文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2019.1.7 「変化の可能性」

2019/01/08

 日本では何か問題のある宗教教団として、
否定的なたとえによく使われる代表格は、近
年ではオウム真理教だろうが、時代状況や事
情や条件が異なれば、それは創価学会になる
かもしれないし、さらに時代をさかのぼれば、
大本教やそこから分岐した生長の家などの宗
教団体もあるだろうし、また最近の例では日
本会議という組織も陰謀論的な暗躍をささや
かれているし、その一方で宗教とは本来は無
関係であるにも関わらず、その組織的な性格
から日本共産党も、それらの宗教団体と同列
に扱われることもあるだろうし、心ない人た
ちから長年にわたって悪質なデマや誹謗中傷
の標的にされて、執拗に忌み嫌われてきたわ
けだが、人を集団として同じ思想や主義主張
にまとめ上げるのは容易ではないとしても、
果たしてその必要があるかというと、必要が
なければそんなことはやらないわけだから、
そうやって集団でまとまろうとする人たちに
とっては、そういうことが必要だと思われて
いるはずなのだが、それが政党の類いなら、
実際に議会勢力として活動するために、集団
的な組織形態が必要とされるのだろうが、そ
うだとしても同じ思想や主義主張でまとまる
必要があるかとなると、議会の主導権を握る
ような大政党だと、必ずしも思想や主義主張
でまとまっているわけでもないだろうし、ど
ちらかというと打算的な損得勘定によって、
多数派についていた方が、何かと好都合だか
ら、大政党に入党するような成り行きが生ま
れてくるだろうし、それでも建前上は何らか
の主義主張を掲げて政党としての体をなして
いるのだろうが、そういう主義主張は漠然と
していてあいまいな傾向になりがちで、とも
すればどうとでも受け取れるような内容にな
りやすく、集団でまとまるための方便のよう
な役割を果たしているのではないか。それと
は対照的に宗教教団の類いだと、特定の思想
や主義主張を信者全員が信じていることには
なっているだろうが、それも教団に専念して
いる人とは違う一般の信徒となると、宗教教
団とは無関係な職業に就いていたりすれば、
そちらではまた別の宗教とは異なる事情が生
じてきてしまうから、すべてにわたって教団
の支配を受けているわけではなくなるだろう
し、そういうところで、宗教とは異なる活動
となってくるわけだが、そうした他の活動と
宗教活動が両立している限りで、教団のカル
ト的な傾向に歯止めがかかって、周囲から危
険視される度合いも弱まるだろうし、そうい
う意味で宗教も、一般の社会との間でそれな
りに折り合いがついていれば、世間の側でも
その教団の存在を認めざるを得なくなるだろ
うが、その逆に教団の内部で社会から隔絶さ
れた領域が目立ってくると、それが反社会的
だと問題視されて、そこから社会に向けて攻
撃が行われるのではないかと疑われたりして、
世間的にも危険視されてくるわけだろうが、
そういう意味では共産主義思想も、現状で成
り立っている資本主義経済を敵視する傾向が
あるから、機が熟したら暴力革命を起こすの
ではないかと疑われていたりして、そういう
面で危険視されているわけだろうが、それと
は別の方面で、職業的な必要から企業などの
従業員となっているのとは違って、経済的な
目的以外で何らかの集団が活動するには、他
から活動の費用を徴収してこないとならない
から、そういうところで社会との折り合いが
つかなくなるわけだろうし、例えばそれが信
者から金銭を上納させるような体制となって
いると、組織自体の規模が大きくなるほど莫
大な財産が生じてきて、信仰を広めるためと
いうよりは、金儲けのために宗教を利用して
いるような感じになってきてしまい、それが
世間的には偽善や欺瞞と映ってしまうだろう
し、それは資本主義経済を敵視するような共
産党にも言えることであり、そういうところ
で折り合いがつかなくなってきたから、中国
のように資本主義経済を導入して、共産主義
の内容を変更せざるを得なくなったのだろう
し、そうやって現状の資本主義に対して真正
面から攻撃できないような成り行きが生じて
いるわけだが、現行の物や情報やサービスの
売買という商慣習を変えられるはずがないと
しても、どうもそれとは異なる経済制度を模
索するのではなく、そういった商慣習が権力
を伴わないような方向を模索するしかないの
かもしれず、具体的には人々が特定の団体が
供する物や情報やサービスだけを利用しない
ような成り行きに持っていければいいのかも
しれないが、その特定の団体というのが特定
の企業ならわかりやすいだろうし、様々な企
業がそれに絡んでいるような物や情報やサー
ビスを利用すれば、特定の企業だけが市場を
支配するようなことにはならないわけだが、
それとともに特定の団体というのが特定の国
の政府となると、少しわかりにくくなってく
るわけで、その国の政府が世の中の様々な人
や勢力の支持を得ていれば、特定の傾向に凝
り固まっているわけではないことになるだろ
うし、さらにそれに加えて他の国の政府や他
の国の住民からも支持されるような政府なら、
より一層そうした傾向になってくるだろうし、
そういう意味でその国の住民が政府のあり方
として求めるべきなのは、自国の住民からだ
けではなく、他の国の住民からも支持を得ら
れるような政府にしていく必要があるのかも
しれない。

