文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2019.1.4 「豊かさの幻想」

2019/01/04

 それは単なる気休めでしかないのかもしれ
ないが、精神的な豊かさは、物質的な豊かさ
に比例したり反比例したり、あるいはそれと
は無関係かもしれないのだが、とりあえず衣
食住が足りていて、なおかつ心にゆとりがあ
れば、それなりに豊かさを実感できるかもし
れないが、そういうあやふやなことではなく、
ただ単に資産としての蓄えがあれば、客観的
に豊かなのかもしれず、また豊かであろうと
なかろうと、そこで多くの人が普通に暮らし
ていけるだけの余地があれば、社会として成
り立っているわけで、どういう暮らしが普通
なのかといえば、世の中の大多数の人が暮ら
している暮らし方が普通だとしか言いようが
ないが、そこに何かもっともらしい基準や価
値を導入して、他と比較すること自体が、そ
こで暮らしている人にとっては、気休め以上
のことではないのかもしれないが、とにかく
普通に社会の中で暮らしていれば、誰でもそ
うなる可能性があるなら、物心両面で豊かに
なりたいと思うだろうし、そうした気持ちへ
の抵抗があるなら、ほどほどのところで我慢
して、必要以上には求めない質素な暮らしを
心がけたり、それを実践したりする人も中に
は出てくるだろうが、そうでなくても、豊か
になるとともに傲慢な態度になっていく人が
身近にいたら、それへの反省や反動から、周
りに迷惑をかけない程度に暮らしていければ、
それで構わないような気持ちにもなるかもし
れないが、賢い人なら自らの傲慢さなどおく
びにも出さないだろうから、周囲をそんな気
にさせないような気配りを怠らずに、うまく
立ち回って物心両面で豊かになっていくのだ
ろうし、そうした才覚がある人は、巷で言わ
れるような金持ちに対する否定的な紋切り型
には当てはまらないように、絶えず心がける
のではないか。もちろんどんな態度がその人
の傲慢さを表すのかも、普通は慇懃無礼には
感じられない程度で、表面的な謙虚さと表裏
一体となっているだろうし、もはや態度では
なく実践として、周囲の誰にも文句を言わせ
ずに、富の収奪を穏便に行えれば、その態度
が傲慢であろうと謙虚であろうと、そんなこ
とは見映えさえ良ければそれで構わないわけ
で、またそういう態度が他から魅力的に映れ
ば、憧れの的となるとともに、それに対する
批判を封殺する効果が出るだろうし、そのた
めにあるのが地域貢献や慈善事業なのだろう
し、そういう宣伝活動としての人助けや地域
振興などに尽力しているように装えば、そう
いう活動に他の人々が目を奪われている隙に、
自身の富の増大を図ろうとする限りで、それ
以外の多くの人々が、そうした偽善者たちの
罠にはまっている可能性があるわけだが、そ
ういうことをやっている人や団体を否定的に
偽善の徒だとみなすのも、ちょっと世間的に
は憚られることだろうし、そもそもそれは罠
でさえもなく、社会的にも認められている通
常の行為でもあり、それも慣習としても制度
としても社会に定着していて、やって当然の
行いになっているわけだから、世の中のシス
テムとしても制度的にも、他の産業の至らな
いところを補完するような役割があてがわれ
ているわけだ。もちろん補完すると言っても、
それによって現状の体制やヒエラルキーを維
持するのに貢献する役割なのだが、そもそも
貧乏人は他の貧乏人に対して、経済的な援助
をすることができないわけだから、また世の
中を貧乏人の天下にするために革命が起こっ
てしまうわけにもいかないし、現実に貧乏人
には単体ではその力がないだろうし、どうあ
がいてもそういった面では、貧乏人は不利な
状況を強いられてしまうわけだが、別に金持
ちと貧乏人が競争しているわけでもなく、ど
ちらかといえば金持ちは他の金持ちとの間で
豊かさを競い合っているわけで、貧乏人の方
はそういった競争には加われないわけだから、
特にそれに関して負けを意識する必要もない
わけで、結局は貧乏であってもそれなりに暮
らしていければいいのだろうし、実際に多く
の人がそうやって普通に暮らしているわけだ
から、その限りで一応は社会が成り立ってい
て、その中で金持ちと貧乏人との間ではっき
りとした格差があるように感じられるかもし
れないが、それは金持ちを基準とした格差で
あって、実際に誰もが金持ちになれるわけで
はないのだから、そういった価値を基準とし
た格差とは無縁であっても、特に構わないだ
ろうし、そういったところで、競わない姿勢
を維持できれば、特に無駄に欲をかいて心身
ともに消耗することもないだろうし、生活が
成り立っている限りで余裕が感じられるなら、
心の豊かさを実感できるのかもしれないが、
実際に生活が成り立たなくなればそれどころ
ではないだろうし、そうなってしまう人をで
きるだけ少なくするのが、地域を統治してい
る政府の役目なのかもしれないが、今の経済
制度ではある程度はそういう人が出てしまう
のは致し方ないところだろうし、今の制度で
なくても、かつてのどの時代であっても、生
活が成り立たずに破綻してしまう人がそれな
りにいたわけだろうし、そういうことを考慮
に入れると、現状を維持しようとする政治勢
力が社会の主導権を握っているとしても、そ
れは当たり前のことなのだろうし、普通はそ
れ以外ではないのかもしれない。

