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≪ WEB 熱線 ≫≡アジアの街角から≡

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≪ WEB 熱線 第1138号 2009/02/16_Mon―アジアの街角から―≫

2009/02/15

┌―――――――――――☆☆ 今号の目次 ☆☆―――――――――――┐

│・戦争に負けた国 -- 崇高な理念は単なる間接目標に過ぎない
│          └--------------------------------- やせ我慢さん

│・心が元気になる話 ベトナムの歴史に残る日本人たち(2) hideおじさん

│・ラオスからの手紙 ラオス人の名前の呼び方 ---------- 桜ちゃんのパパ

│・市井から見た中国 見たまんま中国の結婚式♪ ---------- 老玩童 OJIN

│・紅いチャイドレ -- サボり中。<(_ _)>

│・読者の広場 ------ (=∵=)

│・あとがき -------- 上海でもオフ会をやろうよ〜♪

│〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

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└―――――――――――――――――――――――――――――――――┘

◇―――――― 新しい読者の皆様、ようこそ!! (^o^)丿 ――――――◇

│1.週3回・月水金のお届けですが、月→水→金 という流れではなく、
│  「月→月」「水→水」「金→金」というサイクルになっています。

│2.タイトルは同じですが、月曜日号・水曜日号・金曜日号は、それぞれ
│  別々のマガジン、と理解してもらったほうが分かり易いと思います。

│3.ライター兼編集発行の私 OJIN とライターさん数人で執筆しています。

│4.内容の転載や引用は自由ですが、必ず「出典元の名称とURL」を併記
│  して下さい。一報頂ければこちらも案内リンクを架けさせて頂きます。

◇―――――――――――――――――――――――――――――――――◇

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃▼▽ 戦争に負けた国 ▽▼


☆ 崇高な理念は単なる間接目標に過ぎない ――――――― やせ我慢さん


時々っていうか、よく思うんですけど、日本の主権在民と民主主義って、今の
ままで良いんでしょうか?

ーーー何か、手直しや修正は必要ないのでしょうか?

以前に書きましたように、「反戦・平和」とか「平等」「可哀想の心」などと
いった理念が、今の日本では神聖不可侵の如くになっていますが、良く考えれ
ば、理念とは最大多数の幸福を実現する為の間接目標にしか過ぎません。

平和になって、大勢の人が死んだり、平等になって多くの人が苦しんだりする
なら、誰もそんなものを理念として掲げないでしょう。

立派な理念が、単なる間接的な目標に過ぎないならば、それが「最大多数の幸
せ」という最終目標に対して、本当に有効なのかどうか、今までの結果を検証
して、見直しや修正をするのは当然のことだと思います。

主権在民・民主主義は人類の歴史で、もっともマシだと思われる理念です。

それを否定するつもりはまったくありませんが、しかし、そのやり方には様々
な工夫の余地があるような気がします。

成人した全国民が選挙権を得る…、一見とても公平に見えますが、本当にそう
なのでしょうか?

また、それは最終的な目的である「最大多数の幸福」にとって、一番良い結果
を出してきたのでしょうか?

そうした検証なり見直しなりがあって当然だと思うのですが、皆さんはどう考
えられるでしょう。

あるいは、すべての成人国民が選挙権を持つことが大事であって、その結果は
二の次であると思われるでしょうか。

有権者の半数近くが選挙には行かない、というだけでも、この制度には重大な
欠陥があると私は思います。

また、政治には興味ないと公言し、総理の名前さえ知らない人が、誰かに頼ま
れたからと言われるままに投票する現実を見ても、やはり何かの改善策が必要
ではないのかと思わざるを得ません。

それもこれも、結局は有権者の選択なのだから仕方がない…、そう受け止める
べきでしょうか。

ーーー定員を遥かに超えた船に、後から後から人々が押し寄せて来ます。

あなたは、船室どころか甲板まで満員で、これ以上人が乗れば転覆する恐れが
あると知っています。

もちろん、声を枯らしてこれ以上は危ないと叫ぶのですが、人々は聞いてくれ
ません。

おまけに、拡声器を持った数人の人たちが、「あいつの言ってるのは自分勝手
だ!定員なんて余裕をみてるから大丈夫だ!俺たちには乗る権利がある!」と
繰り返し叫んでいます。

