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彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2018.9.12 「保守化傾向」

2018/09/13

 方法を探るということはそこで立ち止まっ
て考えることであり、また立ち止まらずに行
動しながら考えることでもあるわけだが、そ
れがどんな結果をもたらすかは、そこで延々
と試行錯誤が繰り返されて、そんなことを繰
り返すうちに、当初に設定した目的がどうで
もよくなってしまうこともあり得るわけで、
別にそれが方法を探るのに伴って生じる必然
的な成り行きとなるわけでもないだろうが、
たぶんいったん目的から外れてみないと、安
易に目的を設定することの浅はかさを実感で
きないだろうし、もちろん安易ではないはず
であり、通常のレベルで人には目的に基づい
て活動している実態があるわけだが、意識の
中ではそう思っていても、意識から外れる部
分では、目的の正当性を疑っていて、試行錯
誤の過程でその正当性を検証していくにつれ
て、実際に活動がそこから外れていってしま
うようなら、それは目的の正当性が揺らいで
霧消してしまう可能性を示しているのかもし
れず、目的自体にそれを裏付ける価値がない
からそうなってしまい、試行錯誤した結果が
当初の期待を裏切ってしまうわけだろうが、
一方でそうなってみないと試行錯誤した意味
がないのかもしれないし、かえって目論見通
りに事が運んでしまうと見逃してしまうよう
な重要な何かを、期待が裏切られてしまうこ
とを通して知らせているのかもしれない。そ
してそういう成り行きを通じて新たに見出さ
れた結果が、それ以降の活動にも活かされて
くるかもしれないし、そうなれば活動の幅が
広がっていくのかもしれないが、逆にそれに
伴って活動の目標などの焦点もぼやけてしま
い、目的自体がどうでもよくなってしまった
ことに気づいて、そうなるとまた新たな確信
を伴うような目的を設定し直すことにもなる
だろうが、それとは異なる方向性として、特
に目的を定めてそれを追求するような成り行
きとは異なる活動もできるようになるかもし
れないし、それもその場の成り行きに従って
定まってきたり定まらなかったりすることで
あり、それに応じて活動の内容もそれなりの
変動を被るのだろうが、そういう成り行きや
結果の全てを肯定できるわけでも正当化でき
るわけでもなく、それを自身で否定したり、
さらに他からの批判にさらされるようなこと
も起こり得るわけで、そこには自身だけでは
ない周囲や他との関係も影響してきて、それ
らに左右されるような活動となってくるわけ
だ。だから目的に適合する方法を探ることは、
その目的自体を破壊するような成り行きも含
んでいて、そうならないようにあくまでも目
的にこだわるべきなのか、それともそうなっ
てしまう成り行きを重視して、そこで目的を
捨て去るべきなのか迷うところだろうし、ま
た迷ったところで結論が出てくるわけでもな
く、かえってどちらでも構わないように思わ
れてしまうと、結局それについてどう判断す
ればいいのかわからなくなってしまうわけだ
が、意識の中では迷っていても実際に動作を
行なってしまえば、迷いからも引き離されて、
意識もそれに従うしかなくなるだろうし、そ
んな意識よりも行動が先行する成り行きにな
るなら、たとえそれが外部から操られている
としても止めようがなく、結果的に自分の思
い通りにはならなくなってしまうわけだが、
思い通りになるということ自体も勘違いの可
能性があるだろうし、自身と周囲との関係か
ら生じる相互作用の中から活動が生じてくる
わけだから、その辺は割り切ろうとしても割
り切れないだろうし、それが正しいか間違っ
ているか、あるいは事の良し悪しを判断する
上で、さらにその場の成り行きを考慮しなが
らも、それでも迷って疑念を抱きながらもや
っている実態があるだろうし、何事にも迷い
がなく、一直線に向かうことができれば、そ
れに越したことはないだろうが、たぶん方法
を探っている時点でそうはならない成り行き
が生じているわけで、結局そこで考慮しなけ
ればならないのは、自分ではそれを考慮でき
ない可能性があるということなのかもしれな
い。

