶然入ったらクリントンが来店した写真が大きく飾ってあった)。このとき、クリントンもバンガロールへ入って大歓迎を受けた。
 アメリカ人のコンピュータソフト・エンジニアは平均賃金4000ドル。インドは700ドル、それが中国なら400ドルで済む。アメリカの十分の一、日本でも若手で2000ドル、中堅エンジニアなら3000ドル以上はとるだろう。
 コンピュータソフト産業を支配する言語は英語である。だからこそアメリカ人は最初にインドに白羽の矢を立てた。中国でのインド同様のビジネス展開が出来れば、もっと安く出来ると考えるのは企業家のイロハである。
 中国のソフトウエア産業は過去三年に三倍、売り上げは50億ドル弱(インドは125億ドル)。つまりインドは中国に下請け先を見いだしたというわけだ。少なくともソフトウエア産業で中印の関係は逆転しているのである。

 それにしてもインドばかりが何故もてるのか。
 小学生高学年は三桁の暗算が常識で数学の能力が不思議にも高いうえ英語が公用語というメリットがある。性格的にも自己主張だけが激しくても責任をとらない中国人より扱いやすい。ヒンズーはイスラム教とちがっておとなしく、過激派の温床にもなりにくい。
 インドの大学就学率は中国より高いうえ、難しい英語も比較的容易に通じるため欧米企
業にとって恵みの雨みたいなものだ。だから欧米は中国人よりインド人を雇用したがる。
 ムンバイ、ハイドラバード、バンガロールなどの先端都市はIT産業のメッカとなり、摩天楼が林立し、クルマも洪水。
 しかも多国籍企業に職を得るとインド人のマネージャー級で年収3万ドル、5万ドルが普遍的となった。
 だからインドの若者達にもMBAブームがおきてきたのは当然の流れだ。
 先鞭をつけたのはIBMの本格的なインド進出だった。
  IBMの評判はインド財界が注目するほど前向きである。IBMは最近、「ダクシュ」(インド通信センターの大手)を一億五千万ドルで買収した。この会社、既存6000名の従業員に加えて、あと6000名の新規雇用を計画していると発表した。
 俄然色めき立つのはリクルート業界である。
 インド民族資本大手は「タタ集団」があまりにも有名だが、「WIPRO」という大手コンピュータ産業もいまや世界的ブランドとなった。
 eサービスでは他にINFOSYSが有名でシティ・グループが買収を狙っている。
 またWTOの規定により繊維産業輸出クォータが撤廃される。これまた中国よりインドに「恵みの豪雨」となって160億ドル規模の輸出が2008年には300億ドルに迫ると予想されている。
 インドの外資系企業の幹部には従来、旧宗主国イギリス留学組が圧倒的だった。
 今日では米国企業が轡を並べたためハーバード、UCLA、ノウスウェスタン大学ウォートン校などへの留学が激増、MBA資格保持者が引っ張りだこの状況となった。
 社内派遣留学が多い日本人はMBAにあまり興味を示さない。給料の多寡で人生を決める中国とはことなり、インドのMBAブームは経済学、マネジメント習得の目的が多く、またインド人は即物的金銭欲だけでは動かない。
 すぐに独立したりベンチャー起業家もインドの風土にはあわないため長く会社に勤めるインド人が多い。そういう意味では即物的俗物根性丸出しの中国人に比較されやすい。
 インド人の人生の目的は、ヒンズー教の伝統が基盤にあるため、より崇高で高邁なものを志し、商取引でも遵法精神が守られ、猥雑な側面がない。たしかに汚職もあるが、中国ほど常態化されてはいない。
 

