文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2018.7.5 「価値の意味」

2018/07/06

 世界は単純な価値観で覆われているわけで
はなく、様々な価値が入り組んでいて、その
価値も相対的な価値であり、異なる価値の間
で優劣や高低の違いがあるのだろうが、それ
は絶対的な優劣や高低ではなく、その場の条
件次第では覆る可能性のある価値なのかもし
れない。そしてもちろんそれは人の意識が物
や情報やサービスに介在して得られる価値観
であるからには、人為的な価値であり、自然
から直接得られるわけではなく、法律などの
決まり事や制度として一定の動作を伴うもの
まであるだろうし、社会の中で生じている人
や集団の関係から価値がもたらされるわけだ
が、その中で人がより価値の高い物や情報や
サービスを求めるとしても、金銭的な価値を
持ったものは誰もが得られるわけではなく、
それ相応の金額を払える人でないと得られな
いだろうし、他の価値にしてもそれを得られ
る条件というのが、得られる人を限定するわ
けで、誰もが得られないから価値が高いこと
を示していたり、それ相応の努力を要するも
のからそれなりの運がないと得られないもの
まで、それを得られる条件によって得られる
人を限定するから、それに応じてそれなりの
価値を伴っているわけだ。そして基本的に価
値は希少であるほど高く、ありふれていれば
低くなるわけだが、たとえ希少であっても欲
しい人がいなければ価値は生じないだろうし、
ありふれていても欲しい人が多ければそれな
りの価値を持つわけで、そういう意味で人の
心理状態や多くの人がそれを欲しがるような
社会情勢も影響してくるのだろうが、そこに
は需要と供給の関係などの経済的な仕組みな
ども関与してきて、そこに至る様々な経緯や
成り行きから相対的に価値が変動する場合も
含めて、それが価値を持つに当たっては一定
の理屈があったりなかったりすることから、
偶然の巡り合わせも絡んでくるだろうし、価
値に関しては説得力を伴うような理論的な模
索はあまり意味を持たないだろうが、そんな
中でも相対的に変動の少ない普遍的な価値を
持つものを求めるような傾向もなきにしもあ
らずだが、人が意識している限りでの世界に
は様々な価値を担った物事がひしめいている
ように感じられるなら、特定の価値を求めて
も他にも様々な価値があるわけだからそれだ
けでは不十分に思われるだろうし、だからと
言って全ての価値を求めるわけにはいかない
し、結局はたまたま関係を持つことになった
価値観の中で、得られる可能性のあるものを
求めようとすることしかできないだろうし、
だから人には常に不十分で不完全な価値を追
い求めている実態があるわけで、現実に全て
を得られるはずがないから、実際にその中の
いくつかを得られたことで満足しなければな
らなくなるわけで、人の価値を求める衝動と
いうのも、常に渇きや不満を抱いているよう
な相対的な水準にとどまるしかないわけだが、
それでもその場の成り行きから何らかの価値
を得ようとしていることは確かで、それが他
人と競合すれば、場合によっては獲得するた
めに戦うような成り行きも生じるだろうし、
あからさまな戦いではなくても、絶えず何ら
かの競合関係になる可能性が高いわけで、人
が社会の中で存在している限りは、特定の価
値を求める動作が生じて、しかも価値という
のは多くの人が求めるほど高くなるわけだか
ら、そこに多くの人が価値を求めて競い合う
状況が必ず出現するわけで、それが社会の中
で生じる特有の現象となるわけだ。

 社会の中で不均衡や不平等が生じるのは、
そうした価値の奪い合いが起こるからで、人
や集団の間で価値をめぐる競合関係が生じる
から、そこで価値を手に入れる人と手に入ら
ない人が生じれば、結果的に格差が生じるわ
けだが、それは当たり前の成り行きでもあっ
て、競合関係にある全ての人が価値を手にす
ることができれば、そもそも競争自体が無意
味となってしまって、社会の理想状態とはそ
ういうことかもしれないが、それはありえな
いことでもあり、目指すべき状態がありえな
い状態だとすれば、それは達成不可能な状態
だとも言えるだろうし、それを達成しようと
すること自体が、そもそもの間違いであるこ
とは言うまでもないことだが、やる前からそ
んなことまで考えないだろうし、実際に競合
関係にある人たちはそんなことまで考えてい
ないし、とにかく価値を獲得するための競争
に参加するわけで、実際にその中からそれな
りの価値を獲得する人が出てくる一方で、獲
得できない人も大勢出てくるわけで、しかも
どちらかといえば価値を獲得できる人が少数
であれば、獲得できない人は多数となり、そ
んな結果を踏まえながらも少なくとも競争に
参加する人たちは、そこで行われる競争を肯
定するだろうし、競争に敗れた大勢の人たち
も、結果には不満を抱くだろうが、競争自体
は肯定せざるを得ないだろうし、そこから格
差が生じている実態も肯定せざるを得ないは
ずだが、実際にそこで人が大勢生きている事
実があるわけで、生きていて生活している限
りで、何らかの糧を得ているわけで、それが
価値のあることだとは思えないかもしれない
が、価値に優劣や高低があるとすれば、より
劣った価値や低い価値があるということだろ
うし、全ての人が何らかの価値を獲得できる
と考えれば、少なくとも人が生きている現状
がある限りで、人は何らかの価値を獲得して
いて、現状に不満を抱いている人や自らの存
在に否定的な意味や意義しか見出せない人に
は、相対的に劣った価値や低い価値がもたら
されているとみなしても構わないのではない
か。その一方でより高い価値の獲得をめぐっ
ては熾烈な競争が起こっていて、それを手に
入れる人がほんのわずかしかいないから、当
然のことのようにそうした価値は希少価値と
なるわけで、そうした希少価値を担うような
物事は世の中にほんのわずかしか存在しない
だろうし、その反対に誰もが手に入れられる
ような低い価値を担った物事はありふれてい
ることになるわけだが、それでもそうした価
値を手に入れていることが実際に生きて生活
していることだとすると、現状で生存してい
る人が多いほど、価値を手にしている人も多
くなり、それだけ価値を担った物事も世の中
に多く存在していることになるのかもしれな
いが、果たしてそうしたより劣った価値や低
い価値を獲得するための競争が起こっている
のかというと、たぶん大半の人は気がつかな
いかもしれないが、一応は競争が起こってい
て、それが目に見える形で起こっているのが
移民という現象なのかもしれず、貧しい国か
ら豊かな国へと移動しようとする人がいると
いうことは、豊かな国で暮らしている人にと
ってそれはありふれている低い価値だとして
も、貧しい国で暮らしている人にとってそれ
は希少な価値であり、場合によっては命を落
とす危険を冒してでも手に入れたい希少な価
値だと感じられるわけで、そうした価値を担
うのが移民先の豊かな国で暮らすことになる
のではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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