小説

猿まじの自作小説

僕が書いた自作小説を送りするメルマガです、ジャンルはファンタジー系から戦争系です。

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第175回配信!!

2004/12/29

★目次
 1、sarumajiからの言葉
 2、今回の一言
 3、連載
      ◎『神崎物語』
   ◎『精霊王』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
☆sarumajiからの言葉
いよいよ2004年最後の配信となりました。今年一年読んで下さった皆様、
ありがとうございました。
そして、来年もよろしくお願いします。
よいお年を!

☆今回の一言

軍神一号。

ひろせ,たけお 
________________________________________
広瀬 武夫
1868年7月16日(明治元年5月27日)生
1904(明治37)年3月27日没
大分県竹田町(現、竹田市茶屋の辻)出身
父、広瀬友之允
二男
日本海軍軍人
1877(明治10)年10月 飛騨高山墺章小学校入学
1882(明治15)年3月 同校卒 代用教員となる
1883(明治16)年10月 東京攻玉社入学
 講道館入門
1885(明治18)年 東京攻玉社卒
 11月 海軍兵学校生徒
1888(明治21)年8月13日 海軍兵学校、江田島に移転
1889(明治22)年4月 少尉候補生 巡洋艦「比叡」乗組
「海門」「比叡」「筑波」各分隊士
1892(明治25)年11月30日 千島艦事件
 漂流物品受領担当官として堀江村に派遣される
1893(明治26)年12月 水雷術練習所分隊士
1894(明治27)年7月 日清戦争開戦
 10月 「扶桑」航海士
1895(明治28)年2月 横須賀水雷隊攻撃部艇長 海軍大尉に昇進
1897(明治30)年6月 ロシア留学
1897(明治30)年4月 ロシア駐在
 6月26日 露国留学被仰付
1900(明治33)年 海軍少佐に昇進
1902(明治35)年 軍艦「朝日」水雷長兼分隊長
1904(明治37)年2月 日露戦争開戦
 2月18日 旅順港閉塞作戦を東郷平八郎聯合艦隊司令長官が認可
 2月20日 閉塞船「報国丸」乗組
 2月24日 旅順港口に「報国丸」を沈め、「隼」艇に収容される
 3月20日 第2回閉塞 閉塞船「福井丸」乗組
 3月27日 旅順港口に「福井丸」を爆沈
  船上で行方不明の杉野孫七上等兵曹を捜索するが発見できず
  帰投中、ロシア軍の砲撃を受け戦死
 3月26日付で海軍中佐に特進
追贈 正四位、勲四等、功三級 柔道六段

