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彼の声

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彼の声 2018.6.3 「制度的な認識」

2018/06/03

 現実の世界の中で実質的に政治の場におい
て何が行われているかというと、普通に考え
ればそこで何らかの交渉が行われていること
になるだろうが、行政活動と重なる部分があ
るだろうし、政治と行政とは融合して捉えら
れているのいるのかもしれないが、交渉して
協議して方針や行うべきことを決定していく
中で、必ずしもそうした行為が実を結ぶとは
限らず、うまくいかない場合も多いだろうが、
そこで決定したことが実行されたりされなか
ったりもする中で、そういうことに関して一
般の民衆が直接支持を表明するわけでもない
だろうし、ただ世論調査などでは支持する割
合が統計的に導き出されるわけだろうが、そ
ういった調査結果がメディア上に示されて、
何やら国政の主導権を握っている政治勢力の
支持率が示されたりするわけで、それに関し
て一般の民衆がどう捉えるとしても、それ以
前にメディア上でそれに対する見解も示され
ているだろうし、そうしたことが様々に入り
組んでいる中で、政治や行政などの活動で公
平さや公正さから逸脱するようなことが行わ
れると、実際にメディア上で批判的な論調が
見受けられるようにもなるわけだが、だから
と言ってそれ以外は何もやっていないわけで
はなくても、メディア上で政治に関して何も
語られなければ、一般の民衆が支持するだの
しないだのに関して判断材料がなくなってし
まうわけで、すでにそうなっている時点でメ
ディア上で語られる政治に関する意見から、
一般の民衆の民意を反映していると言われる
世論が少なからず影響を被っているわけで、
そうしたことを考慮すれば、一般の民衆が政
治に関してどう捉えているとしても、メディ
ア上で示される捉え方に倣った捉え方になら
ざるを得ず、それの良し悪しがどうだという
わけでもないだろうが、それ以上に何か新し
い政治に関する捉え方が編み出されるわけで
もないだろうし、大抵は紋切り型的に公平さ
や公正さから外れる行為に対して批判が加え
られるだけであり、それ以上ではないだろう
し、そしてなぜそうした行為が行われようと
するのかといえば、第一にそれは国家的な利
害関係からそうした行為が行われるわけであ
り、自国を有利に導くやり方がしばしば公平
さや公正さを欠いた行為となるわけで、それ
に対してメディア上で批判がなされるわけだ
が、それが国家主義的に自国の利益を求める
やり方に合致すれば、そうした主義主張に関
して功利的な見地から支持するような態度も
生まれるだろうし、そこで行政の利益と企業
の利益と一般の民衆の利益が合致しない場合
が出てくると、行政の側の立った見地と企業
の側に立った見地と民衆の側に立った見地か
ら、それぞれに批判したり擁護したりする意
見や主張が出てくるわけで、果たしてそうし
た特定の立場に基づいた主張に正当性がある
のかというと、それぞれの立場から見れば確
かに正当性を強調できるわけだが、一方でそ
れぞれに重なる部分も交わる部分もあるわけ
で、そうした立場がはっきりと区別されるこ
と自体に正確さを欠いた面もあって、また国
家の利益が民衆の利益に直結しているような
捉え方にしても同じように正確さを欠いてい
る面も出てくるし、どちらにしてもうまく辻
褄が合うような捉え方ができないだろうし、
そういったところで主義主張が公平さや公正
さからずれてくるようにもなって、結果的に
整合性を得られないことにもなるわけだが、
たぶんその辺で政治的にもうまく正当化でき
ないような状況になってくるのではないか。

 そういうところで様々な立場から利害がぐ
るぐる堂々巡りするような状況になってくる
としても、相変わらず特定の立場に固定した
主義主張がなされて、そういうことを主張し
ている人たちにとってはその立場が固定され
たものだと捉えられていて、それがフィクシ
ョンではないことが主張されるわけだが、そ
うした立場の虚構性に関しては、正確なこと
は言えないだろうし、ただそれ以外の言える
ことはいくらでも言える状況があって、主張
している対象としてはっきりした立場あると
信じられてしまうと、その辺で矛盾や食い違
いを無視して正しいと思われるような意見が
述べられてしまうわけで、そう述べることが
できるからそれはそういうことになってしま
い、それで構わないという認識がそういうこ
とを述べている人たちの間で共有されている
限りで、それは正しい意見とみなされてしま
い、それに対する疑問や反論をあらかじめ禁
じるような成り行きにもなるだろうし、そう
したところから特定の立場に固定した意見を
述べることにこだわりながら、そうしたやり
方に疑問すら抱かない議論が当然のこととし
て世の中に流通してしまうわけで、そうした
意見や主張が依拠している立場が根本的に不
安定であることが忘れられてしまうわけだが、
自らの立場を正当化する限りはそれで構わな
いとみなすしかないだろうし、自らの立場に
疑問を感じない限りは、実際に正当化できる
だろうが、そんなことを主張している自らの
立場が固定されていないことに気づいてしま
うと、途端に主張や意見に説得力がなくなっ
てしまうわけで、どんな社会的な立場も常に
可動的で、自らが占めている立場が未来永劫
固定されているなんて、普通に考えてありえ
ないわけだが、とりあえず主張や意見を正当
化するにはそうした主張や意見を述べる上で
依拠している立場を固定化しないと、はっき
りしたことは何も述べられなくなってしまう
だろうし、そこに社会の中で固定的な地位を
占めるような立場が設定されていないと、そ
の人の存在が何らかの権威として機能しない
わけで、そして権威とならないとメディア上
で発言する特権が付与されないだろうし、そ
うした特権があることを一般の民衆が信じな
いと、世論の元となる紋切り型の意見を述べ
る立場の人が存在できなくなってしまうわけ
だが、民主主義の理想を実現するならそんな
権威的な存在自体がいらない制度となるべき
かもしれないが、実際にそうであるとしても
そこに制度的な矛盾があるわけで、人々の代
表者として特権的な地位や立場を設定して、
そうした代表者を選挙などで選ばないと制度
として民主主義が機能しないわけで、選挙で
選ぶならまだしもメディア上で意見を述べる
人たちが選挙で選ばれているわけではないし、
そうした役割を担う人たちが人為的にそうし
た立場を占めるわけで、それは著名人を必要
とするメディア的な宣伝や煽動の結果として、
そうした役割を担った人たちが出現してきて、
さらにそうした著名人の中から選挙で選ばれ
て議員になる人も出てきて、そうした成り行
きが半ば制度化するような事態になってくる
と、そういう成り行きを経ないと選挙で当選
すらできないような事態にもなってきて、何
かそれが民主的な公平さや公正さを欠いた実
態ともなってくるわけで、それでもそこに民
衆を満足させるようなメディア的な宣伝や煽
動が行われているわけだから、そうした成り
行きを当然のことと思われるような風潮が世
の中に蔓延していれば、そういう成り行きに
疑問も疑念も抱かないようなことにもなるわ
けだが、そもそもそれが現状を反映した制度
的な仕組みとなっているあるわけだから、そ
れの良し悪しに関しては特にどう捉えること
も評価することもできないのかもしれない。
 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
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