文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2018.8.13 「価値の信用度」

2018/08/14

 特に商人が自分の商売を正当化する必要は
ないかもしれないが、そこで商売が成り立っ
ている限りで、そこから利益を得ていること
になるわけで、商品の売買が行われているこ
と自体が、それを改めて正当化するまでもな
く、実際に商品を買ってくれる他者の存在が、
商売を認めていることになるわけだから、そ
れはそれで、そんなことが行われる必然性が
そこで生じていることになるのではないか。
あとはそうした商売を他の人がどう見るかだ
が、それが何か羊頭狗肉のようなあこぎな商
売だと判断されれば、それなりに批判を浴び
るだろうし、それを買う人を小馬鹿にしたよ
うな売り方を行えば、やはり買う方は騙され
たように思われて腹が立つことは確かだが、
特にそれが文化的な良識を装った商売となる
と、大衆の見栄や虚栄心などを逆手に取って、
自尊心をくすぐるような売り方をされると、
そういう意図が見え見えであることがわかっ
てしまえば、買う方が馬鹿にされているよう
に思われるだろうし、実際にそれに気づかず
にそんな商品を喜んで買ってしまう人が、他
の人たちから小馬鹿にされて、それを買った
自らが、そんな商品を買ってしまったことに
よって、自尊心を傷つけられてしまうわけだ
から、自分が周りから小馬鹿にされているこ
とに気づいてしまったら、恥をかかせるよう
な買い物をさせた売り手を許せないと思うだ
ろうし、場合によっては詐欺で訴えるような
ことにもなりかねないが、大抵は騙された方
が浅はかだったのであり、そんなろくでもな
いものを平気で買ってしまった人が、愚かだ
ったことになるのだろうが、中にはそれに気
づかない人も結構いるのかもしれず、実際に
気づかなければ、そんなものをありがたがっ
て求めたことを、肯定的に捉えたままになっ
てしまうし、周りの人もわざわざそんな他人
を貶める必要も感じなければ、そのままとな
ってしまうわけで、そうやって結果的にまん
まとその手の商売が成功すれば、買わせた側
の勝ちとなってしまうわけで、それで事態が
丸く収まってしまうのかもしれず、それが子
供騙しのように感じられるほど、たわいのな
い商売だとも思われて、売る方も売る方であ
り、買う方も買う方だということで、世の中
で黙認される傾向にもなるのだろうが、それ
に絡めた文化的な事業などの仕掛けが大げさ
であるほど、社会的な影響の面で黙っていら
れない人たちが出てくるわけで、中でも本気
で文化的な事業を手がけているような人たち
は、そうしたまがい物と自分たちのやってい
ることが同列に扱われるようだと、自分たち
が営業妨害されているような気分になるだろ
うし、そうなるとそうした商売がインチキで
あることを指摘して、インチキではない自分
たちの商売とは違うことを、広く世間に訴え
かけるような成り行きにもなるだろうし、実
際にそうしたことが行われて、それが世間の
注目を集めれば、インチキ商売の化けの皮が
剥がされたような結果がもたらされるわけだ
が、そうなってしまうとインチキだと指摘さ
れた側も、商売あがったりになってしまうわ
けだから、インチキだと指摘する側と争わな
ければならなくなるだろうし、そんな争いを
契機として、世間的な認識として、どういう
ことがインチキでどういうことがインチキで
ないかの、判断基準が示されるような成り行
きも出てくるかもしれないが、それが広く世
間の共通認識となれば、そうした文化的な事
業などにも、基準や条件を満たす限りで世間
的な信用や信頼感が生じるかもしれないし、
基準や条件を満たした事業なら、それを誰も
が安心して肯定的に受け止めて、そんな商売
がそれなりに繁盛するのかもしれないが、そ
うした基準や条件もその場の社会情勢に左右
されるだろうし、かつては多くの人の虚栄心
や自尊心をくすぐって、ありがたがって買わ
れていたような商品が、時代状況が変われば、
誰からも見向きもされないような価値のない
商品となってしまうこともあり得るわけだが、
逆にその当時は文化的な価値など意識されず
に、使い捨ての大衆消費財の類いとして買わ
れて粗末に扱われていた商品が、後の時代に
なると希少性が出てきて、それを所有してい
ること自体が、周りから羨ましがられるよう
なことにでもなれば、やはりそうした商品に
はそれなりの文化的な価値が生じてくるわけ
だ。

