文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2019.1.2 「逃れられない運命」

2019/01/03

 逃れられない運命というのは、そうなった
結果から振り返ってみれば、どうやってもそ
の運命から逃れようがなかったと思われるか
もしれないが、そこに偶然が作用している限
りで、もしかしたら逃れられない運命から逃
れられる可能性もあったのかもしれないし、
その可能性に気づかなかったから、その時の
状況としては逃れられない運命であったよう
に思われるのかもしれないが、一般的には逃
れられない運命という言葉自体が、ただそう
なった結果から振り返った際の印象を述べて
いるに過ぎず、そうやって何らかの物事の顛
末を結果から見ている限りで、そんな印象を
述べられるだけで、場合によっては、そんな
印象を述べられないような成り行きが起こる
可能性がある限りで、特にそうした逃れられ
ない運命を強調する必要もなくなってしまう
だろうし、その場の成り行きから逃れられな
い運命を感じ取ったとしても、そういう印象
を過去にそうなった事例に当てはめることに
関しては、すでにそれが決定事項である限り
において、確からしいと納得できるにしても、
これから起こるかもしれない成り行きに当て
はめて、それを予想や予言の中で使うとなる
と、それがまだその時点では未決定である限
りにおいて、どんなにそうなりそうな状況証
拠ばかりを積み上げられるとしても、それを
そうならざるを得ないという断言に結びつけ
るのは危険であり、それでもそうなるはずだ
と断言したいのなら、それがこれから起こる
ことに際しては、そこに及んでくる想定外の
偶然の作用については、考慮に入れていない
ことになるだろうし、それを考慮するなら、
その時点での明確な断言が、後になって覆さ
れる可能性が常にあるわけで、だから未来に
起こることに関して、断言してはいけないと
は言えないが、何らかの予想や予測の中で、
そうならざるを得ないと主張したいのなら、
結果的にそうはならなかったことに関しては
、後から訂正するしかないだろうし、それを
やらないで、ただ言いっ放しのままでしらば
っくれているなら、少なくともそれに気づい
た人の信用を失うことは覚悟しておいた方が
いいのではないか。もちろん予想や予測ばか
りやっている人なら、それが当たろうと外れ
ようと、当たったことに関しては、自らの予
想や予測の確かさを強調するだろうし、当た
らなかったことに関しては、うやむやにして、
敢えてそのことに関しては言及を避けようと
するだろうし、また特に予想も予測もしてい
なかったことに関して、後からやっていたと
言い張って、しかもそれが当たっていたと強
調したい場合もあるだろうし、またさらに事
前にどうとでも受け取れるような断言を行な
っておいて、それ自体がまやかしの断言でし
かないのだろうが、後からどのような結果が
出ようと、自らの予想や予測が当たっていた
と主張するような場合もあるだろうし、そう
なるとどんな結果がもたらされようと、自ら
の予想や予測が正しいことを主張できて、そ
うであるなら自己正当化以外には、何のため
に断言口調で予想や予測を行なっているのか、
よくわからなくなってきそうだが、そういう
場合の逃れられない運命とは、何かを主張す
るに伴って、主張している自らを正当化せず
にはいられなくなることが、主張している人
にとっての逃れられない運命なのかもしれな
いが、ではそういう運命から逃れるにはどう
したらいいかとなると、単に主張しなければ
いいのだろうが、主張せずにはいられない成
り行きから逃れられないというのもあるだろ
うし、そういう成り行きの中で何かを主張し
ていると、主張自体が何かを強調することだ
から、語気を強めるために勢い断言口調にな
らざるを得ないのかもしれないし、そこに批
判が加わると、すでに起こったことを断言口
調でそれが悪いことだと批判する一方で、そ
ういう悪いことをやっているとひどい目に遭
うぞ、と悪いことをやった報いとして、ひど
い結果に至ることを断言口調で予言してしま
うわけだが、結果的にそういう因果応報の成
り行きにはならないと、予言した人にとって
は不条理な事態となってしまうわけで、実際
にそんな不条理な事態になっていることが受
け入れがたい人にとっては、やはりそんな事
態の中で、悪いことをやりながらも主導権を
握っている人や勢力を批判せざるを得ないだ
ろうし、そういう状況に陥ってしまうことが、
その人にとっての逃れられない運命となるわ
けだが、そうなってしまう人たちに共通する
ことは、これから起こることを断言してしま
うことであり、そうやって不確かな未来を予
言してしまうことが、その人を逃れられない
運命に導いてしまうわけで、それがどういう
運命なのかといえば、自らが言い放ってしま
ったことを訂正できないという運命であり、
要するにそう言い放ってしまった手前、引っ
込みがつかなくなって、どんな結果になろう
が、ひたすら言い放ってしまったことを、繰
り返し強弁し続けることしかできなくなると
いう運命に囚われてしまって、そこで立ち往
生するしかなく、それも逃れられない運命だ
から、そこから先へは一歩も前進できなくな
って、いったんそうなってしまうと、今まで
に述べてきたことをひたすら繰り返すことし
かできなくなって、その一方で新しいことは
何も言えなくなってしまうだろうし、もちろ
ん今までの主義主張に反するようなことは絶
対に肯定できなくなってしまうわけで、そう
なってしまうのも、その人にもたらされた逃
れられない運命なのかもしれない。