みんなの選択だから仕方ない、船が沈んだ後に生き残った人たちが教訓とすれ
ば良いと考えるべきでしょうか。

あるいは、誰かが、乱暴だとか横暴だとか批難されても、乗船を止めるべきで
しょうか。

選択する権利を持つならば、せめて、船には定員というものがあり、その倍以
上の人が乗り込めば転覆するという最低限の知識や、少し我慢して次の船を待
つというぐらいの自制心を持つのは、義務であり資格ではないでしょうか。

選挙権を得るには年齢以外にも、なにか一定のハードルを設けるべき…、そん
なことを言えば、大多数の人は顔をしかめるでしょう。

しかし、60年以上続く制度を、その結果を検証し、必要であれば見直すこと
はそんなに不思議でも不謹慎でもないと思うのですが、如何でしょう?


                        = この稿おわり =
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘

 「崇高な理念は単なる間接目標に過ぎない」

◆−この意見に賛成
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◆−どちらかといえば賛成
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◆−どちらともいえない
┗ http://clickenquete.com/a/a.php?M0000088Q0028532A3d4b0
◆−どちらかといえば反対
┗ http://clickenquete.com/a/a.php?M0000088Q0028532A49267
◆−この意見に反対
┗ http://clickenquete.com/a/a.php?M0000088Q0028532A58545
○結果を見る
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締切:2009年02月19日18時00分
協力:クリックアンケート http://clickenquete.com/

┌─┬───────────────────────────────┘
│●│「伝えられない悲劇と幽閉された意識」アンケート結果。
└─┘
◇ この意見に賛成 --------------------------------------105人 (89%)
◇ どちらかといえば賛成 --------------------------------  8人 ( 7%)
◇ どちらともいえない ----------------------------------  0人 ( 0%)
◇ どちらかといえば反対 --------------------------------  1人 ( 1%)
◇ この意見に反対 --------------------------------------  4人 ( 3%)

┌─┬───────────────────────────────┘
│●│ お寄せいただきましたご意見や感想。
└─┘
┌──────────「細野孝司さん」

メールマガジンを発行しない理由を知らないので反対です。自覚はあったので
すね。

└──────────
 ▼
┌──────────「編集部より」

やせ我慢さんはブログが主体で、自身でメールマガジンを発行される意思はあ
りません。ーーー直接の討論がご希望でしたら、やせ我慢さんのブログへ行か
れることをお勧めいたします。→ http://webtoy.iza.ne.jp/blog/

└──────────

┌──────────「つけめんだいおうさん」

世界中で、多くの子供たちが命を失っています。戦争:飢饉:感染症:暴力・
彼らに何の罪があるのでしょうか?生まれてきてはいけないのでしょうか?

日本赤十字社の社長は国際赤十字連盟の副会長です。アジア地域で実際に起き
ている現状を打開するためには、日本人が現地でもっと活動すべきです。日本
には人的貢献ができる人材も資金もあります。

備えよ常に!つけめんだいおう

└──────────
 ▼
┌──────────「やせ我慢さんから」

赤十字などの人道支援も重要でしょうが、悲劇の根本を改善しようとしたら、
政治力と軍事力が必要です。それを承知で日本は活躍するべきだと仰っている
のでしょうか?

アフリカでもどこでも、多くの国が膨大な資金で人道支援を行いましたが、何
も改善されていません。このことをどう思われますか?

