文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2018.9.25 「活動の本質」

2018/09/26

 誰が社会の中でどんな活動をしようと、そ
れだけでどうなるわけでもなく、それが他の
人や集団に無視できない実質的な作用や影響
を及ぼす限りで、その活動が何らかの社会的
な評価を得るわけだが、別に何の評価も得ら
れなくても、活動を続けられないこともない
が、少なくともメディア上で話題となること
に関しては、それに関して何らかの評価が下
されて、それが当の活動にフィードバックさ
れて、活動自体がそうした評価によってそれ
なりの影響を被るのだろうが、だからと言っ
てメディア上で話題にしてほしくて活動しよ
うとすると、そこで好意的な評価を得られる
ように、メディア上の価値観に囚われた活動
内容になってしまうだろうし、それの何が悪
いとも思えなければ、それが本末転倒なこと
だなんて気づきようがないわけだが、ではそ
うした見せびらかしが枝葉末節な行為だとす
るなら、何が活動の本質なのかといえば、そ
れはその活動に本来備わっている機能を動作
させることであり、それをメディア上で見せ
ることではなく、活動そのものを行うことに
なるわけだが、メディア上で見せることが活
動の本質になると、それは行うことではなく
見せるための活動となるわけで、見せること
と行うことがどう違うかは、行うことよりも
見せることに重点が移ってくると、行なって
いるように見せることにもなり、それでも行
なっていることには違いないが、より良く見
せようとすることに気を取られていると、見
えないところで行なっていることがおろそか
になるだろうし、そもそも見せようとするこ
とが行なっていることだとすると、そこで行
なっていることが、見せるためだけに行なっ
ていることになってしまい、見せる以外に何
の意味があるのかということになってしまう
わけで、何の意味もなければ、ただそれを見
せようとしているだけで、一方でそれを見る
側には、見ること以外に何の意味があるのか
ということになるわけだが、何の意味もなけ
れば、それを見ていること以外ではないこと
になるわけで、他にやることがなくなってし
まうわけだが、少なくとも何かをやって見せ
るということは、やること自体に重点がある
はずで、見せることがやることに結びつかな
いような見世物は、見世物以外ではないわけ
で、そうした見るためのみに特化した見世物
は、たとえそれを多くの人が見ても、それを
見た人が見たものに影響を受けて、何かをや
ることに結びつかないわけで、そうした行為
は世の中には何の影響も与えず、そうした見
世物が世間的に好まれる傾向にあると、それ
だけ社会に活力がなくなっていることの証拠
となるのではないか。だからと言って、そこ
で暮らしている人々に何かをやらせるように
仕向けることが、メディア特有の機能である
わけでもないだろうし、また人々がメディア
を通して見るだけで他に何もやらないわけで
もないが、何かを見せることだけに特化した
メディアというのも、ただそれだけのことで
しかなく、そういうことだと割り切ってメデ
ィアに接していれば、下手な幻想を抱くこと
もないわけだが、他に何かできるかような幻
想を抱かせることが、メディアの魅力ともな
っているのだろうし、そうしたところが矛盾
しているのかもしれないが、それが単なる幻
想であって、まやかしに過ぎないと思ってし
まうと、社会の中でのメディアの重要性も低
下してくるだろうし、それで構わないのなら
それに越したことはないわけだが、それだけ
ではないと思いたいのなら、メディアを見て
何かをやるきっかけにすればいいだろうし、
そこから肯定的な幻想を抱くような要素を見
出して、それを自らの活動に役立てようとす
るなら、メディアから自らの活動に役立つ情
報を引き出そうとするわけで、そうした方面
でメディアの活用が図られると、メディアよ
りも自らの活動の方がメインになってくるわ
けで、ただ受動的にメディアに依存するのと
は違う態度がそこから生じてくるわけだ。