 そんなふうに人を大雑把に金持ちと貧乏人
とに分けて考えるのはフィクションでしかな
いかもしれないが、たぶんその上に豊かさと
貧しさを対比するのも大雑把過ぎて、何かそ
ういう二項対立とは異なる方向で考えないと
ならないのかもしれず、特に普通に暮らして
いて豊かさを感じられないのなら、それは特
に困ったことではなく、豊かさを感じられず
に不満がある方が、その不満を満足に変える
ためにやるべきことを模索するようになるだ
ろうし、そういう模索が結果的にうまくいっ
てもいかなくても、そうした模索をやってい
る間は、それなりに活動をしているわけで、
そうした活動の中で充実感を味わえれば、そ
れで構わないようなことにもなってしまうの
かもしれないし、そうやって生きていること
自体が、金持ちと貧乏人とか豊かさと貧しさ
とかいう、フィクションとしての二項対立と
は異なる方面に向かっていて、そんな現状に
満足していようと不満を抱いていようと、そ
こで何かしら活動している中で、何かをやっ
ている状態を保っていられると、それをやっ
ている間は、それが充実しているか否かは問
わない限りで、何らかの内容のある時を過ご
していることになるわけだから、それが通常
の意味での活動と言えるのではないか。また
そこで特にやりたいことをやっていなくても、
それがやりたいことだとは思えないなりに、
やっている実態がある限りで、やっている間
はそれなりに過ごせているわけで、そういう
ことがやれていることが、その人の生活を成
り立たせているのだろうし、もちろん生活が
成り立たなくなれば死んでしまうわけだから、
そこに人が生きて活動しているなら、曲がり
なりにも生活が成り立っているわけだが、そ
ういうところでひどい活動実態や生活実態を
伴ってしまうのを、回避するようなことをや
らなければならないのだろうし、それを誰が
やるかといえば、まずは当人がやらなければ
ならないだろうし、また当人が何らかの団体
の中で活動していれば、その団体が活動実態
を変えていかなければならないだろうし、そ
してどうしても変えられない事情が生じてい
るなら、制度的には政府や地方自治体などの
行政が、そこへ介入するような成り行きにな
らなければならないわけだが、結局それらの
行政や、行政に介入する政治が行わなければ
ならないのは、住民の生活や活動が成り立た
ないような成り行きに介入して、それが成り
立つように改善させることでしかないのかも
しれず、それも必要以上に介入しないように
した方がいいのかもしれないし、それに関し
て不満を持たれるようなことを言うなら、政
治や行政の力では住民を豊かにすることはで
きないのかもしれないし、またそうする必要
はないのかもしれず、ただその代わりに、最
低限のやらなければならないこととして、住
民の生活や活動が成り立つように法律や制度
面で助けなければならないのではないか。そ
うだとしても人気取りのための政治宣伝とし
て、経済振興策などによって、その地域の豊
かさを実現できるようなことを宣伝してしま
うわけで、住民の側でもそう言う甘い宣伝文
句を真に受けて、経済的な利益が得られるこ
とを期待して、そんなことを宣伝する政治勢
力を支持してしまうわけだが、そんなことを
やった結果として貧富の格差が著しく増大し
てしまったり、特定の業者だけに優先して利
益がもたらされたりするわけで、そんな結果
として肝心の生活や活動が成り立たない人が
増えてしまったら、それこそが政治や行政の
怠慢だと言えるのかもしれず、それに関して
の一番の勘違いは、制度的な原則に基づいた
役割分担から考えるなら、経済的な利益を得
るために活動するのは、まず第一に住民や企
業の側であり、政治や行政の側が積極的に経
済的な利益を得るような制度にはなっていな
いにも関わらず、それがわかっていないのか、
あるいはわかっていても実態として違ってし
まっているのかは、どちらでもあるのかもし
れないが、政治家や行政の官僚などが自分た
ちの権限や権力を利用して、優先的に経済的
な利益を得ようとする本末転倒なことが行わ
れてしまうわけで、まずはそういう面を正さ
ないと、常に民間の業者などと結託して不正
行為を行われる成り行きになってしまうわけ
だが、それに関しては根本的なところで、政
治や行政などの活動内容を改めるしかないだ
ろうし、民間の金儲けに手を貸したり促進さ
せるのではなく、民間では活動が成り立たな
い面で税収を利用して活動を行ったり、住民
の生活が成り立つように手助けするだけにと
どめておけばいいわけだが、実態としては地
域経済やそこに暮らす住民たちが豊かになる
ことにまで手助けしようとしてしまうから、
自分たちのやっていることにまで収益を重視
したり、そういう金儲け主義によって、収益
が出ない部分を切り捨てたりして、かえって
そのことによって、切り捨てられた地域の住
民の生活や活動が不便になったりして、結果
的に貧困化しまうわけで、そういうところで
税収や公債で成り立っている行政の活動と、
経済活動による収益で成り立っている住民や
企業の活動の違いの区別がついていないのか
もしれないし、公的な事業を民間の事業と同
じような感覚で拡大させたり、民間を儲けさ
せるために予算を増やしたりするから、借金
財政になってしまうのだろうし、もうすでに
そんなことを長年にわたってやってきたから、
後戻りができない事態に陥ってしまっている
のかもしれないが、そういう状態も何らかの
機会にリセットするような成り行きになって
しまったら、そこで今までのやり方を見直す
ような機運も高まるのかもしれないが、そん
な機会が今後やってきた際には、もう一度政
府などの公的な部門と、民間との制度的な役
割分担に関しては、ちゃんと区別をつける必
要が出てくるのかもしれない。 

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創刊日:2001-03-26  
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