文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2019.1.6 「紋切り型の知識」

2019/01/07

 物事について語る語り方には、何か定まっ
た言い回しを駆使して、語りを受け取る側を
わかったような気にさせる語り方があるのか
も知れないが、気にさせるのではなく、それ
を本当に理解しているかというと、どうもそ
れが怪しいわけだが、その語っている内容が、
世の中の実態や実情からかけ離れたことを述
べているわけではないにしても、それが妙に
語り手の自己正当化と連動して語られると、
何か騙されているような印象を伴うわけで、
確かに具体的なことを述べている割には、説
得力に欠ける内容だと思われる時には、さら
にそれを注意して聴くと、例えば比較の対象
のところで、微妙な違和感を伴ってくるのだ
が、何かと何かを比較して、一方を悪くいう
場合には、しばしばその悪い例として、世間
的に見て極端に悪く言われるような対象を持
ち出してきて、それと悪く言っている対象と
を同一視するような比較をやるわけで、しか
もその世間的に見て極端に悪く言われるよう
な対象に関しての知識が、やはり世間並みの
紋切り型レベルであると、それと同一視して
悪く言っている対象に関する知識も、やはり
世間並みの紋切り型レベルに感じられてしま
い、そうであるならそんな世間並みの紋切り
型レベルの内容を、わざわざありがたがって
拝聴する必要を感じられないわけで、そうい
うところでもっともらしい内容であるのに、
違和感を覚えるような中身になってしまうわ
けだが、たぶんそれでも世間並みの紋切り型
レベルでは通用する内容なのかもしれないし、
そういう内容が誰でも理解可能な内容だと思
えるなら、誰もがそういう語り方を当然だと
思うのかもしれないが、果たしてその類いで
使われる、世間で極端に悪く言われる対象と
いうのが、比較の対象として妥当なのかとい
うと、紋切り型的な物言いでは確かにそんな
ことが言われてしまうのだが、そういう紋切
り型的な物言いを真に受けるかというと、そ
れを真に受けること自体が、浅はかなことの
ように思われてしまうわけで、何かそういう
ところで、その手の紋切り型的な物言いに関
して、愚かな印象を抱いてしまうわけで、そ
の印象には疑念を催す部分もあって、それが
世間で極端に悪く言われる対象の捉え方に関
するところでもあるのだが、具体的にそうい
った利用のされ方の対象として挙げられる格
好の例が、ナチス・ドイツであり、その指導
者のアドルフ・ヒトラーであるわけだが、悪
く言う対象をナチスやヒトラーにたとえて批
判すること自体が、その対象の中身や、当の
ナチスやヒトラーの中身に関して、そういっ
たたとえを使う人が詳しく知っているかとい
うと、大抵は世間並みの知識は持ち合わせて
はいるものの、それ以上は知らないだろうし、
単なるたとえとして使うだけなら、それ以上
の知識を知る必要もないわけだが、その一方
でナチスやヒトラーにたとえて悪くいう対象
に関しても、世間並みの知識しか持ち合わせ
ていなければ、どちらも世間並みにわかって
いることであり、そんなことは誰にとっても
了解事項にしかならないわけだが、ではなぜ
そんな誰もがわかっていることを、あえて取
り上げて強調しなければならないのかとなる
と、それが宣伝の宣伝たる所以であり、煽動
の煽動たる所以でもあるのだろうが、そうし
た誰もが知っていることを確認して安心した
いのだろうし、そんなわかりきったことを多
くの人たちの間で確認し合って、その手の紋
切り型を共有して団結したいのであり、そう
した団結が力になると思いたいのだろうが、
それは表面的な団結でもあり、建前としての
協調でもあるわけで、そういう見せかけだけ
の団結が力になるとは限らない場合もあるわ
けだ。そして世間的に極端に悪く言われるよ
うな対象には、それなりの魅力があるわけで、
だから建前として極端に悪く言って、それに
対してあらかじめ歯止めをかけておかないと、
その魅力に引き込まれる危険性があって、実
際にナチスやヒトラーが醸し出す魅力に引き
込まれてしまった人が大勢いたから、そこか
ら人為的な大惨事が起こってしまったのだろ
うし、それと同様にそういう対象にたとえら
れて悪く言われる対象というのにも、それだ
け魅力があるということだろうし、ではなぜ
それが悪く言われるのかといえば、その対象
がそれなりに多くの人たちに支持されて、実
際にそうした勢力が世の中の主導権を握って
いるように思われるから、そういう状況に危
機感を抱いた人たちが、そういった対象をナ
チスやヒトラーにたとえて悪く言う現象が起
こっているわけだ。しかもすでにそうなって
いる状態も、世間的な了解事項となってしま
っているわけだから、それ以上に何がどうな
るわけでもなく、そういう方面ではすでにそ
れに関しては既成事実として決着がついてし
まっているのではないか。そしていったんそ
うなってしまえば、それを悪く言う人たちは、
後はその対象をナチスやヒトラーにたとえな
がら悪く言い続けることしかできなくなって、
それ以外のことが何も言えなくなってしまう
と言うよりは、それを超えるインパクトを持
ったことが言えなくなってしまうわけで、す
でに最強で最悪のたとえとしてナチスやヒト
ラーを使ってしまったのだから、それよりも
ひどいたとえがなくなってしまって、その時
点でたとえとしての資源が尽きてしまったこ
とになるわけだ。