└──────────

┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘

「戦争に負けた国」掲載記事収載ページ。
 http://chinachips.fc2web.com/argue2/yasegaman.html

┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘

 やせ我慢さんのブログ http://webtoy.iza.ne.jp/blog/

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┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃▼▽ 心が元気になる話 ▽▼


☆ ベトナムの歴史に残る日本人たち(2) ―――――――― hideおじさん


ーーー終戦後ベトナムに残留したのは、なにも日本兵だけではない。

10代の若者たちの中にもベトナムに愛着を感じ残留を決めたものがいる。

その一人である駒屋俊夫は、手記にこう残している。
「ベトナムの地に夢を抱き、そこに人生を託した」

1942年、日本の外務省の管轄の下、サイゴンに高等専門学校「南洋学院」
が誕生した。学生は、日本本土はもとより、台湾、満州含む日本全国から選抜
された優秀な学生が集まった。

設立の主旨は「南方開発の指導的人材を養成する」となっていたが、時の国策
(南進)に拠ったものといえるだろう。

しかし、南洋学院での教科は「安南語=ベトナム語」「フランス語」「仏印経
済」「熱帯衛生学」などなど、現地に基づく教育であり、単純に戦争における
占領地経済とか植民地経営という範囲で収まらないユニークなものも多かった
という。

さらに、校風は非常にリベラルな雰囲気が満ちており、大戦の原因を日本を含
む「ブロック経済」にあるとする教授がいたり、「私はクリスチャンだからこ
の戦争に反対する」という生徒。また、

「この戦争は負ける。アメリカと戦って勝てるはずがない」と言って憚らない
生徒もいたという。ーーー勿論、彼らはなんの咎めも受けていない。

そんな、内地とは異なった校風の影響からか「独立したいと思う安南人がいな
いはずはない」というのがごく自然に理解されていたそうである。

敗戦は、異国への希望が大きかった分、そのショックに激しく動揺したという
が、先の駒屋俊夫のように「ベトナムに残ろうと決心した」学生も多かった。

しかし、いかに言葉に堪能であっても、激動渦巻くベトナムに残るというのは
非常に危険なことだった。ーーー残留した生徒の中には、行方不明になった者
も数多くいる。

駒屋俊夫は、炭焼きをして食を得、あるときはベトミン民兵に捕らえられ銃殺
寸前のところまでいくといった危険も経験した。ーーーそんな彼を助けたのが
南洋学院で学んだ教育だった。

熱帯衛生という授業から、マーキュロクロムの知識を得、「赤チン」を作って
現地の人たちの潰瘍を治療したのである。当時のベトナムの医療は劣悪で、ベ
トナム人の医師など皆無だったから、駒屋のような人間は非常に重宝されたよ
うである。

彼は、翌1946年になるとベトミンに誘われ「軍事教練」の一環としてベト
ナム人の教育にあたることになる。しかし、文盲が大半を占めている状況では
大変な労力が必要だったようである。

字は読めない、算数もできない、戦争だというのに地図さえ読めない、という
そんな状態から、少しずつ手取り足取り教え、さらに軍事に近い科目である測
地・測量も教えるにいたった。

駒屋は、1949年には「北部軍管区参謀本部作戦班」に勤めることになり、
戦闘報告や戦図の作成にあたり、抗仏運動に大きな足跡を残すことになった。

1954年、駒屋は他の残留者とともに復員したが、彼のベトミン時代の功績
を現在のベトナムも顕彰している。

ベトナム人民軍が発行する月刊誌には「抗仏戦争に多大なる功績があった」と
紹介され、その文章の最後には、
┌--------
駒屋俊夫とその友人らによる、ベトナム独立に対する貢献に敬意を表するため
に執筆された。
└--------
と記されている。

確かに敗戦後のベトナムにおいては、フランス同様、日本も同じ穴の狢として
反感の対象となった。復国同盟などの民意を汲み取ることに失敗した例も多々
ある。

それでも、侵略されたとする国の歴史に何ゆえ日本人が残されているのか、私
たち日本は今一度考えてみるべきではないだろうか。

2002年、ベトナム国営ニュースは、英語版で駒屋がベトナム政府から勲章
を授けられたことを伝えている。

ーーーベトナム独立闘争史には多くの日本人が刻まれ、彼らの歴史の中でこれ
からも語り伝えられていくことであろう。


                        = この稿おわり =
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘

「ベトナムの歴史に残る日本人たち(2)」

◆−俺も日本人だ!ガンバルぞ!
┗ http://clickenquete.com/a/a.php?M0000088Q0028533A19d51
◆−日本人を美化し過ぎでは?
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◆−知らなかった..初めて知った
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○結果を見る
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○コメントボード
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締切:2009年02月19日18時00分
協力:クリックアンケート http://clickenquete.com/