  ▲沈み始めた龍・チャイナ

 欧米マスコミは目は、はやくもインドに飛んでいる。
 加熱が懸念され、はやくも中国投資は抑制気味となった。
 しかし「中国経済は北京オリンピックまでなんとか持ちこたえる」と科学的裏付けのない推測が日本のマスコミに依然として跋扈している。
 筆者は2008年を待たずに中国で”不動産バブル”の崩壊が始まると見ている。
 米国の情報筋やビジネス誌ともなると「崩壊は必定であり、それが何時か。タイミングの問題でしかない」という。
 五月に韓国の済州島で開かれた「アジア開発銀行(ADB)」の年次総会で、千野忠男総裁は「アジア通貨建て債券市場の育成」に関して、「さらに斬新で革新的な取り組みを検討する」と発言した。アジア債券市場は、東南アジア諸国連合(ASEAN)と日・中・韓の財務相会合でも活発な議論が展開されてきた。
 ADBはすでにインドでルピー建て債券を発行した。ちかくタイのバーツ建てや中国の元建ての債券を発行するが、インドが一番だった点に留意したい。
 またADB年次総会で議論が集中したのは中国経済の過熱ぶりへの危機認識だった。アジア財務相会議では「原油高や金利高が世界経済に与える影響に留意」とする共同声明を採択し、中国の金融引き締め策の効果を注視する方針も確認された。6月のシーランズ・サミットでも同じ懸念が表明されている。
 要するに世界のバンカーは中国経済の過熱とバブルの爆発に警戒を怠らない態勢に入った、ということである。
  中国の国家統計局発表によれば今年第一四半期の不動産部門への投資は8799億元(12兆円弱)にも昇り、前年同期比で43%増という「大躍進」ぶりだった。
 このうち八割が都市部に集中、上海が摩天楼だらけになって何処の国かわからないほど中華文化を感じさせないが、反面、地方都市へ行くと侘びしいたたずまいが目立つ。
 そこら中で高層ビルの建築ラッシュは続き、港ではクレーンがフル稼働して荷物を陸揚げしている。この現象は天津、北京、青島、アモイ、福州、上海、寧波、広州、珠海など沿海部に共通の風景である。ところが楊州、合肥、開封など港湾からはなれた古都は活気がない。
  最悪の事態を警戒する中国当局は四月下旬から必死の形相で金融引き締め作戦に転じて金利を上げ、しかも貸し出しを抑制した。まさに異常事態である。
 昨年九月に中国は銀行の預金準備率(自己資本率に類似)を6%から7%にしたが、この4月25日には7%から7・5%とした。
 事実上、貸し出しはストップしたままで日本のバブル破裂の引き金を引いた総量規制に酷似した政策転換である。
 長期的に中国経済が悩むのは電力、石油、そして砂漠化、水問題に人口爆発である。
 向こう十年以内に四分の一の国民は飲む水にますます悩むことになる。いや、その程度ではない。砂漠化によって農作物が枯れ果て、凶作は飢饉を生み、未曾有の混乱が醸し出される懼れが高まっている。
 人口の爆発はインド同様に深刻である。
 中国の「国家人口計画出産委員会」の張維慶主任は北京大学哲学部が開催したシンポジウム「北京大学フォーラム・哲学フォーラム」(5月8日)に招かれて講演、「中国の人口は2043年ごろに15億5700万人になる」との見通しを述べた。人口の構造的矛盾も露呈した。
 第一に出産の男女比率だが、男1・17に対して女が1である。この結果、九歳までの児童の男女比率は男性が1277万人も多いことが判明した。
 第二に65歳以上の高齢者の全人口に占める割合が、2050年ごろに総人口の四分の一に達するだろう。とくに農村部の高齢化が深刻で、高齢者の健康や社会保障問題が追い打ちを掛ける、と当局は指摘している。出生率1・29%と”別な悩み”が深刻な日本とは基本が違うのだが、中国は問題が山積なのである。
 