☆連載

『神崎物語』

第百三十話 賀春
二〇〇五年一月一日 土曜日
「―――寒いッ!」
悲鳴を上げて、修平は跳ね起きた。
部屋の中が凍えるように寒い。
辺りを見回してみて、まずは状況を把握。
いかにも宴会の後と言う、酒瓶やつまみ、お菓子類等の入っていた袋の残骸がさながら台風上陸直後であるかのごとく散乱している。
そして、宴会を行っていたメンバー、修平、槙原、美雪、裕太、圭太、椎原は神崎家にある布団や毛布類を総動員し、雑魚寝状態。
石油ストーブは防火の為、寝る前に消してある。
エアコンの暖房はタイマーで夜中の四時には消えるようセットされていたはず。
とすると朝になって、寒いのは当たり前なのだが、普段ならばこのように寒さで飛び起きることなどない。
何故なら、普段は布団に包まって、ぬくぬくと暖まっているからだ。
故に、冬は布団から出るのがしんどいのである。
しかるに、何故修平は寒さに飛び起きたのか。
理由は簡単。
布団に包まっていなかったのである。
起きて、周辺を確認して、それを認める。
左側には槙原。
右側には美雪が布団や毛布数枚を掻き抱いて、眠っている。
その中の数枚は明らかに昨夜、修平が使っていたものだ。
ここである推測が成り立つ。
槙原と美雪が修平の布団を剥ぎ取った。
「…………」
これは許される行為だろうか?
壁に掛かった時計を見る。
まだ六時である。
外を見ればようやくかすかに明るくなりかけてきているかのような時刻だ。
正月にこのような時間に起きるなどかつて一度として起こった事のない事態である。
異常事態と言っても良い。
解決する方法は一つである。
「返せっての」
修平は槙原が掛けている布団の一枚を剥ごうと手を伸ばした。
そして、一番上に乗っている布を手に取る。
それを自分に掛けようとする。
「…………」
だが、その布を一目見て、修平は凝結した。
やや薄桃色の、レース地のひらひらが付いたそれは間違いようもなく女性の上半身の急所を覆うべくして開発・生産・販売・使用されているものだったのである。
すなわち、ブラジャーである。
「―――は?」
思考停止の最中、辛うじてそれだけを口にする。
別に槙原のブラジャーを見た所で、どうとも思わない。
いや、そう言うと嘘になるだろうが、こんな朝早くからどぎまぎするほど青少年ではない。
疑問に思ったのは、なんでんなもんが無造作に転がっているのか、と言う事である。
念の為言っておくが、修平が脱がしたわけではない。
だとすると最も考えられるのは槙原が自分で脱いだと言う線だが、この真冬に下着まで脱ぐ奴がいるだろうか?
「…………」
ぼんやりと、布団に包まる槙原を見る。
下着まで脱いでいると言う事は、他の衣服はどのような状況になっているのであろうか?
下着だけ脱ぐような器用な真似をしたと考えるのが妥当か。
それとも、下着に至るまで全て脱ぎ捨て、現在は所謂所のスッポンポン状態と考えるのが妥当か。
だが、そんな事は本来ならどうでも良かったのだ。
修平が取るべき行為としては下着を槙原の上に戻し、自分はさっさと寝た振りなりなんなりすべきだったのである。
だが、修平はそれをしなかった。
いや、より正確に言うならば間に合わなかった。
修平の脳裏に、現在の自分の状況がどれほど危険か―――右手に女性用の下着を握り締め、おそらくは全裸であろう槙原をずっと見つめている―――と言う考えが思い浮かんだとき、既に事態は急展開を見せていたのだった。
先ほどの修平の『寒いッ』と言う叫びに、反応を示した男が居たのである。
むくりと、その男が身を起こす。
同時に、寝癖でぐじゃぐじゃになったツンツンがよろよろと動く。