┌─┬───────────────────────────────┘
│●│「ベトナムの歴史に残る日本人たち(1)」読後アンケート結果。
└─┘
◇ 俺も日本人だ!ガンバルぞ! -------------------------- 49人 (56%)
◇ 結果がそうなっただけじゃないか ----------------------  4人 ( 5%)
◇ 知らなかった..初めて知った -------------------------- 34人 (39%)

┌─┬───────────────────────────────┘
│●│ お寄せいただきましたご意見や感想。
└─┘
┌──────────「河内越南さん」

5年半ベトナムに駐在した経験から、日本、日本人への印象は良かった。先輩
の方々の「おこない」の結果と思う。

日本が負け、仏による再植民地化からの独立戦争でも、現地に残った日本兵の
方々が、ベトナム民兵を一から訓練した功績は高く評価されていた。

残念ながら、その後社会主義の道を選んだベトナムでは、残留日本兵の方々も
またベトナム人との間に生を受けた人たちも「新ベトナム人」として区別され
相当苦労されたと聞いた。

南ベトナムの人民解放軍(ベトコンゲリラ)の戦術は、旧日本軍の戦術そのもの
らしい。ベトコンで活躍した叔父さんがいる会社の従業員に「君の叔父さんは
共産主義者かい」と聞いたら「共産主義者ではない、ホーチミンの軍隊に協力
しただけだ」と言い切った。

グローバリゼーションの時代は国境を越えた経済活動となり得ないが「地球」
に足を付けた活動とは何かを考えるに参考とすべきは、我々の先輩の方々の生
の活動をもっと知るべきと思う。それを「歴史に学ぶ」ことと思っている。

└──────────
 ▼
┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」

スミマセン、最近hideおじさんからの連絡が途絶えておりまして、某発展途上
国で、お星様の光だけにも関わらずまたなんか悪さをして、その後果が表れて
愁嘆狼狽してるんじゃないのか?と心配しております――――。

まあ、懲りない、逞しいお方ですから間もなく甦ると思いますので、ご返事は
チョットだけお待ちになられていて下さいね〜〜〜

└──────────

┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘

「hideおじさん」▼ の過去記事はこちら!
 http://chinachips.fc2web.com/repo4/045hideoji.html

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃▼▽ ラオスからの手紙 ▽▼


☆ ラオス人の名前の呼び方 ――――――――――――― 桜ちゃんのパパ


ラオスに何年も住んでいるのに、よくわからないのが、ラオス人をなんと呼ん
でいいか――――。

ご存知のように、ラオス語では自分と其の人の社会的地位、年齢によって呼び
方を変える。ーーーこれが外国人には難しい。

そして、日本人はラオス社会のヨソ者の範疇にはいっているとみなされるのか
またはアメリカ人みたいにファースト・ネームで呼び合っていいと思っている
のか、たいていは呼び捨てで呼ばれているみたいである。

さて、私も事実、ずっと呼び捨てで呼ばれていた。

妻の親戚は私のことを「明雄」と呼ぶ。しかし、彼らのなかでは家族・兄弟は
中国語の「阿」をつけて呼んでいる。たとえば淑珍なら阿珍、少梅なら阿梅と
か「阿」は日本語でいえば「−ちゃん」に当たる。

子供ができてから、妻は私のことを「お父さん」と呼ぶようになったのでいい
のだが、私は日本人に生まれて、たとえラオス語を喋っていても呼び捨てにさ
れるのが嫌である。

