文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2018.5.31 「対立と協調の狭間で」

2018/05/31

 現状の世界から何か同じような傾向が読み
取れるとしても、それが何を意味するのかは
誰にもわからないことではなく、放っておけ
ばそこから恣意的な解釈とともに、そうした
解釈にとって都合のいい意味が導き出されて
しまうところだろうが、どこの国にも自国を
自画自賛する国家主義的な思想が蔓延してい
るのかもしれないが、それにしてもそれ以外
の思想というのがないのかもしれず、現状で
は自国を自画自賛する思想以外はいらないと
いうわけではないだろうが、そもそも思想と
は何かというと、物事に対する考え方の中で
ある特有の傾向を示すものだろうが、それが
思想として一括りにできるまとまった考え方
というのが、社会の中で生きていく上で必要
かといえば、人が生きていくうちにそうした
考え方が次第に意識の中でまとまってくるか
もしれないが、それが他の立場や境遇の人に
も通用する考えとなるかは、その人の立場や
境遇によって異なるのかもしれないし、そう
でなくても世の中には様々な物事についての
考え方や捉え方があって、そのようなものが
特に普遍性を持たなくても構わない場合もあ
るだろうし、そういう面で人それぞれで異な
る思想があっても構わないのかもしれず、そ
ういったものは思想とは呼べないのかもしれ
ないが、何かまとまったものではなく分散し
た思想というもありなのかもしれず、固定観
念には至らないようなその場その時に対応し
た動作が引き出されればいいわけだが、やは
りそれに関しては一定の動作基準といったも
のを想定してしまいがちだろうが、そうした
基準として倫理とか良識とかが含まれるとわ
かりやすいが、たぶんそうではなく、そうか
と言って功利的な利害関係が判断の基準とな
るわけでもなく、何か価値を分散させるよう
な動作が必要なのかもしれず、それも脱イデ
オロギーといったあからさまな反対概念では
なく、様々な人々が特定のイデオロギーに凝
り固まっているとしても、それを形骸化させ
るような作用が期待されているのかもしれな
いし、実際にそんなことが可能なのかという
と、少なくともそれ以前に現実の利害関係を
直視することが必要であり、しかもその利害
関係から対立を形成するのではなく、それと
は別の水準で働いている利害関係を発見する
ことが肝心であり、そうやって世の中には様
様な水準で利害が錯綜している現実を理解し
なければならないわけだが、そこで特定の利
害関係だけを強調するのではなく、あらゆる
利害が錯綜しているわけだから、そうした利
害の水準で妥協や調整を行なっていく必要が
あるのだろうし、またそんなことを行わなく
ても自然に妥協や調整が図られる成り行きに
なっていくのかもしれず、そうした成り行き
を重視しなければならないだろうし、なるべ
く対立を煽らずに利害が対立する者同士で話
し合いが行われる成り行きを促進する必要が
あり、そうした成り行きを促進させることが
特定のイデオロギーに凝り固まるような動作
を緩和させるのではないか。もちろんそれと
は逆の対立を煽り立てて争いが激化する方向
で利益を得ようとする画策も出てくるのだろ
うが、そうした画策を未然に防ぐ上で価値の
分散を促進させる必要があるのかもしれず、
何らかの価値観に凝り固まるような動作をは
ぐらかすには、選択や可能性の多様性を提示
すべきだろうし、凝り固まらなくても生きて
いける可能性を明らかにしなければならない。

 そういう意味で一定の動作や思考を促す思
想というのはいらないのかもしれないし、放
っておいても一定の動作や思考に凝り固まろ
うとする傾向があるわけだから、それは社会
の仕組みや構造からそうした傾向になりがち
な作用や影響が生じているということだろう
し、人々がそうなってしまうのを自覚するよ
うに仕向ける必要が生じてくるわけで、それ
を自覚してもなお凝り固まろうとするかとい
うと、それを意識するとかえってそうなって
しまう自らを戒めるような動作が期待される
わけで、それが分散思考の効用となればいい
わけだが、なぜ一定の動作や思考に凝り固ま
ってしまうのがまずいのかといえば、世の中
の状況が絶えず変動しているのだからそれに
対応しなければいけないわけで、一定の動作
や思考に凝り固まっていると、そうした動作
に対応できないだろうし、対応できなければ
時代の変化から取り残されていくことにもな
りかねず、そうなってしまうと総じて不利な
立場や境遇に陥る可能性が出てくるわけだが、
そうした世の中の変化に対応する姿勢という
のが、そのまま流行に敏感になってそれを礼
賛するということではなく、それはそうした
皮相上滑りな傾向から一定の距離を保つとい
う意味で対応することだろうし、凝り固まる
でもなく流行に流されるでもなく、どちらに
も対応することが重要だろうし、その辺が理
解できない人が多いのかもしれないが、凝り
固まる傾向というのは逆に流行の中に凝り固
まることも意味していて、実際に多くの人が
凝り固まっている思想や主義主張というのが、
世の中の流行現象である可能性があって、そ
れが時代の風潮を示しているのかもしれない
が、それに対して状況の変化というのは、そ
うした思想や主義主張の限界をあらわにする
ような作用があるわけで、そうした流行によ
って世界で対立や軋轢が生じていて、それが
抗争や紛争の原因となっていること自体がそ
れらの思想や主義主張の限界を示しているこ
ととなり、そうした限界を対話や交渉によっ
て解決できるとは思えないが、とりあえず直
接の武力衝突を回避するにはそうしなければ
ならないだろうし、実際に武力衝突によって
内戦が慢性化した地域でも、こう着状態を打
開するために話し合いや交渉が持たれるのは
当たり前のことだが、現実にそうしたことを
やるのが状況への対応となるしかなく、そん
な世の中の変化に対応する姿勢というのが、
それ自体が世の中の変化を促していて、対立
を煽り立てるやり方では限界が生じるからそ
うしたことが行われる成り行きとなるわけだ。
そして話し合いや交渉の中でも対立する価値
観に凝り固まっていると、議論が平行線に終
始してこう着状態となってしまうだろうし、
それを打開するにはやはり様々な選択の可能
性を提示して、今までとは違うやり方や方向
性を取らないと、妥協や調整も不調に終わっ
てしまうだろうし、そういうところで現状か
らの脱却が図られるわけだが、その一方で頑
なに対立を維持したい勢力も存在していて、
そうした勢力は現状の対立状態から利益を得
ているわけだろうが、そうした勢力の宣伝や
煽動から影響を受けている人たちは、やはり
特定の思想や主義主張に凝り固まっているわ
けだが、果たしてそれがそうした人たちの利
益になっているかどうかはよくわからないと
ころで、実際に対立状況から利益を得ている
勢力がそうした人たちを利用して、世の中で
政治的な主導権を維持しようとしているわけ
で、結果的にそれらの人たちが利益を得てい
るというよりは利益を得ている勢力によって
利用されている面の方が大きいのかもしれな
い。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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