文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2019.10.21 「呪詛の言葉」

2019/10/22

 それが予定調和とはならないとしたら、未
だ予定は未定でしかないわけだが、実際に行
く手に何が待ち受けているわけでもないとす
れば、何が行く手を阻んでいるわけでもない
わけだが、そんな状況の中でこの国の未来に
関して何が見えているかというと、例えばそ
れがありふれた国家の衰退とかそういうこと
であったとしても、少なくともそこで暮らし
ている人々を信頼しているなら、それでも希
望に満ちた明るい未来が待ち受けているはず
だが、その一方で現状の世の中に対して呪詛
の言葉を投げかけるような人が大勢いるとし
たら、何か理由があってそうしているはずだ
が、それとは違って例えば気に入らない対象
に向かって罵声を浴びせる行為であればわか
りやすいだろうが、それが呪詛の言葉となる
と何やら意味深な回りくどさを感じてしまう
わけだが、それが未来に対する漠然とした不
安から生じていることであれば、なぜそれが
呪詛の言葉になってしまうのかというと、単
純に特定の人や団体などを呪っているという
ことかも知れないが、そういう呪詛の対象と
なっている人や団体がひどい現状をもたらし
ていて、それがこの国の未来を台無しにして
いると思われるなら、そんなことをやってい
る人たちを呪うしかないような成り行きにな
ってしまっているのかも知れないが、しかし
そうであっても呪いの言葉の内容というのが
何か拍子抜けするような毎度おなじみのこの
ままでは危ない的な言い回しでなければ、た
ぶんそれは何でもないことだろうし、それは
これまでもそうであったしこれからもそうな
るしかなく、そんな内容の何が呪いの言葉な
のかその根拠が今ひとつわかりかねるところ
かも知れないが、要するに呪詛の対象となっ
ている人や団体がこちらを振り向いてくれな
いから恨んでいるようなことでしかないのか
も知れず、だからといってそれらの人たちを
振り向かせるような魅力がなければ振り向か
ないのは当然のことだが、そうなるにはまず
は現状を肯定できないことには魅力が生じな
いだろうし、そんな現状を肯定するような宴
には参加できない人たちが、そんな現状など
壊れてしまえと叫んでいる内容が現状への呪
詛そのものであるように聞こえるわけで、そ
ういった恨めしい思いが呪いとして現状の世
の中にこだましていて、裏を返せば世間がそ
れらの人たちの存在や言い分を認めてくれる
なら、直ちに呪詛の言葉も鳴り止むかも知れ
ないが、それは現状を肯定する宴を開いてい
る人たちにはできない相談であり、根本的に
現状を肯定している人でないと宴には参加で
きないわけだから、そもそもそういう姿勢に
疑念を抱いて、現状を否定的に見ていること
自体が受け入れがたいだろうし、受け入れが
たいということが別の意味では現状の否定に
伴う紋切り型的な反応として受け入れている
わけだが、つまり受け入れがたい人たちとし
て受け入れているというこれまた回りくどい
対応をしているわけで、またその程度の人た
ちなら比較的簡単に料理しやすいということ
でもあり、それがこれまでもこれからもそう
いう人たちへの対処法として確立されている
わけだが、それらの人たちには現状を否定す
ること以外の何が求められているわけでもな
く、それ以外のことに関してはお役御免な人
たちでしかないのだろうし、もはやそれだけ
で役割を全うしているのだから、他に何を求
める必要もないわけで、後は気が済むまで現
状を否定しながら呪詛の言葉を唱えていれば、
それでは気が済まないのは百も承知だが、期
待している役柄がそんなものでしかないのだ
から、それでかまわないとしてその存在と主
張を認めてしまえばいいわけで、もちろんそ
れを認めているという証しがその存在と主張
を認めがたいという態度となって表れている
と捉えるなら、それらの人たちはもとからそ
う仕向けられているとも言えるのかも知れず、
そういうことをやった効果として、それらの
人たちにはこの国の未来がないように思われ
てしまい、そこで暮らしている善良な人々が
悲惨な境遇を強いられていると見えてしまい、
だからこそそんな現状を呪わずにはいられな
いという理屈が成り立つわけだが、実際にそ
れがすべてなのかといえば、それらの人たち
には見えていない現状があるわけで、それが
何かといえば何でもないようなことなのだろ
うし、実際にそれらの人たちにとっては何で
もないようなことであり、それが未来への可
能性だとは思えないわけで、そもそも誰もそ
んなことには気づいていないのかも知れない
が、気づかなくてもいいことだろうし、逆に
気づいてしまうと現状を否定的に見れなくな
ってしまうのかも知れないし、そうなるとそ
れらの人たちの存在意義すらがなくなって、
そんな自分たちに危機感を抱かなければなら
なくなるわけだろうが、それが具体的に何か
といえば、やはり何でもないことであり、何
でもないような現状でしかないわけだが、現
状が何でもないことに気づくかといえば、気
づいてしまうと困るだろうし、何でもないか
ら否定しようがなく肯定しようもないわけだ
が、逆に現状に何か問題があるからそれを指
摘せざるを得なくなるわけで、指摘すること
が何でもなければ商売あがったりで、閑古鳥
が鳴いていることになってしまうわけだが、
逆になぜそうはならないのかといえば、現状
に問題があるからだろうし、その問題が現状
を肯定する人たちにとっては問題でも何でも
ないわけだが、そうであるどころかそれは現
状を成り立たせている重要な要素なのであり、
それがないと困るわけだが、それは現状を否
定する側にも言えることであり、それがない
と現状を否定できずに困ってしまうわけだが、
それとは何かといえばそれが呪詛の原因とも
なっている特定の態度であり、要するに誰か
を認めて誰かを認めない態度であり、また何
かを認めて何かを認めない態度でもあり、そ
れを認めることによって現状を肯定して、そ
れを認めないことによって現状を否定してい
るわけだが、また逆にそれを認めないことに
よって現状を肯定して、それを認めることに
よって現状を否定するようなことでもあり、
現状の中でそれを認めるか認めないかによっ
て架空の境界を設ける行為となるわけだが、
その境界ですらも現状を否定する人たちには
認めがたいわけで、なぜそんなところで境界
を区切るのか理解できないわけだが、現状を
肯定する側にとっては、そこで境界を区切ら
ないと現状を肯定できないわけだから、それ
は譲れない線でもあるわけだが、そういった
境界線の確定自体が何でもないことであれば、
それ以上に何を問題視する必要もなくなって、
ではその何を問題視する必要もないことに気
づけるかというと、現状を否定する人たちに
は気づけないし、断じて気づくわけにはいか
ないわけだ。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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