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彼の声

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彼の声 2018.11.1 「群集心理の不都合」

2018/11/02

 群集心理としてよくありがちなのは、世の
中の多数意見に同調しようとする傾向であり、
では多数意見とは具体的に何かとなると、に
わかにははっきりした内容を示すのが難しい
かもしれないが、何となくそんな感じがする
だけで、取り立ててそこから群集心理に絡め
て、世の中のどんな傾向を批判しても、当の
群衆心理に囚われた人たちには馬耳東風でし
かないだろうが、たぶんそんな批判を受けつ
けないのも群衆心理の特徴だろうし、絶えず
群としての動きに従ってしまい、そこから抜
け出られない境遇に追い込まれているのだが、
別に群の中にいる人たちは追い込まれている
感じはしないだろうし、むしろそこからはじ
き出されてしまうことを恐れているのであり、
そうなるのが怖いから、ひたすら多数意見に
同調しながら群の中に埋没しようとするわけ
だが、そもそも当の人たちは自らが群集心理
に囚われる理由や原因を、思考を働かせてそ
んなふうには考えないし、それを言葉で説明
しようとすると、群衆心理としてのリアリテ
ィを持ち得ず、思考ではなく感覚として、そ
ういう状態へと巻き込まれてしまうわけで、
そうなってしまった人たちが、実際に群集心
理が作用して起こる暴動や略奪行為を行えば、
それはやってはならない違法な行為となるわ
けだが、その一方で合法的なデモ活動などは
許されるし、またスタジアムなどの観客席か
らプロスポーツなどの興行を観戦する時には、
意識して積極的に周囲の観衆に溶け込んで歓
声を上げたりするようになるだろうし、そう
であるなら群集心理から生じる行為の全てが
悪いとは言えないだろうし、そういう心理状
態となるだけでは善悪の判断はつけられず、
そこから生じる行為の内容によって善悪を判
断することになるわけで、祭りなどに人が大
勢集まれば、そういう共感作用は誰にでも起
こることであり、そうなるのは極めて自然な
成り行きかもしれないが、そういう心理作用
を利用して、大勢の人たちを巻き込んで何か
を画策することの是非は問われなければなら
ないし、その内容によっては、その場の雰囲
気からもたらされる高揚した気分に身をまか
せるのではなく、冷静になって理性的に振る
舞うべきと考えがちになってしまうかもしれ
ないが、普通に考えて群集心理に身をまかせ
ている人たちにそんな考えが通用するはずも
なく、適切な群集心理の利用法としては、人
人が我を忘れて、そこで煽り立てられる行為
に従うように仕向けることになるだろうし、
それに関しては正常な物事に対する判断力を
奪うことによって、それが実現するわけだが、
ではなぜ人々が安易にそういう成り行きに身
をまかせてしまうのかといえば、単に群れる
のが楽しいからだと結論づけてしまうと身も
蓋もないが、逆に冷静になって理性的に振る
舞おうとしてしまうと、馬鹿げた行為を行え
なくなってしまうだろうし、大勢で浮かれて
馬鹿げたことをやっている人たちに冷たい視
線を投げかけてしまい、孤独が身にしみてし
まうわけで、結局は馬鹿げたことをやらない
と周りにかまってもらえないから、演技でも
構わないから他の人たちに合わせて馬鹿騒ぎ
に加わろうとしてしまい、いつの間にかそれ
が演技ではなく、本心からそういうことをや
ろうとするようになるだろうし、さらにそう
いうことを率先して行なっている自らを肯定
したくなってくるし、逆にそういう輪に進ん
で加わろうとしない、お高く止まった人を不
快に感じるようになるのではないか。それが
群集心理の本質的な効果であり、人々の孤独
感につけ込んで共感を煽って群衆として寄せ
集め、そんな集団を単純で浅はかな行為へと
駆り立てるために、しばしば理性ではなく感
情に訴えかけて冷静さを失わせて、これから
行わせることについて考える暇を与えないよ
うな工夫を凝らすわけだが、多くの人たちは
そんなことにまでは考えが及ばないし、考え
が及んでしまうのは心理的にも経済的にも余
裕のある人たちだろうし、そういう人たちは
その手の騒ぎに加わらなくても満ち足りてい
るのかもしれないし、だから世の中で心理的
にも経済的にも余裕のない人が多いほど、そ
の手の騒ぎの規模も激しさも大きくなって、
盛大に行われる傾向となるだろうし、またそ
んな騒ぎが頻繁に繰り返されるようなら、そ
れが日頃の憂さ晴らしとして、あるいは政治
的・経済的な要因から生じる、大衆の不満の
ガス抜きにも貢献するだろうし、またそれが
ある程度の合法性をまとって去勢された行為
として、政治的なデモ活動や労働者のストラ
イキなどが制度的に定着しているわけだが、
そうした騒ぎの制度化にどのような効果があ
るかといえば、そこで主導権を握っている団
体の制御がある程度は利くことであり、要す
るに騒ぎが暴走しないように一定の歯止めが
かけられているわけで、要するにそれは去勢
された暴動と言えるのではないか。

