文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2018.12.1 「個人と集団の関係」

2018/12/02

 それが事件なのか出来事なのか現象なのか
定かではないかもしれないが、とりあえず誰
かが何かに巻き込まれているとして、それが
誰にとっても何でもないことであれば、特に
取り立ててそれに関して興味を抱くこともな
いのだろうが、それを意識しなければ、何に
巻き込まれているとも思わないだろうし、そ
のままやり過ごしてしまうことにしかならな
いのかもしれないが、実際にやり過ごしてい
るとしても、そこでしっかりと何かを経験し
ている場合には、ただそれが記憶に残らない
だけであって、意識もせずに何の印象もない
としても、確かにそこで何かを経験している
のであり、またそこから学んでいる場合さえ
あるのかもしれず、それを自覚することなし
に経験することによって、自然と何かが身に
ついているとしたら、そういう経験は興味深
いことかもしれないが、相変わらずそれを意
識していない現実があるわけだ。自然と身に
ついてしまうことの大半はそんなところから
生じるのだろうが、例えばそれがその人の仕
草などの癖となって、他の人に識別されるか
もしれないし、何かその人が気づかないとこ
ろで変な癖が身についているとすれば、そう
なるに至る過程で経験する何らかの出来事が
それに関与しているのかもしれない。また癖
がもたらされるような出来事は一度に起こる
わけではなく、繰り返し何度も起こるから、
それを体験する度に心身に痕跡として刻まれ
て、それに対する反応がいつの間にか癖とし
て定着するのかもしれず、繰り返し起こるこ
とに対する同じような動作として定着するわ
けで、それは条件反射の一種かもしれないが、
やはり当人にとっては何でもないことでしか
なく、それをいちいち意識するまでもなく、
そうした自らの反応には自意識が興味を示さ
ないし、また条件反射として反応する出来事
にもあまり興味を抱かないわけだ。そんな興
味を示さないのに自然と反応してしまう出来
事というのが、やはり何でもない些細なこと
でしかなくても、なぜか何らかの身体の動作
で反応を示していて、それが同じような仕草
の癖となって現れてくるわけで、実際にそれ
が些細な何でもない動作であれば、どうとい
うことはないのかもしれないが、例えばそれ
が飲酒や喫煙などの過度の習癖になってくる
と、長年にわたって健康を害して病を発症し
て、自らの寿命を縮める結果を招いたり、そ
うした悪習となってしまうと、それなりに深
刻な事態を招くわけだが、たぶんそれとは違
って誰にとっても何でもないような習癖の類
いは、そういう目立つような結果は何ももた
らさず、取り立てて気づくような心身の異常
も招かないのだろうが、そういった無意識の
反応が、その人の個性のように見られるのか
もしれないし、それをこれといって指摘でき
るようなことでもないとしても、その人が何
か個性的な印象を伴っているようなら、その
人のわずかな心身の動作が、その人に固有の
印象をもたらすのかもしれず、そういうとこ
ろで人それぞれに微妙な差異が生じてきて、
そういった印象が強いほど、それだけ個性的
に見えてくるわけで、そういう印象を言葉で
はうまく表現できない場合には、印象と言語
表現との相性があまり良くないのかもしれな
いし、それを表現するのに適当な言葉が見当
たらない場合があるかもしれないが、それで
も何かえもいわれぬ形容しがたい印象という
のがあって、それが心の琴線に触れるような
印象だと、鮮明に意識を刺激して記憶にも残
るのだろうが、それが言葉と結びつかないと、
相変わらず形容しようがないわけで、大抵は
不思議とか不気味とかいう言葉で表現すれば
しっくりくるかもしれないが、それらとも印
象が異なっていれば、では他になんと表現す
ればいいのかとなるわけだが、たぶんどんな
に思案しても適当な言葉が見当たらない印象
というのがあって、無理して不思議だの不気
味だのの範疇に含めても、取り立てて不都合
はないのだろうが、それでは大げさすぎるよ
うに思われると、やはりそれは何でもないよ
うな印象に近いのかもしれず、その何でもな
いのに、あえて何でもないと形容せざるを得
ないような印象というのがあって、そうした
さりげない何でもなさを伴う、かすかに心に
引っかかってくるような印象が、その人に固
有の経験によって生じた痕跡なのかもしれず、
それが誰もがはっきりと記憶に留め置くよう
な鮮明な印象を伴った、一度の体験とは違う、
長期間にわたる何でもないことの積み重ねか
ら生じる印象なのであり、しかもそれがその
人の心身に良くも悪くもない作用や影響を及
ぼしているように感じられると、それによっ
て何がどうなるわけではないにしても、その
人が他でもないその人本人であることを認め
ざるを得ないことにもなり、認めたところで
何でもないにも関わらず、やはりその人がそ
の人であることから、周囲にその人の存在を
意識させるような作用を及ぼしているわけだ。