 そこで何らかの活動が行われていることが、
それに関連する物や情報やサービスを必要と
していて、そうした必要なものを得ることが
活動ともなるわけだが、それらの活動の中で
何が枝葉末節なことで何が本質だとしても、
それらすべてが活動の実態を構成しているこ
とは確かで、その中で何を強調してみても、
また何が欠かせなくても、そのすべてが欠か
せないと捉えておくべきかもしれず、実際に
活動の現状を維持するには、それを構成する
すべての要素が欠かせないわけだが、別に現
状を維持しなくてもいいのなら、必要でない
と思われる要素をそこから取り除いても構わ
ないだろうし、そうやって活動を効率的に再
編成することも選択肢としてはありうるわけ
だろうが、そうなると何が必要で何が不要な
のかを選別することも活動に含まれてくるだ
ろうし、そこから不要な何を取り除いたとし
ても、それを取り除く行為が新たな活動とし
てつけ加わってくるわけで、そうやって活動
そのものが変質を被ってくるとともに、そこ
から活動の新たな可能性も生まれてくるよう
にも思われて、それが幻想に過ぎないとして
も、活動を変化させる要因がそこから常に生
じてくるわけで、不要なものを取り除いて必
要なものを追加しながら、実際に活動が変化
し続けている現状があり、そういうことを考
慮すれば、現状を維持するのにも多大な労力
を必要する活動もあるのかもしれないが、た
ぶんそうだとしても、なおのことそうした労
力が少なくて済むように、活動のあり方を再
検討するような機運も高まるわけだが、また
そうやって効率化によって節約した労力や資
金を、他の活動に振り向けるような成り行き
も生じるかもしれないし、そんな成り行きか
らも、そこで関連している様々な活動の再編
成が図られる可能性も出てくるわけだ。そう
したことを行いながら、様々な活動の間で有
機的な結合や分岐が起こって、それらの活動
によって構成される社会全体が活性化すれば、
そうした活動的な社会情勢を反映して、そこ
で暮らす人々も肯定的な幻想を抱くようにな
るのかもしれず、そうした民衆の気分の高揚
感が好景気をもたらすなら、それによって社
会情勢も良い方へ向かっていると思われるか
もしれないが、その逆にあらゆる物事が現状
維持のために費やされるなら、活動も変化す
る機会を奪われて停滞するだろうし、それに
よって社会の中の立場や境遇も固定化して、
その中で不利な立場や境遇を強いられている
人々は希望を失って、ただ現状をこれ以上悪
化させないように生活を守ることばかりに汲
汲としていると、そういった閉塞感から人や
集団の活動も沈静化する傾向になるだろうし、
そうした傾向から縮小再生産のような負の悪
循環が生じてくるのかもしれない。もちろん
全てがそこで暮らす民衆の気分次第というわ
けでもないだろうし、また縮小再生産を負の
悪循環とみなすのも見解の分かれるところか
もしれないが、どのような社会情勢の中でも、
そこで有利な立場や境遇を占めている人や集
団にとっては、自分たちを利するような情勢
は歓迎すべきことであり、できるだけそうし
た立場や境遇を維持しようとするだろうし、
誰にとってもそうであれば問題ないわけだが、
そうした立場や境遇を占めることができるの
が、ほんの一握りの少数の人や集団であると
したら、その他大勢の人たちは、当然のこと
ながら不利な立場や境遇を強いられてしまう
わけで、それが現状の社会情勢であり世界情
勢であるなら、世の中の大多数を占める人た
ちにとって、それは不幸なことだとみなさざ
るを得ないだろうし、できればそういった現
状を変えていくことが、それらの人たちに期
待を抱かせることにもつながってくるだろう
が、そうだとすればたとえそれが幻想に過ぎ
ないとしても、少なくともそんな現状を変え
ようと試みる人たちを応援するのが、不利な
立場や境遇にある大多数の人々が抱く普通の
感覚なのではないか。そしてまた当然のこと
ながら、現状を変えようとしているのが、現
状の中で有利な立場や境遇を占めている一握
りの人や集団だと考えるのには無理があるわ
けで、むしろそれらの人や集団は現状を維持
しようとしているわけで、何も好き好んで自
分たちに不利になるような状況を作り出そう
とは思わないだろうし、たとえそれらの人た
ちが世の中の多数派からの支持を得て政治的
な主導権を握っていようと、そういう人たち
が不利な立場や境遇にある大多数の人たちの
味方を装っていようと、論理的にも状況的に
も普通に考えるなら、それらの人たちを支持
しているつもりの世の中の多数派を構成する
人たちは、自分たちの自業自得な愚かさを自
覚できないでいるのではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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