文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2018.11.4 「問題を共有することの困難」

2018/11/05

 人がこの地上のどこでどうやって暮らそう
が、すでにそこには他にも人や集団が暮らし
ていて、そこに何らかの社会的な共同体が形
成されて、そこでそれらの人や集団が活動し
ていれば、その人の勝手とはいかない事情が
生じているわけだが、それが人の社会的な生
活や活動の限界と制約を意識させるところか
もしれないが、それに関して反射的に自らの
思考の自由度を確保しようとして、すぐにそ
んな現状から遠く離れた場所や、時間的に遠
い過去や未来へと思いを馳せてしまうのも、
現状の場所や現在の時間から目を背けてしま
うそれなりの事情や傾向を示していて、そう
いう自らの自由を制約して限界づけるような
事情や傾向が、それと自覚することなしに、
理想と現実とのギャップという昔ながらの避
けがたい思考的な課題を物語っているのかも
しれないが、だからといって現状の場所や現
在の時間の中に何があるとも思えなければ、
そうなるのも無理はないことかもしれないが、
もちろん実際には何もないわけではなく、そ
んなこと考えている自らの思考を縛るような
事情があるから、そこに特定のこだわりが生
じていて、そんなこだわりを捨てられないか
ら、例えば国家的な枠組みを通してしか物事
を考えられないような成り行きになってしま
うのかもしれないし、もちろん誰もが国家単
位でしか物事を考えられないわけでもないだ
ろうが、そういう常に場所や範囲や時間を限
定された思考とともに語ろうとすれば、何や
らもっともらしい論理に基づいた正論を吐け
るのかもしれないし、その手の正論を吐ける
限りで、それはそれで正しい問題の捉え方と
なるだろうし、それについて何をどう反論す
る気も起こらないが、そんなことならいくら
でも右から左へと意識を通過させることが可
能かもしれないし、通過させたからといって
何がどうなるわけでもないが、たぶんそれで
は済まない状況の中で物事を考えている人も
中にはいるだろうし、そういう人たちにとっ
ては、特定の物事の枠組みから離脱して考え
ることに意義や価値があるように思われるの
かもしれず、実際に何やらそういう論理には
囚われない思考の水準を目指して、それなり
に矛盾の少ない妥当な結論を導き出そうとし
ているのかもしれないし、そういった思考か
ら導き出された新たな論理が示しているのは、
国家的な枠組みから逸脱しなければ思考でき
ないような水準で通用することになるのかも
しれないが、誰もがそうしなければならない
必然性はないだろうし、それこそ国家が現に
リアリティを持って機能している現状から目
を背けることになってしまったら、何を考え
ていることにもならないだろうし、ならばま
ともに思考するには国家的な枠組みの中にと
どまらなければならないと認識してしまうわ
けだ。そしてそこに思考の限界や制約がある
としても、そうした限界や制約の枠内で何と
かしないと、国家的な枠組み自体が崩壊しか
ねないと思われてしまうから、余計にその水
準を死守したくなってくるわけだが、やはり
誰もがそうする必要はないのだろうし、そう
する必要を切実に感じてしまう社会的な立場
や境遇以外の人なら、そこから外れてしまっ
ても構わないだろうし、そういう意味では誰
もが自身がリアリティを感じられる水準で、
自らに関係してくる物事について考えれば済
むことでしかないのかもしれないが、そうな
ってしまうと自身と周囲の関係者以外と接点
を共有できないから、それとは無関係な他の
人たちとの間で問題を共有して、誰もがその
問題と真摯に向き合える水準としての公的な
領域が見出せなくなってしまうだろうし、他
の人にとってもそれがあると思われる限りで、
公的な領域を含むような国家的な水準での問
題提起があるのかもしれないが、やはりそれ
もそんな水準を他の人や集団が共有できる限
りで設定できることでしかなく、そういう水
準では実感が伴わずにリアリティを感じられ
なければ、そんな問題も目の前を右から左へ
と通過するばかりで、それを自らに引き寄せ
るきっかけが生じなければ、そのままとなっ
てしまうわけで、そんなわけでそういうきっ
かけが生まれる人もそれなりに限られてくる
だろうし、誰もが公的な領域に関心を持たな
くても済んでしまうようなら、そんな領域が
実感を伴うわけもなく、そういう水準でリア
リティを共有できなければ、公的な領域自体
も存在しなくなってしまうのかもしれず、現
状では全くなくなるわけではないとしても、
それがごく限られた人や集団の間で共有され
る問題でしかなくなれば、別にそこに暮らす
全ての人たちが問題を共有する必要はなく、
ほとんどの人が無関心であっても構わないよ
うな状況となってしまうのではないか。

