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彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2018.10.26 「価値の本質」

2018/10/27

 やっていることに価値があると思われるに
は、その価値というのが何を意味するかによ
って、価値のあることをやろうとする、ある
いはやっているつもりの人が抱く、価値に対
する期待や幻想の内容によっても変わってく
るかもしれないが、一般的にいって、それが
世間が認めるような価値であるなら、価値が
あることをやっている自らの存在を世間が認
めてほしいと思うだろうし、もっと単純に、
価値のあるものを所有することで、自らが所
有する価値のある何かを世間に向かって誇示
したい気にもなるだろうが、それだとやって
いることが単に富を蓄えることになるわけで、
その蓄える富の質の高さや量や規模の大小で、
やっていることのすごさも変わってくるだろ
うが、やっていること自体はありふれたこと
であり、富を蓄えること自体は誰もがやって
いることだから、行為自体には大して価値が
ないともいえるわけだが、結果として蓄えら
れた富の質や量や規模が甚大だと、それらが
資産としての金額で価値が測られるわけだか
ら、それ自体に価値があることは確かであり、
そうなるとやっていることというよりは、や
った結果としての状態に価値があることにな
るわけだ。そこでやっていることとやった結
果としての状態との間に差異があることは確
かが、ほとんどの人はそんな差異など気にせ
ずに、両者を同じことのように捉えているだ
ろうし、実際に混同しても構わないようにも
思われるわけだが、価値というのはいつも結
果から判断されることであり、何かをやって
いる途中では、そのやっていることの価値を
測ることはできないし、やっている人も、価
値のある結果を残せることを期待してやって
いるわけで、そうした願望として価値が生じ
ることを信じながらやっているわけだから、
まだその時点では価値があることが他には認
められていないだろうし、ただ自分がそれを
信じている段階であるとすれば、価値のある
ことをやろうとすることは、価値を獲得する
未来を目指していることになり、それが何か
をやる目的ともなるわけだが、少なくとも目
指している段階ではまだ価値を獲得していな
いわけだから、価値を獲得できることを信じ
ながらやるしかないわけで、その信じている
段階で、価値のあることをやっていると思い
込むのであり、それがそう思い込んでいる人
にとってはそうであるにしても、思い込めな
い人にとってはそうでもないわけで、そこで
思い込める人と思い込めない人との間で、や
っていることの価値の有無に関して見解が分
かれるわけだが、そこで信じる姿勢を強めす
ぎると、他から見ればどんなに些細でどうで
もいいように思われる行為だろうと、それを
やっている当人にしてみれば、やり続けてい
ればいつかきっとすごい価値を獲得できるに
違いないと思い込めれば、いくらでも価値の
あることをやっているつもりになれるわけで、
それがやっていることからもたらされる期待
や幻想としての価値なのだが、それをどこま
で信じ込めるかとなると、周囲の状況によっ
て思い込みの程度にも差が出てくるだろうし、
それに関しては一人で思っているよりも集団
で思っている方がより確信が持てるだろうし、
それが集団としてやるような行為であれば、
集団内の他の構成員も価値があることだと思
っているようなら、その価値に関しては、そ
う思っているのは自分だけではないことを実
感できるわけで、それだけ価値があることを
信じやすくなれるわけだが、逆に集団内でや
っていることに関して否定的なことを言う人
が多いほど、価値があるとは信じられなくな
ってくるだろうが、また集団内での地位や役
割分担に応じて、価値の高いことをやってい
る人と価値の低いことをやっている人という
区分けや格差が生じてくる場合もあるわけで、
そうなるとそこで価値の高いことをやれるよ
うな地位や役割を目指して競争が起こるだろ
うし、それが集団としての活動を活性化させ
ることに寄与する場合もあるが、かえって価
値の低いことをやらされている人たちのやる
気を削ぐことにでもなれば、逆効果となる場
合もあるだろうし、そういうところで集団の
全ての構成員を価値のあることをやっている
気にさせるには、それなりに工夫が必要とな
るわけで、それに関しては、やっていること
が個々のパーツに分離しているわけではなく、
全てが一体化していて、しかも全体として何
か一つの目的としての大義のためにやってい
ることだと規定して、集団の全ての構成員が
その大義としての意義を信じることができれ
ば、誰もがその大義のために献身的に尽くす
ようになるだろうし、そうなればその集団の
全ての構成員にとっては、その大義のために
やっていることが至上の価値となるのではな
いか。

