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徒然草を古文と英文で読もう

徒然草を古文と英文で読みましょう。古文と英文を同時に学べば、一石二鳥で、時間も短縮でき、しかも古文(=日本語)と英語の相違も明確になりますよ。

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徒然草を古文と英文で読もう

2003/11/26

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●        【徒然草を古文と英文で読もう】・第26号
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◆  徒然草・『The Miscellany of a Japanese Priest』
●    being a translation of Ture zure Gusa by WILLIAM N.PORTER

◆                           「古典と英語の宇宙塾」

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 ▲私はこの世で最も不思議なものは言葉であると思っています。
私が無神論者だからでしょうか、例えば、「神」の存在について考
えようとする場合、必ず「神」という言葉がない限り、「神」の存
在を考えることが出来ない、と私は思っています。

 つまり、「神」の存在以前に、「神」という言葉がなければなら
ないと思うのです。存在よりも言葉の方が先にあり、言葉を通して
存在は把握されるのだと思っています。

 世間の人は、たいてい存在(=物)が先にあり、それに名(=言
葉)が付けられると思っているようですが、これは全く逆であって、
名(=言葉)を通して存在(=物)が姿を現すのだと私は思ってい
ます。

 名(=言葉)を通して存在(=物)が姿を現すことを『老子』で
は、「有名は万物の母」と述べていますね。また漱石もこのことを
明確に自覚しており、それは彼の『文芸の哲学的基礎』などを読め
ば分りますね。

 物質主義とは、存在(=物)が先にあり、それに名(=言葉)が
付けられるという考え方だと私は思っていますし、世間はそういう
考えの人で満ち溢れていますね。

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徒然草

古文

英文

第14段・B

(イ)貫之(つらゆき)が「糸によるものならなくに」といへるは、古今集の中の歌屑(うたくづ)とかや言ひ伝へたれど、今の世の人の詠(よ)みぬべきことがらとは見えず。

(ロ)その世の歌には、姿・言葉、このたぐひのみ多し。この歌に限りてかくいひたてられたるも知りがたし。源氏物語には、「ものとはなしに」とぞ書ける。                 

(イ)Tsurayuki's expression:
 Ito ni yoru
 Mono naranaku ni
has been condemned as the poorest in the Kokinshu;yet I do not think such a verse could be made by men nowadays.

(ロ)There were many verses then with expressions and wording of that kind,and I hardly know why this particular one was criticized thus.In the Genji Monogatari,however,(the second line) is written
 Mono to wa nashi ni.

【口語訳】

(イ)貫之が「糸によるものならなくに」と詠んだのは、古今集の中で歌の屑だとか言い伝えているが、今の世の人が詠めそうな言葉柄とは思われない。

(ロ)その当時の歌には、歌の様態も用語も、この種の歌が非常に多い。この歌に限ってこのように歌の屑と言い立てられた理由が分らない。源氏物語には、(この「ものならなくに」が)「ものとはなしに」と書いてある。

 

(イ)
糸によるものならなくに ― [古今集の覊旅(きりょ)の部にある「東(あづま)へまかりける時、道にてよめる ― 糸によるものならなくに別れぢの心ぼそくも思ほゆるかな」(東国に下った時、道中で詠んだ歌 ― 縒り合わせた糸ならば分れれば細くなるのが当然だが、今私が一人別れて故郷から遠ざかって行くこの道は、糸によるものではないのに、なぜか心細く思われることであるよ)を指す。]  

歌屑(うたくづ)…多くの歌の中で、拙劣なもの。

とかや…とか。― [不確実な伝聞を表す。]

ことがら【言柄】(n)…言葉柄,言葉の趣き。

★expression(n)…表現,言い回し,語句。

▲ondemn(vt)…をとがめる,を責める。

nowadays(ad)…今日では,この頃では。

 

(ロ)
▲姿・言葉…歌の様態や用語,一種の歌としてのスタイルとその用語。

ものとはなしに ― [「ものならなくに」と同じ意味。源氏物語の「総角(あげまき)」の巻にある。

wording(n)…用語,言葉づかい。

★criticize(vt)…を批判する,を非難する。

※上の★印は、最も重要度の高い語・文法を、▲印は、次に重要度の高
い語・文法を表します。★印と▲印の箇所は、大学入試に必要なもので
すので、特に受験生の方は、注意して読んで下さい。
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                    《破片》

                 『漱石の世界観』・(8)

 ともあれ、現今胸を打つ評論が少ないのは、究極において頼るべきもの
は自己の感覚以外にはないということをしかと自覚した評者が少ないから
にほかなるまい。

 漱石が言うように、自己自身の止みがたい「好悪」を他人に伝えたいとい
う熱烈な思いの中からしか、文章の萌芽は芽生えないし、そこからしか華あ
る文章も生まれるはずもない。

 勿論そこに評者自身の「デリケート」と「相当の実力」がない限り、それは
自己満足だけの軽佻浮薄の文章に終わるだろう。しかし、熱烈なる「好悪」
のないところから、一体何が生まれようか。また、熱烈な「好悪」のないもの
に、一体誰が共感できようか。

 批評の中核が「優劣」以前に「好悪」にあると自覚した漱石にとって、文学
の科学的解明を企てた『文学論』が未完のままで終わったのは、当然の帰
結である。

 後に漱石が『私の個人主義』の中で、その『文学論』を「奇形児の亡きがら」
あるいは「立派に建築されないうちに地震で倒された未成市街の廃墟のよう
なもの」と語らざるを得なかった言葉からは、その当時の彼の苦渋が痛いほ
ど窺えるし、また真摯に文学の対象化を目差した彼の誠実も感受できる。

 この漱石の『文学論』ほどに強い知的情熱を抱いて文学そのものに迫
った評論を私は寡聞にして知らない。

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