文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2018.10.7 「対象との距離」

2018/10/08

 意識が体験する出来事から感じ取れる内容
には、その出来事への肯定や否定などの評価
が含まれると同時に、その出来事と自身との
距離感も含まれるだろうし、さらに直接体験
するのではなく、間接的にメディアを経由し
て出来事を見聞きするような場合には、その
メディアへの肯定や否定などの評価が含まれ
ると同時に、そのメディアと自身との距離感
も含まれるわけだが、距離が近く感じられる
ほど、事を真摯に受け止めたり、深刻に受け
止めたりする一方で、距離が遠く感じられる
ほど、事を真に受けないような態度を伴うだ
ろうし、それだけ自身とは関係ないことのよ
うにも思われて、体験そのものをさっさと忘
れてしまうような成り行きになるかもしれな
いが、距離感には場所的な隔たりと共に時間
的な隔たりも含まれていて、それがメディア
経由で見聞きする出来事だと、住んでいる地
域から遠く離れた出来事や、遠い過去の出来
事までが含まれてくるわけだが、それらの場
所的かつ時間的な距離が、たとえ遠く離れて
いても身近に感じられる場合には、見聞きす
る出来事が起こった社会と、自身が現に暮ら
している社会との間で、相似関係が成り立つ
ように思われるから、それを真摯に受け止め
たり深刻に受け止めたりするわけで、それが
起こった時のシチュエーションが自身の暮ら
している社会と似たような状況を想像できる
から、そういう受け止め方になるわけだが、
そういう相似関係に敏感に反応する人とそう
ではない人との間で、受け止め方に開きが出
てくるのも想像に難くないことであり、それ
が直接にしろ間接にしろ、体験する何でもか
んでも自らに引き受けて感じ取るようなこと
にはならないだろうが、意識して感じ取ろう
としても感じ取れないこともある一方で、感
じ取っていることを自覚できない場合もあり、
そういう意識の面で過敏に反応する人は、ち
ょっとのことで大騒ぎする習慣が身について
いると、騒いている割にはそこから何も学ん
でいない場合もある一方で、そういう面で鈍
感に見える人は、何事にも動じないから何も
感じていないように見えて、当人にはその自
覚がなくても、それらの体験からちゃっかり
学んでいる可能性もあり、そういう意味でリ
アクションとしての直接の反応からはうかが
い知れない面もあるわけだが、それに対する
言動からうかがい知れる面としては、何でも
かんでも自らの主張や論理に結びつけて語ろ
うとする態度になりがちだと、自らの主張や
論理に結びつく面しか見ていないことにもな
るわけで、そうした主張や論理があまりにも
一方的で偏向していて、それ以外の何を語ら
せても、当人がそれまでに語ってきた内容と
同じになりがちだと、もはや自らの主張や論
理に合うことしか語ろうとせず、それ以外の
傾向が顕著な出来事は、その人の頭が受けつ
けないようになっている場合さえあるだろう
し、そうなってくると、もはやその人の言動
を真に受けるわけにはいかなくなるわけで、
そういう人は他からも相手にされなくなるか
もしれないが、当人がそのことに気づいてい
なければ、やはり飽きもせず延々と同じよう
なことを同じように語ろうとするだろうし、
それだけその人にとっては切実に感じられる
ことであり、語れば語るほど、語ろうとして
いる対象との距離がゼロに近づいていくわけ
で、そうやって距離感なしに直接語ろうとす
ると、そこで何が生じるかといえば、そうな
るともはやそれはフィクションでしかなく、
その人の都合が全面的に反映された虚構を語
っていることになり、語っている当人がそれ
に気づいていないことにもなるわけで、それ
でもそうした内容が他の多くの人たちにも興
味深く思われれば、そんなことを語っている
人に人気が出るかもしれないが、そういう人
を支持したり賛同している人たちも、その人
と同じような傾向があるかもしれないし、語
ろうとしている対象と距離感なしに接してい
ることに当人たちが気づいていないのかもし
れない。

