国際情勢

宮崎正弘の国際ニュース・早読み

 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

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宮崎正弘の国際ニュース・早読み

2004/06/15

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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 平成16年(2004)6月15日(火曜日)
           通巻 第849号
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 ロシアの「フィッシュ・マフィア」の密漁やまず
   稼ぎ場の日本領海は警戒厳しく、陸揚げを鳥取県の境港へ
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 鳥取県米子から北へ20キロ。境港(さかいみなと)市は、水木しげるの妖怪漫画ストリートでも知られる街だが、漁業の本場でもある。隠岐へいくフェリーもここからでる。

 一昨年来、ここにロシア船が蟹を積んでやってくる。北海道? 取り締まりが厳しいから鳥取を選んだのでは、と地元の事情通。連れションのごとく中古車ディーラーが増えた。帰りにロシア船は日本車をつめるだけ積んで帰る。

 日本の領海から財産を盗んでいるのは中国ばかりではない。ロシアは半世紀以上、オホーツク海などの公海および日本の領土・北方四島を軍事占領したまま、蟹などを盗獲してきた。

 ロシア漁業は年間売り上げ30億ドルに達する基幹のビジネス。しかも腐敗と海賊行為はいまに始まったことではないが、国家の統制がまるで利かないため、実態は「フィッシュ・マフィア}に牛耳られている。
 
 拠点はウラジオストック、カムチャッカ、ムルマンスクである。公海上で、外国船に収穫した魚介類を現金で売り渡すのは常套手段。

  ロシア当局は六月はじめ、ロシア15ヶ所のフィッシュ・マフィアの拠点を急襲、捜索し、漁業省高官を含むマフィア多数を逮捕した。

 ロシアには「漁業及び水産資源保護法」があり、水産資源の占有、利用、処分を規定している。すなわち漁獲物の販売・加工はロシア連邦領域内で実施しなければならない。
 ロシア連邦領海外でロシア漁船が採取した水産物、又は、当該漁船上で加工された製品は「輸入品ではない」と規定し、密漁対策につとめてはいる。

 しかしロシア漁業庁の信じがたいほど悪質な汚職は古くから知られ、1978年に時の漁業副大臣だったウラジミール・ルトフがキャビア密輸を黙認したことで銃殺刑に処せられるなど、ときどき思い出したように見せしめ裁判が行われる。
 
 また極東日本関係では蟹の密漁を黙認して賄賂を取ったモスカトルソフ副長官が、当時のマガダン知事暗殺事件に連座したとされて昨年、四年の禁固刑を受けた。

 アレクサンドル・ツグシュフがロシア漁業庁副長官に任命されたのは昨年10月。
 早速ハバロフスクに拠点のある密漁専門マフィア「ポラーク社」から370万ドルの賄賂が届いた。

 交換条件は5万トンの蟹、鱈の数量制限無視だった。今回の手入れで、副長官まで操作の手は延びたが、その背後にいる大物にはアンタッチャブルだ。
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♪ 本日です 
 
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 三島由紀夫はさまざまな比喩(メタファー)を用いたが、そのひとつに「薔薇」がある。薔薇のメタファーがどのように登場し、どのような展開を経たのか?
 三島の作品群のなかにそれを探ることによって、その文学世界の特質を明らかにする。それは同時に肉体にこだわり続けた作家の「内と外の弁証法」(澁澤龍彦)を検証することでもある。
              記 
 と き   平成16年6月15日(火曜日) 午後6時半開場/7時開演  
 ところ   大正セントラルホテル・3階大会議室
       【高田馬場駅前・ビッグボックス前】 
        http://www.taisho-central-hotel.com/  
 講師    谷川 渥氏(國學院大学教授)  
 演題    「三島由紀夫の薔薇」
 会場分担金  おひとり二千円
 問い合わせ  03-3200-2295  miura@nippon-nn.net(三島研究会)
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(休刊予告)6月18日―21日および26日から7月6日まで小誌は休刊の予定。
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(宮崎正弘の近況)