 
  ▲シン新政権の行方に拡がる暗雲

 だが、順風満帆とばかりは言えない。五月にインドでビジネス優先政策を採ってきたパジパイ政権が下野した。この政治的潮流の変化はなにを示唆しているのか?
 パジパイ前政権は高度技術向上、資本市場の充実、IT産業の拡充などを掲げて中国との関係改善に乗り出し、昨年は中印貿易が日印貿易をしのぐ勢いを見せた。
 対米協力でもテロ対策を強化し、パジパイ率いたBJP(インド人民党)の勝利は揺るがないとされた。
 それが総選挙でひっくり返ったのだ。インドの対中国重視外交にも変化が出そうである。
 ソニア・ガンジー率いる国民会議派は地方選挙区で多数の小数政党と巧妙な選挙協力を実施し、貧民層に「農村、漁村への投資拡大と若者への雇用拡大」をスローガンを訴えた。これで圧倒的多数の貧困層からの得票を獲得し、政権に返り咲いたのだ。
 ガンジー一族の国民会議派は96年以来8年ぶりの政権復帰だが、シン首相はシーク教徒という小数派。しかもシン政権は議会での絶対多数ではなく多くの左翼政党との連立政権となる。シンは財務相経験の経済のエキスパート。政治手腕もあって90年代にはインドの経済改革を主導し、経済界の信頼がある。
 とはいえ前バジパイ政権の経済発展重視政策を一部見直し、得票の基盤となった貧困層に焦点をあて、社会的弱者に配慮する「バランスの取れた発展」へと軌道修正する。
 インド経済の問題点とは何か?
 第一にGDP成長率は中国と並ぶ高さだが、同時に貧困層が三億人もいる。識字率は中国より低く(65%)、文字を読めない階層が3億8千万人。そのうちの一億六千万人の家庭には水道もきていない。ただし大都会の識字率は100%に近い。問題は農村部で、ひどい地域では識字率30%である。
 この列に毎年、250万人にもの大学新卒組が加わる(中国は370万人)。インドには28000のカレッジがある!
 中国でも大学新卒組の失業率が10%近いというが、どの職安(ハローワーク)へ行っても早朝から長い長い列ができている。
 インドもまったく同じで「大学は出てけれど」、望む企業への就職は至って難しい。
 国有企業の私企業化をインド新政権が強行することは難しいだろう。また労組の再編も困難であり、新政権の連立基盤は少数政党乱立のため脆弱である。
 シン新首相は貧乏人にも教育の機会均等として学校への予算を増やし、地方の農業活性化にも予算を使うと公約している。
 従来のIT産業育成強化を政策的に続けるとも公約しているが予算的に難しい局面を迎えるのは自明の理だ。
 一人あたりのGDPが500ドルになろうともインドは人口増加の爆発を抑制できず、どうあがいても成長が10%程度ないと若者達の完全雇用は困難だ。
 IT産業がいかにインドで勃興したからと言え、全体での雇用は80万人でしかない。雇用人口が3億6300万人、失業が3500万もあり貧困層が8300万人もいる。米国の週刊誌『タイム』は「一ドル以下の所得層は三億七千万人と見積もられている」というショッキングな事実を報じている(5月24日号)。
 工業のインフラ整備も中国に比較すると遅れており、くわえて気候的には灼熱と雨期の豪雨。ニューデリーですら摂氏40度を超える日々が続き、日本企業はやはり二の足を踏む。進出できる地域が限定されているからである。
 選挙結果に慌てた外国投資家は、人民党の貧困層救済の公約に嫌気して、保有株式を売り一色に転じた。
 外国からインド株式市場には昨年だけで100億ドルが流れ込んでいた。それが引き上げとなれば株式は暴落する。
 インドの借金体質はすこしも改善されておらず対GDP比で82%、海外からの新たな借り入れは困難な局面にあり、外国企業の直接投資増を待つしかない。
 また税制に欠陥があって、これ以上の歳入増加は望めない。というのも貧困層、小売業および農業の大半が納税をしていない上、汚職が蔓延しており、まして新政権が選挙公約を貧困層の救済においている以上、税率の引き上げも叶わないからである。
 唯一残された手段は国有企業のさらなる民営化、海外企業への売却の加速である。昨年だけで35億ドルの国有企業株式を売却し民営化を急いだが、効果は期待はずれだった。
 「それでもまだまだ方法はありますよ」と専門筋は言う。
 「インドの外貨準備率は1340億ドル、国民の貯蓄率はGDPの23%、これらに加え欧州のように”付加価値税”(VAT)を導入すれば、財政赤字は縮小に向かい、予算措置によるプロジェクト増の景気刺激策を打てる」という。
 インドはそうした方向での経済改革路線を突き進むことになるだろう。
 

