文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2019.1.1 「出来事と人との関係」

2019/01/02

 それを出来事と呼んでしまうと何か妙な印
象を受けるかもしれないが、政府や企業など
の大がかりな団体が主催して、鳴り物入りで
始まるような出来事には、メディアを通じて
世間の注目が集まって、それに対して多くの
人々の期待や驚きや戸惑いや疑念などがつき
まとってくるかもしれないが、それらとは無
関係に自然発生的に起こるような出来事は、
案外それが始まった当初は、ほとんど誰にも
気づかれないまま、少数の人たちの間で関心
を呼んでいるうちに、時として思いがけない
成長を遂げる場合があるのかもしれず、その
ほとんどは気づかれないままに終わってしま
うのかもしれないが、稀にそうはならずに後
になってそこに多くの人や団体が続々と集っ
てきて、大々的な催し物へと発展してしまう
ような出来事もあるのかもしれないが、それ
が現状の世の中で何を意味するわけでもない
としても、今のところは誰もそれに気づいて
いる気配さえ感じられなければ、本当に何も
起こっていないのかもしれないし、そんな起
こっていることすら定かでないような出来事
に、何を期待できるはずもないだろうが、果
たしてそんな出来事が今も世界のどこかで起
こっているとすれば、そこで何かが起こって
いることは確かかもしれないが、それに関し
て何も知らなければ、語ることなどできはし
ないし、そんなあるのかないのかわからない
ような、他で起こっている出来事に、何を期
待するはずもなく、もっと積極的な人なら、
そんなことよりは自らが何かを起こすことに
期待したいだろうが、それをまだ自分でも知
らないというのも無責任な話だろうし、自ら
が知らないようなことを自身で起こせるかと
いうと、その内容によってはできないことも
ないだろうし、今もこうして何も自覚せずに、
どこかで誰かが何かをやっているはずだろう
から、誰がそれに期待を寄せているかという
と、少なくともそれは自分ではなく、では誰
も期待していないかというと、そんなことは
ないかもしれないが、それとは無関係に自ら
が思いがけないことをやってしまうような成
り行きに期待して、その期待が空振りに終わ
っても構わないような心境になれるなら、案
外気軽できるような、何でもないようなこと
をやってしまうのかもしれず、それが何でも
ないことでしかなければ、特に他から自己責
任がどうこう言われることもないだろうが、
それでも自分が普段からやっている、他の何
でもないこととの間で均衡が保たれる程度の
ことであれば、そうなっている限りで、それ
なりに平常心を保っていられるだろうし、そ
うやっている限りで心に余裕が生まれて、身
の回りやメディアを通じて伝わってくる他の
出来事にも注意を向けられるかもしれないが、
実際に自らがやっているそれが、自分にとっ
ても周囲にとっても、何の変哲もないどうで
もいいようなことであれば、それに関しては
何の話題性も感じないだろうし、それは他の
誰にとっても興味を惹かないようなことかも
しれないが、そんな興味を惹かないような出
来事によって、自分の日々の活動が支えられ
ているとしたら、それは何かと言えば、それ
は誰にとっても毎日欠かさずやっていること
から生じる、日常茶飯事のような出来事でし
かないだろうが、それも何らかの出来事には
変わりないだろうし、そんな出来事によって、
何がどうなるとも思えないだろうが、実際に
それが起こっていることによって、自分に関
しての日常の日々が成り立っているなら、そ
んな出来事が日々絶え間なく身の回りで自分
に関係しながら起こっているのだろうし、ま
たそれが何でもないように思われるから、特
に興味を持たれないし期待もされず、起こっ
ていること自体が、それだけでは退屈に思わ
れるだろうが、そういった出来事が日々の暮
らしにめりはりを与えていて、自身がそんな
どうでもいいように思われる出来事に取り囲
まれているから、それとは違う非日常的な出
来事に驚いたり感動できるとは言えないかも
しれないが、何か他の興味を惹くような出来
事に遭遇して、それが退屈逃れや気休めなど
の効果を発揮するには、やはりそれに遭遇す
る以前の退屈な日常の日々が必要不可欠なの
かもしれないし、そんな日々を過ごしている
こと自体が、それなりに生活に余裕があるこ
とを物語っていて、そうした余裕に関しては
特に肯定できるような価値を実感することも
ないのかもしれないが、実際にそんな退屈極
まりない生活を送っていれば、そうやって可
もなく不可もないような日々を過ごしている
と、それらの退屈でどうでもいいような出来
事によって、身動きが取れなくなってしまっ
ている可能性があるかもしれないが、多くの
人はまだそこまでたどり着けないうちに、自
身の仕事や生活に忙殺されて、他に何をやる
余裕もないようなぎりぎりの生き方を強いら
れている場合もあるだろうが、実際に仕事や
生活に忙殺されていること自体が、逆に生き
がいを感じさせる場合の方が普通だろうし、
度を越した忙しさは過労をもたらすとしても、
それ以外の時間があるとすれば、それは余暇
や気晴らしの時間でしかなく、何かそういう
ところで暇の価値を取り違えているのかもし
れないが、果たして人は自身が価値を感じら
れないことをやっていて楽しいのかと言えば、
とりあえず身の回りの出来事が自らに関係し
てくる限りで、そうした出来事が起こってい
るのを感じ取れるだけで、何か生きている実
感が湧いてくるのかもしれないし、そういう
水準では、自分がやっていることに関係して
起こっていることが、自らの力で起こしてい
るように思われるなら、一応はそれで満足感
を得られるのではないか。