そして、修平とその男―――自称萬神一の情報通、他称万年遅刻野郎―――新藤圭太の視線がぴたりと合わさった。
「…………よ、修平。今日は早いな」
「あ、ああ」
そして、圭太の視線が修平の右手に動く。
「―――ん。そりゃなんだ?」
「なんでもない」
即答して、修平はそれを背後に隠した。
だが、その行為は圭太の好奇心を刺激するのに十分以上の威力を持っていた。
その寝惚け眼に途端に光が宿る。
「なんで隠した?」
「なんでもない」
修平の額にはかすかに脂汗さえ浮かんでいた。
その脳裏には幾つかの対処法が浮かんでは消えていった。
平和的な物からかなり危険を伴う物まで。
圭太は徐々ににじり寄ってくる。
「なあ、一対何を隠し持ってるんだ?教えろよ」
修平は少しずつ後退しつつ、
「なんでもない。まだ早いんだからもう一度寝ろよ。俺も寝るから」
「知的好奇心と言う奴は満たされるまで疼くんだ。おまえが教えてくれない限り、俺は眠れないんだよ」
「知的好奇心なんて面かよ、鏡見て来い」
「鏡は良いからおまえの隠し持ってる物を見せろ」
「別に見る価値のあるようなもんじゃないぞ、圭太」
諭すような口調で言ってみるもほとんど効果はなさそうな感じだ。
「別に見る価値もないようなものならわざわざ隠すほどの事でもないだろ?」
「おまえ、朝から良く頭回るな」
思わず本音が漏れる。
修平は朝が基本的に苦手な為、現在もまだその思考能力の大部が眠ったままだ。
このままでは圭太を言い包める事もできない。
「くっ。こうなったら実力に訴えるしかないか」
圭太の無力化を図る。
その為に、修平が身構えたその時、第三者がもぞもぞと身動ぎした。
修平と圭太が揃ってそちらに注目する。
「ふわぁ。どうしたの、何かあったの?」
目を擦りながら身を起こそうとしたのは槙原だった。
その瞬間、修平の脳裏に、全裸の槙原の姿が過ぎった。
「あ、馬鹿ッおまえ、今スッポン―――」
発作的にそう声を掛けた修平の目前で、槙原の身を隠していた布団や毛布が滑り落ちる。
その下から槙原の白い柔肌が露に―――はならなかった。
なんと槙原はその下に普通に服を着ていたのである。
「―――って、どういうことだ………」
まさか下着だけ脱いだのか?
修平の脳裏にそんな疑問が過ぎる。
だが、彼よりも槙原や圭太の方が不可解そうな顔をしていた。
『スッポン………?』
「いや、それは………えぇと、おまえ、今、すっぽんみたいな顔してるぞって思ったんだが、勘違いだったみたいだな、は、はは、ははは」
などと笑って誤魔化そうとするが、勿論そんな事で二人の疑念が氷解する訳もない。
と、思いきや、
「おまえ、寝惚けてんだな。幾らなんでも槙原がすっぽんみたいな顔してるわけないだろ」
「酷いなぁ、修ちゃん。私、そんな酷い顔してた?」
(んな馬鹿な)
と、思いつつ、修平は笑顔で、
「だよな。寝惚けてたみたいだ。あはは」
笑いながら、ようやく下着を隠す。
これで、もう大丈夫、と内心でほくそ笑みつつ、
「と言うわけで、俺は寝なおす。おまえらはどうする?」
「ん。そうだな。俺も寝る」
「私も寝ようっと。まだ六時だもんね」
「おう。槙原、布団一枚寄越せ。俺の布団を剥ぎとっただろ」
「だったら私の服を剥ぎとってくれれば良いのに」
「笑顔で+朝に言う台詞じゃないだろ、それは」
「朝じゃなければ良いの?笑顔でなければもっと良い?」
「洒落にならん。さっさと布団を寄越せ。眠いんだ」
「うん。はい」
「よし。じゃあな、おやすみ」
「おう」
「おやすみ〜」
三人が再び横になって、一見、事件は解決されたかのようだった………。