ある日、愛娘の桜チャンに父親の気持をうちあけた。

さすがは桜ちゃん、さっそく一番仲のいい梅ちゃんに説明し、梅ちゃんを通じ
て親戚兄弟に説明してくれた。それ以降は、親戚兄弟の間では「明雄さん」で
統一された。ここまで来るのに15年、ーーー思えば長かった。

ちなみに、去年亡くなったオフクロも、わたしのことをいつもちゃん付けで呼
んでくれたっけーーー。

学校の校長先生の末っ子に生まれた母は、両親兄弟に溺愛されて、結局何もで
きないお嬢様で育ったのだが(ただし金持ちではない)、祖父は自分の子供をす
べてちゃん付けで呼んだ。

普通は親が子供を呼ぶのだから、呼び捨てでもいい。しかし子供の人格を尊重
してこのように呼んでいたらしい。おかげで、私も自分の娘は2人ともちゃん
付けで呼ぶ。桜ちゃん、蘭ちゃん、というように。

蘭ちゃんは、ラオスの友人からは蘭ちゃんと呼ばれている。チャンはラオス語
では「お月様」。ラオス人の名前はセ−ン・チャン(月の光)とか、月がつく名
前が多いので、ラオス人も「蘭ちゃん」を月に関係している名前だと誤解して
いるのだろう。

さて、ラオス語の名詞の活用について説明しよう。

たとえばデ−ン(赤)さんという女性がいる。彼女をどのように呼ぶか、デ−ン
という固有名詞を活用する。

(1)イー・ハー
(2)イー・デ−ン
(3)デ−ン
(4)ナ−ン・デ−ン

同じデ−ンという女性を呼ぶのにもこのように活用してくる。

まず最初の(1)イー・ハーは、これを本人の前で言ったら喧嘩になる。または
喧嘩する時に出てくる言葉である。「イー」は、女性またはメスであることを
示すために他の語の前につける。蔑称として女性名の前につける。

「ハー」は、コレラ、ペスト、などの疫病を流行させると信じられている幽霊
の一群、疫病神、これは非常に下品な言葉でイー・ハーになると「この阿婆擦
れ、くそ女」という感じで、最高にお下品な言葉になる。

「イー」の男性形に当たるのが「バック」である。

(2)のイー・デ−ンも、これもデ−ンさん本人のいる前では言わないほうがい
い。しかし、ラオスの庶民は、本人がいないときはこの呼び方を好むようであ
る。

(3)のデ−ンは、日本でいえば呼び捨てで失礼にあたるが、ラオス人同士では
普通である。

(4)ナ−ン・デ−ンとなると丁寧になってくる。ナ−ンは「嬢、ミス」に当た
るので丁寧な言い方である。

桜ちゃんが「お父さん、ラオス人の呼び捨ては彼らにとっては普通なんだよ、
だから呼び捨てにされても怒らないで。女性に対する蔑称である「イー」を付
けたり、それよりもっと下品な(1)のイー・ハーみたいな言い方があるから」

桜ちゃんに聞いてみたけれど、ラオス語には、日本語の「呼び捨て」に当たる
ラオス語がないようである。

(2)のイー・デ−ンという呼び方であるが、妻がいつも近所のデ−ンさんのこ
とを、陰ではイー・デ−ンと呼んでいるので、私も妻の口癖で本人のいる前で
当人に向かって「イー・デ−ン」と呼んでしまった。

後で妻に注意された。それならわざわざイーをつけないでデ−ンと呼び捨てに
すればいいものを、やはりイーを前につけないと言葉として落ち着きがないの
だろう。どうも座り心地が悪いようである。

ラオス人の名前は2音節が多いので、例えば「カム・デ−ン」「カム・サイ」
など、デ−ンだけではどうもしっくりいかないのかな。

家族親戚同士なら名前を呼び合うのは日本でも当然だが、(だって同じ村山家
の父である村山明雄と、娘の村山桜がおたがいに「村山さん」と呼び合ってい
てはおかしいから。

それでは、ラオス語で自己紹介するのにどうすればいいのか?