 またそうであっても、自分に関連する出来
事が自分の行く手を塞いで、障害物のように
なってしまう場合もあるだろうし、そうなる
とそれが自分の力で起こした出来事だとして
も、自業自得気味にそれが自分のその後の活
動を縛ってしまうだろうし、そうやって自分
が積極的に起こしたにも関わらず、その出来
事によって自分が苦しめられてしまうような
成り行きによって、そうした因果応報の轍に
はまり込んで、何かしら活動が制限されてし
まうと、そこからなかなか外れられなくなっ
てくるだろうし、そうやっていったん生じて
しまった出来事は取り返しがつかない事態を
伴ってくるかもしれないが、そうした出来事
の呪縛から逃れるには、さらにそれと同等以
上の出来事を起こすか、そんな出来事に巡り
合うかしないと、そうした出来事から生じる
拘束力を振り払えないのかもしれず、そうい
う面では絶えずそれ以上の新たな出来事を引
き起こすために、何かを積極的にやらなけれ
ばならないという強迫観念に取り憑かれてし
まう場合もあるだろうし、それがその人が活
動するに際しての原動力となってくるかもし
れないが、一方でそこから逃れようとするの
とは反対に、その出来事によって満ち足りた
気分がもたらされるようなら、もうそれ以上
は前進するのが億劫になってしまって、そう
やっていつまでもそこから離れられなくなっ
てしまえば、それも自らが招いた出来事に囚
われていることの証しとなってしまうのだろ
うが、そんなふうに自分が引き起こしてしま
った出来事に進んで囚われるような成り行き
は、その人をその場に引き止めるような効果
をもたらして、その人が他へ移動するのを阻
止して、その出来事に関わり続けるように仕
向けて、そこから特有のこだわりをその人が
身につける成り行きをもたらすのかもしれな
いし、そうなると結局その人が起こしてしま
った出来事は、その人自身の特性や特徴を形
成するような働きがあるのかもしれず、場合
によってはその人の人格すらも、その人が引
き起こした出来事に影響されて形成されるよ
うなら、その人自身とその人が引き起こした
出来事とが、分離不可能な関係を伴っている
のかもしれない。そういう意味で人が招いた
出来事としての事件は、たとえその人の性格
や素行や活動形態などが原因で、何らかの事
件を引き起こしてしまったとしても、引き起
こされた事件からも特有な作用や影響がその
人に及んで、そのことが原因で以前とは別人
のようになってしまう場合もあるだろうし、
そんなふうにして人は自らが引き起こしたり、
また他によって引き起こされた事件や事故に
巻き込まれたりしながらも、その人自身が変
わってしまう可能性があるだろうし、そうい
う意味で出来事としての事件や事故は、それ
を引き起こしたり巻き込まれたりした人の運
命を変える力があるとともに、その人自身の
人格形成や素行や思考形態や活動形態にまで、
無視できない重大な作用や影響を及ぼして、
そういう出来事に囚われた人自身を作り上げ
るような作用があるのかもしれず、そんなふ
うに人が出来事を引き起こすことは、引き起
こされた出来事によっても人が変えられてし
まう可能性があるわけだから、人と出来事の
どちらからも相互作用が及ぼされているだろ
うし、もちろんそうした作用が同じ質や強度
を伴っているわけではなく、人から出来事へ
と及ぼされる作用と、出来事から人へと及ぼ
される作用との間で、釣り合いが取れていな
ければ、そこで一方的な関係が生じるだろう
し、特に大規模な出来事が多くの人たちに強
烈な作用を及ぼすような場合には、それに囚
われた人たちにはその出来事によって、甚だ
しい傾向や特徴を得ることにもなるだろうし、
例えばそれが戦争や自然災害だと、それに巻
き込まれた人たちの心身に特有の傷や障害を
引き起こすかもしれないし、またそれが学校
などの施設で行われる教育という出来事だと、
それを体験した人たちに一定の知識や集団的
な規律などをもたらすかもしれないし、そう
した一方的な関係は、そういった関係を強い
られる人からは、及ぼしてくる作用を押しと
どめることができない場合が多いわけで、大
抵の場合はなすすべもなく作用や影響を及ぼ
されてしまうから、受動的な立場を強いられ
て、その結果多大なストレスにさらされるこ
とにもなるだろうし、実際にそういう作用に
さらされた人にとっては、それらが深刻な出
来事のように感じられるので、それがその人
にとって重大な契機や転機をもたらしたよう
にも感じられて、その後のその人の活動の中
で、そうした重大な出来事に依存する部分が、
それだけ大きな割合を占めるようになる場合
もあるだろうし、それに関して例えば戦争体
験などをひたすら語らずにはいられないよう
な人にとっては、戦争に巻き込まれたほんの
数年の期間が、その人の人生のすべてである
かのように感じられるだろうし、また何らか
の過去の栄光に引きずられてしまう人なら、
それ以降の人生の中では、何かというとその
時の自慢話ばかりして、周囲の人たちから煙
たがられてしまうかもしれないし、そしてそ
うした出来事が一つや二つではなく、程度も
傾向もそれぞれに異なった無数の出来事から
成っているから、そうした体験がその人自身
の個性となって、外部に向かって顕在化して
くるのだろうし、それまでに体験してきた出
来事が人それぞれで違うから、それらの出来
事から様々な作用や影響を受けて、それぞれ
に異なった人が形成されるような成り行きに
なっているのかもしれない。 

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創刊日:2001-03-26  
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