文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2018.10.12 「価値の相対性」

2018/10/13

 文化的な価値と金銭的な価値が必ずしも一
致するわけではないのは、売買には適さない
ものが文化的な価値にはあるからだろうが、
一方で全てを金銭的な価値に換算できればわ
かりやすいだろうし、大抵の価値は金銭的な
価値に換算して物事の評価が行われるわけだ
が、もちろん金銭的な価値に換算できたから
といって、直ちに売買が行われるわけでもな
いし、その価格を示す数値がただの指標とし
て扱われることも多いわけだが、たぶん何も
かもを金銭的な価値に換算しようとするのは、
すでにそうすることが常識となっているから
だろうし、逆に換算できないものについては
価値を認めない方がわかりやすく、そんなわ
けで全てを一つの基準で測って、価値に関す
る判断や評価を単純化したいという思惑が働
いていることも確かだろうが、世の中にはそ
れに積極的に逆らう傾向があるわけでもない
し、大抵はそんな成り行きを受け入れる方向
で事が進みがちになっているだろうし、ほと
んどの人は別にそれが悪いことだとも思わな
いのではないか。そういう傾向が空気のよう
に感じられる限りで、それについて特に考え
ようとはしないだろうし、そういう傾向が世
の中に何をもたらしているかについて、何か
重要で深刻な認識や見解が示されているわけ
でもないし、そこは素通りして、普通にその
先で金銭的な価値を高めることに向かいがち
になるわけだが、他にこだわるべきことがあ
るとは思えなければ、そういう傾向の中では
それが正しい方向だと思うしかなく、たぶん
気づかないところでそうした価値とは無関係
なことをやっているしても、特にそういう行
為を誇示するわけでもないし、逆に何の価値
も得られないことをやっている自らを愚かだ
と思いながらも、価値から逃れられる自由を
満喫している場合もあるわけだが、心の余裕
とは価値にとらわれない行動に表れるわけで、
別にそういうことができるということが、本
当の豊かさを示しているわけではないにして
も、またそれなりに金銭的な蓄えがあれば、
特に意識することなく、そんなことを余裕を
持って行えるわけだが、やっていることを誇
示する必要のない状態というのが、価値にと
らわれていないことの証しとなるだろうし、
もちろんそんなことが証明される必要もなく、
逆に証明しようとすることが、こだわってい
ることの証しとなるわけだが、特に何にこだ
わっているわけでもない状態を維持できるな
ら、自然体を保っていることになるのだろう
が、自然体にこだわるのも自然体ではないこ
とになってしまうわけで、何かにこだわって
いると自覚していることが、そのこだわって
いることに意識が囚われていることになり、
こだわっていることに価値を見出しているこ
とにもなるわけで、中にはそれと自覚するこ
となくこだわっているように見えてしまう場
合もあるわけだが、そこに価値があるように
思われてしまうことが、果たしてそうなって
しまうことの良し悪しとは無関係でいられる
かというと、普通に否応なく善悪の判断を伴
ってしまうだろうし、判断をいつまでも保留
しておくことができないから、その先に事態
が進んでしまうわけで、そうなってしまって
から取り返しのつかないことをやってしまっ
たのを悟って、それが悪いことのように思わ
れたら悔やむしかなく、要するに後悔先に立
たずなわけで、判断や評価の機会はいつも遅
れてやってきて、やってしまったことの責任
を断罪したり、あるいは大げさに賞賛して、
うまくやったと思い込ませるわけだが、たぶ
ん行為に対する評価は心の余裕を与えないこ
との方が多いだろうし、やってしまったこと
にこだわらせて、その是非を問い、どうする
べきかあるいはどうするべきだったかに関し
て、何かそれに関する判断や評価が固定して
いるかのように思わせるわけだが、そうした
ことにこだわらなければ特に意識することも
ないだろうし、こだわってしまうことについ
ては意識の中で反芻を繰り返すから、いつま
でも忘れないでいられるわけだが、だからと
いって忘れられないことが自らにとって重要
であったり、重大なこだわるべきことだとは
限らないのかもしれず、案外どうでもいいよ
うな些細なことをいつまでも気にかけこだわ
っているのかもしれないし、特にそれが否定
的な感情を伴うなら、負い目ややましさを自
覚することになるのではないか。

