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彼の声

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彼の声 2018.11.5 「活動の多様化」

2018/11/06

 世の中では基本的に経済的な豊かさを求め
て人や集団が活動していて、集団としての企
業の活動もそれに伴って成り立っていること
は確かだが、また企業とともに政府も経済活
動を促進させている一方で、それだけではな
く、そうした経済活動を規制するようなこと
も行なっているわけで、それは行きすぎた活
動を規制しないと弊害が生じるからで、弊害
とは環境の破壊や汚染とか貧富の格差の増大
とか、他にも様々な弊害が起こるわけだが、
さらにその一方で政府の活動からも弊害が生
じることも確かで、戦争を起こしたり民衆を
弾圧したりするわけだから、それらに関して
は民衆の側が政治活動を行なって、政府の活
動を規制しなければならなくなるわけだが、
民衆の側でも決して一枚岩で団結しているわ
けではなく、そこでは民衆同士の対立や抗争
も起こっていて、企業の味方をする民衆や政
府の味方をする民衆や、企業と政府の両方の
味方をする民衆や、特定の企業の味方をする
民衆や、外国の政府の味方をする民衆や、ま
たそれらの企業や政府や民衆の活動ごとに、
ある活動には賛成して、別の活動には反対す
る民衆もいるし、さらにそれらの活動に無関
心な民衆までいるわけだから、そういうとこ
ろで特に固定した立場というが成り立ちにく
い面があり、そういう面を考慮するなら、企
業や政府などの特定の勢力に対する一方的な
支持や不支持では単純すぎることがわかるわ
けだが、その単純すぎる虚構の支持や不支持
の姿勢を取らせるために、一方的な宣伝や煽
動が行われるわけで、それには政党やメディ
アなどが絡んでくるわけだが、特定の政党へ
の支持や不支持を呼びかけたり、そうした宣
伝や煽動を誇張したり偏向して伝えるメディ
アがあったりして、そうしたことを背景とし
てさらに事態が混沌としてくるわけだが、そ
んな支離滅裂な状況を理解するのは難しいだ
ろうし、政治に関して特定の政党を支持した
り、特定の政策を支持したり、内外の政府を
支持したりすることが、本当に正しい選択な
のかというと、それぞれに一長一短があるわ
けだから、正しい選択など不可能かもしれな
いのだが、そもそも何かを支持すること自体
が、そこに判断の正しさを求めること自体が
間違っているとも言えるわけで、その場その
時の印象から支持したりしなかったりするだ
けで、そんな姿勢を一貫して保とうとするか
らおかしくなるわけで、あまりその辺を掘り
下げて深く考えるわけにはいかなくなり、結
局は実際に世の中で起こっている様々な面を
考慮しながら総合的に判断するしかないわけ
だが、その判断が恒常的に状況に適合するわ
けでもなく、絶えず状況の変化に応じて判断
を改める必要もあるわけだ。もちろんそんな
面倒な判断などしない方が楽だろうし、そう
いうことに関してそれほど関心を持てなけれ
ば、常に同じ政党を恒常的に支持していた方
が、いちいち考える煩わしさから逃れられる
わけで、そうやって大勢の支持者が怠惰にま
かせて特定の政党を甘やかしていれば、そこ
から増長や慢心が生まれて、そんな政党が政
治的な面で主導権を握っているようなら、世
の中に腐敗や不正が蔓延して荒廃を招くわけ
だが、それも程度の問題であり、政治活動自
体が社会の中でそれほど重視されないような
傾向だと、どんな政党が政治的な主導権を握
っていようとそれほど影響がないような状況
となって、どの政党が政権政党になろうとほ
とんど何も変わらなければ、どうでもいいこ
とになってしまうわけで、そうなると特定の
政党への支持といっても、それほど熱心な支
持ではなくなり、とりあえずの支持によって
とりあえずの主導権を握っているだけなら、
そんな主導権では大したことはできないこと
にもなって、そうでなくても別に大したこと
をやる必要もなく、ただそこで何かをやって
いるふりをしていれば、民衆の消極的な支持
を得られて、それによって政治的な主導権を
握っているように振る舞うことができる程度
のことで、そうしたことが実質的な政治活動
であるなら、別にそれで構わないような世の
中になっていると言えるわけで、そんなこと
を支持したりしなかったりすること自体も大
したことではなく、それが世の中にどんな作
用も影響も及ぼさないような成り行きを招い
ているのかもしれず、そうやって政治活動も
それに対する支持や不支持も何でもないよう
な形骸化を招いているとしたら、そうした状
況の中で民衆ができることなど何もないよう
に思われるだろうし、それが無力感だとも感
じられなければ、ただの無関心の蔓延に過ぎ
ないのかもしれないが、それが今起こってい
る新しい状況だとすれば、そうした状況に対
応するためには、今までにないやり方が求め
られているのかもしれない。

