ビジネス一般

日本の支え「モノづくり」

日本の「モノづくり」への賛美と懸念を頭に置きつつ世の森羅万象を考える。図案屋稼業の傍ら、かって商社に勤務した経験も振り返り、書き溜めた著者自身の備忘録でもある。

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モノづくり、あれもこれも (続編) 《38》

2003/06/09

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    ┃モ┃ノ┃づ┃く┃り┃、┃あ┃れ┃も┃こ┃れ┃も┃ (続編)
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                         --浪費なき日本の繁栄のために--

 《38》  アメリカを感じる品質管理

日本製品の高い品質は、敗戦の痛手の中で培ったといえる。

日本のメーカーは、製品の品質にとりわけ神経を尖らせる。
海外の顧客が多いから、クレームされてはたいへんだ。製品の回収などに、
膨大な費用と時間を消耗する。信用の失墜で会社が潰れることもある。そのため、
工場では、製品が仕上がるまでのすべての工程と関連する要素を細かく洗い出し、
厳しい合否の基準を設ける。全員が力を合わせ、製品の欠陥やばらつきの発生を防ぐ。
日本製品が、高い評価を得たのは、手離れのよい製品を出しつづけたからだ。

機械の商売をしながら、面白くも苦い経験をした。
半導体がプリント基板*に載り、いろいろな機械や装置に使用されはじめた頃だ。
例えば、エンジンの燃料噴射を電子的に制御し、最適化するという技術が生まれ、
プリント基板を収めた弁当箱のような小箱が、クルマに搭載されるようになった。
つまり、コンピュータが、機械や装置と合体し、メカトロニクスの時代を迎えた。
しかし、クルマが暴走しては困る。一つひとつの箱に電子信号を擬似的に与え、
念入りに性能をチェックしなければならない。電子の動きは、人間の目で追えない。
そこで、半導体や基板の性能を検査する装置が、需要を大きく伸ばした。
http://www.hobby-elec.org/pwbm.htm

話は、こうだ。
プリント基板の検査装置は、億の単位の高額なアメリカ製品が巾を利かした。
ハードとソフトの両面から徹底的に検査でき、汎用性にも優れていた。ところが、
小振りな安い製品が、日本のメーカーによって開発されるや、国内で広く普及した。
輸出のタネを探していたわたしは、あるメーカーを訪ね、輸出を手掛けたいと話した。
応対した社長は親切だったが、「無理でしょう」と答え、悲観的な見通しを語った。
需要がもっとも期待されたアメリカ市場でさえ、相手にされない、と断言するのだ。
つまり、アメリカでは、「バケツ一杯の半導体」を買い入れ、端から基板に装着し、
最後の完成基板を検査するので、大掛かりで高級な装置が絶対に欠かせなくなる。
対して日本は、小さな部品の一つたりとも、欠陥品を納入させないのがユーザーだ。
半導体のメーカーは、一つひとつの性能を検査した上で出荷する。流通段階でも、
万一の欠陥を恐れて納入前に再検査をする。したがって、個々の品質の信頼性が違う。
日本の検査装置は、小振りな性能でも十分、しかし海外では通用しない、という。
これには、尻尾を巻いて帰るしかなかった。

臭いは元から断つ手法ほど、優れた品質管理はない。
20年くらい昔の話だから、今は、アメリカといえども日本流に変えたはずだ。
しかし、日本が、あたかもアメリカの先を走っていたかのように思うと間違う。
戦中のことだが、大挙して日本を襲ったB29で、撃墜されたものがあった。
装備を調査した技術者たちは、機内で発見した品々の質と量に驚いた。

ゼロ戦は、運動性能に秀でていたが、防弾の配慮に欠けた。
アメリカの戦闘機の操縦席は、剛板で保護されていた。被弾した油タンクも、
内貼りされたスポンジが、噴出しようとする油の圧力を受けて穴を塞いだという。
捕らえたイギリスの艦船には、八木アンテナが使われていたという話もあった。
設計思想の違いも明白だったが、物資や技術の差に日本の劣勢も予感した。
その予感も、技術的には、想定できる範囲にあったことが救いだ。

驚いたのは、戦争に負け、外国製品を身近かに見てからのことだろう。
連合軍と日々接するに連れ、なかんずく、見たこともない数々のアメリカ製品が、
日本人の目に否応なく触れるようになった。日本人には高嶺の花ではあったが、
多くが、比べようがないほどバラエティーに富み、性能もはるかに優れていた。
乗用のアメ車もたくさん見かけるようになった。けわしい箱根の山を難なく越え、
日本車との実力の違いが明らかになった。当時は、極端な物資不足に悩んでいた。
原因をそれに転嫁できないほど、日本とアメリカの品質の差が目立っていた。
戦争に負けた原因が、物資や技術の差から質にまで及んでいたことに気づいた。
日本人の品質管理への厳しい目は、敗戦の痛手の中で養われたといってよい。

戦後の日本は、貿易立国を国策に掲げ、戦前にも増して力を入れた。
アメリカは、日本の全輸出の3割近くを占める上客だ。貿易摩擦を問題にするが、
上質の製品を供給する限り、繊維、鉄鋼、機械、雑貨と、買いつづけてくれた。
日本が世界第2の経済大国になったのも、アメリカという大きな市場のお陰だった。
さらに、前にも書いたことだが、デミング博士という品質管理の先導役がいた。
アメリカで評価されなかった人が、日本では三顧の礼で迎えられたところが面白い。
日本製品の高い品質を考えるとき、アメリカを感じてしまう。

日本の品質管理の手法は、今や、全世界で活躍している。

つづく

さぶみ・ごろう

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創刊日:2001-04-23  
最終発行日:  
発行周期:3週間毎  
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