 語っている対象から距離を感じ取れる人は、
語っている対象と語っている内容との間にも、
それなりに違いが生じていることをわきまえ
ているだろうし、その距離を語りによっては
縮められないことも承知しているのかもしれ
ず、そうなるとあまり対象へは感情移入せず
に、突き放すべきところは突き放して見てい
るわけだが、何を突き放して見るべきかとい
えば、その対象が囚われている地域的な事情
や時代的な背景になるわけで、それがそれな
りの限界や制約を生じさせていて、その出来
事がそうなる必然性を構成しているわけだが、
だからと言ってそうならなければならないと
か、そうならざるを得ないとか言うわけでは
なく、結果的にそうなってしまったとしか言
えないようなことかもしれず、そうなること
に関して、そのことの良し悪しを判断してい
るわけでもないのだろうが、物事を突き放し
すぎて、まるで他人事のように語るわけには
いかないものの、そうなると語る意味がない
と思われてしまうわけだが、ある程度は距離
を置いて見ないと、そんなことが起こってい
る事情や背景が見えてこないだろうし、あま
りに対象に近づきすぎると、出来事が起こっ
ているそこしか見えないわけで、そうなると
他の出来事との関連や差異が見えてこないだ
ろうし、そうしたことを省略して、それと似
たような他の出来事と直結してしまうと、そ
れらが距離や時間をおいて別々に起こってい
る理由がわからなくなってしまうわけで、別
別の出来事が別々の場所や時代で別々に起こ
っている事実を考えてみないと、その場所や
その時代にその出来事が起こっていることを
うまく説明できないし、そうしたことを説明
できる限りで、語っている対象との距離感が
生じるわけで、それがないと単にそのことの
良し悪しを論じているだけで、良い理由や悪
い理由まで示すにしても、必ずしも良い面ば
かりでも悪い面ばかりでもなく、それが良い
とみなされたり悪いとみなされるのにも、そ
れなりの事情や背景があり、なぜそれを良い
とみなしたり悪いとみなしたりするのか、そ
うした判断や評価を生じさせる地域事情や時
代背景にまで踏み込まなければ、事の良し悪
しの判断や評価には納得しがたい面が出てく
るのではないか。もちろんそうしたことにま
で踏み込ませないような事情や背景が、それ
を語ろうとする人に生じている場合もあるわ
けで、物事を語る上でそれを語ろうとする人
に生じている事情や背景が、その人に限界や
制約を課していて、そんな限界や制約に囚わ
れているから、結果的に不十分なことしか語
れずに、その人の語っている内容にあまり説
得力が生じないことにもなるわけで、そんな
疑念や疑問が感じられるとしたら、そんなこ
とを主張する人とそれを受け止める人の間に
も、それなりの距離や隔たりが生じているこ
とにもなって、そうした差異が生じているか
ら、主張の内容を全面的に支持したり賛同す
ることにはならないだろうし、そうかといっ
て差異を故意に強調して否定するのではなく、
それなりの差異があることを踏まえて、その
差異に基づいて、自らの主張や考えを表明す
れば、それが建設的な議論や討議に発展する
かもしれないし、そうした議論や討議を通じ
てより妥当な認識や結論を得られるなら、そ
れなりにまともで民主的な政治を行なってい
ることにもなり、現状をできるだけそういう
方向へと近づけていくべきかもしれないが、
やはりそうなるには議論や討議に参加する各
人が、お互いに距離を保っていないとうまく
いかないだろうし、無理に距離を縮めたり、
距離の近い者同士で利害を共有して派閥を作
って、事前に多数派工作を行うような成り行
きになってしまうと、議論や討議そのものが
形骸化してしまい、それ以前に決着がついて
しまうようなら、まずは結論ありきで進める
儀式になってしまうだろうし、そういうこと
を積極的に行う傾向にあるから、それが原因
で議論や討議をつまらなくして、結果的に世
の中に政治的な無関心がはびこってしまうの
かもしれず、制度などを工夫してそれを止め
る手立てが見つからなければ、それもそんな
傾向になるような地域事情や時代背景がある
とみなすしかないだろうか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
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