CDエクスプレス ラオス語というラオス語を勉強するための本がある。著者
は鈴木玲子先生という日本のラオス語界では一人者の方で、東京外国語大学の
先生である。

その中にこんな例文があった。
 
私は田中健治と申します。コイ・スー ケンジ タナカ

ここで疑問なのだが、どうして日本人の名前をヒックリかえしていうのか?
たぶん他の本でも同じだろうが。ラオス人と日本と逆で、名前・苗字の順番に
なるからそれに合わしたのだろうか。

日本人は、苗字→名前が順番なのだから、「わたしの苗字は田中です。名前は
健治です。日本人はラオス人と違って、苗字の次に名前をいいます。中国、韓
国、ベトナム、カンボジアと同じです。そして、わたしのことを○○と呼んで
ください」

という例文を教えたほうがいいと思う。(○○は本人の希望で苗字でも名前で
もどっちでもいいと思うのだが)

北京オリンピックを見ていて思ったのだが、どうして日本選手は親からつけて
もらった名前を逆さにして登録するのだろうか? 中国や韓国の選手はちゃん
と自国流の表記でやっているのに。KOUSUKE Kitajima、RY
OUKO Taniでは欧米の植民地みたいでおかしいと思う。

また、日本に留学しているラオス留学生でも2つのパターンがある。

ひとつはラオス流に、名前・苗字の順番で登録し、日本人には名前を呼んでも
らうようにしている人。もう一つは、日本流に順番を変えてしまうタイプであ
る。

わたしとしては、日本にきてもラオス流を貫くタイプにラオス人としての誇り
と尊敬を感じる。

日本に来たラオス人看護婦が、カウンターパートのボランティアの名前を言う
のだが、わたしには誰が誰かわからなかったことがある。つまり○×子、○○
子とか、みな苗字ではなく名前なので、どこの誰か皆目見当もつかない。

日本人は苗字でお互いに呼び合うので、いきなり下の名前を呼ばれてもわから
ない。

どうも、自己紹介は、簡単なようで実は難しいことかもしれない。肝心なこと
は、私のことを○○と呼んでください、という文をちゃんと言えるようにする
ことだろう。

例えば、さん付けで呼んでもらいたい人は、○○の部分に「さん」もつけ加え
ればいい。また、名前で呼ばれたいか苗字で呼ばれたいか、すべて本人次第で
○○の部分を変えていけばいいわけだ。

外国語を勉強する場合、この違いを最初にきっちりと理解したほうがいいだろ
う。それがお互いの為であると思うーーー。

というようなことを、ラオスに来て17年目に、やっと分かってきた今日この
頃です。


                        = この稿おわり =
┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘

 感想やご意見をお待ちしています。 ojindesu@hotmail.com
 http://form1.fc2.com/form/?id=273573

┌―――――――――――――――――――――――――――――――――┘

「ラオスからの手紙」 ▼ 収載ページはこちら!
 http://chinachips.fc2web.com/repoas/02spapa.html

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛


┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃▼▽ 市井から見た中国 ▽▼


☆ 見たまんま中国の結婚式♪ ――――――――――――― 老玩童 OJIN


いつも食べに行く城南新村(新村=団地)入口の小さな中華食堂「聚福園餐庁」
の若い老板娘=女主人が結婚式を挙げることになりました。ーーー22才なん
だそうです。

22才で、小さいながらも食堂の女主人とは大したもの?ーーー以前はこの娘
のお姉さん夫婦がやってたんですが、どういう事情からなのか去年ぐらいから
この娘と交代したんです。----お姉さんは綺麗な人でしたが、ちょっと弱々し
い感じでしたから、身体でも悪くしたんでしょうか?

まあ、結婚式をするとはいっても、中国庶民階級の習慣(?)で、既に同棲して
夫婦同然に暮らしている‥一緒にこの店をやっている青年と、区切りをつける
ために式を挙げる、だけみたいなものですけど・・・

12月頃から、店に行く度に「1月16日に結婚式をするので来て下さい来て
下さい」と何度も言われていて、中国の結婚式には何度も出席していますが、

こういう、田舎から出てきた娘と都市生れの青年の結婚式というのはどういう
按配なのかな?ーーー興味がありましたので、出席することにいたしました。

中国の結婚式は、新娘新郎=花嫁花婿以外は特に改まった衣服ではなく、普段
のままの格好で出席するのが普通ですが、当たり前、紅包=お祝い金は包まな
ければなりません。ーーーこういう場合はいくらぐらい包めばいいんだい?

