文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2018.10.8 「実行力」

2018/10/09

 公的な行政機関の中で現状を現状のままに
保つ傾向が生じるのは、現状の中で機能して
いるシステムが、現状を保つように作動して
いるからであり、たとえそれが変革の妨げに
なっているとしても、現状が変革されてしま
ったら、システムが機能しない恐れがあれば、
現状の中でシステムを作動させている側が、
変革を阻止しようとするのは当然だろうし、
それをシステムと捉えてみても、いくつもの
システムが複雑に絡み合いながら動作してい
る現状があれば、現状の変革を目指す上で、
その中の何をどう変えようとしても、直接に
は変えられない事情が生じている可能性もあ
り、そういう意味で現状の変革が困難となっ
ているのかもしれないが、それは実際に現状
の変革に取り組んでみないことにはわからな
い面もあるわけだが、しかも現状の変革に取
り組む立場というのも、実際にそういう立場
がない場合もあるだろうし、公式的なシステ
ムとしてそこに組み込まれている全ての役職
が、現状を維持するために設けられた役職し
かなければ、そうしたシステムを維持する制
度の中では、現状の変革を目指すのは困難と
なるわけだが、無理に変えようとしても、あ
るいは機会を捉えて変えようとしても、たぶ
んそういう成り行きにならなければ変えられ
ないだろうし、では変えるような成り行きに
持っていくにはどうすればいいかとなると、
現状が民主的な政治制度になっていれば、民
衆の支持を取り付けてから変えようとしなけ
ればならないだろうし、実際にそうやって様
様な政治勢力が現状の変革を目指しているわ
けだが、それでも一向に現状が変わらなけれ
ば、あきらめるしかないかもしれないが、シ
ステムとしてはそうであっても、それ以外で
はそういうわけでもなく、むしろそうしたシ
ステムを形骸化させるような作用が他で生じ
ているかもしれず、なぜそうなるかといえば、
現状を変えようとして、実際に現状で機能し
ているはずの制度やシステムに則って変えよ
うとして変えられないと、そうした制度やシ
ステム自体がうまく動作していないことにな
り、すでにそうなっている時点で、制度やシ
ステムが形骸化していることになるわけで、
そうだとすれば、そうした制度やシステムが
変わる可能性というは、それらが形骸化する
方向に変わる可能性が高く、そうしたシステ
ムを維持していく上で顕著となっているのは、
システムの形骸化を阻止できないということ
なのかもしれない。システムというのは同じ
ことを繰り返すのには向いているが、そうし
た動作を維持しようとすると、それを取り巻
く周囲の環境の変化に合わなくなってきて、
それを放置すると機能しなくなり、だから周
囲の変化に応じて絶えず改良を施さなければ
ならないわけだが、システムの現状を維持し
ようとする側は、逆に周囲の環境を変化させ
ないようにするわけで、それが江戸時代の鎖
国政策のように、一定の期間内ではうまくい
くこともあるわけだが、それでも同じことの
繰り返しに飽きてくれば、内部から徐々に腐
食が始まるだろうし、それが形骸化作用だと
言えるわけだが、そうしたシステムを支えて
いるのが人である限りは、心理的に耐えられ
ずに、それまでとは違うことをやろうとして
しまうわけで、そこに不都合や不具合が生じ
ているとしても、それが一向に改まらない場
合がある一方で、ただ単につまらないから違
うことをやろうとしてしまう成り行きも生じ
るわけで、結局それは理性や理屈から生じる
ようなことではなく、怠惰や不精から堕落が
始まって、そうなるとつまらなく思えてきた
り、やっている意味がないように感じられた
りして、システムを維持する集団内でも組織
的な規律が取れなくなって、腐敗や不正行為
が蔓延るようになれば、そうなるとシステム
自体を再活性化させる機会を失って自己崩壊
するしかなくなるのかもしれないが、そうな
るまで待てない人たちが改革を訴えて、体制
を維持しようとする保守派と絶えず対立や抗
争を繰り返しながらも、そうした抗争から糧
を得て保守派が生き残るような成り行きが繰
り返されると、やはりそうした成り行きがマ
ンネリ化してつまらないから、必然的に形骸
化が促進されるわけだ。