 そういうのが目下のところの理想論となっ
てしまうわけだが、方向性としては、世界的
にそういう方向へと歩み寄っていくような成
り行きが、実際にもたらされているのかもし
れず、そういう成り行きをもたらしているの
が、世界各国のメディア報道などの傾向かも
しれないのだが、その中で各国の政府がやっ
ていることと、それに対する住民や他の国内
外の各種団体などの反応が公平に報道されて
いるようなら、そこに政府が取るべき態度と
しての世界標準のようなあり方が示されてい
るのかもしれず、そういった傾向として、例
えば政府が自国の住民を何らかのやり方で弾
圧していれば、当然のことながら住民や住民
を支援する勢力による、政府を非難するため
のデモや抗議などの光景が報道されるだろう
し、また政府がそういった報道をさせないよ
うに国内外のメディアをそういった現場から
締め出していれば、今度は周辺国などの外国
からそういった政府の行為が、批判的な傾向
を伴って報道されるだろうし、さらにそうし
た弾圧によって外国へ逃れた亡命者などが、
その国の政府の対応を非難するためのデモや
抗議などをする光景も報道されるだろうし、
そうやってその国の政府の強権的な姿勢が、
報道によって世界的に非難されるような成り
行きがもたらされるわけだが、またその国の
政府が軍事的に他国を攻撃したり威嚇して、
あるいは経済的な圧力などを加えて、それに
よって他国の住民が被害を被っているなら、
そこでも住民たちの窮状や被害状況などが報
道されることになるだろうし、そういった報
道姿勢や論調が、世界各国の住民や政府を含
んだ各種団体にそれなりの作用や影響を及ぼ
して、そういった傾向に感化された住民たち
が支持する政治勢力が、その国の政治の主導
権を握れば、政府の住民に対する強権的な傾
向が弱まってくる可能性があるのかもしれな
いが、そういうことは自国の政府の宣伝機関
のようになっているメディアにはできないこ
とであり、それも他のメディアがそういった
傾向のメディアに対して批判的な論調や姿勢
をとれば、それに感化された住民が、政府の
宣伝機関のようなメディアの報道は信じない
ようになるかもしれないし、それは政府以外
の各種団体にも言えることかもしれず、そう
いったところから特定の傾向に凝り固まった
各種団体の権威的で強権的な姿勢を弱められ
る可能性が出てくるのだろうが、それも政府
や他のメディアも含んだ各種団体の間の力関
係を考慮するなら、一方的にそういう成り行
きになるとは考えづらいだろうし、実際に世
界の至るところに、各国の政府をはじめとし
て権威的で強権的な姿勢の各種団体が存在し
ているわけだから、なかなか理想的な状態と
はならないわけだが、しかしメディアのあり
方としては、どうも各種団体の宣伝機関であ
る面よりは、そういう傾向も含めて、他の様
々な方面の動向を公平に報道するような成り
行きになってきているのかもしれないし、そ
れを促進させているのが、他ならぬネット環
境であり、そこで様々な傾向のメディアが並
立している中で、特定のメディアだけが特定
の団体の宣伝機関のような報道をしていれば、
他との兼ね合いから浮いてしまうだろうし、
そうした報道が不自然な印象を持たれてしま
うと、やはりそこからそうした報道に対して
疑念が湧いてくるだろうし、何よりもそこで
特定の問題について対立するような姿勢を保
てないのかもしれず、対立するよりは分散し
てしまうわけで、一つの物事に焦点を絞ろう
とすると、絶えず他にも様々な傾向があると
いうことがわかってしまって、他でもそれな
りに説得力を持った姿勢が可能であるから、
特定の団体だけの肩を持つわけにはいかなく
なってきて、ならば他の様々な傾向も含めて、
並立的に報じる成り行きになってくるわけで、
そういう報道からわかるのは、特定の問題に
ついての良し悪しというよりは、世界には様
様な傾向の立場や姿勢があって、その中で特
定の傾向の立場や姿勢だけを肯定したり賞賛
する必然性が感じられなくなってくるという
ことだろうし、そうなると特定の団体に権威
や権力が生じているとしても、それをメディ
アが賞賛したり宣伝したりするのは、何か世
界の現状からずれているように思われるので
はないか。実際にそういった賞賛や宣伝がメ
ディアを通して大々的に行われていることは
確かであり、それを真に受ける人も多いのか
もしれないが、それと同時に他のこともメデ
ィアを通して伝えられていることは確かであ
り、むしろそうした物事の方が圧倒的に多い
のが、ネット経由で伝えられる情報であり、
それらのほとんどは何でもないような情報で
しかないわけだが、その何でもないような情
報というのが、世界の主流を構成しているら
しいのであり、それと比べて権威的かつ強権
的に他を圧倒するような力が、一般の人々に
及ぼされているかというと、他ではそういう
力が行使されている現実があるのだろうが、
少なくともネット上ではそうではないだろう
し、そこから伝わってくるのがどうでもいい
ような情報の大洪水だから、かえって現実の
権威的かつ強権的な力の行使が不自然に思わ
れてしまうわけで、日頃からそれらのどうで
もいいような相対的な感覚に慣らされている
と、そういったごり押し的な権力の行使に従
う気になれるかというと、その気になれなく
ても権力は行使されるわけだが、それを真に
受けられないわけで、そういった権力の行使
を信じることができないと、何かそれがどう
でもいいように思われてしまうのであり、そ
ういったどうでもいいような感触が、当のご
り押し的な権威主義者にも感染してしまう可
能性があるのではないか。そうなると権威主
義を信奉する当事者が、正当化したい権威や
権力を信じられなくなってくるのかもしれな
いし、何よりも周囲の人々がそれを真に受け
ないことが、そういった人々を不安に陥れる
のかもしれず、それが外部に向かって閉鎖的
なカルト教団の類いなら、社会の敵として弾
圧すればいいのだろうが、それ自体が外部に
向かって開かれているネット空間だと対応し
ようがないのかもしれない。 

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創刊日:2001-03-26  
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