それからおよそ四時間後。
修平は再び目を醒ます事になる。
ほぼ同時に、全員が起きたようだった。
奇跡に近いが、断じて起こらないと言えるほどの事でもない。
「あ。おはよ」
「ああ」
挨拶してくる槙原にそう返して、修平は両手を天に伸ばして伸びをする。
「んぎゃあぁぁ〜」
まるで悲鳴のように聞こえるが、ただ単に伸びてるだけである。
「ふう。二日酔いだぁ」
呻きつつ身を起こしたのはさっきはあんなに元気だった圭太である。
どうやらこの四時間で発症したらしい。
(って、そういうもんなのか?)
医学知識がない為、わからない。
「明けましておめでとうやで」
身を起こすなりそう年始の挨拶をしてくる椎原。
「昨日日が変わった後まで飲んでた事を考えるとなんか微妙に間が抜けてるな」
苦笑と共に修平が突っ込む。
ブラジャーの事はあまり問題ない。
既に隠してあるし、槙原が下着だけを脱いだのなら冬で厚着をしている事もあってばれる事もないだろう。
そう修平は考えていた。
彼の考えが楽観的過ぎると非難するのは難しい。
なにしろ下着は槙原の上にあったのだ。
それが槙原の物であると思い込むのは仕方のない事だろう。
と、そこで美雪が身を起こして、
「―――あら?」
不思議そうに呟くのを聞いても、修平の脳裏においてそれは下着の問題とはまったくもって直結しない問題だったのだ。
「どうした、美雪?」
起きたのに布団の中から出て来ない美雪に、修平がそう声を掛けるのも、彼女の隣に修平がいる事を思えば、当然だっただろう。
美雪は普段と変わらない彫刻であるかのごとく美しい顔のまま、
「どうしてか知らないけど、私裸なの」
爆弾を放った。
「―――は?」
その瞬間、修平は再び思考停止状態に追い込まれた。
だがこの瞬間、一気に行動に打って出た者達がいた。
「うおおおおっ!!」
「うがぁぁぁっ!!」
獣の如き咆哮を上げ、美雪に飛びかかる圭太と椎原。
ボガッドガツッ!
思考停止状態のまま二人を撃破し、修平は再び美雪に視線を向ける。
「裸ってのはつまり下着も何も着てないと言う事か?」
すると美雪は真顔のまま、
「ええ。スッポンポン」
「スッポ―――」
それだけを呻き、圭太が鼻血を飛ばして気絶する。
「え、雪ちゃん、どうして裸に?」
槙原が至極当然の疑問を発する。
美雪はちらりと修平を見る。
「な、なんだよ」
「貴方まさか私が寝ている間に何かをしたんじゃないでしょうね?」
「んな分けないだろ」
「そうよね。貴方だったら私ではなく裕ちゃんを襲うはずだものね」
「あのな、槙原も襲わないって」
「え〜」
「槙原も不満そうな声を出すな」
修平は槙原にそう突っ込みを入れてから、
「しゃあない。いつまでも裸でいるわけにもいかんだろ。男どもは外に出ろ。んで槙原は服探すの手伝ってやれ」
「うん、わかった」
そう段取りを付けてから、
「こんなチャンスは二度とないんだぞ!」
「そうや、神崎!おまえ、それでも男か!男ならしっかり覗かんとあかんやろ!」
と喚く圭太・椎原を裕太と一緒に廊下に引きずり出す。
二人が何とかして居間を覗こうとするのを阻止しつつ、修平は裕太に、
「美雪って寝ながら服脱ぐ習性でもあるのか?」
「さあ?知りませんでした」
「そうか」
暫くして、居間と廊下を隔てる扉が少しだけ開き、ひょっこりと槙原が顔を出す。
「ねえ、修ちゃん」
「どうした?着替えは終わったのか?」
「うん。それがね。一枚足りないの」
「一枚足りない?何が?」
「下着が」
「下着………」
そして脳裏に浮かぶのはあのブラジャーだ。
「ってことはあれは美雪の………」
「え、修ちゃん、何か知ってるの?」
