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彼の声

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彼の声 2018.5.23 「批判の制度化」

2018/05/23

 地域的な部分でうまくいっていることが、
他の地域に弊害をもたらしている可能性があ
ることは、うまくいっている地域の中で暮ら
しているとわかりにくいのかもしれないが、
世界が地域ごとに分割されているとしても、
地域間で様々な交流があることは確かで、交
流が盛んになるほど、地域間で格差が縮小し
てくればいいのだろうが、最終的には国境の
壁によってそうした縮小傾向が阻まれてしま
うのかもしれず、国ごとの格差はなかなかな
くならないだろうし、国の中でも貧富の格差
や民族間の格差などが制度的な必要悪として
ある場合は、格差というのはそれを利用して
様々な制度が機能している限りで、基本的に
維持されるのかもしれないが、一方で格差が
厳然とあるから、それを解消しようとする試
みも生じるだろうし、そういうところで人や
集団が活動する口実として利用されているの
かもしれないが、格差をなくそうとする試み
と格差を利用して利益を上げようとする試み
の間で、何が正しくて何が間違っているとい
うよりは、それらの活動を成り立たせている
要因があるとするなら、その要因が社会の中
でいかにして構成されているかを見る必要が
あるだろうし、制度としてそのような活動を
支えている要因があれば、そうした制度によ
って恩恵を受けている面と弊害を被っている
面を考慮しなければならず、恩恵が大きいほ
ど肯定されて推進され、弊害が大きいほど否
定されて批判されるわけだろうが、たとえ恩
恵が大きくても弊害も大きい場合もあるだろ
うし、そこで恩恵を受けている勢力と弊害を
被っていたりそれを批判する勢力とで対立が
生じるわけだが、そこで対立や抗争が生じて、
そうした争いの結果として弊害が改まればい
いわけだが、弊害を被っていたりそれを批判
している勢力が争いに敗れると、弊害が改ま
るどころかより一層拡大する場合もあるだろ
うし、そうした面で社会の内部では常に何ら
かの争いが起こっているわけだろうが、メデ
ィアを通じてそうした批判が話題となれば、
そこで何らかの争いが起こっていることにな
るだろうし、批判している人や勢力が批判の
対象と争っているわけだろうが、そうした争
いに勝ち負けが伴わない場合もあるだろうし、
ただ批判する側が批判しっ放しになっていて、
批判されている側がそれを意に介さない場合
もあるわけで、そうなっていると争っていな
いことにもなってしまい、そうした批判が相
手にされない場合だと、批判している側が主
張する弊害も改まらないだろうし、批判され
ている側は相変わらず恩恵を受けながら活動
が継続されることになるわけで、そういうと
ころではそこで生じている格差が固定される
傾向にあるのかもしれず、そのような活動を
支えている制度も盤石で、変更が困難である
可能性が高いだろうし、そういう部分ではそ
れだけ安定した状態が保たれていて、またそ
れによって弊害を被っていたりそのことにつ
いて批判している側も、別の面では恩恵を被
っているから、批判しながらもその批判して
いる状態を保っていられるわけで、そうなっ
ている場合は一方的に利益を得ている側と損
害を被っている側とに分かれているわけでは
なく、そうした環境の内部では利害が錯綜し
ていて、ある面では損害を被っているとして
も別の面では利益を得ていれば、それによっ
て活動が成り立つような状況となってしまう
わけで、そうであるからいつまでも同じよう
な批判を繰り返していられるわけだ。

 またそうなると別に弊害が改まらなくても
それほど困らない状況にもなってきて、むし
ろ批判を継続させるためにはある程度は弊害
があった方がよくなってきてしまう場合もあ
るわけで、批判するためには批判の対象が必
要となるような本末転倒な状況ともなってし
まうわけだが、それが批判の制度化と呼ばれ
る現象なのかもしれないが、批判することが
生業の人が増えるほどそういう傾向になって
くるだろうし、そうした批判が批判の対象と
なっている問題を改めるために批判を行なっ
ているのか、あるいは批判を継続させるため
に批判している対象を温存させる狙いがある
のかは、当然批判している当人の意識として
は問題を改めること目指して批判を行なって
いるつもりなのだろうが、結果的に同じよう
な批判をいつまでたっても延々と繰り返して
いる場合には、当人の意識とは裏腹に批判の
ための批判になってしまっている可能性が高
いだろうし、それが批判の制度化を助長して
いるわけだろうが、たぶんメディアを介した
批判はある程度はそういう面があって当然で
あり、一種の芸として批判を楽しみにしてい
る人たちの要望に自然に応えるような成り行
きになっているわけで、それが毎度お馴染み
の批判であるほど、批判目当てにメディアを
利用している人たちにはウケるわけで、半ば
そういう批判者を小馬鹿にしつつも、娯楽の
対象としてそういう批判を要望しているわけ
で、そうなってしまうともはや批判の有効性
とか内容とかはどうでもいいとは思わないに
しても、いつも同じようなことを批判してい
る人の固定客として批判を楽しみにしている
のかもしれず、そうなると批判の対象も固定
されてくるだろうし、かえっていつもとは違
う対象を批判していると不満を感じてしまう
のかもしれず、そういう固定客の要望として
は、いつも変わらず同じような対象を批判し
てくれると安心できるわけで、そういう批判
の特徴としては必ず批判の対象を小馬鹿にす
るようなことをやるわけで、そうした批判者
と批判の固定客の間には共通の紋切り型が共
有されていて、また攻撃対象も固定されてい
て、いつもように同じような攻撃対象を同じ
ような紋切り型の表現を用いながら批判して
くれると安心できるような仕組みが出来上が
っていて、それが批判の制度化の利点であり
問題点でもあるのかもしれないが、そうした
批判にさらされている対象の方でも、批判し
てくれるから逆に注目度を維持できるわけで、
そして同じような批判にさらされているから、
いつまでも同じようなことをやっていられる
可能性まであって、実際に批判されている対
象の方でも、いつまでたっても同じようなこ
とを主張しながら同じような活動を行なって
いる実態があるのかもしれず、結局主張や活
動の内容を変えると批判に屈したと思われる
のが嫌なのかもしれず、だから彼らにとって
はいつまでたっても同じような活動を行うこ
とが、彼ら自身の存在意義の証しであり、活
動を正当化する根拠にもなっているから、少
なくともそれを死守しなければならないし、
そこは譲れないところでもあるわけだが、実
態としては同じようなことを行なっているか
ら同じような批判にさらされて、同じような
批判にさらされているから、その批判に打ち
勝つためにも活動の変更は許されないことに
もなるわけだが、一方ではそれが予定調和の
二項対立を招いていて、状況の閉塞感と停滞
ももたらしているのかもしれないが、それ以
上に活動の継続ももたらしているので、対立
している双方ともにやめるにやめられない成
り行きが生じているのではないか。 

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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