 たぶんそうした文化的な価値というものを、
ありがたがって肯定的に捉えれば、それは商
売というよりは事業だと正当化したくなって
くるだろうし、そこからその手のものを手が
ける博物館や美術館の類いと連携した、価値
の創造ようなことが行われる成り行きも出て
くるわけだが、そうした活動には商売として
のいかがわしさが常に付きまとってくること
も確かで、本物とまがい物の区別や境界が曖
昧となるようなところで、詐欺やペテンと紙
一重な面も出てくるだろうし、そうした区別
や境界をはっきりと誰もが納得するような形
でつけられる人が、鑑定士などの職業として
成り立ってくる面も出てくるわけだろうが、
その一方である物を本物だとみなして、別の
物をまがい物だと鑑定することが、ある意味
ではその人の権力の行使ともなるわけで、そ
うした権力の行使に他の関係者や一般人がど
こまで従うかも、それに応じた世間への影響
力となって、それがその人の権威としての威
信にも繋がってくるのかもしれないが、そこ
で生じている物事やそれに関係して権力を行
使する活動自体が、世間的な信用や信頼を生
む一方で、不信や疑念も生じさせるのだろう
し、それが社会的な利害関係の基となってく
れば、それを利用した商売も成り立ってくる
わけで、それが結果的にどうなるにしろ、商
売として利益を追求することが優先されてく
れば、そうした欲望に応じていかがわしい面
が出てくるだろうし、そこでやるごまかしが
成功するほど利益も増えるような成り行きに
なってくれば、いかに買い手をごまかして高
く多く売りつけるかが、手法的かつ技術的な
目標ともなってくるわけで、そういうところ
が詐欺やペテンになるか否かの分かれ目にな
るのかもしれないが、それもその時の時代状
況に左右されてくる場合があるのかもしれな
いし、同じようなことをやっているのに、一
方では詐欺やペテンとみなされたり、実質的
にはそうであっても、そこに世間的な信用や
信頼関係が生じていれば許容されたり、ある
いはそこに権力関係が生じていれば、それを
詐欺やペテンとは言わせないような圧力が働
いていて、場合によっては人々にそうした類
いを強制的に買わせるような事態も起こり得
るだろうし、そういう面も考慮すれば、それ
が詐欺やペテンではないという保証がどこか
ら生じるとしても、商品の売買という行為自
体に客観的な正当性はないのかもしれないし、
そこで物や情報やサービスと金銭を交換する
行為を認める法律や制度が整備されていると
しても、最終的には相手を信用して売買とい
う取引を行うしかないだろうし、そうした信
用に客観的な正当性も保証もなければ、信用
はどこまでも信用にしかならないわけだから、
そこに確実性や必然性を求めること自体が見
当違いでしかないのかもしれず、もちろん見
当違いであっても、法律的あるいは制度的な
裏付けを求めるわけで、それが社会的な必然
であり、そうすることが社会的には確実かつ
正当な行為となるわけだから、そういう方向
でどこまで法整備や制度の改善を進めても、
その手の商売につきまとういかがわしさが解
消されるわけでもないだろうし、結局はそう
した取引が行われる度に、必要に応じてそう
した行為の検証作業も同時並行して行われる
ような成り行きになるのかもしれないが、少
なくとも世間的にごまかしがばればれの見え
透いたことが行われれば、それについて言及
する人も大勢出てくるだろうし、そうした世
間から小馬鹿にされるようなまがい物を買わ
された人は恥ずかしがって、そうしたものは
二度と買わないような成り行きにもなるかも
しれないが、売る方も手を替え品を替えて、
ごまかしに工夫をこらしながら、絶えずより
多くの利益を得ようと画策してくるだろうし、
そうしたやり取りの中で適正なものが適正な
価格で売買されるようになってくれば、何か
そこで売買に関する信用や信頼関係も生まれ
てくるわけだが、それもあくまでも相対的な
適正さにとどまるわけで、何にしてもそこで
生じる価値や信用を絶対視するような愚は避
けなければならないだろうし、世の中で行わ
れている全ての行為からは、その場の状況や
情勢に応じた仮のとりあえずの価値や信用し
か生まれてこないことは、誰もが踏まえてお
くべきことなのかもしれない。 

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創刊日:2001-03-26  
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