「え?あ、いや………」
「怪しいぞ修平!」
「そうやそうや、神崎!おまえ、何かを隠してるやろ!」
「まさか先輩、姉さんの………」
「何を言ってやがる。俺があいつの下着を隠したとでも思ってるのか?んな訳ないだろう。おい、槙原、もう一度良く探せ」
「う、うん」
槙原が引っ込み、圭太達の疑惑の眼差しに晒される事数分。
再び槙原がその姿を現し、
「あったよ、修ちゃん」
「ふむ。それでどこにあった?」
「えと、修ちゃんの布団の下」
「なっ………」
途端、圭太達の眼差しが「やっぱり」と告げる。
そして、圭太が駄目押しで、
「なるほど。さっき隠し持っていたのはやはり下着だったのか」
「これで決まりやな」
椎原が勝ち誇った笑みを浮かべ、
「そんな、先輩が下着泥棒だったなんて」
裕太がショックを隠しきれないように呻く。
さらには槙原までが、
「どうして?どうして私のを取ってくれなかったの?」
「って、それは問題が違うだろうがっ!」
思わず突っ込んでしまってから、今がそのような事を言っていられる状況ではない事を思い出す。
だが、一抹の違和感がある。
自分はあの時、下着をどう処分したか。
圭太や槙原に見られないように、後ろ手に隠したのだ。
それから槙原に布団を貰い、横になった。
その時には既に手元に下着はなかったはずなのだ。
意識して下着から離れる様にして横になった。
つまり、布団の下に美雪の下着があるはずないのだ。
修平が違和感を解決できないでいるうちに、扉が開いて服を着た美雪が出てきた。
「あら、おはよう、下着泥棒さん」
冷酷な響きで挨拶してくる。
その顔に浮かんでいる笑みを見て、修平の脳裏で一本の線が繋がった。
「おまえ、さては………」
美雪が笑みを深くする。
それが何よりも雄弁に修平の推理を裏付けていた。
即ち、彼女は下着を見つけたのだ。
その上で槙原に対し、「見つからない」と言った。
そして、槙原が修平達と話している間に、その下着を修平の布団の下に隠したのだ。
それを槙原が見つけ、このような状況に至ったというわけである。
(一対何の為に………)
もはや言い逃れは限りなく難しい状況にある。
こういうとき、いかんい正当な意見であろうとも男の意見は無視される。
世間と言う物は女尊男卑なのだ。
「てめぇ、一対何のつもりで―――」
「私の下着を盗んだ事は別に良いわ。そう言う年頃だものね」
「さすが雪ちゃん、寛大だね」
槙原がほっとしたように言う。
正月早々から事が荒立つのを避けたかったのかもしれない。
しかし、そんな槙原でも修平が美雪の下着を盗んだと思っているようだ。
状況証拠がこれほど揃っていれば、確かにそう思っても仕方ない。
修平が否定すれば、或いは槙原は修平の言う事を信じたかも知れないが、それでも多勢に無勢、勝ち目はない。
それは既に霧明温泉で体験済みだ。
美雪は捕らえた獲物を丸焼きにしようとする猟師のような表情で、
「今日一日のありとあらゆる出費をすべて持ってくれる?」
「なっ………」
「おお、それは良いな」
「わても賛成や!」
「僕もそれが良いと思います」
三人がすぐに同意する。
そして美雪は、
「どうする?」
「くっ………わかった」
修平は美雪の策略の前に、屈服した。
もしかしたら彼女はこの策略の為にわざわざ裸になったのかもしれない。
そしてその罠に、修平は物の見事に嵌ったのだ。
こうして、2005年の正月、修平はいきなり一文無しに成り果てたのだった。
                           第百三十話 賀春 完
次週 第百三十一話 100の質問 お楽しみに!

