文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

全て表示する >

彼の声 2018.8.5 「探偵物語」

2018/08/06

 世の中で起こっている具体的な出来事や現
象が、人や集団にどんな作用や影響を及ぼし
て、それに対応した活動を引き起こしている
としても、一方で人や集団の活動自体が何ら
かの出来事であり、それによっても様々な出
来事や現象を引き起こしているはずだが、そ
れらの出来事や現象と人や集団の活動との間
に何らかの因果関係がある場合には、そこに
出来事や現象の連鎖があるように思われるが、
そこで結びついているように思われる原因と
結果の因果関係の連鎖自体が、一つの原因か
ら一つの結果が生じているわけではなく、複
数の原因と結果が複雑に絡み合っているよう
に思われるなら、何が原因で何が結果なのか
判別できないことにもなるだろうし、何らか
の原因から何らかの結果が引き起こされるよ
うな、一直線に一連の出来事が連なるような
現象でなければ、それらがどう結びついてい
るのかはっきりしなくなるのかもしれず、そ
こに互いにもつれ合ってこんがらがった様々
な出来事や現象の集合体があるような場合に
は、それらについて何をどう説明してみても、
語っている対象が一つに定まらなくなってし
まうだろうし、たぶんそれらが互いにどう結
びついているのかわからないが、とにかくそ
こで様々な出来事や現象が起こっていて、そ
れらの出来事や現象に同じような傾向や方向
性があるものの、ただ漠然とそう思われるだ
けで、そこに連続した直接の結びつきまでは
認められない場合には、ただ様々な出来事や
現象が離散的に起こっているとしか言えなく
なるのかもしれず、それぞれが互いに作用し
合い影響し合っているとしても、何かそこで
無関係の関係が生じているのかもしれないし、
そこでそれぞれの出来事や現象に関係してい
る人や集団が、お互いがお互いを直接には知
らないにも関わらず、また互いに関係する出
来事や現象が、時間的にも場所的にも関係し
合うには離れすぎているにしても、それでも
同じような傾向や方向性を示しているのなら、
やはりそこに何らかの結びつきがあるように
思われるだろうし、それがそうした出来事や
現象が引き起こされるに際しての、普遍的な
傾向であり方向性であるのかもしれないし、
そうした出来事や現象が引き起こされる社会
が、そこに構成されていることになるのでは
ないか。そしてそれが何を意味するのかはよ
くわからないにしても、現実に世の中がそん
な傾向や方向性になってしまうのだから、そ
うなるのは仕方のないことであり、時間も場
所も隔たっているのにそうなってしまうのだ
から、人にはどうしようもできない傾向や方
向性がそこに生じているのかもしれないし、
それはそれでそうなってしまうとしか受け止
めようがないことであり、たぶんそれをなく
したり改善することはできないのかもしれず、
そうなってしまうことを踏まえて、そうなっ
てしまうことが嫌なら、そこから何か違う傾
向や方向性に導くようなことをやる必要が出
てくるのかもしれないし、そういったことを
模索していかなければならないのかもしれな
い。具体的にそれが何かと言えば、そんなこ
とがわかるわけもないのかもしれないが、と
もかく模索していく傾向や方向性としては、
やはりそうなってしまうのが嫌であるという
ことを踏まえて、そんな前提を覆すようなこ
とをやりたいわけだが、実際に覆せずにそう
なってしまい、それが不快に思われるのだか
ら、まずはその不快な出来事や現象に耐えな
ければならないのだろうし、それに耐えなが
らそこで生じている傾向や方向性を、別の傾
向や方向へとずらすような作用が必要となる
のではないか。それを意識してやれるかどう
かはわからないが、現状を別の方向へとずら
すような作業を行えるかどうかは、実際にや
ってみないことにはわからないだろうが、ま
ずはそんなことをやっている感覚を模索して
いくしかないだろうし、意識してそれができ
ないにしても、少なくとも現状のままでも仕
方がないとは思わない方がいいだろうし、最
低でもそれをずらすような動作に結びつけて
いく必要があるのかもしれない。