 それでもたまには改革を訴える側が選挙で
勝って、政権交代のような成り行きも生じる
わけだが、そこから行政改革のような相対的
な改革に結びつくとしても、行政機構そのも
のは維持されるわけで、別に制度やシステム
を維持している集団の全てが解体されて、新
たな組織へと編成され直すわけでもないだろ
うし、その大半は従来通りの形態で従来通り
のことが行われるわけだから、特にそうした
改革に抵抗する必要もないのかもしれないが、
装置の歯車のようにして狭い範囲内で動作し
ている人たちは、そういう広い視野で物事を
見渡せる能力が欠如していて、そうした見地
から物事を捉えられないわけで、そうした人
たちの現状維持を図ろうする力が合わさると、
現場の草の根から生じてくる力だから、そう
した力によって執拗な抵抗が試みられる傾向
にもなるだろうし、それが組織力の源泉とも
なっていて、そこから理性や理屈とは異なる
集団意志ような意向が組織全体に作用してく
るのかもしれず、それが自己保存本能のよう
に働いて、頑なな抵抗となって改革の意向を
打ち砕くことにでもなれば、それも対立や抗
争の過程で起こる挿話の一つとなるわけだが、
全体の成り行きから見れば枝葉末節なエピソ
ードに過ぎないだろうし、そうした挿話の類
いをいくら集めてみても、本質的な傾向を示
すわけでもなく、ただ何かもっともらしく見
えるわけで、そのもっともらしく見えるよう
な改革への意志とそれに抵抗を示す旧主派勢
力との対立の構図というのが、たぶん本質を
見失わせる理由や原因を構成しているわけで、
では何が本質なのかといえば、それを制度や
システムの次元で解釈しようとする思考その
ものが間違っていて、そうではない捉え方が
別にあるというのでもなく、ただそう解釈し
てしまうと、そうやって解釈された制度やシ
ステムの次元で、最適な形態を追求してしま
うということであり、それ以外の次元がおろ
そかになって、思考の全てが形式的なシステ
ム論の類いに堕してしまうわけだ。ではそれ
とは違う次元があるかとなると、たぶんそれ
は必要に応じて必要な措置を講じるという次
元があって、場合によっては制度やシステム
に逆らってまで、そうしたことをやらなけれ
ばならない事態も生じてくるだろうし、そう
いったことをその場の判断で臨機応変に対応
する必要があり、そういうことを積極的に行
なっていく過程で、結果的に制度やシステム
の改善が図られるわけで、あくまでも制度や
システムは何かしら行なった結果として生じ
ている現状をもっともらしく説明するために
必要なのであり、それらが実践を伴っている
わけでなく、実践を後追い的に補完する上で、
それを制度とみなしたり、そこで恒常的なシ
ステムが作動しているように見せかけたりす
るわけで、そうであっても現場で交渉や調整
に当たる担当者の存在が欠かせないわけだか
ら、その交渉や調整の結果が従来の結果から
逸脱するようなら、新たな事例としてシステ
ムの機能に付け加えられて、そうした事例が
それ以降どんどん増えていくと、システムの
機能もそれに合わせて変わったようにみなさ
れるわけで、そうした結果を受けて後追い的
に制度改正などの手続きが必要となれば、随
時それを行うような成り行きにもなるだろう
し、だから結局、その場で交渉や調整を行う
担当者が慣例や前例に縛られて、事なかれ主
義に徹してしまうと、それが怠惰や不精の原
因にもなって、その場で機能しているように
見える制度やシステムが、動脈硬化のような
形骸化を被ってしまうわけだから、実際にそ
うした交渉や調整がうまくいかなければ、そ
れまでの慣例や前例にとらわれない柔軟な対
応が求められるわけで、そうした対応を実践
していくことが改革に結びつくわけだから、
そういう意味では行政機構と政治勢力が協力
しながら事を進めていく以外に改革を実現す
る方法はないと思っておいた方がいいだろう
し、双方が対立関係を維持する限りは、改革
を実現するのは不可能なのかもしれない。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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