 そしてその大義というのが、人が生きてい
る期間よりもはるかに長い、それを達成する
のに数千年の時を要するような大義であれば、
それに比べて現状がどんなに悲惨であっても、
いくらでも我慢することができるかもしれず、
それが宗教などの集団的な活動が目指す大義
でもあるわけだろうが、その崇高な大義のた
めに死ねるとか殉じる覚悟であるとか、そこ
から大げさな幻想を抱くことができるかもし
れないが、そうした崇高な感覚というがまや
かしと紙一重であることも、価値に関する思
い込みとしては、その幻想や幻覚の度合いを
高めるだろうし、実際に自らが生きているう
ちには達成できないようなことにその身を捧
げる覚悟が生じるということ自体が、その人
が現に体験しつつある現実から遠く離れたフ
ィクションの領域へと誘うような作用を生じ
させるだけに、それだけ価値に関する不確実
さが増していることにもなるわけだが、それ
と同じようなことが、国家百年の計とか言わ
れるような未来への予測に基づいた指針など
にもいえるのかもしれず、今から数十年後の
人口予測に基づいて、これからやるべきこと
を決めるようなことが、果たしてリアリティ
を持つかと問うなら、現状の立場や境遇がど
うであれ、実感など湧いてこないだろうし、
それもほとんどフィクションの領域で語られ
ることでしかなく、一般の人たちにそんなこ
とを真に受ける必要があるかというと、たぶ
んその必要のない人が大半であり、そういう
意味で、集団としての枠組みが大きくなるほ
ど、その規模が拡大していくほど、何か冗談
のようなことが本気で受け止められてしまう
危険性が高まるのかもしれず、そうした大き
な枠組みを対象とした宣伝や煽動を真に受け
る人が多いほど、現状を無視した、後の時代
から振り返れば非現実的な幻想が、その時代
の世の中を覆っている可能性が高いのかもし
れないし、実際にその手の奇想天外で馬鹿げ
た未来予測が、これまでにもいくらでも流行
ってきた歴史的な経緯もあるだろうし、もち
ろん実際にその時代の世の中で流行っていた
のだから、その時代の一般の人たちはそれら
を真に受けていたわけで、だから後の時代で
ある現代から振り返れば、そんなことはどう
ということはないのかもしれないが、それは
現代に生きている人たちにも言えることであ
り、後の時代から振り返ればどうということ
はない未来への展望や予測を真に受けて、そ
こから生じるどうでもいいような幻想を抱き
ながら生きているわけで、それでも普通に暮
らしている現実があり、今後も現状の延長上
で事が推移していくのをそれなりに体験でき
るし、それを実感もできるだろうし、確かに
何事も起こらないわけではないが、少なくと
もそれは未来への展望や予測とは違ったリア
リティを伴って体験できるだろうし、そこで
それらの展望や予測を覚えていれば、それが
昔流行った取るに足らないどうでもいいよう
なことでしかなかったのを実感できるかもし
れないが、もちろんそんなことを覚えている
人は稀だろうし、ほとんどの人はそんなどう
でもいいことなどすぐに忘れてしまうだろう
し、要するにそこで未来への展望や予測など
を真に受けるということは、すぐにそんなこ
となど忘れてしまうという現実をもたらし、
それが一般の人々が身につけたその手の宣伝
や煽動などへの対処法だとも言えるわけで、
そうなってしまう限りで、実質的に世の中の
安定を保っているのは、そうした対処法を身
につけた一般の人々だとも言えるわけで、一
見その場で主導権を握っているのは、その手
の宣伝や煽動などを仕掛ける側にあるように
思われるだろうが、実際には一般の人々の気
晴らしのネタとして、そうした宣伝や煽動な
どを仕掛けている実態があるわけで、しかも
その場で主導権を握っているつもりの人たち
が、ただ一般の人々の求めに応じて媚を売っ
ているだけのことに気づかず、自分たちの主
導で一般の人々を自分たちが求める未来へと
先導しているつもりになってしまうわけで、
その辺の感覚に関して落差を感じ取れないか
ら、それらの人たちはそうした一過性の流行
現象の中に埋没してしまい、そんな流行現象
の終息とともにそれらの人たちの存在も、時
代の変遷や歳月の経過に従って忘れ去られて
しまうわけだが、そんな現象自体が、そんな
宣伝や煽動をやり過ごすための儀式と化して
いるわけで、それが皮相上滑りの感を免れな
いとしても、現状に及ぼされている実質的な
作用を表しているのかもしれないし、そうい
うことの積み重ねとして現状の大衆市民社会
が成立しているのではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
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