 実際にずらすような動作がどうやって生じ
るかは、その時々でそれなりにそうなるきっ
かけも成り行きも違ってくるだろうが、そこ
で不快に思われる原因を一つに特定しない方
がいいのかもしれず、様々な出来事や現象が
複雑に絡み合ってそうなっているのだから、
一つに原因を特定してそれに対して攻撃を仕
掛けるような成り行きにはならないだろうし、
全ての原因をそれのせいにして、攻撃を仕掛
けているのは、実際に不快な煽動を行なって
いる人たちの方であり、そうした攻撃の効果
が出ているとすれば、攻撃されている側にも、
それと同じような傾向が表れている時だろう
し、そこで争っている双方がそんなことをや
り合っていること自体が、そうした煽動が功
を奏していることにもなるわけで、それに対
処するには、不快な原因を一つに収斂させな
いことが肝心なのかもしれず、またそうした
攻撃を行なっている煽動者の相手をしないこ
とも必要だろうし、それも全く無視して黙殺
するというよりは、何かのついでに付け足し
程度に言及することも必要だろうし、しかも
それが必ずしも煽動者その人の主体的な活動
によってそうなっているのではなく、その人
が依存している状況がその人にそういう活動
を行わせていることを指摘すべきだろうし、
実際に同じような傾向や方向性の煽動者が、
時代や場所も隔てて、いくらでも出現してい
る事実を明らかにした方がいいだろうし、そ
こに構成されている社会自体がそうした煽動
者たちを大量生産している現実を示すことに
よって、そうなってしまう原因が一つではな
く、そういった傾向や方向性は伝染病のよう
に人々の間に感染していく可能性があるわけ
で、その感染経路として、メディアがそれを
媒介していて、しかもそうした感染者が大量
繁殖するように機能するのも、宣伝媒体とし
てのメディアであることは確かなのかもしれ
ないが、たぶんそれが唯一の原因とは言えな
いだろうし、実際に煽動者たちの攻撃対象と
して一つのメディア媒体が存在していたりも
するわけで、その攻撃対象を一つに絞り込ん
で、全ての原因をそれのせいにするという攻
撃手法自体が、そうした煽動者たちが寄生し
ているメディアや、さらにそれらのメディア
が寄生している社会そのものにもそうした傾
向や方向性があって、またさらにそうした煽
動者たちやメディアを批判する人たちにも、
そうした傾向や方向性が伝染していて、そん
なふうにして社会の様々な方面へと感染を拡
大させていく傾向が、そうした攻撃手法を安
易に使う態度や習慣からも生じるのかもしれ
ず、結局何か特定の対象を攻撃するには、そ
の攻撃対象を一つに特定しなければならない
という循環的な強調が生じるわけで、そうし
た根拠の定かでない根拠を特定する決めつけ
という強調が煽動そのものなのだが、何か一
つの対象に攻撃を絞ることが、全ての原因を
その対象に押し付けるという短絡的な思考を
誘発せざるを得ないわけで、そこに論理的な
飛躍があるとみなせばわかりやすいだろうし、
またそうしないと批判そのものが成立しない
とすれば、それはそうした批判という言語行
為の文法的な限界を示していることにもなる
わけだが、そうした煽動的な手法が見逃して
いるのが、攻撃対象や批判対象以外の他の要
因や原因となるわけだが、そこに様々な要因
や原因が複雑に絡み合って生じている出来事
や現象を説明できないもどかしさがあり、そ
こでそうしたもどかしさを省いて、一つの原
因と一つの結果をもたらすような単純な論理
を導入してしまうと、そんな出来事や現象を
もたらしている犯人を特定するような話にな
ってしまうだろうし、その犯人を捕らえれば
一件落着するような探偵推理話に飛びついて
しまう安易な大衆の存在も浮かび上がってく
るわけだが、それも煽動によって多くの人々
の関心をそこに引きつけるという事情や目的
がそうさせているわけで、結局目的のためな
ら手段を選ばない功利的な手法がそこに導入
されている実態もあるのだが、そうやって安
易で安直なやり方が世の中で流行って、それ
が様々な方面へと攻撃を拡大させていること
が、人々に不快感をもたらして、それ自体が
それを象徴するような現象ともなっているわ
けで、そういう意味でも安易に世の中を不快
にしている犯人探しをやらずに、そうした現
象のただ中で思考を働かせてみる必要がある
のではないか。 

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
Score!: - 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。