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彼の声

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彼の声 2018.10.28 「判断の正しさ」

2018/10/29

 何かを判断する時には、判断に使う材料を、
それを判断する度に、その場の情勢に合わせ
て変えてゆかないと、正確な判断ができない
はずだが、わざとそうしているわけではない
にしても、何らの事情でそれを怠って、ある
いは確信犯的に、いつも同じ判断材料を使っ
て、何でもかんでも判断してしまっているこ
とに気づかない場合もありそうで、それに関
して、まずは判断する以前に、自らの固定観
念や先入観を周到に退けておかないと、それ
が作用してしばしば躓きの石となってしまう
わけだが、そもそも自分の固定観念や先入観
に気づいていない人が多いだろうし、それは
いつも同じ判断材料を使って、何でもかんで
も判断することによって、自分の固定観念や
先入観を補強しつつ正当化する行為にも表れ
ていて、それ自体が自らへの過信そのものな
のだが、そうした自らの判断を過大に肯定す
る行為は、自意識過剰な人に特有な習性かも
しれないが、そうでなくてもしばしばそうな
ってしまうだろうし、それだけに自らの判断
への過信は禁物なのだろうが、他に判断を仰
げるような信頼できる人が周りにいなければ、
自分で判断するしかない状況となってしまい、
そういうところで判断ミスを犯してしまうの
かもしれないが、そこで具体的に何をどう判
断するかに関して、重要なことを判断する時
には、それなりに慎重になるだろうが、軽い
判断ならいちいち他人に相談することもない
わけで、それが軽い判断か重い判断かを判断
する時にも、判断ミスを犯す危険があって、
そんなことを考えていくときりがないかもし
れないが、何をもって判断ミスとみなすかに
ついても、判断した結果から判断するしかな
いだろうが、たとえ判断ミスを犯したところ
で、結果オーライでそれで構わない場合まで
あるわけだから、そこまで考えてしまうと、
さらに判断することに関して混乱するばかり
かもしれないが、たぶんそこで何をどう判断
しようと、そこからまた状況が変わってくれ
ば、その判断をその都度改めざるを得なくな
って、場合によってはそれ以前の判断を撤回
したり、改めて暫定的な判断を下すことにも
なるわけで、そういう状況の中では、いちい
ちその時点での判断の正しさなどにこだわる
必要はないのかもしれず、とりあえずその場
その時で暫定的な判断を下しながら、その先
へと進んで行くしかなく、それが正しかろう
と間違っていようと、そんな結果に応じて、
それによってもたらされる状況に対処してい
くだけのことであり、そんな判断と判断から
もたたらされた結果への対処の繰り返しによ
って、活動が成り立っていて、そんな活動自
体がそうなっている限りで、絶え間ない判断
と対処の循環以外の何をもたらしているわけ
でもなく、そんなことをやっているうちに、
結局は何をどう判断したらいいのかわからな
くなってくるかもしれないし、何をどう判断
したところで、そんな判断に対する疑いや迷
いがかさんでいくばかりかもしれないが、た
ぶんそれで構わないのかもしれず、そこで自
らが巻き込まれている事態や状況を把握する
には、それをどう捉えるかに関して疑いや迷
いがないと、絶えずそれをやり過ごしてしま
いかねず、それに対していちいち疑問や疑念
を抱くから、それが考える対象となるわけで、
それについて考えるから、考えた結果として、
何らかの判断が伴ってくるわけで、そうでな
ければ特に判断を下すこともなく、それをや
り過ごして忘れてしまうような成り行きにな
ってしまい、別にそれで構わないなら、特に
物事に関して考える必要もなく、それについ
て考えているという意識を経ないで活動して
いくことにもなるだろうし、そうした活動か
らもたらされるのは、ただその場で生じてい
る成り行きに従っているだけのことになるわ
けで、要するにその場を支配する空気や、そ
こで主導権を握っている人や集団の意向に盲
従するような事態を招いてしまうわけで、そ
れで済むなら、自分から積極的に判断するよ
うなことにはならないだろうし、そうした他
への依存体質が身についてしまえば、その場
の環境の一部となってしまい、そこに自己が
存在していないことになるわけで、そして自
己がなければ判断もなく、判断しなければ対
処も不要で、さらにそうした成り行きから抜
け出る必要もなく、それについて改めて振り
返ることも考えることもないまま、ひたすら
自らを先導する何かに付き従うようにして、
誘われている状態の中に埋没してしまい、そ
れが何を意味するわけでも感知させるわけで
もなく、ただそうなっていることを確認する
必要もない状況の中で漂い、それが活動の全
てなら、特に何の問題もないのかもしれない
が、そもそもそれを問題とみなす自己が存在
しないのだから、それについては何も判断し
ようがないわけだ。

