文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2018.6.4 「神の祟り」

2018/06/05

 たぶん現状の世の中から得られる印象は、
世論という決まり切った表現とは違うように
感じられるし、それは同じような意味の民意
でもなく、特定の政治的な主義主張とも無縁
な実態かもしれず、その大半は公的な政治の
領域とは無関係であっても、実際に人々がメ
ディアから受け取っている情報の中身が、情
報発信者の政治的な思惑が絡んでいる面が大
きいのかもしれず、人々の興味を引くような
情報を、わざと特定の方向へと誘導するよう
な強調や変形を施しながら伝えようとしてい
るわけで、そうした内容を真に受けている人
は少数でしかないかもしれないが、そうした
人たちが騒ぐリアクションが社会の中にこだ
まして反響するわけで、それが世の中の印象
を決定しているように思われてしまい、実態
としては特に大げさに騒ぎ立てない人が大多
数を占めているにも関わらず、目立つのはい
つも決まってリアクションとしてわざとらし
く驚いたり感動したりするごく少数の人たち
によって仕掛けられる、世の中の世論とも民
意とも言えないような反響の類いに引っ張ら
れて、微妙に偏向した方へと振れてしまって
いる実態かもしれないが、それも印象のレベ
ルでそうなっているだけで、実質的にはそん
なことには無関心な人たちが大多数を占めて
いるはずなのだが、メディアがもたらす印象
としては相変わらずの過剰な宣伝と煽動の体
質には変わりないわけで、そんな実感と印象
の間で生じている微妙なずれをどう表現した
らいいのかわからず、戸惑うばかりというわ
けでもないにしても、何か微かな虚構感とで
も言うべき、紋切り型的な言葉とリアクショ
ンが醸し出す冗談のような感覚とともに、リ
アクション専門の人たちが騒いだ後に残る残
滓のような反響に、多くの人々の意識がつき
まとわれているのではないか。たぶんそれら
の人たちが思惑として抱いている方向に多く
の人々が誘導されていることは確かかもしれ
ないが、それも大半の人たちは冗談を真に受
けていないわけで、むしろ誘導されているふ
りを楽しんでいるわけではないにしても、お
約束のリアクションに安心しきっていること
は確かかもしれないし、ああまたやっている
ぐらいにしか思っていない人がほとんどであ
るにも関わらず、それを伝えるメディアとし
ては伝えるのが仕事であるからには、冗談半
分では済まないわけで、ちゃんと伝えようと
しているはずなのだろうが、元の内容がお粗
末なだけに間が持たないことに関してはどう
にもならないわけで、どうでもいいようなこ
とにこだわっているように見えてしまったり、
こだわらなくてもいいようなところに執拗に
こだわっている割には、肝心なところがしど
ろもどろになってしまっていたり、何かちぐ
はぐな印象しかもたらせないような成り行き
となっているのかもしれず、すでにそうなっ
ている時点で、これさえ語ればいいような確
かな基準がないわけで、その場の状況に巻き
込まれながらも、何を語ってもそれが物事の
本質だとは思えないようなことを選んで取り
上げているように見えてしまうわけで、しか
もそうした報道に対するリアクションが、尾
ひれのようにこだまして社会の中に反響して
しまう事態となってくると、どんなに枝葉末
節で大したことはない話題でも、とりあえず
真剣に傾聴しているふりをしなければならな
いという同調圧力に屈してしまうわけだ。

 そうだとしてもこれまでの延長上で成り行
きが構成されているのだから、それほど奇異
な印象はもたらさないわけだが、ともかくこ
れまで通りに事が推移してもらわないと困る
人たちが、世の中の主導権を握っているつも
りになっているはずで、そうした人たちの主
導によってリアクションのこだまが反響して
いるはずだし、特にそれが耳障りな騒音だと
は思えないだろうし、どちらかといえば心地
よい響きだと感じている人たちがリアクショ
ン芸を演じているわけだろうし、またどこか
らともなく事情通を装っていかにも自分が見
てきたふうな物言いに終始して、枝葉末節な
ことを大げさに語り出す人もメディア経由で
騒ぎ始めるわけだが、リアクション芸人たち
がそうした語り部の応援団を形成している場
合もあって、それらと連携してこだまを作り
出しているのだろうが、それが多数派を装う
少数派でしかないだけに、それ自体が貧相な
こだまでしかないわけで、そこから逆らえな
いほど強力な同調圧力が生じているわけでも
ないのだろうが、なぜか善意の連帯を示した
い人たちもそれなりにいるわけで、そしてそ
うした人たちを中継基地局として、リアクシ
ョンのこだまが世の中に広がっていくように
感じられるわけだが、それらのこだまの一つ
一つが取るに足らないたわいないものであろ
うと、それらが一斉に鳴り響けば、それなり
に他の人たちを動揺させるほどの威力を持つ
のかもしれないし、実際に話題となってメデ
ィアを振り向かせるほどの力を持つわけだか
ら、ほとんどの人たちにとって無視できない
出来事であるはずなのだろうが、だからと言
って自分たちも一緒になってリアクションを
演じる気にはなれないだろうし、実際に同調
してリアクションをやっているのは限られた
人たちのはずなのだが、大勢でやっているよ
うに装われていることは確かだし、そうした
拡声器の役割を果たしているのが、SNSな
どのネットメディアであることも周知の事実
だろうし、中には嬉々としてそんな役回りを
演じているつもりになっている人も一人や二
人では利かないはずで、実際にそんな善意の
連帯を示している中に入ってしまうと、おび
ただしい数の大勢の人たちで同じ動作を行な
っている気にもなるわけで、それはそれで大
掛かりなパフォーマンスだと捉えても差し支
えないわけだろうが、何かそういう心境にな
るのが一種のステイタスとは言い難いが、そ
ういうところで微妙に連帯感が生じてしまっ
て、肯定的な達成感とともにそういうことを
やっているのが、一種の流行現象のような按
配になっているから、余計に重要なことのよ
うにも思われるのだろうが、実際にはリアク
ションでしかないわけで、空疎な反響として
のこだま現象であり、それ以上の意義も価値
も伴っていないだろうし、その場で消費され
てしまう類いのパフォーマンスなのだから、
大方の見方とは違ってそれが何につながるわ
けでもないのかもしれず、そうした流行が過
ぎ去って下火になってくれば、すぐに関心が
薄れていってしまう類いのものでしかないだ
ろうし、いつまでもそれを引きずっていって
も無用の長物となってしまうだけで、かえっ
てさっさと忘れてしまった方が後遺症も残ら
ず健康に暮らしていけるだろうし、それで構
わないわけだが、やっている当人たちはそれ
なりに真剣にやっているのだろうから、そう
いう実態に関しては、わざと小馬鹿にするほ
どのことでもないのかもしれないし、触らぬ
神に祟りなしと捉えておくべきかもしれない。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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