 要するにそういった比較の対象を利用して
何を悪く言ってみても、世間並みの紋切り型
レベルの知識しか持ち合わせていなければ、
ただそれを繰り返して強調する以外には、何
も言えなくなってしまうだろうし、言う必要
もなくなってしまうのかもしれないし、また
そういうやり方を繰り返せば繰り返すほど、
世間的には飽きられてしまうだろうし、少な
くともそういうたとえ話にインパクトが感じ
られるのは、最初の方だけだと思っておくの
が無難なところなのではないか。そしてそれ
以上にもたらされるのは、悪く言われる対象
に関する肯定的な面の欠如であり、なぜ悪く
言われる対象が、否定的な面しか持っていな
いはずなのにも関わらず、実際に多くの人々
の支持を得て世の中の主導権を握っているの
かが、わからなくなってしまって、わからな
いにも関わらず、いつまでも否定的な面ばか
りを強調して悪く言い続けていると、結果的
に世間を敵に回してしまうわけで、もちろん
そんなことを言っている当人たちは、それが
わかっているつもりでいるのかもしれないが、
わかっているにしても、それは否定的な中身
でしかないわけで、そんな否定的な面しかな
い対象が、世間の多くの人の支持を得ている
ことを説明するには、もはや支持している人
たちが騙されているとしか言いようがないわ
けだが、果たして世間に向かってあなた方は
騙されていると訴えかけて、それで世間から
支持を得られるかというと、普通に考えれば
無理なところだが、悪く言っている対象につ
いての否定的な面しか知らないわけだから、
それ以外には何も言えないだろうし、それも
普通に考えれば、悪く言っている対象の良い
面などあり得ないわけだが、そこに対象を悪
く言うことの限界があるのだろうし、その対
象を悪く言ってしまった時点で、それを改め
ることは難しくなっているわけで、そう言っ
てしまった自らの非を認めた上でないと、良
く言うことはできないだろうし、もっとも悪
く言うにはそれなりの確かな理由や手応えが
あるわけだから、悪く言っている自らに非が
あるなんてあり得ないだろうし、それを改め
て良く言うことなどもあり得ないわけだが、
そうなってしまうのが嫌なら、はじめから悪
く言わなければいいわけだが、実際に悪く言
うことに納得できるし、説得力があるのに、
なぜそれをしないのかとなると、その対象だ
けが悪いわけではなく、それを悪く言ってい
る人たちにも悪い面があるように感じられる
なら、少なくともその対象だけを悪く言うわ
けにはいかなくなってしまうのだが、それに
関しては、同じ社会的な状況から同じような
傾向の人たちが生じてきて、同じような傾向
を持っているからこそ、近親憎悪のような感
情が生じてくると考えれば、うまく説明でき
るかもしれないが、そういう説明も世間的な
紋切り型レベルの説明となってしまうだろう
し、たとえそうやって説明できたからといっ
て、何がどうなるわけでもないのかもしれな
いが、自分たちにも悪く言う対象と同じ傾向
があると捉えておけば、そんなに一方だけを
悪くは言えなくなってしまうだろうし、そう
いうところで悪く言う程度に関して歯止めが
かかれば、それほど対象の悪い点ばかりを強
調するわけにもいかなくなってくるだろうし、
それよりも自分たちの良い点を積極的に強調
しようとすれば、それが悪く言っている対象
にもあることがわかってくるかもしれないし、
そうやって悪い点だけでなく、良い点も見つ
けようとすれば、それなりにバランスの取れ
た物言いに近づくのではないか。そんなふう
にして言及する対象に関して、良い面や悪い
面を同時に指摘できるようになれば、一方的
に悪く言うことも良く言うこともなくなって、
それだけ知識に偏りもなくなるだろうし、そ
れを拝聴する側からも語っている内容に関し
て、違和感を持たれないようにもなるだろう
し、何かそれでは、可もなく不可もないよう
な、どっちつかずの印象となってしまうかも
しれないが、内容自体は物事の良し悪しを判
断する部分よりは、物事について語っている
部分の割合の方が圧倒的に大きいわけで、そ
こでは安易に良し悪しを決めつけないことが
肝心であり、むしろ一義的には良し悪しの判
断がつかないことを示した方が説得力を伴う
のかもしれず、物事にはそういう良し悪しの
判断がつかない面があるから、しかもそうい
う面の方に魅力があるから、多くの人たちが
そこへと引き寄せられて巻き込まれてしまう
わけで、それに関して大抵の人は、良く思わ
れる面があるから、そこへと引き寄せられる
と考えてしまうが、そう思われるとしても、
結果的にはそうではないことの方が多いだろ
うし、だからナチスやヒトラーがやったよう
な大惨事が起こってしまうのだろうし、そう
した大惨事が起こったから、それが極端な最
悪の事態だという認識が世の中に広まったわ
けで、要するにそれを悪いとは思わない大勢
の人たちが、悪く言う対象を支持していると
いう状況があるわけだが、それを悪いとは思
わない人たちに向かって、それは過去の極端
に悪く言われている対象と同じだと主張して、
果たして納得してもらえるかといえば、実際
に現状では悪いとは思っていないわけだから、
無理なのかもしれないし、その過去の極端に
悪いと言われている対象にしても、結果的に
悪いと判断されるような状況になってしまっ
ただけで、もしかしたらその場の前提条件や
途中経過が異なれば、今度はうまくいくので
はないかとも思われるだろうし、そういう面
まで考慮に入れると、最悪の結果を招いた過
去の事例と現状とを、単純に比較するわけに
はいかなくなってしまうだろうし、結局はそ
ういったところから、言及する対象を一方的
に悪く言うやり方が限界を迎えてしまうわけ
だ。 

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創刊日:2001-03-26  
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