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彼の声

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彼の声 2018.7.20 「大げさな表現としての諸刃の剣」

2018/07/21

 意識が囚われている物事に関して、何か肯
定できるような傾向があるとすれば、それは
その囚われている物事自体に魅力を感じてい
るからだろうし、多くの人の意識を惹きつけ
る物事には、それに魅力を感じているから意
識がそこに惹きつけられていて、それが興味
深い物事だと思われるから魅力を感じるのだ
ろうし、具体的にどんな魅力があるかといえ
ば、それらの人に何らかの快楽や利益をもた
らすように思われるから魅力を感じるのだろ
うが、快楽に中毒症状などの弊害が伴うなら
否定的な傾向があるわけだが、肯定的な快楽
ならそこから実際に利益が得られるだろうし、
それは下手をするとその人を騙して破滅させ
るようなものでも魅力を感じるだろうし、そ
の代表例がギャンブルなどの賭け事になるわ
けだが、ギャンブルが多くの人に快楽と引き
換えにして金銭的な損害をもたらすのはわか
りきったことであり、それを損害と呼ばずに
消費と呼ぶなら、ほどほどの消費によって暇
つぶし程度の快楽を得られたと思われるかも
しれないが、それは自制心との葛藤をもたら
すだろうし、その魅力に抗しきれずにのめり
込んでしまう人が大金をすって破滅してしま
うわけで、またその中から賭けに勝ったわず
かな人に大金が転がり込んで、大金持ちにな
る夢を叶える人も出てくるかもしれないが、
原理的にもそんな人がわずかに出てくるだろ
うし、実際に宝くじなどに当たって大金を手
にする人も出るわけだが、そうなる確率がほ
とんどゼロに近いほど、それだけ当たった人
が受け取る金額も高くなって、それに伴って
射幸心を煽られて、多くの人に魅力と金銭的
な消費をもたらす原理なのだろうが、実質的
にそれは当たらなかった大部分の人にとって
の金銭的な損害であり消尽であるわけで、有
り余るほどの財産を持っている人でない限り
は、それは否定的に見られても仕方のない行
為であり、そうしたギャンブルを推進するこ
と自体が、倫理的には否定されるべきことに
なるだろうし、しかも公的な資金を使ってそ
れを行うとなると、あまり褒められたことで
もないだろうが、実際に公営ギャンブルがあ
るわけだから、そういう面があることは確か
で、一応は様々な歯止めがかけられていて、
節度ある運営が行われている実態もあるわけ
だが、実際にそうしたことの否定的な面を強
調して、それを推進することを批判したり否
定するのは容易にできるわけだが、その一方
でそうした行為の胴元となって金銭的な利益
を得る魅力も捨てがたく、それを推進するこ
とにも一定の支持が集まるわけで、全面的に
賛同するわけではないにしても、必要悪とし
て部分的にはそうしたこと行う場所を設けた
いという主張も成り立つわけだろうし、それ
は売春行為などにも言えることなのだろうが、
そうした行為に全面的に反対したり批判した
りすることが、欲望を否定する潔癖症的な建
前に見られてしまうと、それに対するカウン
ターとしての宣伝や煽動のやり方によっては、
そうした面を突いて逆に攻撃の対象にもなっ
てしまうだけに、単純に否定的な面を強調す
るだけでは、民衆の全面的な支持など得られ
ないことはわかりきっていて、そういうとこ
ろで言い回しや表現を工夫する必要に迫られ
るだろうし、実際に潔癖症的なところを誇張
した攻撃にさらされている面もあるわけだろ
うから、そうしたすでにわかりきっている否
定的な側面を改めて持ち出して、批判や反対
に利用することについてのマイナス効果に関
しては、慎重に対応する必要が生じてくるの
ではないか。

 実際に公営ギャンブルの類いに関しては、
魅力がなければ廃れる傾向になるだろうし、
民間のパチンコやスロットなどに関しても同
様だろうし、何が流行るか廃れるかは、政治
としては関知する必要のないことになってし
まうのかもしれず、実際に廃れてくれば維持
できなくなるわけで、そうなってくればそれ
を推進していた側は頬被りを決め込んでしら
ばっくれるしかないわけだが、そうなる以前
の魅力を振りまいて宣伝したり煽動している
時には、良いことばかり強調して煽り立てる
わけで、そんな主張を真に受けて支持する人
たちも、うまくいかなくなれば同様にしらば
っくれるしかないわけで、しかもそうした煽
動勢力への支持をやめるわけでもなく、ほと
ぼりが冷めた頃を見計らって、また手を替え
品を替えて同じような宣伝や煽動を繰り返し
て、またそれに対して民衆もそうした行為を
支持するのだろうし、衆愚的な人々にとって
の政治とはそういうものでしかなく、そこに
反省など生じないだろうし、そんなもんで構
わないわけだから、真面目ぶってギャンブル
の弊害などを強調するような人たちの説教な
どに聞く耳を持たないのは当然で、それで構
わないのならそうしたことが繰り返されるし
かないわけだが、そうした傾向を改めるのは
無理だと思っておいた方が無難なのかもしれ
ず、無難ではあるがそうした不快な現状を改
めるには、無難な線ばかり追い求めても現状
維持にしかならないわけで、簡単にあきらめ
たり開き直ったりせずに、懲りずに何らかの
方策を探すことにもなるのかもしれないが、
そうした水準での政治がまかり通っている限
りは、それを改めるのは容易なことではない
だろうし、実際に真の意味での改革派は良心
的な少数派として停滞してしまうことにもな
るのだろうが、現状で主流の衆愚的な酷さが
さらに悪化する可能性もあるだろうし、しか
もいくら悪化してもそれが破綻しない可能性
まであるわけで、だからと言って政治とはそ
ういうものだとみなしてたかをくくっても、
あるいは厭世的な態度に徹して趣味の世界に
埋もれても、状況は何も変わらないだろうし、
まさに絶望的な状況だとみなしてしまうのか
もしれないが、たぶんそれが勘違いなのだろ
うし、それは物事の一面しか見ていないこと
にもなるのだろうし、黙っていても人は何も
していないわけではなく、絶えず状況に対応
しながら何かを行なっていて、そんなことを
やることに魅力を感じている限りは、それを
やめようとしないわけで、ただそれがメディ
ア上で表面化してこないだけで、その代わり
に表面に浮き出てくるのは、いつも決まって
紋切り型的な活動であり行為なのかもしれな
いし、またそれだけでは飽き足らない人たち
が新たな試みを行うわけだが、それが他の人
たちも興味深く感じられるようなら話題とな
って、メディアが取り上げることにもなるだ
ろうし、そんな現状維持だけではない作用も
世の中に働いていることは確からしいし、だ
から実践として何かを行いながら、そこから
何か今までないことを発見すれば、それが新
たな魅力を生じさせて、やっていることを継
続していく糧ともなるだろうし、たとえそれ
がすぐには利益をもたらさないとしても、現
状で得られている別の方面からもたらされる
利益を活用することで、その魅力的に感じら
れる新たな試みを継続できるかもしれないし、
そうやって様々な可能性を探りながらも、何
か興味深い活動を行なっている現状もあるわ
けで、物事の一面だけを強調すれば否定的な
状況でしかないにしても、それとバランスを
取るような面まで考慮に入れると、そればか
りでもない現状に直面することにもなるので
はないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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