(某月某日)加瀬俊一氏の訃報に接した。思い起こせば学生時代、氏の『現代史の巨人たち』(文藝春秋)を読んで興奮し、何度も傍線をひいた箇所がある。チャーチルもルーズベルトもニクソンも、皆が身近に出てくるのである。世界の大物を相手に現場で日本外交をしていた人がいるのか、と感心した。
 現代史の生き証人として、加瀬俊一氏は激動を駆け抜け、人生はまさに一世紀をまたいだ。享年101歳。なにが長寿の秘訣なのか、知りたいと思った。
 加瀬俊一氏は初代国連大使として教科書にもでてくるけれども、駐英大使、ミズリー号降伏文書調印では重光全権大使随員として。退官後、おおくの現代史に関するベストセラーを書いた。
 駐英大使だったジョン・F・ケネディの父親と面会したおり、まだ4歳くらいだったジョンがひょっこり応接室に出てきたとか。ニクソンが62年の大統領選挙で落選し、つづいてカリフォルニア州知事にも落選し、ニューヨークの安アパートで落剥の身をかこっていたとき、加瀬さんが尋ねると「サニーサイドかスクランブルか?」と聞いて、ニクソン自身が卵焼きをつくってもてなしてくれた逸話とか、いまでも鮮明に氏の著作のページを思い出す。
 ある時、加瀬英明氏と飲んでいて、そういえば山本周五郎だったか、子母澤寛だったかの『親子鷹』が流行していたときだったので、「親父さんと対談してくれませんか?親子鷹対談というのは如何?」などと半分不真面目な企画に応じていただいた。
当時、小生が企画を担当していた雑誌『浪漫』に掲載後、さらに幾つか同様な企画が続いて、後年、一冊の本になった。
 1980年の「安保条約20周年――次の日米同盟20年」というシンポジウムでは、小生は舞台裏で駆け回っていたが、加瀬親子の大活躍の場面だった。また82年だったか、「日米100人委員会」で「安保条約の対等的立場への改訂」を訴えたときも議長役は加瀬俊一氏で、「この場合、安保改訂はどう翻訳すべきか?」との問いに即座に「それはAN  EQUITTABLEでしょう」と生き字引のごとしだった。
小生とは加瀬英明さんを通してのおつき合い(といっても精々10回ほどお目にかかったのみ)しかないが、佐藤栄作ノーベル賞の根回し、中曽根―レーガン同盟の裏方など、現代史を舞台裏で支えた人物だった。それにしても101歳。直前まで『自由』に「鎌倉清話」を連載を続けられていたが、どういう健康法だったのか、伺うのを忘れていた。
 (勝海舟の氷川清話、福沢諭吉の福翁自伝などに匹敵するほど面白い。7月に光文社から単行本になる)。


(某月某日)今週は随分と連載の原稿がつまって、夜、飲みにも行かないで原稿を書き続けた。頭がボォーとする時は、雨が降っていても散歩をする。歩きながら、ふと得られるヒントが貴重で考えてみれば発想法のひとつで散歩しているだけなのかも知れない。
 新聞はレーガン大統領の死去を伝えている。
 現職のころのテレビや新聞はといえば「戦争屋」と連日のようにレーガンを罵っていた。そのことを忘れて「偉大な大統領だった」などと追悼記事を特集し、コラムを数本も並べるニューヨークタイムズにしてもワシントンポストにしても、なんとなく、その論調転換という処世術はどこかの國の「チョウニチ新聞」と似てますね。
 ケリー(民主党の大統領候補)上院議員はあの時代、レーガン攻撃の急先鋒だから選挙本番の最中なのにレーガン報道がピークの六日間は雲隠れした。
小生は81年に上梓した書物でレーガンをいち早く最大級の賛辞で評価したこともあったが、後期のレーガン政権の施策はそれほど評価しなかった。ロシア帝国を悪の帝国としたまではよかったが、その後のモスクワとの急速な妥協、とくに戦略核の削減数量とスピードに疑問を持った。
外交の詳細は「よきにはからえ」でシュツル国務長官にまかせっきり。議会に反日合唱を放置したのもレーガンの部下まかせ、議会放置の結果である。
だが、二期目にアメリカの各誌はレーガンを「偉大なコミュニケーター」と比喩しはじめ、アメリカ再団結の象徴のごとく扱った。保守革命は永続的に続きそうだった。
ともかくレーガンの八年間、小生はよく米国へ行った。ワシントンでは議会スタッフやらシンクタンクをまわって資料を集めたり議論したり、ボルジェグレーブら著名なコラムニストにもよくインタビューしたり、翻訳も、『ソ連の軍事力』やら『レフチェンコ証言録』など、レーガンの八年間で十数冊もしているのだ。
米国に隠れたベストセラー探しに行ったような側面もあった。保守革命を奉じる“レーガン・チルドレン”とともにジャマイカとヨハネスブルグでの「世界青年大会」にもでた。レーガンに近い保守系シンクタンクのクレアモント研究所で、四週間のジャーナリストの合宿研修カリキュラムにも招かれた。翌年にはニクソン元大統領に独占インタビューにも行った。考えてみれば、躍動的だった八年間がレーガンのアメリカだったのだ。わたしにとっても保守回帰と景気回復と大国の自信をとりもどしつつあった米国には通い甲斐があった。
レーガンを次いだシニア・ブッシュの時代に、いささか保守革命はくたびれ、政治は保守中道路線になった。シニア・ブッシュ時代の四年間、小生は米国に四、五回しか行っていない。クリントンの八年間は僅か3回。現在のブッシュになって一回だけ。嗚呼、いまのアメリカはわたしにとって、随分と遠い存在になったようだ。
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