 そしてそんな作用から人を単体で個人とし
て認識できるとしても、それだけはそうした
存在以外の何ももたらさないだけに、そんな
個人の存在を何でもないこととしてやり過ご
してしまえるし、そこで立ち止まれないから、
それとは正反対の集団的な共通感覚に囚われ
て、そこから得られる他の人たちとの一体感
に居心地の良さを感じるわけで、実際に大勢
で協力し合いながら行う活動によって、満足
できる成果を得られると、人と人とが結びつ
いて協業する上での連携や協力の関係の重要
さを認識させられるし、また集団の中にいれ
ば、その中にいる自分を集団が守ってくれる
ようにも思われるし、そういった安心感を得
られることが、集団の中にいることのメリッ
トなのだろうが、そうであるなら、なぜ人は
集団から離れて孤独に生きる場合があるのか
といえば、人が集団でいることにはメリット
もあればデメリットもあるということだろう
し、そんなデメリットな面として、人の個人
的な存在自体が、集団によって抑圧される傾
向があるわけで、個人が集団の中で勝手なこ
とをされては困るから、ある程度は抑圧せざ
るを得なくなるわけだが、そんな人の個人的
な存在感からもたらされる、個人ごとに異な
るいびつな面を、集団の中で活かせるかとい
うと、その人の個性的な面から生じる特質に
応じた適材適所な役割分担を実現できれば、
それによって集団の活動をうまく機能させら
れるかもしれないが、集団としてはそうであ
っても、そうやって集団の中で活かされて機
能させられる個人が、それで満足するかとい
うと、それは集団内での待遇や個人の自主性
にもよるだろうが、それで満足しなければ集
団から離れようとするだろうし、実際に集団
から離れて個人で何かをやっている人もいく
らでもいるわけだが、普通は集団内に留まっ
ていても、四六時中留まって活動の全てを集
団に依存しているわけでもなく、個人でいる
時と集団内にいる時の両面で生活しているわ
けで、それに関して一般的には、その集団が
企業であったり他の各種団体であることは多
いだろうし、1日のうちで集団内にいる時間
と個人でいる時間がちょうど良い割合になっ
ていれば、それなりに妥当な感じがするのか
もしれないが、個人と集団とで相容れない面
がある限りは、何事も個人の都合のいいよう
にはいかないものだろうし、また集団の都合
のいいようにもいかないもので、それに関し
ては個人と集団の間で、それなりに調整や妥
協を行なうような成り行きにもなるだろうが、
それとは別に、そういった損得勘定的なこと
とは異なる成り行きになってしまう場合もあ
るわけで、それが否応なく個人が集団内に絡
め取られてしまったり、また否応なく個人が
集団からはじき出されてしまったり、当人の
意志とは無関係にそうなってしまう場合があ
るわけで、そういう成り行きになると理屈で
は成り行きを理解できないし、理屈に合わな
いような成り行きを理解するわけにはいかな
いのかもしれないが、そんなところにも個人
の存在から意識される形容しがたい印象が作
用していて、それが周囲の人を遠ざけるよう
に作用すれば、その人が集団内で孤立して、
そこに居づらくなってきてしまったり、それ
が一人の個人だけではなく、複数の人の間で
作用して、それぞれのいびつな個性を伴った
人たちの印象が複合的に絡み合って、何か独
特の雰囲気を集団内に漂わせて、集団の役割
や機能などとは違った面で、何とも言い難い
えもいわれぬ緊張関係をもたらすこともある
わけで、そういった雰囲気が集団をおかしな
方向へと導いて、それが高じると例えば陰湿
な嫌がらせが集団内で横行したり、それに伴
って人間関係がこじれてきたりして、集団内
が嫌な空気に覆われて、誰もがそんな集団に
は居たくないと思うようになって、それによ
って集団自体の団結力や協業効果などが低下
してくると、集団自体が崩壊の危機に直面す
ることもあるだろうし、そういったことは経
験してみないことには、その不快さを実感で
きないし、また不快さの程度もそうした状況
に至る経緯も、それぞれのケースで異なって
くるだろうから、それを改善するための一定
の対応策などないのかもしれないが、そんな
成り行きでさえも、そこに関係する人に作用
や影響を及ぼして、その人の個性をそれなり
にいびつに変形させる効果を伴ってくるだろ
うし、そういうことが重層的かつ循環的に作
用して、何か不条理な事態を引き起こして、
人も集団もおかしな方向へと導かれてしまい、
そうした否定的な効果によって、活動がうま
くいかなくなってきたり、また不快な思いを
した人が集団からはじき出されたり、さらに
集団内で多くの人が苦悶したりする成り行き
となるのだろうが、それに加えて、集団の本
来の活動内容が絡んでくると、さらにそこか
ら事態が複雑かつ錯綜した様相を呈してきて、
そういったことがそのまま放置されたままで
も活動が続けられるようなら、集団内で一定
の妥協が成り立っていることにもなるのだろ
うが、その中で誰もがそれなりに我慢できる
範囲内で嫌な思いをしながらも、自らに割り
振られた役割をこなしていくことになるのだ
ろうが、そしてそういったことがストレスと
なって、心身に否定的な作用や影響を及ぼし
ながら、過労や加齢などとともに集団内にい
る人たちを徐々に蝕んでいくわけだ。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
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