 それでも価値があると感じられる物事にこ
だわるのは自然な成り行きだろうし、また意
識してそういう成り行きに逆らうのも自然な
成り行きであり、そこから価値の判断や評価
に関して対立が生まれるのも自然な成り行き
かもしれないが、そういう自然な成り行きを
意識できるかというと、自然であるだけに意
識できない場合が多そうだが、たぶん特定の
物事にこだわり、また他人のそうした物事へ
のこだわりに逆らい反発してしまうと、対立
してしまう当事者になってしまうわけで、そ
んな争いの渦中にいると、人為的に双方の思
惑が絡み合って、自分が正しく相手が間違っ
ていると思うしかないわけで、それが自然な
成り行きであることなど意識できないわけだ
が、ではそれが自然な成り行きであることを
意識できれば、それによって何が行えるかと
いうと、どちらが正しくどちらが間違ってい
るのでもなく、そこに対立関係が形成される
こと自体が自然な成り行きであり、そんな対
立を抑制するには交渉や取引によって妥協を
図るぐらいしかやりようがないかもしれない
が、それもそうすることがその場で生じてい
る自然な成り行きに逆らわない対応だと感じ
られる限りで、そうすることが自然な成り行
きだと感じられるかもしれないが、自然な成
り行きにこだわらなければ、無理な対応や強
引なやり方を押し通そうとして、それなりの
軋轢や抵抗に直面するのかもしれないが、そ
れも自然に生じる成り行きの中でそうなるし
かないのかもしれず、何が自然な対応で何が
不自然な対応だと思うにしても、他の判断基
準である合理性や功利性などと折り合いをつ
けられなければ、そんな対応はしないだろう
し、また実際に対応してみないことにはわか
らないことも多いだろうし、対応してみても
わからないこともあるわけだから、それが暗
中模索になろうとわかりきった当たり前の対
応になろうと、対応する前と対応した後では、
判断も評価も変わってくるかもしれないし、
だから人はそれなりにはっきりとわかる価値
を求めるのだろうし、例えば対応する前と対
応した後で、所持している金銭の額が増えれ
ば、対応がうまくいったと思うだろうし、そ
うなれば自分だけでなく周囲も納得する結果
となるわけで、それだけで済むならそれに越
したことはないわけだが、現実にはそうはな
らない場合が多いだろうし、対応に関係して
くる人や集団が多いほど、それに伴って事情
も複雑に入り組んできて、そうした関係者の
全てを納得させることは難しい場合が出てく
るだろうし、実際に関係者の間でなかなか折
り合いがつかないから、それに伴って起こる
対立や紛争が長引くわけだが、それがなかな
か解決に至らないから、それに伴って特有の
事情が生じてくるわけで、それに関して絶え
ず交渉を行なったり、その場の事情に応じて
取引内容を変えてきたり、それらは現在進行
形でその場の変動要因として状況に絡んでく
るわけだが、できれば価値のあることやって、
その価値を共有している人や集団に認められ
たいわけで、その場を上手く収めるには、関
係する人や集団に価値から生じる利益を配分
しなければならなくなって、交渉や取引を行
うにも、そうした行いによって利益を生じさ
せて、その利益を他に分け与えることによっ
て、そうした行為を行なっている自らの存在
や立場を、それらの人や集団に認めてもらわ
なければならなくなるわけだが、実際問題と
してはそんなことだけやっているわけではな
いだろうし、他にも様々なことをやっている
中で、そんなことをやらなければならない事
情が生じてくるわけで、そこに他の人や集団
との関係が生じている限りで、それに伴って
利益配分が必要となる可能性が出てくるわけ
で、それもやっている行為から利益が生じて
いる限りで、そんな必要が出てくるわけで、
利益をもたらさないようなことをやっていれ
ば、そういう関係は生じないだろうし、それ
とは別の関係もいくらでもあるのだろうが、
そうした関係が築かれる中では、やはり絶え
ず関係者との価値観の共有が行われる成り行
きが生じてくるわけだ。そして価値観が共有
されている限りでお互いの信頼関係も成り立
つし、協力や連携するにあたっての交渉や取
引もスムーズに事が運ぶのではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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