ビジネス一般

日本の支え「モノづくり」

日本の「モノづくり」への賛美と懸念を頭に置きつつ世の森羅万象を考える。図案屋稼業の傍ら、かって商社に勤務した経験も振り返り、書き溜めた著者自身の備忘録でもある。

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《64》 資本の論理で解けない難題

2004/12/06

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    ┃モ┃ノ┃づ┃く┃り┃、┃あ┃れ┃も┃こ┃れ┃も┃ (続編)
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                         --浪費なき日本の繁栄のために--

 《64》 資本の論理で解けない難題

会社も、大きく成長するにつれて子だくさんになる。

筆頭株主の親会社のもとで、子会社とか、関係会社と呼ばれる。
ここでは、子会社という響きを避け、「関係会社」と呼ぶことにしよう。
会社が成長する過程で、本業とは異質な分野の新しい有望な事業が見つかる。
しかし、本業から離れた事業になると人材がいないため、経営するのが難しい。
企業文化や労働条件などに意外な違いがあるためだ。むしろ、別会社を設立し、
条件を満たす専門職を内外から集めて新しく経営したほうが、事業効率がよい。
例えば、運送業務が社内で増えてきたら、運送専門の別会社を設立してしまう。
社内のニーズに限らず、他社の運送も請け負わせ、新事業として拡大させる。
アウトソーシング*の相手を身内につくることで、有力な企業が1つ育つ。
大きく成長した会社で、実際によく見られる例だ。
http://www.atmarkit.co.jp/aig/04biz/outsourcing.html

総合商社の場合は、モノづくりに関わる事業が得意でない。
もともとゼネラリスト集団で、儲けの種を業種を超えて見つけるのが得意だが、
いざモノづくりとなると人材がいない。組織の体制や能力が適合しないから、
事業性を確信したら、別会社を立ち上げ、工場経営に長けた人材を広く集める。
巨艦で小回りの利く営業が苦手だから、機能特化した商社を起こすこともある。
海外の出先も、かっては外国企業の商社活動(営業)を許さない国があったが、
今は変わり、多くが現地で法人化されている。筆頭株主は、日本にある商社だ。
商品や機能、制度の特殊性に柔軟に応じ、分社化することで収益を上げる。
しかも、決算が別々になるため、各々の業績が明確にもなる。

メーカーの場合も、別会社をたくさん持っている。
地方に立地する工場や部品メーカーを別会社化するなど、積極的に取り組んだ。
大組織の中にいるより上意下達が迅速になり、業績も一段と向上するのだろう。
最近は、かってライバル同志だったメーカーが、合弁会社を設立する例もある。
国際市場で勝ち残るため、系列を超えて共同で対抗する。

商社にいたわたしは、大小の2つの関係会社を担当した。
2つは、天地ほども違う規模の差があり、忘れられない貴重な経験をした。
過去に救済したなどの経緯があり、何れの場合も筆頭株主の地位を占めていた。
1つは、営業に配属されて直ぐに担当した機械メーカーで、資本金が2億円弱、
400人程度の小さな会社だった。もう1つは、IT産業の草分け的企業で、
東証1部に上場され、傘下の企業を入れれば1万人強にもなる。下手をすれば、
親会社に肩を並べる実力を備えていたこともあり、神経を使ってつき合った。
親会社の役割は何かというと、経営の全般を把握して助言や指導を行うこと、
売買にも介在して口銭を稼ぐこと、営業活動を側面的に支援することだった。
株の配当だけで満足するのでなく、売買にまで遠慮なく介在して稼ぐところは、
さすがに隙がない商社であり、しかも親会社という優位性を利用したものだ。
関係会社にすれば、親会社を疎ましく思うのも否めない。

両社に共通したのは、歴代の社長が親会社の出身者だったことだ。
親会社に肩を並べる実力を備えても、生え抜きが社長になれないのは辛い。
しかし、一流の上場会社も、外部から社長が送り込まれる例は少なくない。
財閥系の企業では、上位から下位へ社長を政策的に差し入れる例が多くある。
大手の自動車メーカーで、銀行出身の社長がつぎつぎに務めた例もあった。
かって、銀行の威力を無視できなかった時代のことだ。関係会社ともなれば、
経営母体の親会社の支配下に置かれ、意に添って経営するのは当然といえる。
それにしても、資本主義経済の論理とは分かりながら、実力会社に育った後も、
先々の見通しを知らされないまま、常に天下り社長を迎えるのは釈然としない。
親会社側にいたわたしだが、大いに同情を覚えたものだ。

見合う効果がなければ、関係会社の志気を著しく低下させる。
とくに業績が低迷すると、双方の利害が浮き彫りになって関係が悪化さえする。
親は子に強権を発動するし、子は子で親の親としての責任を厳しく責め立てる。
いわば分業体制でいるため、謎めいて見える相手の守備範囲に責任を求める。
1つこじれるとたいへんなことになるのは、生身の親子の関係と共通する。
資本の論理のもと、如何にうまくマネージするか、解けない難題だ。

つづく

さぶみ・ごろう

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創刊日:2001-04-23  
最終発行日:  
発行周期:3週間毎  
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