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彼の声

この世界について、この社会について、この時代について、未来について、過去について、人々について、自分が日頃感じていることを率直に語る。

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彼の声 2018.5.22 「役割分担」

2018/05/22

 たぶん日々行われていることの中で多いの
は、普通の活動として現状で行なっているこ
との延長上で何かをやろうとしている活動が
あり、すでに行なっていることが世の中で行
われていることであるから、しかも同じよう
なことを大勢の人が行なっているようなら、
そうしたことを行うのが制度や慣習として定
着している場合もあるだろうし、他がやって
いるから自分も行うような成り行きがあるわ
けで、そうしたことの延長上で何かを行うと
しても、特に奇異な感じは受けないわけだが、
そうしたことが当たり前のように行われてい
る中で、他に何か行うことがあるかというと、
現状でやっていることをそのまま続けていれ
ばいいような成り行きであれば、無理にそれ
とは違うことを行う成り行きにはならないわ
けで、それが現状の中でもたらされている状
況であって、そんな状況の中では他と違うこ
とをやるわけにはいかなくなるのかもしれず、
というか他と違うことを思いつかないだろう
し、誰もが他人のやっていることから学んで
いて、しかもそれを他人よりは上手くやろう
とするだろうし、そうした成り行きから同じ
活動を巡って多くの人の間で競争が生じるわ
けだが、競争している中でも連帯感が生まれ
るだろうし、競い合いながらもやっているこ
とを盛り立てていこうとするわけで、そこか
ら共存共栄の状態がもたらされればいいわけ
だが、もちろんそこには同じことをやってい
る全ての人たちが栄えるのではなく、その中
でも競争に勝ち抜いた少数の人たちに利益や
栄光がもたらされるような成り行きとなって、
共存共栄の状態にもある程度はその規模に限
界が生じるわけだが、規模を拡大させるには
より多くの競争者を必要としていて、競い合
う者が多ければ多いほど、それに勝ち抜いた
者にもたらされる富や栄光もより大きくなる
わけで、そうした競い合いを盛り立てる側の
規模もそれだけ大きくなるわけだが、そこで
富や栄光を手に入れる者とそうしたものとは
無縁な者との間の格差もそれだけ大きくなる
わけだ。それも格差社会を象徴する現象とな
るわけだが、それを肯定しつつも一方ではそ
うした富や栄光とは無縁な人たちを助けるよ
うな活動も行う必要も生じてくると、そこに
矛盾や欺瞞を見出そうとすれば見出せるし、
そこから何らかの批判が生じる余地も生まれ
てくるわけだが、格差が生じる必然性がある
中でそれを改められない現状もあるわけで、
そんな現状を批判している側でもそうした現
状を改められない成り行きには逆らえないだ
ろうし、そうなると批判していること自体が
欺瞞を伴ってくるわけで、自分たちが格差社
会の助長に手を貸しているにも関わらず、そ
れを批判しているわけだから、それでは筋が
通らなくなってくるだろうし、やっているこ
とと述べていることの間で論理的な整合性が
取れなくなってくるのかもしれないが、別に
整合性を取る必要性を感じなければいいわけ
で、一方では格差社会を招いていることに対
して批判を行い、もう一方では格差を招くよ
うな競争に勝とうとすればいいわけで、そし
てさらに公的な徴税で集めた中から富の再配
分を主張するような欺瞞も生じてくるわけだ
が、それも欺瞞であることを認めればいいの
かもしれず、そうした主張を特に正当化する
必要もないのかもしれない。

 結局はそうした成り行きの中で必要に応じ
て主張したり批判することになってしまうの
かもしれず、要するに格差が問題視されれば
そうなってしまう状況を助長している側を批
判して、不利な境遇の人たちを助けようとす
ればいいわけで、批判している自分たちが格
差を助長しているとしても、自己矛盾を伴い
ながらも批判することはできるだろうし、現
状の中で生じている現象に現状の中で生きて
いる自分たちが作用を及ぼしているのは当然
であり、そういう面で自分たちの活動を正当
化できない面が出てくるわけだが、そうであ
るからこそ欺瞞的な態度を取らないとまとも
なことは何も主張できなくなってしまうわけ
だろうが、現状を無理に正当化しようとする
と、さらに欺瞞的な面が強調されることにな
るだろうし、しかも現状に批判的な態度を捨
ててしまうとさらにおかしくなってくるので
はないか。そして現状がいかに欺瞞的な面で
成り立っているかを理解しないと、現状の無
批判な肯定となって、それは単純な勝者の論
理となるわけだが、現状の中で生きている人
たちを勝者と敗者に分けるのも無理な面があ
るわけで、敗者となった人たちが普通に生き
ている現状が、それらの人たちを敗者とはみ
なせないことにもなってしまい、勝者の論理
では通用しない現実に直面させられるわけで、
そもそも勝者と敗者とは便宜的な役割分担に
過ぎず、経済的な富の格差も名誉的な栄光の
格差も同じように便宜的な役割分担でしかな
く、誰がどちらであっても構わないような状
況があるとみなせば、何だかそれは大間違い
のように思われてくるだろうが、たぶん主張
や批判に欺瞞が含まれないようにするには、
そうであることが望まれるのかもしれず、勝
者と敗者の間にも格差が生じている間にも差
異を設けないことが肝心なのかもしれないが、
それが理解できないことの主な部分なのかも
しれないし、普通は差異を実感したくて人は
勝者になろうとするのだろうし、富や栄光を
求めて努力するわけだが、それが現状の成り
立たせるための役割分担に過ぎなければ、で
はなぜそうした役割分担が必要なのかという
と、現状で機能している制度や慣習を維持す
るために必要な役割分担だと思えば、何かそ
れが当たり前のことになってしまうかもしれ
ないが、たぶんそんな見解で構わないのであ
って、それ以上に勝者や富や栄光に価値を見
出せない状況なのではないか。そしてそうし
た差異を求める活動は当たり前の活動であり、
またそこから生じる格差を伴った現状を批判
する行為も当たり前の活動に含まれていて、
それ以上の役割分担が望めなければ、そうし
たことを取り巻く状況の中で、役割分担が絶
えず循環するような成り行きがもたらされて
いて、そこから人々が逃れられなければ、そ
こで分担された役割を全うすること以外にや
ることがなくなってしまうわけで、別に逃れ
ようとしてもそれ以外の役割分担にありつけ
るわけではないのだろうが、そこで設定され
ている価値基準に従うなら、それ以上の役割
はあり得ないわけだから、素直に与えられた
役割に甘んじていればいいわけだろうし、そ
うした環境下で暮らしていることを信じてい
るなら、それで済むようなことなのではない
か。そしてそれでは済まなくなってくるよう
な状況が生じる余地があるなら、そうした機
会を捉えて何か今までとは違う役割分担にあ
りつけることを願うような成り行きになるの
かもしれない。

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創刊日:2001-03-26  
最終発行日:  
発行周期:不定期  
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