 そうやって群集心理に一定の歯止めをかけ
て制御しようとする試みが、制度的な体裁を
取らざるを得ないのは、そこに制限や制約を
課して、騒ぎを一定の範囲内へと留めておこ
うとする配慮が働いているからだろうし、人
人の行為を法律や制度によって制御しようと
する行政的な手法の延長上で、そんなことが
行われているわけなのだろうが、思考ではな
く感情に身をまかせるように誘うのが群集心
理であり、それを理性的な許容の範囲内に押
さえ込もうとするわけだから、無理な面があ
ることも確かだろうし、実際にしばしばそこ
から逸脱して騒ぎが暴走してしまうから、そ
こに魅力が生じるわけだが、そんな心理状態
に囚われた群衆が果たして何か社会的に有益
なことをやれるかというと、社会にとって何
が有益であるかに関しては、人それぞれで立
場も境遇も違うし、社会の中に構成されてい
る様々な物事の有益性に関して、それなりに
見解も認識も異なるだろうが、例えば経済的
な有益性に関しては、群集心理を煽って商品
を買わせることに成功すれば、その商品を買
った消費者にとって、本当にそれが価値のあ
るものかどうかは定かでないとしても、それ
を買わせて利益を得ることに成功した企業な
どにとっては、その有益性を証明してみせた
ことになるだろうし、また群集心理を煽って
選挙で大量の得票を実現した政治家や政党に
とっても、たとえそれをポピュリズムなどと
揶揄されようとも、それらの政治家や政党に
とっては、同じようにその有益性を証明した
ことにもなるだろうが、有益なのはいつもそ
れを煽って利用する側であり、煽られて利用
される側にとってはどうなのかといえば、そ
の場で気分などの面で高揚感を得られること
は確かであり、他の大勢の人たちと一体とな
って楽しく騒ぐことで、それが日頃の憂さ晴
らしにもなるし、そういう面では有益である
ように思われるだろうが、少なくともそこで
何らかのエネルギーを消費することは確実で
あり、それを煽られるということは消費させ
られるということであり、一時の高揚感と引
き換えにしてエネルギーを奪われて、しかも
エネルギーを奪われている間は理性を失うわ
けだから、理性を保って冷静になっていれば
奪われることのないものを消費させられるわ
けで、何かそこに詐欺やまやかしが潜んでい
てもおかしくはないだろうし、そういう意味
で理性を保っていれば奪われることがないも
のを、理性を失わせることよって奪うような
試みには、しかも大勢の人たちから少しづつ
奪い取るような仕掛けがあると、何やら資本
主義的な利益を追求する原理に基づいた行為
であることがわかってくるわけだが、だから
といって合法的な範囲内で行われていること
なら、それを一概に否定するわけにはいかな
いだろうし、逆に理性を保ったままでも当人
が納得するなら、それなりの消費を行うわけ
で、要は程度の問題であり、それがあまりに
も理不尽に思われるようなら、メディア上で
非難の対象となるだろうし、またそういうこ
とをやった後から人々が騙されたことに気づ
けば、そんなことをやった側が一気に信用を
失ってしまうだろうし、結局はそういうこと
をやった側とそれを一時的に受け入れた側と
の間で、信頼関係が保たれている限りで、そ
ういう行為が行われる余地が生じるわけで、
そういう面では対等な関係を構築できる可能
性もあるわけだが、そこにいったん権力関係
が生じてしまうと、そんなのは幻想でしかな
くなるわけで、なぜそうなってしまうかとい
えば、大勢の人たちが欲望を煽り立てる側に
身をまかせて従ってしまうからで、そうやっ
て煽り立てる側が大勢の人たちを従わせるこ
とができるほど、その権力も強大化してゆき、
そうなるほど個人の力では逆らうことができ
なくなっていくわけで、そうした権力の増大
に従って強制力も生じてきて、そうした強制
力がどこから生じてくるかといえば、従って
いる人々自身の力がそこへと結集されるから
で、大勢の人たちが一緒になって同じ方向へ
と力を加えることになるわけだから、それに
一人の力で対抗しようとしても無理だろうし、
結局それに対抗するにはさらに大勢の人たち
を集めて、力を結集してそうした強制力を跳
ね返す必要が生じてくるわけで、ではどうや
って人を大勢集めるのかとなれば、やはり煽
動するしかないわけで、しかもその際には人
人の理性に訴えかけるよりは感情に訴えかけ
た方が、より多くの人を集められるわけで、
結局はそうやって敵対する双方の間で感情的
な煽動合戦を繰り広げているうちに、理性や
そこから生じる冷静な思考などをおろそかに
して、単純で浅はかな煽動を繰り返す人たち
の天下となってくるわけだが、たぶんそれだ
けでは世の中が回ってゆかないので、何とか
そこに制度的な歯止めをかけようとする思惑
が働くのだろうし、そういった感情的な煽動
行為をほどほどのところで収めるような作用
が、どこからともなく及ぼされることになる
のではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
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