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彼の声

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彼の声 2019.9.11 「捜し物の不都合」

2019/09/12

 資本主義的な利潤の追求に関して、産業面
での技術的なノウハウを利用することと、そ
うした利用の際に生じるかも知れない倫理的
あるいは道徳的な配慮とは、一見何も関係が
ないように思われるかも知れないが、物事の
取り扱いに関する倫理や道徳などの面でも技
術的に解決しようとすると、何かそこでそれ
自体への貫入現象が生じておかしな成り行き
となってくるのかも知れず、確かにそこで一
定の目的が生じてしまうと、その目的に応じ
たスキルが必要となるわけだが、では具体的
に倫理的なスキルや道徳的なスキルが何を意
味するのかというと、少なくともそれが物事
の倫理面や道徳面を考慮しない功利的な行為
を、倫理面や道徳面での配慮を伴っているよ
うに見せかける技術とはならないはずだが、
場合によってはそれに近いニュアンスを伴っ
ているように感じられるときもあるだろうし、
それが何らかの方便として、それらを活用し
ようとしているかのように受け取られると、
何か痛くもない腹を探られるような感じにな
ってしまうのかも知れず、実際にそこでおこ
なわれていることが、確かに倫理面や道徳面
などを考慮しているように感じられるとして
も、そういう行為を見せられている側が、何
か煙に巻かれているような感覚を伴えば、技
術的にごまかされているように思われてしま
うわけで、そういった行為が具体的に何を伴
うのかといえば、例えば人助けを目的として
いるのに、一方でそれが人助けをしている人
の金儲けに結びつくような行為となってしま
うと、やはりそこに漂っている欺瞞や偽善の
匂いを嗅ぎつけられてしまうわけで、たとえ
資本主義経済の中で利潤の追求が正当化され
るにしても、それがごまかされているような
印象を伴ってしまい、そういう面では倫理的
にも道徳的にも、派手に利益を追求すること
がはばかられる分野があるわけだが、そうい
う印象を打ち消すための次善の策として、そ
れ以外のところで派手な金儲けに成功した人
が、今度は損得を度外視して大金を慈善団体
などに寄付したりする行為を見せびらかせば、
そういうことに配慮しているように見えるこ
とが世間的には尊ばれるだろうし、そうやっ
て金儲けの目的を遂行する途中で、慈善行為
に見せかけてワンクッション挟むことで、欺
瞞や偽善の匂いを脱臭するような技術的な処
理が施されるわけだが、下手をするとそうい
った見せかけを目的とした思惑が世間的にば
れて、それが資金洗浄の売名行為のように見
なされて非難されてしまう場合もあるわけだ
が、そういった技術的なまずさを露呈する結
果がなぜもたらされるのかといえば、功利的
な方面での貨幣の活用に関する技術的な処理
自体が、それとは違う傾向を伴って動作する
倫理や道徳などの効果を発揮することを主な
目的とする行為とは相容れない面があるから
かも知れないが、一方でそこに欺瞞や偽善が
潜んでいることを探し当てるには、それなり
にそういった匂いを嗅ぎつける嗅覚の鋭さが
ものをいうことにもなるのかも知れないし、
もちろんそれが比喩としての嗅覚であれば、
実際には勘の鋭さが求められているわけだろ
うが、ただそれを探し当てることだけが目的
でしかない場合には、そこから先の発展性が
欠けているわけで、探し当てた当のものをど
うするかを巡って、それを効果的に使うこと
が目的とはなっていなければ、持ち前の敏感
な嗅覚を頼りにして誰かがそれを探し当てた
時点で、その人はお役御免となってしまう場
合があるわけで、何かそういう面で勘の鋭さ
を武器にして何らかの事物を探し出せる人と
いうのは、そういった目的で使われるだけ使
われて、その役目を終えたらそのまま使い捨
てられてしまう危険性があるだろうし、そう
いった損な使われ方をされることが目に見え
ていると、それに対する自然の成り行きとし
て、それだけで終わってしまわないように、
何かしら戦略的に振る舞う必要が生じてくる
わけで、そうやって功利的にその人の目的に
応じた賢いやり方を模索するような成り行き
になってくると、今度はそういった本来の勘
の鋭さとは関係のない余計なことに気をとら
れて、持ち前の勘が鈍ってしまうことにもな
って、そうなると使い物にさえもならなくな
ってしまい、そんな人には用がないことにも
なってしまうわけだが、それが比喩としてで
はなく、具体的に誰かがそんな目的に応じて
使われること自体が、何を目指しているのか
となると、それがある意味では謎な部分でも
あるわけだが、たぶんそれが特定の目的とは
限らない場合があるわけで、その場でその人
に生じている事情や経緯に照らし合わせて、
嗅覚や勘を頼りにして探す対象が、当初に目
指していたものからずれてくるような場合に
は、何を探すことが妥当なのかに関して、適
切な判断を要することにもなってくるわけだ
が、果たしてその判断がどういう水準で適切
なのかとなると、そこでも何か疑問を感じる
ような成り行きになってしまうこともあるわ
けで、何かそれと気づかずに見当違いなもの
を探しているとすれば、そんなものを探すこ
と自体が間違っていることにもなってしまう
わけだが、それが元々は探すことが目的では
なく、そこに何らかの状況を生じさせること
が、その人に課せられた目的となると、では
そんな目的を課しているのは何かとなるわけ
だが、それが何かではなく普通は誰かとなる
のかも知れないが、たぶん誰も何も課してい
ないわけではなく、誰かが他の誰かに向かっ
て何かを課している場合には、そこに何らか
の人間関係が生じているわけだろうが、実際
に何かを生じさせるということが人間関係を
生じさせることになれば、それが自家撞着気
味であるとしても、極めて自然な成り行きで
あるはずなのだろうが、そう都合良く各々の
目的が一致するようには人と人とは出会わな
いわけで、実際に各々の人に都合の良い人間
関係などもそう簡単には生じないだろうし、
そこには必ずお互いの意見や主張が合わずに
争う要因が生じてしまうわけで、実際に都合
の悪い人間関係として人と人とが争う関係が
生じてしまうわけだが、またそれを技術的に
解決しようとすれば、争っている双方が納得
するようなルールに基づいた競争関係に止揚
されてしまうわけだが、たぶんそこでも倫理
的あるいは道徳的な規範を作ろうとする傾向
が生じるだろうし、そういう行為を正当化す
る上で必ずつきまとってくるのが、それに対
する倫理的あるいは道徳的な配慮であるのか
も知れないが、果たしてそういった配慮に正
当化できる中身があるのかとなると、その辺
が怪しくなってくるわけで、要するにメディ
ア的にはそういったことを報じる上で、そこ
で何でもないようなことをやっている人たち
に価値があるように見せかけたいわけだろう
し、そういった価値をそれを受け取る側が信
じ込まされるような成り行きが、暗黙のうち
に期待されているのかも知れず、それが倫理
的あるいは道徳的な価値となるのかも知れな
い。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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