 もちろん何もやろうとはしないことも選択
肢の一つではあるわけだが、それが今までに
はないやり方というわけでもなく、特に何を
やろうとしなくても、そこで生きて暮らして
いるだけで、何かをやっていることになって
しまうだろうし、そんな民衆の生活や暮らし
の中から自然に世論が生じてくるなら、実際
に何もやっていないわけでもないことになる
のだろうが、ただ漫然と暮らしているわけで
はないにしても、政治は政治として産業の発
展とともに生じてきた職業の細分化とともに、
政治家という専門の職業が確立された経緯が
あるわけだから、政治のことは政治家や政党
に任せておけば済むことでしかないとしても、
議員などを選ぶ選挙の際には民衆が投票して
選ぶわけだから、自らが立候補するのでない
限りは、ほとんどの人たちは政治活動などせ
ずに、投票するだけで済むならそれに越した
ことはなく、それだけなら普段は政治に関し
てはそれほど関心を抱かなくても構わないわ
けで、大して関心もないのに無理して市民集
会などに参加する気がなければ、それだけで
済むような成り行きになってしまい、それだ
けで済んでいる人が世の中で多いほど、それ
だけ世の中が平和で安定していて、特に政治
的には何もやることがないような雰囲気が世
の中に蔓延しているだろうし、そういう雰囲
気に逆らって活動家の類いが勇ましい口調で
何を呼びかけても、そのシンパ以外は無反応
となってしまうだろうし、そんな世の中の情
勢を反映して、政治家の方でもそんな状況に
適合した無能に見えるような人たちが主導権
を握る流れとなっているだろうし、そんなこ
とも含めてそんな世の中となっているわけだ
ろうが、たぶんそれがひどい事態だと思われ
ない限りで、そんな世の中が続いていくのだ
ろうし、そんな世の中に馴染んで暮らしてい
る人にとっては、それでも構わないのかもし
れないが、馴染めない人たちは馴染めないな
りに、世の中の主流とは違うことをやろうと
するだろうし、そんな人たちが世の中で少数
派に留まっている限りは、世の中がそれほど
変わることもないのだろうが、そんなことを
やっている人たちに他の人たちが興味を示す
ようにでもなれば、それをきっかけとして世
の中が変わっていくかもしれないし、だから
現状で世の中の主流から外れたことをやって
いる人たちは、実際にそれをやり続けられる
ようなら、そんなことをやっている限りで、
それが世の中を変える要因となっているわけ
だ。そういう意味で勝手なことをやり続けて
いる人たちは、その勝手なことが世の中の主
流から外れているほど、それが世の中を変え
るようなことを実際にやっていることになる
わけで、またそれが新たな世の中の主流とな
るわけではない方が、そんな外れたことが普
通にやれる世の中になっていくわけで、実際
に公的な政治の領域からはみ出るようなこと
が政治とは言えないような行為として行われ
るようなら、それだけそういった活動が多様
化したことになるだろうし、それが良いとか
悪いとかいう話ではなく、実際にそういうこ
とが行われることが世の中を変えることに結
びつくのかもしれないし、またそれが他の人
の迷惑になるようなことなら、他との関わり
合いの中から妥協や調整が行われるような成
り行きになるわけで、そうやってやれること
が多様化していけば、世の中がそれ以前とは
変わったことになるだろうし、また以前はや
れた行為が、何かのきっかけでできなくなる
ようなことも起こるだろうし、それに関して
は環境に負荷をかけるとか、非効率だとか、
他にも様々な理由や原因から廃れてしまうよ
うな行為があるわけで、そうやって以前には
できたことができなくなることによっても、
世の中が変わったことになるだろうし、そう
いう意味で現状に合わせて、やっていること
をそれが自然の成り行きとして変わっていけ
ば、結果的に世の中が変わったことになるわ
けだが、それを政治が主導して変えていくと
いうよりは、政治主導で行うことがうまくい
かないことによって、そのうまくいかなくな
った間隙を突いて変わるような成り行きが生
まれるわけで、そういう意味では無能な政治
家や官僚が主導してお粗末なやり方ですくに
失敗してしまうような改革を推進していくこ
とが、結果的に世の中の変化につながる可能
性もあるわけで、ともかくそうやって現状の
世の中で主導権を握っている人たちは、たと
え無能だろうとその主導権を生かして何かを
やろうとしていることは確かだろうし、また
そのやっていることが必ずしもうまくいって
いないから、様々な問題や弊害が出てきてい
るわけだろうし、そしてそれを批判する人た
ちも実際に多くいるわけだが、そういった批
判の類いは、主導権を握っている人や団体が
何かをやろうとして、世の中の現実と格闘す
る際に舞い上がる砂塵のようなものであり、
それ自体が何か主導権を握ってなされるわけ
ではなく、それはあくまでも受動的な摩擦や
抵抗の類いであり、すでにそこで行われてい
ることから発生する効果の一種なのではない
か。 

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創刊日:2001-03-26  
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