 だからそこで判断する必要が生じるという
ことは、判断する対象へと積極的に関わるこ
とにを意味していて、判断しなければならな
い事情が生じているわけで、そうした意識で
きる判断対象があること自体が、その対象が
それについて判断する人にとって重要な物事
だと認識されるのだろうが、判断がうまくい
けばその対象との関係が良好になり、判断を
誤れば対象との関係が悪化することにもなる
わけで、その人にとってそれが重要な関係で
あれば、関係を良好に保つには判断を誤るわ
けにはいかないわけだが、そう判断するには、
それとは別の関係との兼ね合いが絡んでくる
こともあり、どちらの関係を優先させるかと
か、あるいは両方ともに重要な関係であるの
に、その両者が敵対関係にあると、その間で
板挟みとなって判断がつかなくなってしまう
場合もあるだろうし、またいくらでも判断の
しようがある場合には、それらの中で何が正
しい判断だとも言えなくなってしまうかもし
れないが、結果的にうまくいけば、それが正
しい判断だとも言えるわけだが、その結果に
ついても、どう判断してみてもうまくいく場
合もあるかもしれないし、逆にどう判断して
もうまくいかない場合もあるかもしれないし、
そうなれば結果からも何が正しくて何が間違
っているとも言えなくなってしまい、さらに
判断してもしなくても構わないような状況も
あるのかもしれないし、それが重要な関係だ
と思っていたのに、その対象となっている人
や集団の方ではそうでもなかったりして、そ
うなってくると重要だと思っている方が何を
どう判断しても、判断の対象となっている側
では、そんなのはどうでもいいことであった
りするわけで、その辺でも判断にずれや度合
いの違いが生じてきて、その判断が正しいの
か間違っているのかさえ定かでないような状
況も生まれてくるわけで、一般的に結果に勝
敗が伴ってくれば、勝った方の判断が正しく
て、負けた方の判断が間違っている場合が多
いだろうが、その場ではそうであったとして
も、そこからしばらく時間が経ってみると、
その場での勝ち負けなどどうでもよくなって
しまうような状況も生じてきて、そこで勝っ
てしまったばかりに、その後にそのことが災
いしておかしくなってしまう場合もあるわけ
で、その逆の場合も含めて、様々な事例が歴
史上には示されているだろうが、そうした歴
史上に示されている結果を現状で生じている
事例に当てはめて判断する際にも、その場で
はうまく説明できることもあるかもしれない
が、それが後になって説明がつかないような
結果を招く事態も出てくるだろうし、何かと
言うとすぐに過去の事例を自分の説明に都合
がいいように解釈しながら、その後になって
以前の説明ではうまくいかない事例が出てく
ると、また性懲りもなく同じ過去の事例を使
って、その時とは微妙に違う解釈を後から付
け足したりしながら、結局は現状の成り行き
や結果に合わせて過去の事例を都合よく解釈
しつつ適用して、さらにそんなお粗末な解釈
を行なっている自らを正当化したいがために、
歴史を弄ぶようなことを平気でやっているの
に、やっている当人がそのことに気づかない
場合まであるわけで、それが娯楽の類いであ
ればある程度は許されるのだろうが、やって
いる当人がそのことに関して十分に自覚して
いないと、滑稽に見えてしまうわけで、そう
した輩が偉そうに国や世界の政治や経済の現
状を語りたがるわけだから、それを真に受け
るわけにはいかなくなってしまうのが通常の
感覚かもしれないが、たぶん世間的にはそれ
を真に受けても構わないのであり、その手の
内容に関してはそんなふうにしか語れないの
かもしれず、それ自体がそれ以上を求めるわ
けにはいかないジャンルであって、そういう
現状分析の類いが、分析自体の精度の確かさ
など求めようのない特徴を示していて、人々
がそれをもっともらしく思うこと自体が、過
去の史実の恣意的な解釈を持ってしかそうは
思われないのであって、そんなジャンルが成
り立っていること自体が、いかがわしくも魅
力的なフィクションから派生してきたことで
もあり、実際にそんなことをもっともらしく
語ってみせる作家の類いが、その作家の信奉
者の意識にはそれなりに無視できない作用や
影響を及ぼしてはいるのだろうが、それが必
ずしも人畜無害とは言えない娯楽の類いであ
っても、またそうではなく真摯に受け止める
べき内容であるとみなされるにしても、それ
らをどう判断してみても、その判断の対象と
なっている国や世界の政治や経済の情勢には、
大した作用も影響も与えていないのかもしれ
ない。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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