ビジネス一般

日本の支え「モノづくり」

日本の「モノづくり」への賛美と懸念を頭に置きつつ世の森羅万象を考える。図案屋稼業の傍ら、かって商社に勤務した経験も振り返り、書き溜めた著者自身の備忘録でもある。

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モノづくり、あれもこれも 《03》

2001/06/04

《seq03》

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    ┃モ┃ノ┃づ┃く┃り┃、┃あ┃れ┃も┃こ┃れ┃も┃ (続編)
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        --浪費なき日本の繁栄のために--

 《03》 フラットテレビの不思議

テレビの進化が止まらない。

いつの間にか、フラットテレビが売り場を占拠してしまった。
昔の、あの柔らかな曲面をもったテレビが妙に懐かしい。
フラットテレビをソニーが最初に発売開始すると、トリニトロンとは違う方式の他社も、
いっせいに追随した。この新製品は、消費者の購買意欲をかなり刺激し、
買い換えを早める効果を生んだ。消費を熱心にあおる政府から、
景気浮揚に貢献した商品として表彰されて然るべきものだろう。

素人判断ながら、実は、このフラットテレビの出現は、時代を画す技術の進化だったと思える。
というのも、一つには、造船業界などが早くから採用していたコンピュータ設計(CAD)*や、
グラフィックデザインの世界で、オペレーターたちが久しく待ち望んでいたからだ。
彼らは、なだらかとはいえ、宿命的なふくらみがあるディスプレイ(テレビブラウン管)を、
過去幾十年もの間、ややあきらめの境地で眺めていた。かなうことならもっと早く、
球面上でやや歪んで見える再現図でなく、完全にフラットな画面上で図の完成度を確かめたかった。
それが、遅まきながら実現したのだ。
http://www.imazo.co.jp/recruiting/lab/lab.html

ところで、どうして各社がフラットテレビに転換し、いっせいに発売開始したのか、
という不思議がある。一社独占で市場を支配しておかしくないほどの新しい商品のはずだ。
各社が偶然、同時に開発に成功したためだろうか。

わたしが商社にいて経験した商談が、この疑問を解く。20年以上も前、東芝が、
CRT(テレビブラウン管)の大型の自動製造プラントを、東独(当時)から受注した。
わたしは、当時、西独(当時)の技術で国産化した空油圧駆動の省力機器の販売をしていた。
「自動製造」となれば、設備の隅々に使われるものだ。早速、
このプラント向けに売り込みを開始した。東芝のアドバイスは、
「ガラス管の製造工程を担当するN社にも売り込みなさい」というものだった。つまり、東芝は、
ガラス管そのものは自社で製造せず、もともと下請けのN社から供給を受けていたと分かる。
ブラウン管は、真空に耐える強度を維持するため、力学的には球形が好ましいはずだが、
画像が球面上に現れるのではディスプレーとして不適だ。球形がもたらす強度を犠牲にしつつ、
片面を限り無くフラット化し、同時に真空に耐える強いブラウン管を製造しなければならない。
当時、そういう技術をもつ日本のメーカーは、このN社とA社の2社だけということだった。

最近の供給のメカニズムを知らないが、テレビメーカー各社は、やはり、
N社やA社からガラス管の供給を受け、管の内部に自社の電子銃など心臓部の装置を組み込み、
テレビという完成品に仕立て市場に出しているのだろう。
各社がフラットテレビをほぼ同時に発売する不思議が、これで解ける。

日本の「モノづくり」には、幾重にもなって支える多重な仕組みがあるが、時に、
下支えのはずの会社が優れた技術を生み、市場に新しい活気を生む。黒子の力に、
意外な強さがあり、表に立つメーカーが大いに恩恵を受ける。

しかし、この真空管式の分厚いフラットテレビも駆逐される日が近いようだ。
現在の液晶やプラズマ技術がさらに改良され、製品のコストが下がれば、
薄手の壁掛けテレビの時代になるに違いないからだ。進化が限りなくつづく。

つづく

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創刊日:2001-04-23  
最終発行日:  
発行周期:3週間毎  
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