 またそれが誰にとっても悪いことだとは思
われなくなってしまえば、そうしたこだわり
にリアリティがあった時と比較して、状況が
変化したと捉えるのが妥当なところだろうが、
例えば公的な領域や国家的な水準で考えられ
ることが、単に経済的な豊かさへの憧れへと
収斂してしまうようなことであれば、それ自
体は大したことではないだろうし、もちろん
現状では誰もが経済的な豊かさを享受できる
とは限らないわけだが、何かそれに関して不
都合な点や問題を指摘したければ、自分のこ
とは棚に上げて、他人や他の集団がやってい
ることに関して指摘することしかできないだ
ろうし、そう言うお前はどうなんだ、という
問いに関しては、躍起になって自己肯定する
ような成り行きになるだろうし、またそうい
うことに関して問題や不都合な点を指摘され
た人や団体としても、一応は躍起になって自
己肯定するような成り行きになるだろうし、
要するに現状の中でそんなことを指摘できる
ような人たちも、現状から恩恵を受けている
限りで、自身にとって不都合な点や問題を抱
えていて、それを何らかの方法でごまかして
いるようなところがあれば、むきになってそ
れを否定することしかできないだろうし、誰
にとってもそうであるわけでもないにしても、
それなりに程度に差があるにしても、現状で
もたらされている社会的な不都合や問題点に
関して、共犯者意識を持っていることは確か
であり、そういう意識を共有しているからこ
そ、現状を維持している勢力を支持しなけれ
ばならない事情を抱えていることにもなるわ
けで、自分たちもそうした勢力の一翼を担っ
ている感覚を持っていれば、なおさらむきに
なって自己肯定に拍車がかかるわけだが、た
ぶんそういった共犯者意識の広範な共有が、
現状の社会を支えているのであり、もちろん
経済も支えていて、さらにその一部である株
価や為替などの相場も支えているわけで、そ
れはヤクザやギャングなどの犯罪組織から官
庁や役所などの公的な機構にまでも及ぶこと
だろうし、それが現状で成り立っているあら
ゆる人間関係を含んだ共同体の枠内で作用や
影響を及ぼしているはずだが、それらの共通
する傾向とは違う、それぞれの共同体を隔て
る齟齬感に注目すれば、それらの共同体があ
る一定の範囲の外には広がってゆかない限界
や制約が浮かび上がってくるわけで、そうい
った事情に共同体の構成員が囚われているか
ら、それによって他の共同体の構成員との間
で区別を伴うわけで、それが共同体と共同体
を分かつ境界を構成するわけだが、その境界
を乗り越えて別の共同体に入るには、その共
同体に特有の事情を共有しないと入れない仕
組みになっていて、時にはそれが乗り越え難
いハードルを形成したりするわけで、普通に
考えてそれが人種や民族や宗派などの違いと
なるわけだが、またそうした事情を共有する
ことで、その共同体に特有の共犯者意識を育
むことにもなるだろうし、特に他の共同体と
の関係で、身分や立場の上下関係や経済的な
搾取の関係を伴っていれば、なおさらそれに
伴って生じる加害者意識や被害者意識を共同
体内の構成員たちが共有することになるわけ
だ。またそういう意識が共同体の結束を強め
ることにも貢献するだろうし、特に加害者意
識などを伴う共犯関係となると、新米の構成
員や有望な幹部候補生などにわざとひどいこ
とをやらせて、もはやそこから抜けられずに
後戻りできないようにさせるための儀式など
が用意されているだろうし、そうやって構成
員を共同体に対して忠誠を誓わせて掟に縛り
つければ、それが他と区別できるその共同体
の特殊な事情としてリアリティを持つわけだ
が、それも絶対的な区別ではなく、時が経ち
周囲の状況が変われば、次第に磨耗していっ
て、ついには何でもないことになってしまう
可能性もあるだろうし、そうならないように
するには、日々新たにその共同体に特有な事
情を積み重ねていかなければならず、そのた
めに日々活動している面もあるだろうし、そ
うした事情から絶えず他の構成員とつるんで
共同体内の絆を強めるための活動を欠かさな
ければならず、それに伴って定期的な儀式を
反復するような成り行きになるだろうし、例
えば外から見れば何の意味があるかもわから
ないような、奇異で型にはまった動作を飽き
もせず繰り返すようなことも行われるわけで、
それを恥ずかしがらずに何の疑いも抱かずに
平然とできることが、共同体への変わらぬ忠
誠の証しであったり、そういう動作を他に見
せつけることが、何よりも他との区別を際立
たせることにもなり、そうやって実際に特異
な活動を行うことによって、共同体としての
一体感や統一感を維持しようとするのだろう
が、それが見せかけの儀式だけではなく、実
利的な面も伴っているなら、その共同体は他
から見てもより一層魅力的に見えるのではな
いか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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