 そうなってしまうこと自体が自業自得なの
かもしれず、自らが言い放ってしまった断言
に従うしかないとしても、不確かなことは断
言しないように心がければいいわけだが、な
ぜかいったんすでに起こってしまったことの
良し悪しを決めつけてしまうと、そういう決
めつけを未来へと延長しようとしてしまうわ
けで、その良し悪しの評価が未来永劫変わる
はずがないという根拠の定かでない確信が、
その人にとっての躓きの石となるのかもしれ
ないが、なぜそんな評価の不動性を信じよう
とするのかは、ただ単に自らが何らかの決め
つけを言い放ってしまったという状態を、変
えるわけにはいかない事情が生じているわけ
で、それを変えてしまうとその人の立場がな
くなってしまうから、変えようがないわけだ
が、結局それがその人にとっての逃れられな
い運命ならば、そうした運命を引き寄せてい
るのはその人自身であり、ただ単に断言口調
で物事の良し悪しを決めつけてしまうから、
そうした決めつけを訂正できない限りで、そ
うなってしまうことが逃れられない運命とな
ってしまうわけで、そうであるなら断言する
ことをやめれば、そうした運命から逃れられ
て、それ自体が逃れられない運命ではなくな
ってしまうわけだが、果たして断言すること
をやめられるかというと、どう見てもやめら
れるような人は、初めから断言口調にはなら
ないわけで、要するに世の中には何かを言い
放っていられる立場というのがあって、いっ
たんそういう立場になってしまうと、断言口
調で何かを言い放つことが、その立場の人に
は求められていて、そういう人はそうしない
と、その立場を全うできないような仕組みと
なっていて、そういうことをやらないと、そ
ういう立場ではいられなくなってしまうよう
な成り行きにもなっているのかもしれず、そ
ういう立場をその人が占めている限りは、断
言口調で何かを言い放つことしかできなくな
ってしまうのかもしれないし、それがその人
に求められていることだから、それをやめて
しまうとその立場ではいられなくなって、他
の誰かにその地位を奪われてしまうから、そ
うなるのを阻止するには、やはり断言口調で
何かを言い放つことを、やめるわけにはいか
ないのかもしれず、そうであるなら逃れられ
ない運命とは、その人の立場から生じている
ことになるのだろうが、もしかしたらそうい
う立場になろうとすること自体からは、逃れ
られるのかもしれず、その人もそういう立場
になろうとしていたわけでもなかったのかも
しれないし、当初はそれとは違うことをやろ
うとしていたのに、そこから様々な紆余曲折
を経た末に、その人の意に反して、そういう
立場へと追いやられてしまったのかもしれな
いが、そうであるならそうなってしまったこ
と自体に何ら必然性はなく、単なる偶然の巡
り合わせからそうなってしまったと言えるの
かもしれないが、なぜそうなってしまうのか
といえば、何かを言い放つという行為が、言
い放つ対象への配慮を欠いていて、そういう
ことをやれること自体が、その対象との関係
の薄さを物語っているわけで、要するにその
対象にとってその人は部外者であり、関係者
ではないということでもあり、しかもそうい
う対象への事情に詳しければ、元は関係者で
あったかもしれないが、何らかの理由でそこ
から外された人だから、無責任な断言を繰り
返していられるのかもしれず、そうであるな
らもはや言い放っている対象からは、相手に
されていないということでもあり、だから平
気で批判していられると捉えるなら、そうし
た断言の内容も信用のおけない内容でしかな
くなってしまうわけだが、逆にそうだとする
と、そんな立場だからこそ、不必要に語気を
強めながら激しい口調で断言を繰り返さない
と、もはや誰もその人の方を振り向かなくな
っているという可能性もあるわけで、そうで
あるなら、その人にとっての逃れられない運
命とは、断言口調で何かを言い放たなければ
ならないような境遇に追いやられてしまった
成り行きそのものだと言えるのかもしれない
が、そこから判断するなら、何かを強い調子
で批判している人ほど、他の誰からも見向き
もされないことの証しである可能性があり、
そうなっているからこそ、他の人たちを振り
向かせるために、次第に激しい口調で批判を
繰り返すようになっていくのかもしれず、そ
れこそがその人にもたらされた逃れられない
運命だと言えるのかもしれないが、逆に言え
ば、別に他の人たちを振り向かせる必要を感
じていない人は、特に主張することもないの
かもしれないし、何かを主張する以前に、何
かをやっていれば、そのやっていることにか
かりきりになっている限りで、他に主張する
ことなど出てこないだろうし、他にやること
がない人が、主張する以外にやることがない
から主張しているのかもしれないし、そうい
う意味では何かを強い調子で主張するという
ことが、それ以外にやることがないことの証
しでもあり、そんな主張をしている人ほど、
主張すること以外は何もやっていないのかも
しれず、そんな人を信用できるかというと、
その主張に共感できれば、とりあえず主張の
内容については信用するかもしれないが、主
張することしかやっていないその人自身を信
用できるかというと、信用することによって
何のメリットも感じられなければ、特に信用
する気にはなれないだろうし、結局人を信用
できるか否かという判断は、その人が行なっ
ていることに他の人が関係する限りで、その
関係の中で信用が成り立つわけだから、主張
するだけの人とは無関係であれば、特にその
人を信用する必要もないわけだ。 

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創刊日:2001-03-26  
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