 自身のコントロールが利かない事態に直面
したら、他に助けを求める以外にあり得ない
かもしれないが、それも程度にもよりけりだ
が、その場の状況に応じた適切な対処ができ
るかとなると、どうすることが適切な対処な
のかについては、その場の判断にもよるだろ
うが、そんなことを考えている暇も余裕もな
ければ、やはり思考よりも行動が先行して、
行動した結果として何とかなったように思わ
れれば、それで構わないことにもなるだろう
し、対処がうまくいかなかったとしても、そ
れをきっかけとしてさらなる活動を開始でき
れば、結果的にはそれで何とかなったことに
なるのかもしれず、結局そこで終わらなけれ
ばそれで構わないような成り行きが生じて、
それ以降も何かしら活動していくことになる
と、そこに至る過程で生じた様々な事の経緯
をうやむやにしながら、あるいは特定の物事
に対する執拗なこだわりを執念深く保持しな
がら活動していくことにもなるわけだが、そ
うした活動が周囲の事情が許す限りで継続し
ていくことになるわけだから、そうなってい
る時点で独りよがりなことをやっている面と
ともに、他の外部的な事情もそれなりに考慮
される面も伴っているわけで、そこからそれ
なりに肯定的な幻想や否定的な現実を感じ取
ることもできるかもしれないが、やはりそこ
に自らの力ではどうにもならない面が意識さ
れる限りで、そうした活動によって自らを正
当化するのにも限度が生じてくるだろうし、
正当化できない面が出てくれば、そうした面
があることを謙虚に受け止めて、それに対す
る独善的な判断や評価は差し控えるしかなく、
またそれに対する他人の否定的な判断や評価
も尊重すべきところは尊重するしかないわけ
だが、実際に尊重するとなると、当然自らの
それまでの活動に対する反省も伴ってくるだ
ろうし、何か見直すべき点を探して提示しな
いと、否定的な判断や評価を下した他人を納
得させることはできないわけで、そうしたこ
ともそれ以降の活動に含まれてくるわけだが、
それをきっかけとして他人との交流が生じて
きて、場合によっては直接な関係や間接的な
関わり合いもできて、それに伴って活動に社
会性が加わり、そうした成り行きが高じて、
活動に多くの人たちが関係してくると、それ
が公的な性格を帯びてくるわけで、当然そこ
には私的な利益を追求している面も含まれる
わけだが、その一方で他人の事情を考慮する
面では公的な性格を伴ってくるわけで、結局
公共の利益を重視する成り行きというのは、
そこに多くの人が関わってきて、それらの人
人の事情を考慮しながら利害調整を行う過程
で生じてくるのかもしれず、しかもそういう
活動が何らかの結果を伴うとしても、その結
果にとらわれずに絶えずそうした調整をやり
続けていないと、そこで行われている活動の
内容が公共性から逸脱してくるわけで、利害
調整を行なった結果に満足して、その結果の
中で安住していると、そうした結果から、そ
れに関わって利益を得られる集団や勢力が次
第に固定化してきて、活動に関わっていない
他の集団や勢力との間で格差が生じてくると、
それに伴って世の中に不均衡や不平等が広が
っていくことにもなるわけで、そうならない
ようにするには、常時結果の見直し作業が欠
かせなくなるし、関わってくる集団や勢力と
の関係にも定期的な見直しが必要となってく
るわけだろうが、それをわざと怠ったり意図
的に停滞させることによって、特定の集団や
勢力に恒常的で安定した利益がもたらさせる
なら、それらの集団や勢力としては是が非で
もそうしたことをやりたくなるだろうし、そ
れに関して否定的な意味での保守勢力という
のは、そうやって生じてくる利益を独占する
ことによって栄華を誇るわけで、そんなふう
にして社会の中で利害の固定化が起こると、
それに伴って身分制度のような階層構造も生
まれてくるし、そうした成り行きが恒常的に
安定しだすと、世の中が格差社会となるわけ
だが、それがいつ何かのきっかけで崩れる時
がやってくるとしても、そうした意味での世
の中の保守化傾向というのは、いついかなる
時でも恒常的にそういう成り行きへと持って
いくように働いているのではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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