ビジネス一般

日本の支え「モノづくり」

日本の「モノづくり」への賛美と懸念を頭に置きつつ世の森羅万象を考える。図案屋稼業の傍ら、かって商社に勤務した経験も振り返り、書き溜めた著者自身の備忘録でもある。

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モノづくり、あれもこれも (続編) 《50》

2004/02/26

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    ┃モ┃ノ┃づ┃く┃り┃、┃あ┃れ┃も┃こ┃れ┃も┃ (続編)
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                         --浪費なき日本の繁栄のために--


《50》 恨みつらみのソースコード

商社では、「千三つ」という言葉をよく使った。

1000の働きにも、3つの成功しかないというものだ。
わたしは、機械の商売を担当したが、日々それを実感しながら働いた。
コンピュータも機械の範疇にあり、アメリカ製のものを売ったことがある。
20年以上も前だから、パソコンが普及し始めた頃だ。

販売したのは、A社のデスクトップ型のコンピュータだった。
当時、アメリカのいわゆるIT産業は、東岸のシリコンバレーが優勢で、
そのA社は、もう一つの勢力を占めた東岸のボストンの近郊にあった。
カリフォルニア州に対してマサチューセッツ州、と勢力を東西で2分した。
UCLAに対するMITとハーバード大の勢力分布という説明もあった。
今や、マイクロソフトが元気で、西岸のカナダに隣接するシアトルが、
1つの勢力になった。つぎに名乗りを上げる都市は、果して出るだろうか。
幸い、A社はアナログ変換器の分野で強く、今も健在だ。

このコンピュータは、ユニークなものだった。
マルチタスクの機能で、複数のプログラムを同時に走らせることができた。
BASICというコンピュータ用の簡易なプログラミング言語*があるが、
これを機械の制御の分野に利用することもできた。BASIC言語は、
少し学習するだけで、自分なりに最適な表計算のプログラムが組めた。
パソコンが普及し始めても、Excelなどという重宝なソフトがなく、
自分で作表と計算のプログラムを組み、事務作業の改善に努めた時代だ。
今では、BASICという言葉をあまり聞かなくなった。
http://www2.airnet.ne.jp/sardine/langs/BASIC.html

BASICを制御の分野に利用できるのは、朗報だった。
複雑で高度な言語はあるが、それを使わずに制御のプログラムを組める。
制御というのは、プラントなどの装置産業では欠かせない重要な技術だ。
各々の加工プロセスをコンピュータを使って管理し、運転する。例えば、
化学プラントでは、流体がある条件を充たしたら、つぎのプロセスに移し、
新しい加工を加える。プロセスを移すタイミングは、流体の量や温度、
質などの変化を読み取って決める。変化を正確に読み取るセンサーが、
各々のプロセスに配置され、情報をコンピュータに送る。コンピュータは、
その情報をもとに、配管のバルブを開けたり閉めたりする。つまり、
風呂タブの水道水や灯油タンクの油の流入を自動で止める道具があるが、
あれが幾重にもなった装置をコンピュータが自動運転すると考えればよい。
もちろん、最後の頼りは人だから、人による監視も欠かせない。

A社のコンピュータは、とくに研究所で好評だった。
プラントなどの大型装置には、固定したプログラムが使われる。しかし、
実験装置だと、プログラムを自由に簡単に変えられることが必要になる。
装置の刻々の稼動状況をカラーモニタに図示できたことも喜ばれた。
前の灯油の例でいえば、ポリタンクの中の灯油が見る見る減り、逆に、
ストーブのタンクの中が増える動きが、リアルタイムに画面で見える。
大手メーカーの研究所や筑波に点在する研究機関に売れた。

やがて、大手電機メーカーのT社が目をつけてくれた。
同社が、自社の商品レンジの穴を埋める最適な装置と評価したのだ。
得意にしている油槽所向けの給油のシステムに組み込みたいという。
OEM(相手先ブランドでの販売)が期待でき、口銭はやや薄くなるが、
売れる量がまとまるからうれしい。わたしはこれぞと勢い込んだ。
ボストンの本社の営業と技術の責任者に来日してもらい、商談に入った。
ところが、出せ、出さないの応酬がつづき、一向にらちが開かない。
思いもよらず、初日に敢えなく暗礁に乗り上げてしまった。つまりは、
ソースコードを巡る攻防で、双方が折れなかったためだ。T社は、
ソースコードが開示されないのでは、責任が持てる商品に仕上がらない、
開示が絶対条件という。一方、A社は、開示したら利益の源泉を失う、
と絶対に譲らなかった。今になって白状すれば、当時のわたし自身が、
ソースコードなるものの概念も知識も、頭になかったのが敗因だった。
仲を取り持つ商社が、事前に確認しておく基本動作だった。

今なら、マイクロソフトの有名な商法であり、不思議もない。
とはいえ、T社の精神は、マイクロソフト配下のパソコン業界にはない。
自社開発をスキップする次善の策とはいえ、ソースコードを手に入れ、
自身で納得できるまで改善を施し、万全の商品として出そうとした。
そのT社のメーカーらしい頑固さに負け、「千三つ」を逃がした。
ソースコードへの恨みつらみは、今も消えることがない。

つづく

さぶみ・ごろう

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創刊日:2001-04-23  
最終発行日:  
発行周期:3週間毎  
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