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彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2018.5.26 「公的な領域」

2018/05/27

 公的な政治制度がなぜ必要なのかといえば、
それは第一に行政機構にとっては必要だろう
が、一般の民衆にとっては、行政機構から身
を守るために必要だと考えると、ちょっと大
げさに思われるかもしれないが、行政機構の
横暴を止める手立てがないと、困るのは民衆
になるわけだから、そのために現状の制度が
必要だと考えると、では行政機構がない方が
民衆にとってはいいのかとなると、そもそも
行政機構が何のために必要なのかとなるわけ
だが、そうした問い自体がこうなっている結
果から導き出される問いである限りは、問い
の立て方自体が倒錯しているわけで、そんな
ふうにして導き出されるすべての問いが無意
味なのかもしれず、ただ現状がこうなってい
るから、そう問わざるを得ない成り行きにな
っているわけではないが、必要であろうと不
要であろうと現状があることに変わりはなく、
現状がこうなっていることを前提に考えなけ
ればならないわけで、実際に政府をはじめと
する行政機構が存在していて、そのような機
構が国を制度的に管理統治していることにな
っていて、そうした現実を前提として、そこ
からそれに関係する物事が派生してくるわけ
で、それ以外ではないようにも思えるわけだ
が、そういう意味で現状からしか政府の必要
性については考えられないし、しかもそれが
存在していることを前提として考えるしかな
く、そうなるとすでにそこに存在している政
府をどうすべきかと問うわけにもいかないし、
どうにもできないものをどうすべきかとは問
えないだろうし、少なくとも一般の民衆にと
っては、立法府である議会制度を利用して、
政府をはじめとする公の政治制度の内容を変
更することができるとしても、その存在自体
はどうすることもできないわけで、実際にほ
とんどの人はただ選挙の時に候補者に投票す
るぐらいしか政治には関われない状況となっ
ているわけだが、別にそれで多くの人が不都
合や不満を感じているわけではないだろうし、
時には政府のやり方に反対してデモを行う人
たちもいるわけだが、全ての民衆がデモに加
わるわけではないだろうし、どちらかと言え
ばデモを傍観している人の方が圧倒的に多い
だろうし、そうした政治的なパフォーマンス
が有効に機能しているとは言い難い状況であ
るのかもしれないが、そうした政治不信や政
治批判は今に始まったことでもなく、現状の
政治制度が始まった当初から、それに付きま
とうように政治不信や政治批判もあるわけで、
そうした不信や批判に応える形で、あらゆる
時代において政治改革が叫ばれてきたわけだ
ろうが、そうした公の政治に対する関心とは
無関係に、一般の民衆の関心事が他にも様々
にあるわけで、他の関心事の方が政治に対す
る関心よりは優先されるような状況となって
くれば、それほど政治的には深刻な状況とは
なっていないのかもしれないが、それは一般
の民衆にとっての認識でしかないだろうし、
職業的に政治に関わっている人たちからすれ
ば、深刻な状況である可能性がないわけでは
ないだろうが、もしかしたら現状の社会の中
では公の政治自体が枝葉末節な重要度しかな
いのかもしれず、それだけ公的な領域が顧み
られない状況となっているとすれば、現状の
ような公的な政治制度が登場してきた頃と比
べると、だいぶ世の中の状況が変わってきて
いると言えるのかもしれない。

 たぶんそうした状況になってきた原因とし
て、経済的な繁栄が挙げられるだろうし、人
人の関心事が他にも様々にあるということが、
相対的に政治に対する重要度が下がってきた
ことと並行関係にあるのかもしれず、そして
それが別に悪いことでもないようにも思える
のは、様々なことに人々の関心が分散してい
ることが、端的に言って力の分散を表してい
て、それに伴って政治的な権力も弱まってい
て、そうした力によって社会全体を覆うこと
が困難になってきていて、行政機構による世
の中の管理統治も、それほど強力に作用して
いるわけではないことを示しているのかもし
れないが、それが世界全体の状況だと捉える
と、地域によっては少し状況が異なるだろう
し、テロや内戦に疲弊している地域もあれば、
政府による圧政に苦しんでいる地域もあるだ
ろうし、要するに部分的にそうなっている地
域が、世界の至るところに生じていることは
確かなのだろうが、その部分的な傾向という
のが公的な問題にはなり得ないところなのか
もしれないし、例えば企業内で圧政が敷かれ
ていたり、他にも宗教教団とか暴力団とか政
府の治安を担当する部署とか、様々なところ
で部分的な圧政が行われていて、そうしたと
ころが公的な領域とは認識できない場合があ
るのかもしれないし、実際に公的な政治制度
ではやりようがない部分が生じてきているの
かもしれないし、それは昔からそうだと言え
る面もあって、今に始まったわけではないに
しても、一般の民衆が問題を共有できない部
分が生じてきている可能性があるのではない
か。またそれらはメディア的な煽動行為によ
って誇張して取り上げられることでもあるわ
けだが、そのような部分的な領域での強権的
な権力の行使が蔓延して、そうしたことを行
うのが当たり前のように思われる風潮が世の
中に生じているとすれば、それが公の政治領
域へもフィードバックしてくる可能性もある
わけで、実際に一般の民衆に対してではなく、
集団内の構成員に対して強権的な権力の行使
を行う傾向があると、少なくとも一般の民衆
がそのことに無関心でいるなら、公的には何
でもないことになってしまうだろうし、一般
の民衆も職業的に何らかの集団に属している
なら、その部分だけでの問題となってしまい、
それを公的な領域で問題として取り上げるの
はおかしいように思われてしまうだろうし、
そうなると公的な領域そのものがなくなって
しまうのかもしれないが、結局はそうした部
分的な問題に共感力を行使しなければならな
いわけで、それが他人の問題であり他の集団
の問題であるとしても、そうしたことに内政
干渉のようにして共感を示さない限りは、公
的な領域そのものが生じてこないだろうし、
本来の公的な領域とはそうした他人が関わっ
てくる領域なのだろうし、無関係であって無
関心でいられるところに関係を構築して関心
を持つことによって、そうした領域が生じて
くるわけで、そうなると私的な領域だと認識
しているところまで含めた全ての領域が公的
な領域であり、そうした全ての領域で生じて
いることを政治問題化しなければならなくな
るわけだが、それを他人事で片付けてしまう
と公的には何も考えられなくなってしまうの
ではないか。だから自分とは無関係で無関心
を装えるところで、何か問題が生じているこ
とを認識すれば、それがメディアを通じて報
道されることになるわけだが、それについて
関心を持ってSNSなどで言及するような成
り行きになるのだろうし、そうしたことが公
的な領域での活動と認識するしかないのかも
しれないが、果たしてそれが公の政治制度と
結びついているかというと、現状ではよくわ
からない状況となっているのかもしれない。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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