「ねえ、紅包の相場が分からないんですけどこういう場合はいくらぐらい?」

「あいや〜、極々内輪でやりますから、そんなこと考えなくてもいいですよ」

ふ〜〜ん、本当にそれでいいのかな?

ーーーそんなことがありまして、当日の1月16日。

聞いていた時間は7〜8時頃からとのこと。頃から?とはどういうこっちゃ?
とは思いましたが、やっぱり遅れては失礼だろうと7時にお店に行きました。
ところが、・・・誰も来ていない?・・・

紅包はいらないとは言われましたが、まさか何にもなしの手ぶらというわけに
もいかんだろうと、頂き物で家に置いてあった刺繍絵の額を持ってきたので、
顔見知りの店員のオバチャンに渡して、、さてしかし、

待てど暮らせど式が始まる様子もなく、7時半、8時、8時半・・・その頃に
なってようやくオバチャンの携帯に連絡が入ったようで「では家のほうに行き
ましょう」?家に行く?ーーーどういうことか分かりませんでしたが、ともか
く案内されるままに、店の裏手のほうの新娘新郎が同棲している部屋の前。

一緒についてきた親戚のおじさんが、大型連発花火と爆竹と凄い音がする打ち
上げ爆竹(?)を入口の前の敷地に並べて準備をはじめて、更に待つこと暫し、

ーーーようやく新娘新郎と親戚御一同が乗った車が到着。

早速ドカドカバリバリッ!ドーーン!ドーーン!と花火が始まりましたが、

----ここでカメラの電池が切れてしまい、少し離れたスーパーへ。

電池を買って戻る途中、新娘から電話「どこへ行ったんですか〜、店のほうに
移動しましたから、店に来て下さ〜い♪」

店に到着すると、奥の、この店では一番大きな包廂=個室へ案内されて・・・
といっても、8人掛けの丸テーブルが2つだけ・・・おや、こりゃ本当に内輪
だけのお披露目式なんだな・・・

「最初に準備された卓上の様子」
http://chinachips.fc2web.com/photo2/scene/0901xx_1.jpg

「今回の新娘新郎をパチリと♪」
http://chinachips.fc2web.com/photo2/scene/0901xx_2.jpg
┌--------
新娘は赤づくめの衣装。新郎は西服=スーツに、赤いネクタイのはずなのに?
この新郎は普通の柄物ネクタイ??----まあ、中国はいろいろあるからな----
└--------

新郎の直ぐ隣に座らされまして、早速カンパ〜〜〜イ♪

「それにしても遅かったね〜、7〜8時頃って言ったでしょ、何してたの?」

「え?7〜8時頃なんて言ってませんよ〜、8〜9時頃って言ったじゃないで
すか、聴き間違いですよ〜」

「そ、そうかな?それにしても、どこで何してから来たの?」

「先ず、如東(地名)の彼女の実家でお披露目式をして、そこから来たんです」

あちゃ〜〜、中国のこの辺の習慣どおり、先ず新娘の実家で夕食宴をしてきた
のかいな〜〜、それじゃ〜遅くなるわけだ〜。

「この辺の結婚式の習慣」
http://chinachips.fc2web.com/00ceremony/030929.html

中国の結婚式では、日本のように帰りに引き出物を持たせるという習慣はなく
代わりに卓の上には《喜塘=飴、最近はチョコレート》《喜煙=タバコ》《喜
酒=酒》が並べられていて、宴の間に飲んで食べてもよし、残ったものを持ち
帰るもよし、とされています。

http://chinachips.fc2web.com/photo2/scene/0901xx_1.jpg
┌--------
中央上段のリボンのある赤い小箱が喜塘、同じく中央手前、赤い布が敷かれた
皿に乗っているのは棗[なつめ]、その後方の赤い布の皿にはピーナッツ。何れ
も縁起物で、食事が始まる前に卓の人々に配られます。
└--------

