ビジネス一般

日本の支え「モノづくり」

日本の「モノづくり」への賛美と懸念を頭に置きつつ世の森羅万象を考える。図案屋稼業の傍ら、かって商社に勤務した経験も振り返り、書き溜めた著者自身の備忘録でもある。

全て表示する >

モノづくり、あれもこれも (続編) 《53》

2004/04/19

    ┏━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┓
    ┃モ┃ノ┃づ┃く┃り┃、┃あ┃れ┃も┃こ┃れ┃も┃ (続編)
    ┗━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┛

                         --浪費なき日本の繁栄のために--

 《53》 日本語離れできない日本人

日本語がうまい外国人が多くなったことに驚く。

企業、大学、メディア、文学など、活躍の場が広い。
日本と海外との地理的な距離感が、人の力で見事に縮められた。
わたしは、日本語を外国人に教えるというボランティア活動をしている。
日本語の尋常ならざる難解さを知るだけに、うまさには頭が下がる。
この日本語ボランティアには、日本語教師として教える正式な資格と違い、
地元の国際交流協会が催す養成講座を受けてなった。曲がりなりにも、
教える方法を一通り習得し、日本語特有の難しさを痛いほど知らされた。
今さらながら、自身の日本語力を怪しみながらも、ほめたくなる。
ましてや、できる外国人を見ると、心底から尊敬してしまう。

もし、わたしが日本語を初めて習うとすれば、どうなるか。
ひらがなやカタカナ、漢字の複雑さと多さに先ず挫折、突破したとしても、
動詞の多様な変化*、さらに助詞の用法にへき易し、逃亡を企てるはずだ。
その証拠に、漢字に馴染んでいる中国人は、頑張りを利かすことができる。
しかし、会話学校で働く欧米系の英語教師などは、初心貫徹とはいかない。
固い意志と明確な目的がない限り、ひらがなやカタカナに往生して消える。
短期間の滞在中にせっせと稼ぐだけでなく、旅行などの遊びにも忙しい。
英語がどうにか通じるし、切実な動機がないからだ。
http://www.kfcs2000.com/f/jfl-act/tekei-song.html

一方、固い意志と明確な目的を持つ外国人は挫折しない。
日本語が必修の仕事に野心を燃やす人や、連れ合いが日本人という人は、
熱心さからして違う。午前中の教室には、日本人が夫という主婦が多く、
出身地が全世界に及び、日本人の海外との接点が意外に広いことが分かる。
日本の活力を反映しているようでもあり、うれしい。

奥さんが日本人のイタリア人は、将来が楽しみだ。
「バイオメディカル・サイエンス」の分野が専門のドクターだそうで、
EUにいれば不自由のない暮らしだが、奥さんのお母さんが病気のため、
仕事を投げ打って奥さんともども来日したという愛妻家だ。将来は、
EUと日本を足場に、職歴を活かす仕事を手掛ける予定だが、現在は、
日本語を勉強する傍ら、イタリア語と英語の教師をしながら生活する。
連れ合いと仕事という二重の機縁が、日本語の習得へと駆り立てるのだが、
表意文字(漢字)に興味が増し、書道と俳句をたしなむほどになった。
固い意志と明確な目的があり、好奇心も旺盛だから有望株だ。

アンビシャスな彼は、先日、日本語弁論大会に応募した。
毎年、NHK教育テレビで放送される大きなコンテストで、昨年は、
170人近くも応募したという。先ず、スピーチ原稿とカセットを送り、
審査をパスしてやっと出場権を得る。外務大臣賞など6賞もあるが、
率直にいって、今の彼の日本語力では、とても及ばない高嶺の花と思う。
彼も事情を十分に承知し、経験を大切にしたいという。

スピーチの原稿づくりは、不肖わたしが請け負った。
奥さんから「掃除も洗濯もわたしばっかり」と責められるとボヤくので、
これをネタにして「日本ばっかりでないイタリアもある日本」と題した。
つまり、「ばっかり」という表現を借り、ユーモア仕立ての構成にした。
奥さんの責め句を最初に紹介し、日本とイタリアとで類似する点を列挙、
お陰で違和感なく日本の生活を目一杯楽しんでいると述べ、終りには、
ただ1つ、奥さんの「ばっかり口撃」ばっかりには弱っている、と落す。
原稿の優劣が気になるが、これもオリンピック精神だ。

ところで、日本人自身による外国語の習熟度はどうだろう。
グローバライゼーションの波を受け、外国語名人がたくさん生まれた。
同時通訳などという神業には、帰国子女が主要な供給源になっている。
しかし、日本の露出度の高まりに比べ、まだまだの感が否めない。
主要国会議の場で、談笑の輪から外れるのは日本の首脳と決まっている。
イタリア首脳にもその気があり、前記のスピーチで類似点として挙げた。
英語の通じ難さでいえば、イタリアと共通のものがある。

思い起こせば、わたしが中学生の頃のことだ。
日本が再び独立国になった半世紀もの昔、先生が、「20年もすれば、
どの日本人も英語を自由に話す時代になる」と予言したものだった。
しかし、グローバライゼーションの荒波も、日本人が相手では力がない。
あの予言から半世紀も経った今、わたし自身がその域に達していない。
日本語離れできない日本人のまま、生を終えることになりそうだ。
日本語がうまい外国人の出現に目を奪われながら。

つづく

さぶみ・ごろう

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2001-04-23  
最終発行日:  
発行周期:3週間毎  
Score!: - 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。