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彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2018.6.17 「失敗することに成功すること」

2018/06/18

 対立を止揚するというのは、方便としてよ
り高い次元での合一を目指しているのかもし
れないが、もちろんそれは方便ではなく実質
的にもそうであるべきなのだろうが、その実
態には両義的な意味合いがあり、元から対立
していないものを対立しているように捉えて
いる可能性まであるだろうし、止揚を目指す
以前に、人には元から両義的な立場や姿勢が
あり、それが良い方にも悪い方にも受け取れ
るような活動とともに成り立っていて、何ら
かの立場や姿勢を伴った人の存在というのも、
無色透明な存在というのではないだろうし、
人にも物事にも様々な方面から作用を及ぼさ
れるその場の状況によって、独自の味付けが
施されていて、それは一概に理路整然とした
論理や法則では説明しきれない立場や姿勢を
伴っていて、確かにそこで様々な人や団体が
対立関係にあるとしても、それを部分的に捉
えて対立を強調するのが、宣伝や煽動などで
はよくあるやり方かもしれないが、その部分
的な捉え方というのが、そう捉える人の都合
を反映していて、確かにその人の都合が他の
人の都合と一致していれば、その限りでは共
感や同意や支持を得られるかもしれないが、
都合が一致していなければ疑念を持たれるし
かないだろうし、それも立場上の違いと割り
切ってしまえば、それで済んでしまうような
ことにはなるだろうが、その人の立場やその
人が置かれた状況や境遇の中では、それでは
済まされない場合があり、表向きは対立を装
いつつも、できれば裏で交渉を行うような成
り行きへと持って行きたいわけで、その辺を
うまくごまかせれば、対立を装いながらも、
対立しているつもりの相手からうまく譲歩を
引き出せるのかもしれないが、状況が変われ
ばそうもいかなくなってきて、後ろめたさを
引きずりつつも裏交渉などでお茶を濁すので
はなく、表から正々堂々と話し合いを行うよ
うな成り行きとなるわけで、実際にそうやれ
ば状況が変わってきたことがはっきりするし、
そうした状況の変化に応じていち早く新たな
交渉のやり方を確立できれば、その場の主導
権を握れるだろうし、自らの主導の下に話を
進められるわけだが、だからと言ってそうす
ることに何のメリットがあるかというと、た
ぶんメリットとか利害とかがはっきりしない
場合があるだろうし、実際に従来の枠組みに
とらわれている人にとっては、何のメリット
も感じられないだろうが、そうした場合にも
ただ事を前に進めることが成り行きとしては
求められているわけで、それが何になるわけ
でもないだろうが、とりあえず目先の利害を
超えてやらなければならないことがあって、
それがこう着状態を打開することであり、打
開したところで何が起こるとも限らないが、
そのような事の推移を感じ取っている人なら
ば、それを進めたくなるのではないか。要す
るにそこで機が熟していることを感じ取って
いるわけだろうし、それを行うターンが自分
の回ってきたのだから、先のことなど心配す
るまでもなく、やってみるのが正解だと思い
たいだろうし、実際にやってからでないと何
が起こるかわからないようなことは、どう考
えてもやってみるべきだと思うのが普通の感
覚であるし、そこで従来からの枠組みにこだ
わっていると、やる機会を逃してしまうだろ
うし、ともかく機を見るに敏な人なら、絶好
の機会を逃したくはないだろうし、それが絶
好の機会かどうかもわからないような段階で
決断しないと、やはり機会を逃してしまう危
険性があるだけに、そういうところで前例に
とらわれない蛮勇が求められているのではな
いか。

 もちろんそんな機会に恵まれない人が世の
中の大半を占めているのかもしれないが、た
ぶん人それぞれに決断を求められる時がやっ
てくるのであり、中にはそれに気づかなかっ
たり、気づいていながらも諸般の事情から現
状を維持するような選択を迫られたり、そう
いうところから人の運命は分岐していくのだ
ろうし、それらのどれが正解だとも言えない
場合もあるのだろうが、そこで何かに導かれ
てそうなっていくとしたら、人がその後どん
な運命を辿ろうと、他の人にはどうというこ
とはないのかもしれず、縁のない人には関知
しないことの方がはるかに多いだろうし、社
会の中で誰かと誰かが何らかの関係を結ぶ場
合の方が稀な出来事かもしれないが、それで
も思いがけないところから関係が生じてしま
うのだろうし、それが人の意志ではどうにも
ならない成り行きであったり、どんな関係と
なるかは人には制御できないことなのかもし
れず、その場の偶然の巡り合わせに左右され
るとすれば、それは他の様々な方面でもそう
なのであり、確かなことはあまりわからない
ような成り行きの中でそうした出来事が起こ
っていて、その場の状況に対応しようとする
のにも限度があって、対応しきれないことも
いくらでもあるだろうし、ちゃんと対応して
いるつもりがそうでもないことも多いだろう
し、そうした面で個人の能力にも集団として
の活動にも限界があることは確かなところだ
ろうが、曲がりなりにもそれなりに対応しよ
うとしていることも確かであり、それに関し
てはたとえお粗末な対応しかできなかったと
しても、それはそれで仕方がないだろうし、
そうした個々の対応からもその後の成り行き
が分岐していくのだろうし、人によっても集
団によっても状況への対応の仕方や対応力の
程度に応じて、それなりの運命が待っている
わけだが、うまく対応できたからといって満
足のいく結果が得られるわけでもなく、お粗
末な対応しかできなかったとしても、結果オ
ーライな面も出てきて、そこで人や集団が望
んだ通りの結果が得られても得られなくても、
それぞれにその後の成り行きが続いていくだ
ろうし、いくらその場で得られた結果の良し
悪しを評価しようと、そうした評価とは別に、
それぞれに異なる偶然の巡り合わせも生じる
だろうし、そうした状況下で起こる成り行き
には、公平だとか正当性だとかとは無関係な
不平等で不均衡な運命が待っていて、それを
どう捉えても正当化できないことが行われて
しまうわけで、それはその場で正当な評価基
準を求めようとする意志を絶えず裏切るよう
に事が進行してしまうのではないか。だがそ
うだとしても絶えずその場の状況に対応した
正当な評価基準を求めようとする欲求が減じ
るわけでもなく、状況を批判的に評価しよう
と向きには正当な評価基準が必要とされるし、
そうでないと何が正しく何が間違っているか
について、筋の通った意見や主張を述べられ
なくなってしまうだろうし、現状の中で起こ
っている現象や出来事について正しい理屈を
交えて説明しようとする欲求がなくなること
はないのだろうが、そうした批判を行いたい
人たちは、そこでどうすればいいかについて
正しい答えを提示したいわけで、こうすれば
正しい行為や活動となるが、現状で主導権を
握っている人たちはそれをやっておらず、だ
から間違ったことをやっていると批判するの
だろうし、それがその場で主張できる正しい
批判のあり方となるわけだろうが、そうだと
しても正しい行いをやったからといって、満
足のいく結果がもたらされるわけでもないだ
ろうし、かえって間違ったことをやっている
から状況が安定しているとも言えるわけで、
しかもそうした安定こそが批判すべき状況な
のかもしれないが、現状で主導権を握ってい
る勢力からすれば、状況が安定していること
が現状の維持には欠かせない条件であったり
するわけだ。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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