文学

彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2018.5.24 「独我論の構築」

2018/05/24

 人がどんなことを行なっていても、そこで
活動することによって生きていることを実感
するだろうし、たとえそれが自爆テロだろう
と、爆死するまでは活動しているわけだから、
そうした活動の中で生きがいを感じているの
かもしれず、それが死ぬために行う倒錯した
活動だろうと、自分が主体で何かやっている
気になれれば、多少の無理は承知でやってい
る行為を正当化したい気持ちになるのではな
いか。ただそれが制度的に決められた動作を
伴ってくると、活動している自身だけではな
く、そうした制度を支えている集団的な意志
に従っていることにもなるだろうし、そこで
生じている集団的な意志がその集団に所属し
ている多数の個人を拘束していることは確か
で、そうした意志に行動を制限されながら活
動していることについては、あまり気づかな
い場合が多いだろうが、少なくとも集団の中
にいて安堵感を実感しているとすれば、意識
が集団の意志に包まれているから安心できる
のかもしれず、そこで何かに支えられている
ように思えるなら、実質的には制度に支えら
れているわけだろうが、その制度が集団を構
成する多くの人々に承認されている限りで、
制度に基づいた活動もそれらの人々から支持
されているわけで、多くの人々から支持され
て活動を行なっている実態があることにもな
るだろうから、そういう面ではどう考えても
安心できるだろうし、そうした意味で制度に
基づいた活動を行なっている限りで、それは
自身の主体的な意志だけではなく、他の多く
の人々の支援を受けながら活動していること
を実感できるわけだ。そしてそうした制度的
な活動を行なっている人たちは、たとえそれ
が世間的に知名度の高い著名な人であろうと、
時代の変遷とともに消えゆく枝葉末節な役割
しか担えない人たちでもあるわけだが、しか
し普通はそれ以外の制度的な役割などあり得
ないし、制度自体が時代の変遷とともに変わ
りゆく宿命にあり、そうした制度に支えられ
て制度の後押しを受けてその時代の成功者と
なる以外に、著名人としての存在意義などな
いわけだから、それはそれで当たり前の成り
行きなのかもしれないが、中にはそんな時代
を超越して普遍的な価値観の導きの下に、何
か重要に思われるようなことを成し遂げる人
もいるわけで、そうした人に普遍的な価値の
実現をもたらすような幻想を抱くとしても、
その時代に拘束された意識では、それよりは
その時代に特有な価値観に惹かれてしまうだ
ろうし、その時代を代表する著名人にしても
そうした価値観とともに存在しているわけだ
から、その時代に限界づけられていることが
その人の長所であり、特質だとみなしておい
て構わないのだろうし、たぶんそれ以上を求
めるわけにはいかないし、実際にそれ以上は
期待できないわけだが、それに対して一般の
人たちが実感できるのは、そんなこととは無
関係なありふれた日常の中でありふれたこと
を行なっているという実感であり、別にそう
した活動に価値を見出さなくても構わず、た
まには実際に行なっていること以外の行為に
幻想を抱くこともあるだろうが、それはその
時々で偶然に感じる気まぐれからそう思うこ
とでしかないのかもしれないが、そうした幻
想を抱くこと自体がありふれたことを行なっ
ていることに飽きていることの証しなのかも
しれない。

 少なくとも既存の制度に支えられていれば、
その制度の範囲内で活動している限りは、そ
れなりにうまくいくはずだと思われがちだろ
うが、その制度に競争を煽るような機能があ
れば、当然そこで行われている競争の脱落者
が想定されるわけで、そうした脱落者に対す
る救済措置も制度として設けられていれば、
脱落者にもそれなりに生きてゆける可能性が
あり、実際にそうしたセーフティネットが誰
もがそれなりに生きてゆける社会を成り立た
せているわけだろうが、実際に人が生きてい
ることに意義や意味を見出せないような状況
も生じているのかもしれないし、そんなこと
まで考えずに生きてゆければ、その方が楽な
世の中になるのかもしれないが、たぶん下手
に意義や意味を見出そうとしない方がいいの
かもしれず、それ自体がたまに突き当たって
しまう幻想に過ぎなければ、そういう意味ま
で考えてしまうことが不幸につながってしま
う場合も出てくるわけだが、その一方で制度
に拘束されている中で自身に課せられた役割
分担を意識してしまうと、自由のない窮屈な
実態も同時に意識させられてしまうから、ど
ちらにしても思考することが必ずしも幸福に
は結びつかない現実に愕然とさせられるかも
しれないが、逆に幸福を実感してしまうこと
が制度からもたらされる幻想に洗脳されてい
ることにも気づいてしまい、やはりどちらに
しても一筋縄ではいかない世の中の仕組みを
意識せざるを得ないのかもしれず、意識がど
ちらに振れても思い違いや勘違いを誘発する
現実があるわけで、かといってどちらへも振
れてしまう現状もあるのかもしれないし、多
くの人がどちらかへ振れることで精神的な安
定を求めているのかもしれず、そしてどちら
かへ振れることが価値観の固定化へとつなが
って、保守だとかリベラルだとかいう固定さ
れた立場を実感できるだろうし、そうした立
場を実感してしまうことが幻想に過ぎないこ
とも忘れてしまうわけで、しかも忘れてしま
った方が幸福感を得られるだろうから、結果
的にはそれで構わないわけだが、しかしそう
なると時代の変遷とともに忘れ去られてゆく
ような枝葉末節な役割に甘んじていることに
もなってしまい、別にそれで構わないにして
も、それ以上の幻想を抱くにはそこへ留まっ
てしまうとまずいだろうし、やはりそうした
心理状態から脱却したければ、何やら時代に
囚われない普遍的な価値を実現するようなこ
とをやりたいと思ってしまって、そうやって
誇大妄想と紙一重な大それたことを思考して
しまうのではないか。そんなふうに哲学や思
想に傾倒することがまともな精神を実現する
とは思えないわけだが、制度に囚われた相対
的な対処として活動を継続させようとすれば、
時代の変遷に応じた実践が導き出されるし、
そこに留まることが妥当なやり方だと思われ
るわけだが、絶えずそこから逸脱するような
成り行きが待ち構えているだろうし、何か普
遍的な価値を導き出せるような気にさせるも
のが、その手の哲学や思想には内包されてい
るように思われてしまうわけだが、別にそれ
を幻想で片付けるわけにはいかないものの、
やはりそれを目指す成り行きに一定のリアリ
ティがあることは確かだろうし、無碍に否定
するわけにもいかないのだろうが、そうした
哲学や思想を主体的に確立しようとすると、
何か時代の状況とは折り合わない独我論的な
傾向になってしまうのかもしれず、少なくと
もそうなってしまうと幻想で片付けられても
文句は言えないような結果となってしまうの
ではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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