『精霊王』

精霊王
『盟約にて参上せる男』
第一章 盟約者
1 闇より出づる男
その街は国の中心である。
その街には国王とその一族が住んでいる。
その街は統治の中心である。
王都『ブリュンヒルデ』。
それがその街の名である。
だが、その街に住む人々がその名を呼ばなくなってから、既に三十年。
王都に住む人々は彼らの住む街を自嘲の意味合いを込めて、『廃都』と呼ぶ。

夜。
人気は無く、昼間の何処と無く饐えた(すえた)臭いのする空気が消え、吸い込むと喉や肺に痛みを覚えるほどに凍えた空気が界隈を支配する時刻。
大通りから続く路地の一つを駆け抜ける影があった。
身体よりも心が先行しているような、前のめりの姿勢で走る影の動きは何処と無く危なげで、ぎこちなかった。走るたびに揺れる、肩で切られた髪の色は亜麻色。
路地を抜け、少し広い通りを走る影。
まるで何者かに追われているかのようなその切迫した走りに、『廃都』は何の反応も示さない。だがそれは人が居ないのを示しているのではない。
建物の中には人々が居るはずである。夜ではあるが、まだ寝るには早い時刻でもある。
いくら『廃都』の人間の、布団に潜り込む時間が早いにしても。
(なんで―――!)
口元が歪み、酸素不足に霞が掛かっているかのような脳内に声が響く。
自らの声が招いた頭痛に端正な顔をしかめつつ、女はもう一度声を振り絞った。
(なんで、誰も助けてくれないのよ―――!)
叫んだ。が、声にはならず、喉からはかすかに空気が漏れる音がしただけだった。
追跡者の気配はすぐ背後に迫っている。
はっはっと言う生臭い息の音までが聞こえる。
―――いや、それはあるいは己の呼気の音かもしれない。
追跡者は既に諦めて、姿を消しているのかもしれない。
だが、女は背後を振り返る気にはなれなかった。
『廃都』には人間が住んでいる。
だが、彼らは息を潜めているだけ。
特に夜は。
彼らは恐れている。
―――何を?
それは愚問に過ぎない。
彼らが恐れているもの、それは《精霊》と呼ばれる生物。
この世界は《精霊》に溢れている。
大いなる自然の一部。
全能なる神の僕達。
人間種族の次に栄える生物。
人間にとっては恐るべき敵である時もあれば、頼もしきパートナーとなる時もある。
だが、『廃都』において、人間と《精霊》が共存していた時代はとうの昔に終わりを告げた。
それから『廃都』には二つの種族が住むようになった。
昼は人間種族の首都。
夜は精霊達の住処。
それが『廃都』である。
「―――っ!」
女は気配を感じて、咄嗟に横に飛び退っていた。
横手の路地から黒い獣が飛び出してきたのだ。
夜の闇のごとく滑らかな漆黒の毛並み、深紅の瞳、ずらりと並んだ凶暴な牙。
しなやかな肉体を躍動させて、漆黒の獣が女に飛び掛る。
横に飛んだ拍子に体勢を崩した女は無様にも尻餅をついていた。
逃げなければ。逃げなければならない。さもなければ、殺される。
あの鋭い牙に喉笛を食い千切られて、死ぬ。
それがわかっていながら、女は動けなかった。
既に体力の限界を越えていた肉体が、動けと言う脳の命令を拒否しているのだ。
酸素欠乏を思い出したかのように、体中が酸素を求めている。
身体の要求に応ずるが如く、女は息を吸い込んだ。
息と共にあげかけた悲鳴も飲み込む。
吸い込んだ空気は凍えるように冷たく、喉と肺に刺すような痛みを残し、体中に酸素が行き渡る。が、足りない。動くには。この獣から逃げ切るには、足りない。
獣は女との間にあった距離を瞬く間に乗り越え、襲い掛かって来た。
女は目を瞑り、声を振り絞って叫んだ。
「いやああああぁぁぁぁっ………!!」
皮肉な事に、女が吸い込んだ酸素は、悲鳴をあげるには事足りる量だった。
静寂を守っていた『廃都』に、悲鳴が轟き、その静寂を破った。
女は身を強張らせ、歯を食い縛り、眼を硬く閉じて、待った。
獣が女の首に喰らいつくのを。牙が女の喉笛を食い千切るのを。
頚動脈を切断され、赤い血飛沫が飛散するのを。
だが、何も来なかった。
(…………?)
なおも待ってみるが、何も起こらない。
まるでそれまでの出来事が夢であったかのように。
女はゆっくりと目を開いた。
目の前の光景を見て大きく見開いたその瞳の色は髪の色と同色の亜麻色だった。
「い、一体………何が?」
彼女の眼前、ほんの三m程の所に黒い獣が居た。
だが、どう見ても自然な立ち方ではない。
女と指呼の距離で向かい合った獣はまるで強力な力に押さえつけられてでも居るかのように、四肢を痙攣させていた。牙を剥き出しにし、喉の奥から不気味な声を吐き出して居る。その瞳には己の身を縛っている力への抗議の色が見えた。
が、とりあえずの所、襲ってくる気配は無い。それが何故なのかはわからぬが。