  ▲BRICsと日本の戦略

 最近の流行語はBRICs(ロシア、ブラジル、インド、中国)。これら四ケ国が次の経済発展を遂げる中心になるだろう、というわけだ。
 なかでもアメリカ人学者スティーブ・F・コーエンの『アメリカはなぜインドに注目するのか』(翻訳は明石書店刊)がロングセラーを続けている。
 ーーインドと中国との決定的な差違はなんですか?という外人記者の質問に、
 「簡単明瞭でしょう。中国は『先に富む人がでても構わない』とし、富む人は増えたが貧乏も増えた。インドは『輝くべきだが、しかしみんなで』ですよ」とチダムバラム新財務相は答えた。
 しかし政権が一夜にして変わっても基本政策が変わらず、治安が安定しているインドはアジアで珍しい民主主義国家である。中国は独裁国家。この基本の違いが大きいのではないのか。
 日本は地政学的理由からもインドともっと密接に接近すべきであり、それは中国に対するカードとしても有効になる。
 日本に敵対的な反日外交を展開する中国が、地政学的に背後の軍事力を恐れるのは当然で、中国の南には核兵器を保有するインドが抑止力を発揮している。
  日本からインドへの経済援助も今年から中国をぬいてトップとなった。
 このインドへ外交的経済的に日本がさらに梃子入れするのは「普通の國」の外交戦略の基本である。
 じつに戦前の日本の指導者は戦略的発想に長けていた。チャンドラ・ボースという親日のインド愛国者を日本は同盟者とした。藤原岩市のF機関もあった。
 最近でも先帝陛下の葬儀にはインドから大統領が臨席された。
 インド国防大臣が石原都知事と会談したとき「尖閣諸島問題」に言及し、「日本がはっきりと主権を示さず、いつまでも曖昧な態度を取っていると、中国はますますつけ上がって、南沙諸島など他の領土紛争を抱えたベトナム、マレーシア、インドネシアなどの国にも悪影響を及ぼす、下手すればドミノ倒しになりかねない」と深い憂慮の念を示した。
 日本にとってインドとの緊密性は今後ますます拡大していく趨勢にあるが、経済力をうまく駆使できない外交は、なんとも貧弱の限り。インドから戦略の講義を受けた方がいいのではないか。
 帰国の際に搭乗したエア・インディアはガラガラだった。日印を往復する日本人ビジネスマンが少ない証拠である。
 まだ近未来のインド発展の可能性に目をつける慧眼な日本企業が小数派だからであろう。●            ☆☆☆
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◎宮崎正弘のロングセラーズ◎
『中国財閥の正体―その人脈と金脈』(扶桑社、1600円税込み)
『中国のいま、三年後、五年後、十年後』(並木書房、1500円+税)
『拉致』(徳間文庫、590円+税、以下同)
『ネオコンの標的』(二見書房、1500円)
『ザ・グレート・ゲーム』(小学館文庫、476円)
『胡錦濤 中国の新覇権戦略』(KKベストセラーズ、1460円)
『いま中国はこうなっている』(徳間書店、1500円)
『迷走中国の天国と地獄』(清流出版、1500円)
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  • AECTON2007/04/02

    インドの影の部分も見落としてはならない。

    年間200万人ものおもに若年女性の国際人身売買がある。(先週、ジム・レーラー・ショー)

  • 望月2006/05/04

    貴重な情報をいただきありがとうございます。インドについては情報が少ないのですが、日本では期待ばかりが大きいような気がします。中国、インド、ベトナムなどが変化すると、日本、アメリカ、韓国、アセアンなども変化しないわけには行きません。当分は、先の見えない時代が続くと思っております。以上。