さてこの日、新郎の反対側の OJIN の隣に座ったのは・・前の老板娘の旦那で
大の酒好き、----エライやつが隣に座ったな〜----杞憂は的中してカンパイ♪
カンパイ♪の嵐に見舞われ、ーーー先日取引先で飲み過ごして醜態を曝したの
を思い出し、早々に退散することにいたしました・・・


ーーー次の日の昼にお店に行きまして「新娘新郎はどうしたの?」と聞きまし
たら「如東の実家へ行ったよ〜」ということでしたので、このぐらいのクラス
では、まだ新婚旅行という習慣は根付いていないようでございます――――。


                        = この稿おわり =
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 感想やご意見をお待ちしています。 ojindesu@hotmail.com
 http://form1.fc2.com/form/?id=273573

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「市井から見た中国」収載ページは ▼ こちら!
 http://chinachips.fc2web.com/repo/001000.html#t1

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┃▼▽ 読者の広場 ▽▼

┌──────────「(^^) OJIN です(^^)」

皆様からどのぐらい情報をお寄せ頂けるか、にもよりますんですが、できれば
「業界の内部から」をシリーズ化したい、と考えております――――。

その業界の中では周知の事実のような事柄でも、一般の我々には窺い知ること
のできない情報は山ほどあるんじゃないかと思います。

既にリタイアされた方なんかだと、更に書き易いのではないでしょうか?

ーーー皆様からのご寄稿を、切に切にお待ち申し上げております。<(_ _)>

└──────────

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┃▼▽ あとがき ▽▼


ーーー東京ではhideおじさんが、オフ会を企んだり消えたりしておりますが、

上海でも劉昂さんが、「東京ばっかりノサバラセないで上海でもオフ会をやろ
うよ〜」と、雄叫びをあげております――――。

そうですね〜〜〜

ここ暫く上海ではやっていなかったですから、2月下旬から3月上旬のあたり
でイッパツいってみるべ〜かいな〜・・・とは思うんですが・・・

ーーーしかし主催者側の役者の予定がうまく合致してくれるかな?



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┌―――――「ロシア政治経済ジャーナル」北野幸伯氏発行

ロシアKGB大学卒でロシア在住の北野幸伯氏が、的確且リアルな視点から国
際情勢を分析解説する、将来予測的中率ナンバーワン!の無料メルマガです。
でも堅苦しくはないんですよ〜♪硬い話を軟らかく書くところが凄いんです。

└───── http://blog.mag2.com/m/log/0000012950/


┌―――――「軍事情報」おきらく軍事研究会発行

軍事知識は、グローバルビジネスには欠かすことのできない常識です。軍事は
政治や経済と同列、という世界の常識に則った立場で分かり易く切り捌いて読
者に提供してくれる、日本でただひとつの軍事「情報」マガジンです。

└───── http://www.mag2.com/m/0000049253.html


┌―――――「国際派日本人養成講座」伊勢雅臣氏主宰

現在の日本は情報鎖国時代。え?情報は溢れていますよ?----情報とはなんで
しょうか?自分が誤りのない道を歩んでいくための栄養素----海外の正確な事
情は?歴史の正しい事実は?これから進むべき方向は?----それが情報です。

└───── http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogindex.htm


┌―――――「縄文塾通信」中村忠之氏主宰

コップに半分の水。「まだ半分も残っている」と喜ぶ人「もう半分しかない」
と嘆く人。いまの日本は圧倒的に後者が優勢だ。今年は、極力縄文の有り様に
沿って「陽=プラス思考=楽天的」でいくつもりです。乞うご期待を!

└───── http://www.mag2.com/m/0000184916.html


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ではまた、ホントに面白い!水曜日号でお会いいたしましょう!(^o^)丿

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