文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

全て表示する >

彼の声 2018.5.28 「問題の核心にある空疎」

2018/05/28

 人は様々な成り行きの中で活動しているが、
自らのやっていることが妥当であるか否かを
判断する機会がそう頻繁に訪れるわけではな
いだろうし、そこに何らかの成り行きがあれ
ば、とりあえずその成り行きに逆らうわけに
はいかない場合が多いだろうし、成り行きに
従いながらやっていることが結果的に倫理的
に許されない行為だろうと、逆らうわけには
いかない状況である時には、やはり逆らうわ
けにはいかなくなってしまい、そうした行為
をやってしまってからそれが問題視されても
後の祭りで、大抵はそんなふうにして過ちを
犯してしまうわけだろうが、ではなぜ過ちを
犯してしまうような成り行きが生じるのかと
いえば、そういうことを行わなければならな
い成り行きが生じるわけで、現実にそうした
事情が生じるわけだろうが、そこで過ちを犯
すような行為を行うことが妥当であるという
判断が働くわけで、そうした判断を下すには
倫理的な判断よりは功利的な判断の方が優先
される傾向が絡んできて、そこで働いている
成り行きの中では、絶えずそれを行なった場
合に有利になるか否かが判断材料となり、過
ちを犯した方が有利な状況を作れるならば、
過ちを犯してでも有利な状況を作る方が妥当
だと判断されるわけで、そうした成り行きが
続いている限りはそれが妥当な判断となるわ
けだろうが、実際にそうした行為が問題視さ
れるようになれば、それまでとは状況が変わ
ってきたことになるわけで、なぜ風向きが変
わってきたのかといえば、実際に妥当だと判
断して倫理的に問題のある行為を行ったから
で、そういうことをきっかけとしてそこで続
いていた成り行きが変わることもあるわけで、
そういう場合は妥当だと思って功利的な判断
を下した側が、倫理的な価値観を甘く見てい
たから、思いがけず情勢の変化に直面してし
まって、妥当だと思われていた行為を行った
ことが裏目に出てしまったことになるわけだ
が、功利的な価値を追求することは常に行き
過ぎた行為を招いてしまうのかもしれず、そ
れは必ず倫理的な価値に抵触するようなとこ
ろまで行き着いて、そこで歯止めに直面して
これまでのやり方の再考を促されて、結局は
功利的な価値と倫理的な価値の両方のバラン
スをとらないとうまくいかなくなり、そこで
これまでの成り行きに対する反省が行われて、
活動の見直しも行われることにもなって、い
くぶん功利的な利益の追求傾向にも歯止めが
かかるようになるのかもしれないが、それも
一時的な揺れ戻しに終わるかもしれないし、
そうした成り行きも長続きしない場合もある
のかもしれないが、行き過ぎた行為の反動が
大きければ結構長続きするだろうし、それも
程度の問題でしかなければ、喉元過ぎれば熱
さ忘れるで、一通り倫理観の誇示が世の中に
行き渡ればそれで幕引きとなって、またそれ
とは別の方面から功利的な利益の追求が盛り
返してくるような成り行きにもなるのかもし
れず、そんなふうにして両方のバランスが行
ったり来たりしながら、調整局面が続いてゆ
くのかもしれないし、それだけではなく、ま
た新手の手法ややり方が開発されて、今まで
とは微妙に異なる価値観が誇示されて、それ
に基づいた流行も起こるだろうし、そうやっ
て世の中が変動していくのではないか。

 いずれにしても一つの面だけを見て、一つ
の価値観で全ての物事を判断するのは勘違い
の原因になるだろうし、そして現状を批判し
たい人たちはどうしても一点突破を目指して
しまうきらいがあって、現状でうまくいって
いないところを突いて、そこから批判の論を
展開したいわけで、結局そこだけ強調しよう
とするから天動説のようなことを述べてしま
うわけで、全体から見れば枝葉末節な問題で
しかないところを批判の中心に持ってきて、
そこから現状の全ての問題を地続きの出来事
として捉えて批判してしまい、その批判の対
象が枝葉末節な問題でしかないとすれば、も
しかしたらメディア上で世間的な話題となっ
ている全ての問題が枝葉末節な問題でしかな
い恐れがあることを自覚できないだろうし、
実際にそうした成り行きが枝葉末節な問題の
連なりからなっているとしても、それを批判
するとなると重大な問題だと煽動しなければ
世間の注目を浴びないのだから仕方のないこ
となのだが、そうしたところで批判の限界が
露呈してしまうわけだが、批判の対象となる
政治勢力や企業などの集団にしても、当事者
にしてみれば重要なことに関して様々な問題
を抱えていることは確かなのだが、それを外
部から批判されたところでそれ以上に問題に
取り組んでいる場合があるだろうし、それを
騒がれても大きなお世話でしかなく、しかも
批判している側にも問題に対して解決能力が
ない場合がほとんどで、問題となっている箇
所を問題だと騒ぐことができても、それを解
決することはできないわけだから、いくら騒
がれてもどうしようもないのかもしれないし、
ならば主導権を他の勢力に譲った方がいいの
かもしれないが、もちろん現状で保持してい
る権力を簡単に手放すわけにはいかないし、
それが政治勢力ならば選挙によって民衆の力
を借りて主導権の移譲が実現すればいいわけ
だが、民衆の多数派を構成する側にその気が
なければ、実際に主導権の移譲が行われない
まま、現状維持の状態が続いていくわけだろ
うが、それでも実際に問題視されていること
が枝葉末節なことに過ぎなければそれで構わ
ないわけで、しかもそうした政権移譲の問題
も枝葉末節な問題でしかなければ、別にそれ
が重大な問題となることもなく、そうした現
代的な問題が全て部分的な枝葉末節な問題で
あって、しかもそれを理解していない批判勢
力が大げさに問題を取り上げてメディア上で
問題視する度に、その程度に関して世の中に
勘違いが蔓延するわけで、そうした政治的な
問題の処理の仕方に問題があることもわから
ないままとなって、延々と扇動合戦が続いて
いくと、終いには世の中で話題となっている
何もかもが重大で深刻な問題として騒ぎ立て
られて、何が重大で何が枝葉末節な問題かに
ついての価値判断が狂ったままとなってしま
うわけで、すでにそんな傾向となっているの
かもしれないが、批判している側もすでに退
くに退けない状況となっているだろうし、そ
うなっている時点ですでにそれが問題である
わけでもなくなっているのかもしれず、結局
メディア上で騒がれている問題の全てが枝葉
末節な取るに足らない問題でしかなく、それ
を重要で深刻な問題のように騒いでいる全て
の批判者が、現状で起こっている全ての成り
行きから見放されている状況となっているの
かもしれないが、しかもそのこと自体がどう
でもいい問題であり、問題でさえないのかも
しれないし、別にそれで構わないことになっ
てしまうのかもしれないが、では民衆が何を
どう判断すればいいのかとなると、別に今ま
で通りで構わないことにもなっているのかも
しれない。 

規約に同意してこのメルマガに登録/解除する

メルマガ情報

創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
Score!: - 点   

コメント一覧コメントを書く

この記事にコメントを書く

上の画像で表示されている文字を半角英数で入力してください。

※コメントの内容はこのページに公開されます。発行者さんだけが閲覧できるものではありません。 コメントの投稿時は投稿者規約への同意が必要です。

  • コメントはありません。