文学

彼の声

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彼の声 2018.5.30 「活動の多面性」

2018/05/31

 社会の中で何をやるにしても、何か目的を
持って活動すればわかりやすいのだが、例え
ばただ単純に金銭的な利益を求めているので
あれば、経済活動を行えばいいことでしかな
いだろうが、もちろん経済活動を行ったとこ
ろで商品が売れなければ金銭的な利益は得ら
れないだろうし、売るために絶えず工夫を凝
らさないと、競合する商品との販売合戦に敗
れてしまうことにもなりかねないし、それ以
前に商品を売るためには販売先を確保しなけ
ればならず、さらにそれ以前に売れる商品を
製造したり、何らかの手段を使って手に入れ
なければならないだろうし、そうした面を考
慮すれば商品を売って利益を上げるのは並大
抵な努力では難しいのかもしれないが、一方
ですでに売れている商品があって、売るため
の販売網も確保されていて、そうした物や情
報やサービスとしての商品の生産と流通と販
売と消費の経路が出来上がっていれば、当た
り前のように金銭的な利益が得られる仕組み
になっている場合もあるだろうし、何か活動
を行うにあたってそれを行う前提条件が整っ
ていないと、活動を行うことさえままならな
い場合があるわけで、そうした水準で制度面
が整備されているような場合には、様々な方
面からそれを行うにあたっての協力や連携関
係が構築されていて、確実に売れて確実に利
益が出るシステムになっているのかもしれな
いが、社会の全ての面でそうしたシステムが
出来上がっているわけではなく、ある面では
そうなっているとしても別の面では不確実で
あり、そういう面では売れるか否かはギャン
ブル的な傾向を伴ってくるだろうし、実際に
商品が売れずに利益をあげることもできず、
そうした事業から撤退を余儀なくされる企業
が続出しているような部分もあるのだろうし、
経済活動において利益を上げることは、それ
がうまくいっている面では容易に利益を上げ
ている実態もあるのかもしれないが、全ての
面でそうなっているわけでもなく、うまくい
っていない面もいくらでもあるだろうが、結
果的に地球上で人類が繁栄している状況を見
れば、ある程の規模の人員を養うことができ
るレベルではうまくいっていることを認めざ
るを得ないだろうし、それが良いか悪いかは
人によって判断が分かれるだろうが、金銭的
な利益を得ようとする目的で行われている経
済活動が、多くの人々の生活を支えている事
実は否定しようがなく、そういう面での功利
主義的な活動を礼賛するような人や団体が存
在しているとしても、それが合法的な活動で
ある限りは批判するわけにはいかないだろう
し、行き過ぎた利益の追求に歯止めをかける
上で、そうした活動を行うにあって良識や倫
理を重視するように求めることはできるだろ
うが、それが多くの人からの支持を得られる
としても、功利的な利益の追求との兼ね合い
において、そこで何を優先すべきかは活動を
行なっている当事者たちの自主的な判断に委
ねられていることも事実としてはあるのでは
ないか。また法律的な歯止めをかけるような
成り行きになるにしても、実際に弊害や問題
が発生してからそれに対応するような法整備
を行うにして、いつも対応が後手に回ってし
まう感は否めず、行政的には法律と制度によ
って経済活動をコントロールしようとしてい
るわけだが、それがどこまで有効に機能する
かは何とも言えない面があることも事実なの
ではないか。

 またそれがただ単に金銭的な利益を求めて
いるとは言えない場合も中にはあるだろうし、
広く解釈すれば社会貢献のような要素がある
と、何やら肯定的に評価されるような場合も
あるだろうし、一般の民衆に喜びや快楽を与
えるような活動だと幅広い支持を集める場合
もあるわけで、さらに直接商品を売買するよ
うなこととは少し違って、サービスや技術を
提供したりするようなものとなると、その料
金などの価格が妥当か否かよくわからなくな
ってくるだろうし、そうしたことをやってい
る側が暴利を貪っていても、実際に商売が成
り立っていて、それに関して誰も困っていな
ければ批判しようがないだろうし、そういう
面で金銭的な利益を求める活動には他にも様
様な要素が絡んできて、一概に金銭的な価値
だけから判断するわけにはいかないような場
合もあって、それだけが目的だとは言えない
場合には特にそこから肯定的な幻想なども生
じてきて、活動そのものの評価も一つの面か
ら評価されるようなものではなく、複合的な
価値が絡んでくるようなことになれば、どう
評価すればいいのかよくわからなくなってく
るだろうし、たとえ商売が順調に推移して利
益を上げているとしても、そのことだけで評
価されるようなことにはならない場合もあっ
て、そういうところで何をどう判断するかは、
評価する側の恣意的な好みから判断されるよ
うなことにもなるのかもしれず、そうなると
その評価自体が客観性や公平性の面で適切と
は思われない場合も出てくるだろうし、それ
だけはっきりしない不確実な要素があるのか
もしれないし、たぶんそうした面で説得力を
持つような評価となると、その方面での権威
となっている人などの評価に頼ってしまうこ
とにもなるのかもしれないが、そうした権威
主義的な傾向に疑問を感じているのなら、自
分自身で評価するしかないだろうし、たとえ
その評価が権威となっている人の評価とは違
ったものになろうと、自身の評価に関して信
じられる面があれば、何も確固とした揺るぎ
ない評価基準などを持ち合わせていなくても、
自らを信じるに足る確信があれば、自身の評
価を変えることもないわけで、そうした評価
を通して世の中の見聞を広めてゆけばいいだ
ろうし、たとえそうした面で誤りや過ちを犯
してしまっても、それはあくまでも途中経過
としてそうなってしまうのであり、後から間
違っているところは修正していけばいいわけ
で、そうやって試行錯誤を重ねながら徐々に
評価の精度を上げていこうとすれば、学んだ
分だけ身につくこともあるだろうし、それも
自らを活かす活動となって、単純な金銭的な
利益を求める活動とは違って、社会の様々な
面を学びながら判断に関して価値基準の幅を
広げていくのに役立つかもしれないし、結局
は何か特定の目的というよりは、自分で主体
的に活動していくことが生きることそのもの
となって、何かを目指すというよりは活動そ
のものを楽しむような傾向が出てくると、不
自然でおかしな凝り固まりにのめり込んでい
くような成り行きを避けられるのかもしれな
いし、できるだけ活動している途中経過の中
で可能な限り柔軟な対応を心がけるなら、極
端なまでに硬直した認識とは違った、様々な
要素が入り混じった中で様々な判断基準を考
慮した総合的な判断が下せるようになるだろ
うし、それでも現状に関するあらゆる評価の
中のほんの一部を表すにすぎないかもしれな
いが、それなりに可能な限り認識の様々な要
素を汲み上げることにも繋がるのではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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