文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2018.6.7 「活動の実態」

2018/06/08

 政治活動の現状で目立ってきていることは、
現状が政治的な理想からはかけ離れた状況に
は違いないが、そもそも政治的な理想の中身
がわからなくなってきているのかもしれない
し、そうなっている時点で現状を理想に近づ
ける努力が放棄されているだろうし、そうで
あるなら実質的にやることが何もないのかも
しれないし、何が理想なのかわからないのだ
から、それ自体が意味のないことなのかもし
れないが、とりあえず敵対していた者同士が
敵対関係ではなくなるにあたって、何らかの
取引や交渉が行われなければならず、それに
よって少しでも合意が形成されれば国家同士
の緊張緩和に結びつくのだろうし、そうやっ
て国と国との関係が平和な状態に近づけば、
それが理想に近づくとみなしても構わないだ
ろうが、ある面ではそうであっても別の面で
は敵対関係を煽り立てるようなことをやって
いるのだから、その差し引きでそんなに理想
状態に近づいているわけではないだろうし、
そうした面で利害関係が複雑に入り組んで錯
綜しているのが、国と国との関係であるだろ
うし、それに伴って経済面でも軍事面でも様
様な対立や軋轢が生じているわけだろうが、
そうした中で少しでも自国を有利な状態へと
導くには、敵対関係を止めるところと逆に敵
対関係を煽り立てるところで、別々の対応を
するような成り行きになるらしく、そうやっ
て結果的に自国が有利となるような状況に持
って行きたいのだろうが、そんなことをやっ
ていること自体が何でもないことである可能
性があるだろうし、結果的に当事者たちには
何かやっているように思われるが、実質的に
どちらが有利でどちらが不利になるわけでも
ないのかもしれず、ただそうやって政治活動
が成り立っている範囲内では、それなりに事
がうまく運んでいることになるわけで、しか
もそうした当事者たちの思惑とは別に、現状
が何らかの傾向を示していることも確からし
く、たぶんそれが政治活動の形骸化なのかも
しれないし、何かやっているつもりの人たち
からすれば、実質的に活動を行なっているわ
けだから、自分たちの行なっていることが形
骸化の兆しを見せているとは到底思えないだ
ろうが、もしかしたらいつの時代でもそうな
のかもしれず、政治活動を行なっていくと絶
えず行き詰ってくるわけで、それが根本的に
不要な行為とは言えないにしても、行政活動
に付け足されたのが政治活動であり、民衆の
支持を背景にして行政をコントロールするた
めに政治活動を行なっているわけだが、逆に
行政の官僚機構のコントロール下に置かれて
いるのが現状で、実質的に官僚機構の利益を
害さない限りで政治活動が行えるわけだが、
それが何を意味しているわけでもなく、特に
気の利いた理念を持ち合わせているわけでも
なく、筋の通った主義主張を持ち合わせてい
るわけでもなく、ただメディアを使って民衆
のご機嫌取りや人気取りを行なっていれば、
それなりに勤まるような職業かもしれないが、
議会の議員や行政の長になるには、それなり
の手続きを経ないとなれないから、普通の一
般人がなれるような地位や立場ではないだろ
うし、世の中の制度や慣習などの相互作用の
中でうまく立ち回る必要も出てくるだろうし、
少なくとも民衆の支持を取り付けなければな
らないから、そういった方面では好き勝手な
ことはできないし、やるべきこともおのずか
ら定まってくる傾向にはあるわけだ。

 そしてその定まっていることというのが、
行政活動の結果として宿命的に生じる財政赤
字の削減なのかもしれないが、もちろん政治
が行政のコントロール下にある時点で、赤字
の削減はうまくいかないのだが、そうなると
赤字を削減するのではなく、経済を活性化さ
せて黒字を出して、それとの相殺によって赤
字を減らしていくという難しい選択を迫られ
るわけで、しかもそうなると税収を上げる一
方で、さらに民衆の人気取りのためには減税
を行う必要も出てくるだろうし、減税を行い
つつも経済を活性化して税収を増やして財政
赤字を削減する、という無茶なことをやらな
ければならなくなるのだから、そんな都合の
いいことが実現できるわけもないだろうし、
そういう試みは破綻するしかないわけだが、
それでも破綻を隠す必要も出てくるだろうし、
結局は財政赤字などいくらあっても大丈夫だ、
と強弁するような政治宣伝までメディアを通
じて流布されるようなことにもなり、そうし
たところから政治に対する不信感が募ってく
るわけだが、たぶん原発事故でなくても、社
会的なシステムは人為的なコントロールが利
かない面があって、その代表格が行政機構だ
と言えるのかもしれず、放っておいてもおか
なくても財政赤字が嵩んでいくシステムであ
り、そうやってうまくいかなくなる面がある
にしても、それでも普通に成り立っているわ
けだから、確かに財政赤字などいくらあって
も大丈夫な面があるわけだが、その合わない
帳尻にいつリセットをかけるかで、政治と行
政の間で責任のなすり合いのようなことも起
こるのだろうが、いつの間にかなかったこと
になってしまうのかもしれず、どうしてそう
なってしまうのかは、普通に考えてごまかし
でしかないわけだが、最終的には何らかの負
担が民衆にのしかかってくるにしても、それ
でもどうということはないだろうし、何事も
なく自体が推移するはずもないが、少なくと
もこれまでは世界各国ともに何とか乗り切っ
て現在に至っているわけだから、今後もそう
なってしまう可能性が高く、結局のところ問
題は財政的な均衡という部分ではなく、物資
が生産されて流通して販売されて消費されて
いる実態がある限りで、民衆の生活が成り立
っているわけで、しかもある一定レベルの人
口が確保されていれば、国家としての形態が
維持される傾向にあるだろうし、どのような
経済状態であっても、人が生きて生活してい
るということは、それに伴って何らかの経済
活動が成り立っていることを示していて、人
が生活していく中で不満を抱いていようと満
足していようと、生きていくだけの糧を得て
いる状態であれば、それによって生きて行か
ざるを得ないだろうし、そういうところで政
治や行政に対していくら不満を抱いていても、
経済活動に絡んで日々行っている労働をやめ
るわけには行かないだろうし、たとえストラ
イキを行うにしても一時的なことでしかない
だろうし、それはどのような政治勢力が政権
を担っていても滞りなく行われることなので
はないか。そしてそうした営みは実際に政府
が財政破綻してもそれとは無関係に行われる
だろうし、経済状態が思わしくない時でも、
失業者が大量に発生しても、それなりに続い
ていくわけだから、経済活動が全く行われな
くなるわけではなく、そういう部分では公の
政治とは無関係な面もあるのではないか。要
するに政治活動によって制度として何を決め
たとしても、労働活動そのものが成り立って
いる実態がなくなるわけではないだろうし、
ただその内容に多少の変更が加わるに過ぎな
いわけで、その変更された内容が不満であれ
ば反対運動でも行う成り行きになるわけだ。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
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