「―――生きているか?」
「っ!?」
背後から掛けられた突然の言葉に、女は弾かれたように背後を振り向いた。
その顔色は青ざめている。
女は知っていたのだ。人語を解する《精霊》は《精霊》の中でも高位に属する。
漆黒の獣などとは比べようも無く、強力な連中である。
だが、女の背後に立っていた者は《精霊》には見えなかった。
かといって、純粋に人間かどうかはわからない。
闇に同化する漆黒の髪と同色の瞳、鋭くも端整な顔立ち、闇の中でも人の目を引かずにはおかない、真紅の外套とその合わせ目から覗く黒曜色の甲冑。
左手には何も携えず、右手には豪華な装飾を施された剣を提げている。
男の鋭い瞳が女を見返していた。
そこで女は名乗りもせずにじろじろと観察した己の無礼を思い出し、赤面した。
「あわわ!あ、あの、ごめんなさい!あの、私、セレナ・アウシュベルツと申します。助けて頂いて本当に―――」
「知っている」
俯いて早口に言葉を連ねていた女―――セレナは男の言葉に口を閉ざし、男を見上げた。
男はセレナから視線をはずし、その鋭い眼差しを黒い獣へと向けた。
その視線の動きに合わせて、背後を振り返る。
先ほどと全く同じ体勢で、獣は四肢を地につけていた。
その痙攣は四肢だけではなく、全身に広がっている。
瞳に憎悪の炎が浮かび上がっているのが、セレナにも見えた気がした。
背後に立つ男が口を開く。
何の気負いも無い、至極落ち着いた声である。
「《精霊》の名を名乗るもおこがましき下等なる者よ。選べ。我と戦い、滅ぼされるか。この場を去り、二度とこの者を襲わぬと誓うか―――どうだ?」
獣が喉の奥で何かをうめく。
無論、セレナには獣が何を言ったのかなどわからない。
だが、この不可思議な男はどうやら獣の言葉を解している様だ。
「そうか―――己の選択には責任を持て」
背後の男の気配が一変したのを感じて、セレナは身を強張らせた。
先ほど獣が至近に迫ってきた時よりも、今の方が恐ろしいのは何故だろう。
セレナにはわからなかったが、男の発している気配は目の前の獣が発している気配と同一の物だった。ただ、男の方が格段に気配が濃かった。
獣が気圧されたかのように頭を下げる。
「良かろう―――試してみるが良い」
男の言葉によって束縛を解かれたかのように、獣の痙攣が止まった。
自由になったのを感じるとほぼ同時に、獣は男へと飛び掛って行った。
(剣じゃ間に合わない!………殺されちゃう!)
獣の動きは速く、男が剣を抜いている時間は無いように思われた。
だが、セレナの心配は結局は無用であった。
男は剣を抜こうとはせず、拳の形に固めた左手で獣を殴りつけたのだ。
肉が潰れ、骨が砕ける音と共に獣は十数m程吹き飛び、石で舗装された道路に叩きつけられ、動かなくなった。
「…………」
男は気の無い一瞥を獣に向けると、すぐさまセレナに向き直った。
今の人間離れした一撃を見せられたセレナはがくがくと震えながら後退する。
立つ余力は無かった。まったく、今日は何から何までがおかしい。
その中でも目の前の男ほど理解しがたい物は無かった。
「―――怖いのか?」
男の声は先ほど聞いた時よりも一段、低くなっているような気がした。
が、そのかすかな声の起伏が男のどのような感情を表しているのかわからないセレナにとっては何の意味さえも無い変化であったが、何らかの意味があるのは確かだろう。
セレナは己の心の中で、恐怖心が増大していくのを感じ、肌が粟立つのを感じて慄然とした。それでも恐怖心を押さえつけて質問を発したのは、男に助けられたと言う事実を忘れて居なかったからに違いない。
「あ、貴方は一体何者なの………?どうして私を助けたの?何で私の名前を知っていたの?」
男は僅かに顔をしかめたようだった。あるいは、それがセレナが始めてわかった男の表情の変化かもしれない。
「そんなに一度に質問するな………俺の名はアーク。アーク・ド・ウェルキニス。称号は《精霊王》。おまえを助けたのは友との盟約を守るためだ」
「《精霊王》?友?盟約?………何の事?」
「《精霊王》はすなわち《精霊》の王。友とはおまえの父親、クルツ・アウシュベルツの事だ。盟約とは奴に頼まれた。『娘を頼む』と」
すらすらと答える男―――アークをぽかん、とセレナは見返した。
男が言葉を止め、やや顔をしかめる。
「―――なんだ?」
「《精霊王》………って………あんた馬鹿?」
「クルツと同じ事を言う………さすがは娘だな」
男の口元に笑みが浮かんだ。それだけの事で、男の表情から負の印象が拭い去られ、年相応の明るさを湛えた。

続く。

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