文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2018.7.7 「事態の流動性」

2018/07/08

 社会的な申し合わせとして形式に則った約
束が交わされて、その場の誰もが受け入れ可
能な一定のルールが守られるような成り行き
があるにしても、そういうルールが守られる
範囲は限られているし、その一方でルールの
裏をかくような試みも行われる可能性がある
だろうし、その場で何らかの合意が成立して
も、相手の出方次第ですぐに破棄されるよう
な成り行きもあるわけで、結局は双方がルー
ルを守ることにメリットを感じている限りで
守られるが、メリットがなくなれば適当な理
由をつけて破棄してしまうような成り行きも
あるわけで、そういうところで約束を交わし
た事実を持ち出して、ルールを破ったことを
非難することは可能だが、結局はその場の力
関係で優位に立っている側が、自らの都合で
過去に交わした約束を反故にして、また新た
に自らが有利となるようなルールを作って、
それを力の弱い側に守るように強要するよう
なことがよく行われるわけで、ルールという
のは必ずしも平等な立場が反映されているわ
けでもなく、ルールを守ることに関して何ら
かの合意が形成されても、その場で主導権を
握っている側の都合がルールに反映されるこ
とがあり、力の弱い側にとっては不利なルー
ルになってしまう場合も多いのではないか。
そういう意味で法治主義というのも、必ずし
も法の下で社会の中で活動する様々な個人や
団体の平等を保証しているわけではないだろ
うし、従うべき法が特定の人や団体にとって
有利に働くようなら、しかもその人や団体が
社会の中で主導権を握っているなら、それら
の人や団体の都合が優先された法になってい
て、そうやって絶えず力の強い側の都合が反
映された法が作られるとしたら、法治主義と
いうのは力の強い側が社会の中で有利な立場
を永続化させるための理屈になってしまうし、
功利的に物事を考えてゆくと、社会の中で主
導権を握っている人や団体が、自分たちに有
利になるような法を作ることが正当化されて
しまうわけで、そういう部分で功利主義的な
考え方には欠陥があると言えるかもしれない
が、たぶん功利主義者を自認するような人に
とっては、それは当たり前のことであり、欠
陥でも何でもなく、正しい論理であり理屈だ
と思われるのではないか。そして果たして功
利主義で構わないのかというと、たぶん構わ
ないのであり、わざわざ自分たちが不利にな
るような法律を定める方が間違っているだろ
うし、法の下での平等という価値観自体が、
変更しなければならないことであり、いかに
自分たちが有利になるような法を定めるため
に、戦略的なやり方をとらざるを得ないとし
たら、民主主義の理念など軽視するしかない
だろうし、結局は力の強い側が弱い側を従え
るようなやり方が正しいと思われるのではな
いか。実際にそうなってくると何がまずいの
かといえば、社会的な弱者を助ける大義名分
が成り立たなくなるということだろうし、そ
うなると弱者が強者による搾取の対象でしか
なくなり、そんな関係に応じて身分制度のよ
うな階層構造が出来上がって、少なくとも現
状のような社会ではなくなるのかもしれない
が、現状でもある程度は格差社会となってい
るわけだから、現状とは全く異なる社会にな
るわけでもないのかもしれず、ただ現状でも
そうした格差があからさまに肯定されるよう
な社会になりつつあるのではないか。

 資本主義的な経済活動が功利主義一辺倒で
あり、それにある程度の歯止めをかける意味
で、政治の場では民主主義が主流となるべき
なのかもしれないが、一方で政治の場では民
主主義とともに自由主義も重要だと思われて
いるわけだが、そもそも自由と民主は互いに
相容れない概念であり、そこでもどちらか一
辺倒になってはまずいわけで、互いに相容れ
ない功利主義と民主主義と自由主義が三竦み
になった状態が堅持される限りで、それぞれ
の利点と欠点が程良く刺激し合ったり相殺し
合ったりしながら、それなりにバランスが保
たれる限りで、世の中に安定がもたらされる
のかもしれず、そうした面であまりそれぞれ
の欠点をあげつらって、単一の主義主張に偏
っている傾向を批判しても意味がないのかも
しれないし、実際にそうした主義が表れてい
る面が単独で存在するわけでもなく、様々な
傾向が入り混じっている中から特定の傾向を
抜き出せば、それなりにそうした傾向を説明
可能となるのだろうが、それだけを抜き出し
てそうした傾向を批判しても、他の傾向との
兼ね合いもあるだろうし、あまり説得力のあ
る批判とはなり難いのかもしれず、だからそ
うした批判は一面では何か論理的整合性を実
現しているように思われるかもしれないが、
他の傾向には言及していないから辻褄が合っ
ているように感じられるが、それだけのこと
であり、要するに物事の一面しか見ていない
から、何か正しいことを述べているように感
じられるのであり、矛盾する要素には言及し
ない限りで正しい主張とはなるのだろうが、
やはりそれだけのことで、あまり世の中の実
態を反映した主張ではないわけだ。そんなわ
けで結局できるだけ実態を反映した主張にす
るには、あえて積極的に矛盾した主張をしな
ければならなくなって、それだけ不可能な事
態に直面するしかないのではないか。要する
に主張の論理的な整合性を取ることは不可能
であり、何か言えば一面では正しいことを述
べているように感じられても、別の面から見
ると間違っている面も多少はないと、世の中
の実態を反映していないわけで、できるだけ
正しいことを述べたいのだろうが、矛盾して
いる面がないと正確な認識とはならないので
はないか。だから例えば自国の産業が外国か
ら安い製品が流入していることで損害を被っ
ているから、関税を引き上げて自国の産業を
保護しなければならないとなると、その分野
では確かにそんなことが言える反面、別の分
野では逆のことが起こっていて、自国の製品
が外国に輸出されることで、輸出された先の
国ではその分野の産業が損害を被っているか
ら、ではその国でも産業を保護するために関
税を引き上げたら、お互いに利益と損害が相
殺されて、あまり効果がないどころか、関税
を引き上げることによって貿易が滞って、さ
らに製品の価格が上がって消費者に負担がか
かって景気が悪化する可能性が出てくると思
われるが、それでも物事の一面しかない見な
い人にとってはそうしたやり方が正しいよう
に思われるだろうし、実際にそうした措置を
行なってみて、何らかの効果が一時的に出た
ら、それが正しい判断のように思われるわけ
で、しかもその効果が永続しなければ、また
その反動から政策の見直しが行われるわけで、
そこに至るまでの間にそうした政策を推進し
ている側が民衆の支持を失って、別の政治勢
力がそれと入れ替わって政治的な主導権を握
るかもしれないし、結局何か偏ったことをや
ればその反動が出てうまくいかなくなって、
別のことをやらざるを得なくなるのかもしれ
ないし、そうやって絶えず事態が動いていく
のが、世の中の動向になるのではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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