文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2018.12.5 「史実の消費」

2018/12/06

 江戸時代を象徴する挿話として強く印象に
残るのは、たぶん忠臣蔵と新撰組になるかも
しれないが、どちらもその時代の風潮に逆行
した枝葉末節な出来事だったにも関わらず、
またそうであるからこそ、後の時代に演劇や
小説などの大衆娯楽の題材として取り上げら
れて、民衆の興味本位な関心を集めて人気を
博したわけだが、どちらの話にも言えること
は、物事のある面だけを強調すれば、やって
いることを正当化できて、それが美談の特徴
でもあるわけだが、しかもそれを命がけでや
っているので、それだけも大義があるように
思われてしまい、そうやって事が大げさにな
ると、フィクションの中ではそのことだけに
目が奪われて、大したことをやったことにな
ってしまうわけだが、別にそれを演劇や小説
として楽しむならそれで構わないし、また興
味本位で歴史を取り上げるテレビ番組の類い
でも、それを語る側に特有の論理からおもし
ろおかしく語られるだろうし、そんなふうに
して語る側の願望を投影した語るための題材
となってしまっているのだろうが、それ以外
に使い道がないかというと、他にも出来事の
舞台となった場所が観光地となっていたり、
またそこで、それにあやかった名物を売り出
していたり、それにかこつけた祭りなどのイ
ベントが行われたり、様々な利用法が模索さ
れているわけだろうが、そうやってどこまで
も話を膨らませていくと、そんな後から付け
足された付加価値の重みに、史実としての出
来事自体が耐えきれなくなってくるのかもし
れず、結局そういうことをやりすぎると資源
の枯渇を招いてしまうのかもしれないが、そ
んな成り行きの中で忘れ去られてしまうのは、
実際に起こった出来事の中で活躍した人や集
団と、それが史実となった後から、それを利
用するために群がった人や集団とは無関係で
あり、そういった無関係の関係から利益がも
たらされて、その利益がそれらとはさらに無
関係なことに使われる可能性があるというこ
とだが、それを利用するために群がった人や
集団は、そこから得られた利益とは裏腹に、
歴史的には忘れ去られてしまう運命にあり、
少なくともそうした史実の関係者ほどには知
られていないだろうし、そこに語り継がれる
人や集団と、それを語り継ぐ人や集団との間
に、無関係の関係が生じているにも関わらず、
別にそれを語り継ぐ人や集団が、あるいはそ
うした史実や、それを基にした語りやイベン
トを娯楽として消費する人たちが、語り継が
れる人や集団のやったことを見習うわけでも、
そこから教訓を得られているわけでもなく、
実際にはそれとは全く無関係なことをやりな
がら生きているわけで、そうなると史実とし
てそういうことが行われた意義とは何なのか、
と問われるかもしれないが、たぶんそこから
もっともらしくも説得力のある理由を見出し
てしまうのは、避けるべきかもしれないし、
ただ過去にそういう出来事があって、多くの
人がそういう出来事に興味を惹かれる傾向が
ある、と捉えておく程度に留めておくのが無
難なところかもしれないのだが、それは現状
で起こっている現代的な出来事についても言
えることであり、たとえ多くの人が興味を惹
かれるような出来事が起こったとしても、そ
こからその出来事の関係者や関係している団
体がやっていることについて、それを評価し
たり批判する人たちが、その出来事の関係者
や関係している団体と、どのような関係があ
ろうとなかろうと、それとこれとは別のこと
として捉えておいた方がいいのかもしれず、
それを評価したり批判する人たちは、そうし
た評価や批判を伴うような出来事とは別のと
ころで、またそれとは異なる別のことをやっ
ていて、それがまた多くの人が興味を惹かれ
るような出来事なら、またそれについて他の
人たちが、それについて評価したり批判した
りするのであり、結局それについての評価や
批判が、その対象となる出来事やその関係者
や団体と、それなりに関係を持っていること
は確かだが、それがそうした評価や批判をす
る人たちが他でやっていることには、特にそ
れほど結びついているわけではなく、そうし
た評価や批判はそれとして受け止めておけば
いいとしても、だからと言って、評価や批判
をしている人たちが、その対象となっている
出来事の関係者や団体よりすごいことができ
るわけでもないだろうし、下手をするとそれ
よりははるかに劣ることさえできない可能性
もあるだろうし、特にそれを批判している人
たちが、批判対象より劣っている場合などい
くらでもありそうだし、だからたとえそれに
ついてもっともらしくも説得力のある批判を
行っている人がいても、その人が批判対象と
なっている人や団体より優れていると思って
しまうのは、勘違いもいいところで、実際に
同じ状況でやらせてみれば、それ以下のこと
さえできない場合が多いのではないか。

