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彼の声

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彼の声 2019.3.15 「つじつまが合わない実態」

2019/03/15

 現状でわかっていることは、当たり前のよ
うに思われる現象から、批判の対象が生じて
くることであり、それを生じさせている当た
り前のように思われる現象は、批判の対象と
はなり得ないが、そこから生じている人の動
作や行為が批判の対象となってしまうわけだ
から、いくらそれを批判してみても、それを
生じさせている当たり前のように思われる現
象を止めることができない限りは、そこから
いくらでも批判の対象が生じてきてしまうわ
けで、それを批判すること自体があまり意味
のないことになってしまうのかもしれないが、
そんな批判自体も当たり前のように思われる
現象から生じてくるとみなすなら、それを普
通に解釈するなら、その当たり前のように思
われる現象から、批判の対象もそれに対する
批判も生じてくると言えるのかもしれず、ど
ちらも共に生じてきてしまうわけだから、そ
んな現象自体を批判する成り行きにはならな
いだろうし、またそれが止めようとする対象
となることもなく、ただそういう現象が批判
の対象や批判自体を生じさせているのだから、
批判の対象となる人の動作や行為にしても、
それへの批判にしても、深刻に受け止めるよ
うなことでもないのかもしれないのだが、た
ぶんそれを批判している人たちにとっては、
そうした人の動作や行為は深刻に受け止めな
ければならないことなのだろうし、批判の対
象となっている動作や行為をやめさせたいの
かもしれないが、実際にやめさせることがで
きるかとなると、それを生じさせている現象
を止められないのだから、どう考えても無理
だろうし、無理であるどころか、それが批判
を生じさせる原動力ともなっているわけだか
ら、そんな現象によって批判すること自体も
成り立っていると言えるわけで、そこで見せ
かけの対立や軋轢や争いをもたらしていると
思われる、批判の対象とそれを批判する側の
どちらがどうというわけでもないのかもしれ
ず、それらを対立する概念と捉える必要もな
く、両者ともに同じ現象から生じてきている
のだから、まずはそれらを生じさせている現
象について考える必要があるのかもしれない
し、実際にそれを思考の対象とすべきだろう
が、それが具体的に何かというと、うまく名
付けようのない現象なのかもしれず、そうい
う意味ではっきりしない面があるのかもしれ
ないが、そんな現象のある面を示しているの
が、企業が主体となって行なっている資本主
義的な経済活動であり、またもう一方の面が
政府が主体となって行なっている政治活動や
行政活動なのかもしれないが、それもそれぞ
れにそれ単体で全体を覆うような活動ではな
く、それらは現象の一部分を構成しているだ
けであり、そういう部分的な一面を捉えて、
そういった活動の否定的な動作や行為を批判
の対象とすることができるのだろうが、それ
もそういった批判を成り立たせている現象自
体が、一方では批判の対象となるような動作
や行為をもたらしているわけだから、そうい
う動作や行為は、やめさせるというよりは調
整の対象となるべきことかもしれないし、動
作や行為そのものは継続するにまかせるとし
ても、そこから生じる被害や損害を最小限に
食い止めるような調整が必要となってくるの
かもしれず、そうした調整を行う上で必要な
ことが、交渉であり取引でもあるわけだが、
それも個々の交渉や取引などが世の中の各方
面で実際に行われているわけで、それに対し
て批判を加えることも交渉術の範疇に入るの
かもしれず、批判を加えて妥協を引き出すよ
うなことが、実際に行われているわけで、そ
ういった動作や行為を今後とも行なっていか
なければならないだろうし、そうする以外に
平和な状態を維持できないわけだが、その中
には軍事的な脅しも交渉術の範疇に含まれて
くるだろうし、現実には小競り合い程度の小
規模な軍事衝突も起こっているだろうし、そ
こでも全面的な軍事衝突に発展しないような
交渉や取引の一環として、小規模な軍事衝突
が起こっているわけだろうが、小規模である
にしても、軍事衝突が起こって何らかの被害
や損害が出ていることに関しては、批判の対
象となるだろうし、それが必要最小限に抑え
られたとしても、できれば軍事衝突は起こさ
ない方がいいわけで、やはりそういうところ
で、軍事衝突を起こさないための交渉や取引
が必要となってくるわけだが、軍事面ではそ
うであっても、経済面でも似たようなことが
言えるのかもしれず、なるべく損失が出ない
ような交渉や取引に持っていかなければなら
ないのだろうが、一方的に利益が出る側と損
失が出る側とに分かれてしまうと、一方的に
損失が出た側の活動が成り立たなくなってし
まうから、確かにある面では損失が出るにし
ても、別の面では利益が確保されないとなら
ないわけで、それも全体でプラスマイナスゼ
ロになってしまうと、利益が出ないことにな
ってしまうから、どこかでプラスが出るよう
な工夫が求められるわけで、それが交渉や取
引の場所的な差異を利用するか、時間的な差
異を利用するかのどちらであるにしても、そ
こで差異を生じさせて利益を求めるわけだろ
うが、それを批判する側からすれば、そこに
差異が生じること自体がまやかしやごまかし
に思われてしまうわけで、どう考えてもプラ
スマイナスゼロになっていないと、つじつま
が合わないように思われてしまうわけだが、
それに関しては物や情報やサービスなどの場
所的な移動が、こちらからあちらへ一方向へ
と進む場合もあるだろうし、あるいは時間的
な成り行きの中でも過去から未来へと一方向
に進むわけで、それらの移動の中で消費や消
耗が起こるから、その分だけ差異が生じるわ
けで、その中で全てが循環しているわけでは
なく、消費される分だけ戻ってこないから、
その差異をある方向から見れば利益に見える
し、反対側から見れば損失に見えるわけで、
それを全体的な視点で見ることができないか
ら、部分的な要素を取り上げてそこだけに注
目してしまうと、何かつじつまが合わないよ
うに思われてしまうわけだが、それは政治的
あるいは行政的な成り行きにも言えることで
あり、そこで何かごまかしや不正が行われる
と、それが発覚すれば当然のことのように、
それ自体が批判の対象となるわけだが、だか
らと言ってそういう成り行きをもたらす制度
的な仕組みをいくら改めてみても、実際にご
まかしや不正を通してしか結果が出せない成
り行きが生じてしまうわけで、その過程で絶
えずやっていることが、やってしまった後に
は織り込み済みになっていくから、その織り
込み済みとして捉えられてしまう部分が消費
された部分であり、もう消費されてそこには
ない実態を、あるように見せかけようとする
から、結果的にごまかしや不正となってしま
うわけだが、やはりあるように見せかけない
とつじつまが合わなくなってしまうのだろう
し、そういうところで人の感覚としてはつじ
つまが合っていないと不可解に感じられてし
まうわけだが、そこで実際につじつまが合っ
ていない事実を、ごまかしや不正を行う側も
それを批判する側も認めることができないか
ら、事態がこじれてくるわけだ。そうやって
結果的に実現不可能な机上の空論と呼ばれて
しまう計画の類いには、後から絶えずつじつ
まを合わせるようなごまかしや不正が付きま
とってしまうわけだが、それを批判する側も
つじつまが合っていないことを批判するわけ
だから、どうしてもつじつまが合わせようと
して失敗してしまうのではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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