 だからと言ってそうした批判を軽んじても
いいとはならないだろうし、批判は批判とし
て批判の次元や水準で受け止めるしかなく、
そういう批判の次元や水準があることは踏ま
えておくべきだとしても、それを批判はでき
るが、ではそこで批判されている以外のこと
ができるかとなると、その批判にあまりにも
一方的な傾向が感じられると、結局は批判す
るにあたって都合の悪いことには言及されて
いないように思われてしまうわけで、その都
合の悪いことが、批判されるようなこと以外
にはやりようがない場合となるのかもしれず、
果たしてそれ以外にやりようがあるかについ
ては、実際にそれをやってみないことにはわ
からない面があるだろうし、批判している段
階ではそれがわからないわけだが、そんな事
情も批判に含まれないと、批判自体にも説得
力が生じないのかもしれないが、その一方で
浅はかな人たちは、そういった独善的かつ一
方的な批判に同調してしまう傾向があるわけ
で、そうなると批判者の方でも自らの批判が
多くの人の支持を得られたと勘違いすること
にもなって、そういった浅はかな支持者とと
もに批判者も共倒れとなりかねないわけだが、
そういう意味でも、それが宣伝や煽動目的で
ない限り、調子に乗って大口を叩くような批
判は避けた方がいいだろうが、それ以前に無
理に批判する必要もないわけで、たとえ気に
入らないことをやっている人や団体がメディ
アで大げさに取り上げられようとも、それを
批判するとなると、批判者自身の立場をわき
まえないとならなくなるだろうし、批判する
前に批判する筋合いがあるかどうか考えてみ
た方がいいのかもしれないが、その辺も微妙
なところかもしれないのだが、たぶんそうい
った面で、自分と他人の立場の違いを考慮す
れば、絶えず他人がやっている批判からは逸
脱する必要があるのかもしれないし、別に他
人と同じように批判する必要もないし、他の
大勢の人に支持されている批判者に同調する
必要もないのかもしれず、そこで批判する対
象と、それを批判しようとしている自らとの
無関係さを考慮すれば、そんなに激烈な調子
で非難する必要がないことも明らかとなるの
ではないか。実際に誰もが安易に同調できる
ような批判者は、時代の変遷とともにすぐに
忘れ去られてしまうわけで、しかもそれで構
わないことは、時代の変遷そのものが証明し
ているのかもしれないし、そもそも大衆の支
持を当てにしていること自体が、そうした人
が一時的に脚光を浴びるのと同じ理由で、さ
っさと忘れ去られる理由にもなっているのか
もしれず、そういうところで大衆からの支持
を当てにして、大衆から支持されている政治
家などを批判しようとしているのだから、も
ともと矛盾している面もあるのかもしれない
が、それに関しては、どうでもいいような人
たちが次々にメディアに取り上げられて脚光
を浴びると同時に、すぐに忘れ去られてしま
うのも、時代の変遷そのものを表しているの
かもしれず、そんなことはどうでもいいこと
だとしても、そこに何かおかしな力が作用し
ていて、裏から世の中を操作している黒幕の
存在を妄想するような陰謀的な勘ぐりはやめ
た方がいいのかもしれないし、それよりは、
そういった批判自体が何でもないことだと捉
えておいた方が無難であり、他の誰もが批判
しているようなことは、誰もが批判できるよ
うなことが行われていると捉えられるし、そ
ういうことが行われやすい時代状況となって
いて、そういった行われやすいことの中に、
その行われていることに対する批判も含まれ
ているわけで、それも考慮すると、誰もが批
判するようなことが行われているとしても、
それが行われやすいような状況となっている
と同時に、そういうことに対しても、誰もが
批判しやすいような状況にもなっているわけ
で、そうした批判が何でもないことだからこ
そ、そんな批判などものともせずに、そうし
たことが行われているのであり、それに関し
てどう考えてみても、誰もが批判できるよう
なことは何でもないことだという結論に至っ
てしまい、またその何でもないことの中には、
誰もが批判していること自体も含まれてしま
い、どうやってもそれ以上の批判などあり得
ないのかもしれず、そんな誰もができるよう
な批判も、そんな批判を行っている批判者も、
時代の変遷によって忘れ去られるような物事
に含まれてしまうわけだ。そしてそんな時代
の風潮に逆行するようなことをやった人や団
体が、その時点では時代から取り残されてい
るにも関わらず、なぜかそんな人や団体が起
こした倒錯的な出来事が史実として末長く語
り継がれて、現在に至っているような逆説も
起こっているのだが、そうなっているにも関
わらず、時代の変遷に伴って忘れ去られてし
まうような人や団体は、それを娯楽として消
費するだけで済ます傾向にもあるわけで、別
にそれ以外には使い道がないとも言えるわけ
だが、やはりそうした史実を娯楽として消費
するような人や団体は、時代の変遷とともに
忘れ去られる運命にあるわけだ。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
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